キョウチクトウのせい


 ~ 八月七日(火) 五万二千八百 ~


   キョウチクトウの花言葉 油断大敵



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その二台のレジ。

 隣に立っているのは、早速昨日の売り上げを新商品開発費用に変えてしまった藍川あいかわ穂咲ほさき主任。


「……また、売りに出しますよ?」

「そんなことしたら嫌なの。それより、ちゃんと思い出すの」


 軽い色に染めたゆるふわロング髪の上。

 久しぶりに被ったプラスチックケースの中。

 竹のような葉に、艶やかな淡いピンクの、まるでモモのような花を咲かせるキョウチクトウが揺れていますが。


 ……説明いりませんね。



 毒草です。



「まったく、何度叱っても君のとこのおばさんは……」

「あのね? そんなことより、金ぴかの中に赤いもの、なんなの?」

「まだそれ探してたの? 知りませんよ」

「ひょっとして、これ?」


 そう言いながら、なにか差し出してきましたけど。

 おかしくないですか?


「俺に正解かどうか、分かるはずないですよね?」

「金ぴかの中に赤いもの、これなの?」

「ですから分りませんよ。そもそも、それはなに?」

「イングリッシュマフィンに梅干し」

「さっきは俺に正解かどうか分かるわけないなんて言って悪かったのです。それ、不正解」


 断言できました。


「うーん。でも、こんなイメージなの」


 しょんぼりと、英日コラボの失敗作を脇に置いて。

 ストローで吹き矢をこさえはじめた穂咲ですが。


 そもそも、探している君自身が見たこと無いという思い出。

 それを見つけろと言われましても。



 今回ばかりは、無理だと思うのです。



 ――店内には、久しぶりにお座敷席がセットされて。

 混みあうまでの、朝のひと時。

 おばあちゃんたちが楽しそうにされております。


 今までは、十一時半までお座敷を提供していましたけど。

 カンナさんによる、苦渋の決断。

 本日から、三十分前倒しの解散命令が出されました。


 でも、ここ連日の客入りを考えるとやむなしで。

 新規のお客様、常連さん。

 どちらを取りつつも、どちらへも迷惑がかかる。

 それを承知で間を取った形。


 そんなカンナさんの苦悩など。

 こいつに分かるはずもなく。


「せっかく暑い中来てくれたのに、かわいそうなの」


 そう言いながら、仕事もせずにおばあちゃんたちを見つめていた穂咲が。

 カンナさんに怒鳴られました。


「こらバカ穂咲! 遊んでねえで仕事しろ!」

「でも、おばあちゃんたちがかわいそうなの」

「そう思うんだったらさっさとルーチン終わらせて、できるだけばあさんたちの相手をしてやれ!」


 これを聞いて、滅多に見ることのない真剣な表情を浮かべた穂咲が。

 必死にルーチンをこなし始めます。


 迅速丁寧。

 安心確実。

 文句なし。


「普段からこれくらいやれば助かるのに」


 そして俺のため息には目もくれず。

 お座敷コーナーへ向けて走って行きました。


「……さすがはカンナさん。穂咲回しの第一人者なのです」

「だれが穂咲回しだ!」

「参考になります」


 俺の軽口への反撃に、ほっぺたをつねってくるカンナさんですが。

 久しぶりに、おばあちゃんたちに囲まれる穂咲の姿を見て、目を細めています。


「毎日暑いねえ」

「そうなの。みんながクーラー使うから、お外ばっかりどんどん暑くなるの」

「あたしたちはあんまり使わないけどねえ」

「そうねえ。こういう日は、冷やしたお茶ですっぱいものを食べて涼むのよ?」

「すっぱいもの? ……なら、おすすめがあるの」


 そう言いながら、穂咲が手に取ったものは。

 夢の英日コラボマフィンなのです。


「その日の丸弁当はやめてあげて!」

「梅干しはやめて、梅ジャムにしてみたの」

「ああ、なるほどね。じゃないよ! それでも合わなそう!」

「こらバカ穂咲! そんなゲテモノ出すんじゃねえ!」


 俺とカンナさんの制止を聞かずに振舞われた品。

 梅ジャムイングリッシュマフィン。

 これに箸をつけた皆さんから、予想外なことに感嘆の声が上がります。



「……おい秋山。どうする? うけてるよ」

「定番にします?」

「なわけねえだろ、却下だ。不特定多数のお客様が増えたからな、しばらくはレギュラーメニューで行く」

「おお、なるほど」

「そして、客足に陰りが出るあたりを見計らって、期間限定でこういうやつをぶつけるんだ」


 なるほど、さすがはカンナさん。


 常連さんの配分が減ったわけですし。

 のべつまくなし悪ふざけという今までの戦法は改めた方がいいのです。


 一難去って、落ち着きを取り戻したカンナさんは。

 俺などでは太刀打ちできないスーパーレディーなのです。


「頼りになるカンナさんが帰って来た!」

「なんだと!? 今まで頼りなかったって言いてえのか?」

「ええと……、はい」

「ちっ! ……じゃあ、偉そうな事を言ったバツだ。ばあさんたちがマフィンの良いとこ悪いとこ色々言ってるだろ」

「ええ」

「それを全部、あとで報告しろ」


 それは俺じゃ無理なので。

 バイトで聖徳太子さんを雇ってください。


「無理ですよ。穂咲が目の前で聞いてるので、それを後で聞けば…………、あれ? あいつ、どこ行った?」


 たった一週間、隣にいなかっただけで。

 あいつが消える呼吸と言いますか、タイミングを忘れてしまったようで。

 目を離している間に消えてしまいました。


 でもそこに、タイミング悪く団体さんが入店されて。

 カンナさんと二人で、目を回しながらレジを打っていたのですが。


 ……どえらい声が入り口の辺りから聞こえてきたので。

 思わず叫び声をあげてしまいました。


「こらーっ!!! 世紀の解体ショーはだめーーーーっ!!!」

「なんでなの? けちけちしないでほしいの」

「ライバル・バーガーで出来なかったからって、ウチで牛を解体するんじゃありません!」


 居並ぶお客様を掻き分けて、穂咲のもとにたどり着いてみれば。

 こいつが手にしていたものは。


「トマトじゃーーーん!!!」

「誰も牛なんて言ってないの。……連れてくる? まだショッピングセンターのはずれにいるはずなの」

「勘弁してくださいよ。トマトなら思う存分解体していいので」


 戻ってくるなり。

 君はどれだけ自由なの?


 呆れ顔の俺の心労も知らずに。

 嬉々として包丁を振り上げたお調子者は。


「ではお立合い! この、産地直送まん丸トマトをあっという間にさばいてご覧にいれましょう!」


 きっとどこかでマグロの解体ショーでも見てきたのでしょう。

 のりのりで名調子を披露すると、トマトに向かって包丁をスパッと振り下ろしました。


 べしゃーーーーっ!!!


 ……もとい。

 トマトに向かって包丁をべしゃっと振り下ろしました。


「…………すぱっといかなかったの」

「当然です」


 それ、背。



 潰れたトマトの飛沫。

 見事に俺しか被害を受けなかったようですが。


 鏡を見ずともわかります。

 俺は今、すぷらった。



 ……ダメもとですが。



 俺はマイナス二人前の首根っこを摘まんで。

 ライバル・バーガーへ売りに行きました。


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