第5話 従一位王爵家第二子2

 なんだかんだいっても体は子供だから疲れていたらしい。レイナが帰った後は、うろつく気にも書架に籠る気にもなれず、ソファーに腰掛けて無気力に過ごしていた。

 いつの間にか時間がたっていたらしい。


「ヴァイス殿下、夕食の時間でございます。食堂へおいでください」


 夕食の時間を侍女が告げる。今までは食事が部屋に運ばれてきたので、食堂に呼ばれるのは初めての経験だ。

 少しワクワクする。

 テーブルマナーは大変そうだが、きっとすぐに慣れるだろう。

 軽く服装を整えて食堂へ向かった。


 食堂は部屋の大きさで言えば中規模である。もっとも、貧民街にあるような小さな家ならばすっぽりと収まるだけの広さはあるのだが、謁見の間や大講堂と比べると大きく劣る。

 細長いわけではなく四角い部屋なのだが、長いテーブルが真ん中にあるのみであり、それ以外は使用人が動き回るスペースといった感じだ。

 入り口から遠いほど上座となっていて、誕生日席に俺の父、国王アルトリウスが座ることになる。現在は空席だ。

 既に俺の母である国王の正室リリアと、俺の同胞の兄である第一王子ハインツがもっとも上座に座っている。

 その次にリリアの隣が空いているのが俺の席であろう。

 また、アルトリウスに側室はいないようだ。一国の王がそれでいいのかとも思ったが、おかげでややこしくないと、そういうことにしておこう。

 法律としては一夫多妻が認められているし、王侯貴族ともなれば跡継ぎを確実に残すために推奨されている始末なのであるが、国王夫妻の仲が非常によく、また詳しくは語らないが優秀であったためこうなっている。曰く、「一発」だったそうだ、下世話なことだが。


「父上、母上、兄上、ヴァイスです。遅くなってすみません」


 どうすれば良いのか迷ったので、とりあえず謝ってみることにする。勿論、落ち込んだようにするのではなく、語尾に「!」が付くかという勢いで堂々とだ。


「子供が気を使うんじゃない。こっち来て座りなさい」


 アルトリウスが優しい声で俺を呼び、それに応じて侍女たちが導いてくれたり椅子を引いてくれたりする。

 こう言っては何だが、転生して三年目にしてようやく自分が王族であると実感できた。今までも特別扱いはされてきたが、それはあくまでも赤ん坊を大切にすることの延長線上にあるように思えたのだ。

 勧められるままに席に着くと、料理が運ばれてくる。

 ヴルストやザワークラウトといったドイツ料理が中心だ。一瞬、やはり異世界ではなく地球なのではと思ったが、緑色の髪をした侍女を見てなんとなく悟った。ここはやはり異世界らしい。

 話を戻すが、主食は柔らかいパンだ。まだ手を付けていないので、正確には柔らかそうなパンだ。飲み物は各々で選べるようで、両親は麦酒を、兄は果実水を頼んでいた。俺は兄に習うこととする。

 実のところ、昨日までは離乳食に近いものを食べていたので、今日の食事が美味しそうに見えてならない。突然のことで胃が驚くこと必至だが、人間は食欲と睡眠欲にはどうあがいても勝てないのだ。


「ヴァイス、まずは『人間入り』おめでとう。まずはお互い自己紹介をしよう、血の繋がった家族でおかしなことだけど、習慣だからね」


 食事はまだ我慢しなければならないと思ったが、アルトリウスが食べてもいいよと言ってくれたので遠慮なく食べる。意識だけはちゃんと彼らに向けつつ。

 しかし美味しい。日本の食事と比べると劣ってしまうが、今の舌は然程肥えていない。


「私はローラレンス王国貴族正一位しょういちい王爵家当主アルトリウス・ハルト・フォーラル・ローラレンス。ややこしい役職が付いているが、つまり王様ってやつだ。そして、なにより、お前の父親だ」


 身内に対してだからだろう、彼は王族とは思えないフランクな口調だった。

 アルトリウスは父親だということを、最も強調した。確かに肉親ではあるが、俺としても父親だという認識はどうしても薄く、彼の側からもそれが気になるのかもしれない。

 しかし、申し訳ないが、俺は彼の役職の方が気になってしまったのだ。


「国王ではなく、王爵家当主なのですか?」

「ははは、ヴァイスは面白いところに目を付けるな。この国では王族ではなく、貴族の長として王爵家があるんだ。……しかし、お前はこの国以外のことを知っているのか?」

「本で読みまして……」


 反射的に問いかけたことが不自然になってしまった、反省しなければ。

 しかし、普段から書架に行くことが多かったからか、全員を言いくるめることが出来たように思う。


「さあ、自己紹介を続けましょう?

 私は従一位じゅいちい王爵家第一婦人リリア・カナ・フォーリア・ローラレンス。貴方の母親よ」


 自己紹介を遮る形になってしまったのだが、気まずくなる前にリリアが自己紹介を始めてくれた。金髪銀眼のイケメンであるアルトリウスと並んでもかすむことのない、むしろそれを超えて輝く美貌を持つ、銀髪蒼眼そうがんの美女で俺の母だ。

 格の高い王侯貴族ともなれば、見た目も遺伝子レベルで良くなっていくが、リリアはその中でも飛びぬけているように思う。俺が他に知っているのはマリアくらいだが、彼女もかなりの美女ではあるが、リリアには劣る。

 血の繋がった父親が憎らしく思えてきた。爆発しないかな。

 ヴルストをみ千切りながら物騒なことを考えて、流石に下品な食べ方だったのかカリンに注意されていると、それを見たのか笑いながらハインツが自己紹介をする。


「僕は従一位王爵家第一子ハインツ・フリード・フォーラル・ローラレンス。ヴァイス、君の兄だよ」


 彼は美男美女から生まれた生粋の美男子である。俺より三歳年上だからまだ六歳のはずであるが、既にイケメンのオーラが出ている。

 俺も今世ではイケメンになるであろうと、血筋と鏡で見た現状から予想出来るが、ハインツのイケメンさはオーラ、つまり内面からにじみ出てる気がする。前世の二十年間でフツメンであることに慣れた俺はあのオーラは出せないだろう。

 敬意を籠めて「兄様」と呼ぼう。ハインツ兄様だ。


「父上、母上、ハインツ兄様、よろしくお願いします。ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスです」


 地位の高い順に挨拶をしたので、自分の番であろうと挨拶をすると、皆が誉めてくれた。特にハインツ兄様は名前を呼ばれたからか嬉しそうに笑いながら褒めてくれた。

 俺が立派に子供になったと、カリンたち5人に褒美を与えようという話になった。カリンがなんとも言えない、くすぐったそうな顔をしていた。

 暖かい食卓だった。

 何気ない日常、しかし今まではお互いに詳しく知らなかった、3年間の話をした。

 そして俺は、今日から正式に「ローラレンス王国貴族従一位王爵家第二子」、つまりは第二王子となった。

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