第一章 魔術編

第4話 従一位王爵家第二子1

 俺こと、ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスは転生者である。

 今の身分は、どうやら第二王子であるらしい。

 前世日本で身に着けた、まだ未熟とはいえ大人としての理性的な判断力と、赤ん坊としてのスポンジのような吸収力の脳を併せ持ち、客観的に見れば驚異的にすくすくと成長していた。

 言葉と文字を習得し、「神童」の名をほしいままにしている。

 共に育った少女、乳兄妹のレイナも俺の影響を受けて僅かに早熟となっているが、これは誤差であろう。


 そんな俺がこの世界に生を享けて、三年の時が立った――。





 パーティー会場である王城の講堂には、多くの人が詰め掛けていた。貴族は勿論のこと、教会や軍部の上層部、名誉爵を持つ大物商人まで、兎角偉い人勢揃せいぞろいといった感じである。

 今日は俺ことヴァイスの「入人式」である。入人式とは、前世の感覚で言えば七五三が一番近いであろうか、三歳からは人間として認められる一種のお祝いである。

 この世界では、三歳未満の子供は「神の使い」とされていて――ぶっちゃけ言ってしまえば現代日本と違って致死率が高いのであって――「人間」として認められるのは、この日からとなるのである。

 もっとも成人するわけではないので色々と規制はされるわけだが、日本的感覚でいう「子供」としてカテゴライズされるのは、この入人式からになるわけである。あくまでも建前上は、だが。

 このパーティーはその入人式の恒例行事というわけである。恒例行事と言ってもパーティーなど行うのは金持ちだけなわけだが、うちは王族なわけであって、この国最大の資産家でもあるのだ。

 さて、この式だが、なんといっても対象が子供であるので、かなり手短に済む。

 教会の人が短い祝辞を述べて、その後に親から服を贈られる。これでおしまいだ。

 なんで服なのかというと、服こそが人間の証明であるという解釈なのだ。三歳未満でも服は普通に着るが、そこは儀式なのでご愛敬。

 一連の儀式も終わるとパーティーである。参加者が多いので立食形式だ。

 俺の父親であり、この国の国王であるアルトリウスが乾杯の音頭を取る。


「それでは、我が第二子、ヴァイスの人間入りを祝って。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 その声に応じて、皆が酒杯を掲げる。この世界での乾杯だ。

 麦酒、葡萄酒ぶどうしゅ、蒸留酒といった酒や、果実水やお茶といったソフトドリンクまで、皆思い思いの飲料を一気に飲み干す。

 その後は統一感は失われ、ごく普通のパーティーとなった。もっとも、主役である俺に声をかけにくる者が一番多いわけだが。

 親しい者にはバレているわけだが、「子供の面をかぶり」適当にそれらのものを不快にさせないようにしつついなしながら、パーティーを楽しむ。

 前世でイメージしていた、貴族のドロドロとした争いは感じなかったが、或いは感じさせないようにしていただけだと思う。しかし、皆楽しそうであったし、料理もおいしかった。

 今日からは、今までと違って王城の外にも出ることが出来るという。王族として自重しなければならないことはあっても、法律や風習で縛られることはもうないのだ。

 それを思うとパーティーの喧噪けんそうは心地よく感じた。

 いつも飲んでいる柑橘系かんきつけいの果実水が、一際美味しかった。


 入人式とその後のパーティーは滞りなく終了し、俺は自分の部屋に戻ろうとしたのだが、別の部屋へと案内された。具体的には居住区域の中でも、より格式高いところだったはずだ。


「おい、何故自分の部屋ではない部屋に連れてきたのだ? 調度品の類はあの部屋以上に整ってはいるが……」


 部屋の広さは俺の部屋と同程度、壁や天井は相変わらずの石造り打ちっぱなしであるが、家具が豪華であった。仕事机のような大きくて使いやすそうな机、実用性よりも芸術性を重視したように思われるローテーブルとソファー、ダブルサイズ程度はありそうな巨大なベッド、他にも本棚やチェストが置かれている。

 そんな部屋に連れてこられた理由が分からず問いかけると、さも当然といった声音で女官のカリンが答える。


「今日からこの部屋が殿下の部屋となります。突然のことで驚きでしょうが、これも入人式と同じく伝統ですので」


 成る程伝統なら仕方がない。

 しかし入人式は事前に情報が入っていたのに、部屋が変わることは知らなかったな。意図的に知らせてくれなかったのだと思うが、意地が悪い伝統だ、知っていればあの部屋をもう少しくらい楽しもうとしたのに。

 若干もやもやするが、少なくとも中身は子供ではないので大人しく受け入れる。

 自分の部屋ならば遠慮する必要はない。ソファーに腰掛けると、座り心地も良かった。俺が部屋の変更を嫌がらないことを確認した、カリンが説明をしてよいかと聞いてくるので、首肯を返すと彼女は滑らかに話し出した。

 長いので要約すると以下の通りだ。


 三歳は子供とされ、赤ん坊ではないので独立した個室を与えられる。

 乳母はもう必要ないので、乳母や、乳兄妹とは当然別の部屋となる。

 女官はそれぞれ俺とレイナに一人ずつ付く。カリンが俺に、アリアがレイナに、という分け方である。

 専属警備兵が付くのは今日までで、彼らは近衛兵になり、しかし優先的に護衛に来るようにしてくれるらしい。

 今日から夕食は自室ではなく、食堂で家族と共にとる。また、テーブルマナーも教わりながらとなる。

 教育等が始まるのはまだ先なので、自由時間は今まで通りたくさん取ることが出来る。

 今までと違い王城から出ることも可能だが、頻繁に出ることは許可が下りず、また許可は前日までには取る必要がある。


 レイナ、マリア、ミハエル、ウォルフガング、アリアと会うことが減るのは少し寂しいが、それ以外は自由度が高まって嬉しさが上回る。

 逆に今まであまり会えなかった肉親――転生者であることも相俟あいまって実感は薄いが――とは、毎日朝食と夕食の二回は合えるようになったのだから、そこも喜んでおこう。

 部屋が変わっただけとはいえ、変化は変化である。こういった変化は、少しの不安はあれど、それ以上にワクワクするものだ。

 大げさだと自覚はあるが、どんなことが起きるのだろう、どんなことを出来るのだろうと考えるだけで、興奮して眠れなくなる。

 先程のパーティーで疲れて眠気すらあったのだが、それはすっかりなくなってしまった。

 かといって具体的にやるべきこともなく、机の使い心地やベッドの寝心地を調べていると、廊下から走るような足音が聞こえる。

 何があったのかと思い、扉を開けてのぞいてみると、良く知った顔が複数あった。


「ヴァイス様!」


 先頭を走っていたレイナの表情が花開いた。

 そのままタックルよろしく俺の胸に飛び込んでくる。幼いとはいえ可愛い子に抱き着かれるのはやぶさかではないが、こちらの体格も幼い以上その運動エネルギーはちょっとしたものだった。

 二、三歩よろめきつつもなんとか受け止めると、逃がさないとばかりに強く抱きしめてくる。


「どうした? スカートで走るのはあまり淑女として宜しくないぞ」


 そう問いかけると、少し体を話して俺の顔を見つつ、ふてくされたような顔をする。


「だって、お母様もアリアもミハエルも意地悪言うの。今日からはヴァイス様と別の部屋だって! 同じ部屋じゃ駄目だって!」


 自分を基準に考えてしまったせいで失念していたが、確かに三歳の子供からしたら、兄妹と引き離されるようなものなのだろう。

 俺は体は子供ではあるが、この伝統の「乳母や乳兄妹とは別の部屋にする」ことは理解できるので諭す側に回ろう。いつまでも血のつながらない異性と寝食を共にすることは健全とは言えないからな。


「俺だってレイナと離れたくないよ。でも、そういう決まりなんだ。我慢しよう」

「やだやだ! 一緒に居たい!」


 目元を潤ませてぐずりだしてしまった。女の子の扱いは難しい。それも幼子とあれば繊細過ぎて俺の手に余る。

 周りといえば微笑ましい目でこちらを見ている。割と本気でエマージェンシーなのだけど、理解してくれなさそうだ。不敬罪だと思う。訴えないけど。

 彼女の美しい光沢を持ったプラチナブロンドの髪をでながら問う。


「俺はこの部屋にいるし、レイナだって遠くに行くわけじゃないのだろう?」

「遠くじゃないけど、明日からこのお城じゃないし……。お城の隣にある大きな家だって……」

「じゃあ、何時でも会えるよ」

「でも、昨日より少なくなっちゃう……」

「会えるのが少なくなるのは寂しいよ。でも、我儘言ったら皆が困っちゃう。レイナは会えるのが減ったら俺のこと嫌いになる?」

「ならない、けど」

「じゃあ大丈夫だよ。ね?」

「……うん」


 まだ目を擦ったり鼻をすすったりしているが、それでも一応は納得してくれたようで一安心だ。

 暫くの間撫で続けていたら安心してくれたようで、しゃんと胸を張って笑みを浮かべている。


「じゃあ、ヴァイス様、『また明日』ね」

「うん、また明日ね。レイナ」


 彼女はパタパタと走って帰って行った。子供だから仕方ないとはいえ、非常に切り替えが早いし、ついていく皆も大変だなと、他人ごとに思う。

 別れの挨拶でまた明日を強調したということは、理由がない限り毎日ここに来るつもりなのだろう。他に同年代の知り合いがいないからといって、俺に依存気味ではないかと心配に思うが、まあ三歳ならばこんなものだろう。違ったら後に対処しよう。

 レイナを追いかける前に俺に一礼していった三人に、「ありがとう」と言ったら、軽い会釈と笑みを返してくれた。担当ではなくなるのだから、最後にはお礼が言いたかったのだ。憂いがなくなってすっきりした。

 なし崩し的にだがこの部屋替えでの問題が解決して安堵あんどしていると、カリンが零れるようにつぶやいた。


「三歳なのに乳兄妹と別れるのに泣かないヴァイス様って……」


 聞こえてるぞ。

 冷血漢みたいに言いやがって、俺だって寂しいのを我慢してるんだよ。

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