カナタさんが美人すぎるのを武器にするのは反則だと思ったけれども、実はとても正当な理由があるんだって分かってしまった

僕とカナタさんは学校の外でも一緒に遊ぶようになった。口さえ開かなければ凛とした容姿端麗で可憐な美少女であるカナタさんと、ザ・凡庸、どうかするとキモいブサ少年たる僕とが並んで街を歩いていると奇異な視線を向けてくる人か、あるいは僕の存在は全く意識下に留めずにカナタさんの容姿のみを鑑賞する人かのどちらかしかいない。

普通なら同時に存在しないはずの僕たち2人が繰り出すのは大抵池袋だ。

これは僕の都合。根っからの東京っ子の癖に、僕は渋谷や新宿あたりはなんだか異世界のような気がして落ち着かない。池袋ならなんとなくしっくりくるし歩いていてこわばった感じをせずに済む。もっと言えばサンシャインシティあたりにいると一番落ち着く。


「カトオは池袋に詳しいよね」

「うん。子供の頃から街に出るったら池袋だったから。水族館とか小学校の時は父さんによく連れてってもらったよ」

「へえ。なんかいいなそういうの」

「カナタさんはほんとは渋谷とか原宿とか行きたいんじゃないの?」

「別に。人混みがそもそも面倒臭いし。強いて言えば本屋があればどこでもいいって感じ」

「あ。じゃあ、ジュンク堂があるから池袋でもOKなんだ」

「まあね。ほんとはリブロとか好きだったんだけどな」

「閉店しちゃったもんね」

「うん。みんな本とか読まないのかねえ」

「あ、カナタさん。それなら今度神保町に行ってみない? 大きな本屋は三省堂ぐらいだけど、本好きならやっぱり押さえておかないといけない街だよ」

「おお、いいねえ。わたし、内田百間が好きなんだけどさ」

「うわ、渋っ!」

「昔の福武文庫が無くなっちゃって、ちくま文庫のやつをつまつまと集めてるんだけど、なんかいい古本とかあれば買いたいな」

「じゃあ是非行こうよ。古本屋の品揃えの傾向、僕なんとなく分かるからさ」


不思議なもんだ。ウマが合うという言い方しか思いつかないけれども、カナタさんは僕といるとなんとなく退屈しないようだ。当然僕も彼女と一緒だと楽しい。


「お、あんなカフェあったけ? 茶でも飲まない?」

「うん。入ろっか」


スタバを模したパチモノの感じのカフェに入った。どう見ても現実が充足してなさそうな客たちが大半なので非常に心が落ち着く。まあ、僕のことを分不相応なリア充と誤解する人がいたらちょっと心外だけど。

2人してふかふかのソファ席にどっかりと腰を落ち着けて四方山話よもやまばなしをしていると、スクールカースト上位者風の制服男子高校生3人が僕らの脇に近寄って来た。一気に僕の緊張感が増大する。


「ねえ。2人は姉弟?」

「そうじゃないとおかしいよね」

「ああ。もし姉弟で合ってるんなら、弟さんは先に家に帰ってもらって、お姉さんと僕らで場所変えて遊ばない?」


うわ。今時こんなのやっぱりあるんだ。僕はどうリアクションしようかと固まるとカナタさんが喋り始めた。


「あなた達は、何?」

「君を誘ってまーす」

「要らない」

「は?」

「あんたらみたいな何の足しにもなんない男は要らんから」

「ちょ、言い方きついね。でもそれが逆にかわいいかも」

「黙れ」

「あんまり調子に乗ると、俺らでも怒るよ」

「怒るのはこっちだ。男と女が2人で茶を飲んでるのをどういう神経で邪魔するのか理解できない」

「男と女? 冗談でしょ」

「この子は弟じゃない。これはいわゆるデートだ。邪魔するな」

「著しくバランス欠くでしょ」

「あ? なんのバランスだよ」

「何って・・・顔とか」

「あと雰囲気とか」

「人間のレベルっつーか」

「あ、それともあれか。キミは実は学校でいじめられてて、こういうキモい男で我慢しなきゃいけない現状とか」


3人がぷはは、と笑う。


「おい。お前」


カナタさんが一番背の高いイケメンぽいのを呼び捨てる。


「なんだよ」

「お前、鼻毛出てるぞ」

「え?」

「ちゃんと切っとけよ」

「嘘つけ、んなもん出てねえよ」

「出てるだろうが。ちゃんと鏡見てこいよ。それからお前」

「あ? 俺?」

「お前、口臭ひどいぞ」

「お?」


中ぐらいの背の男は口に手を当てて自分の息を確認する。


「最後にお前、根性が捻じ曲がってる」

「あ? そんなもんなんで分かる!?」

「顔が捻じ曲がってるから」

「はあ? なら、お前はどうなんだよ。お前だって顔、捻じ曲がってるだろうが!」

「ほー。カトオ、わたしの顔って捻じ曲がってるか?」

「え、まさか。カナタさんみたいに整った顔の女の子なんてそうそういないでしょ」

「お前だって、ちょっとぐらい鼻毛出てるだろうが」

「カトオ、わたしの鼻毛ってどうだ?」

「ちゃんと手入れしてあって、すっきりしてる。ついでに鼻の穴小さい」

「じゃあ、口臭お前だってするだろうが」

「カトオ、どうだ?」


カナタさんが僕に向かってはあっ、と息を吐く。すごくどきどきするけど、しっかりとコメントした。


「全然臭くない。ていうか、なんか爽やかな匂いがする」

「そうだろ。ちゃんとエチケットには注意してるからな、わたしは。で、3人組、自分の身の程って大体わかっただろ」

「なんだと?」

「表面上のレベルはどうでもいいけど、人間の本質としてのレベルはカトオの方が断然上だから。ていうか、邪魔だから早くどっか行けよ。臭いしウザいしキモいんだよ、お前ら」


おそらくキモいなどと言われたのがこの3人は人生において初めてだったかもしれない。けれども、一分の隙もないカナタさんの前では何も言い返せなかったのか、どうでもいいという度量を持っていたのかわからないけれども、3人ははちっ、と舌打ちして店を出て行った。


「カナタさん、反則だなあ」

「え? 何が反則?」

「だってカナタさんみたいな美人で頭が良くって弁も立つ人だから今みたいな応酬が成立するけどさ、僕なんかだと絶対無理だからさ」


一瞬、カナタさんが心底驚愕したような表情をし、それから悲しい顔になった。


「カトオ。お前だけはそんなこと言わないでよ。わたしの顔は確かに整ってるかもしれないけど、それは造形じゃなくってわたしの内面が出てるんだって自負がある。頭だっていいんじゃなくって、言わなきゃいけないことを言うためには相手に失礼がないように筋道を立てようと頭脳をフル回転させる努力をしてるだけ。鼻毛やら口臭やらは身だしなみの話でこれも努力でどうにでもなる」

「あ・・・ごめん」

「わかって、カトオ。わたしの本質を。できればカトオにはわたしの外面じゃなく、本質を見て欲しい。これで結構わたしは毎日疲労困ぱいしてるんだよ」

「ほんとごめん。自分の不努力を棚に上げて僻んじゃって」

「あ、それはカトオ、自己評価が低すぎるよ。カトオは努力してる。自分で気づいてないだけで」


気休めなのかな。でもカナタさんは嘘は言わない人だと思うから、ほんとだとしたら嬉しいな。

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