クサノオウのせい


 ~ 七月二十六日(木) 二千三百三十 ~


   クサノオウの花言葉 思い出



 店にとってプラスだったりマイナスだったり。

 とはいえ一つだけ言えるのは。


 俺が一緒じゃないと、絶対にバイトなんかできない藍川あいかわ穂咲ほさきが。

 今日も閑散とした店内で。

 叔父一家と共に、ご歓談中なのです。



 ……つまり。

 現在はマイナスです。



「道久君もこっち来いよ!」

「行きません。仕事中です」

「つれねえこと言うなって! 一緒にキャンプした仲じゃねえか!」


 ああ、そう言えば。

 まーくんと最後に会ったの、どこかでキャンプをした時だったかも。


 あれ、どこだったのでしょう。


「キャンプなんかしたの? なんであたしを誘ってくれなかったの?」

「相変わらずだな穂咲ちゃんは。お前もいたよ?」

「ウソなの」

「ウソじゃねえよ」


 軽い色に染めたゆるふわロング髪が。

 昨日の反動か、今日は気合たっぷりに、まるでギリシャ神殿のようなフォルムになっておりますが。

 その屋根を突き破って生える、美しい黄色の四枚花。


 ……クサノオウは、すっごい毒草なのです。


「しかし芳香よしかさん、すげえ才能あるよな。なんだよその髪の毛」

「えっへんなの。ママは凄いの」

「褒めちゃダメです。ほんっとにあの人は、去年はトリカブト活けてましたよね」

「切って挿してくれないと困るの。鉢植えごとだと重たいの」

「切っちゃダメです。花を挿したとこがはげますよきっと」


 君が好きな、ルパンが変装に使う程のものですから。

 かぶれて大参事です。


「あれもだめこれもだめ。道久君はうちの母ちゃんみてえだな」

「穂咲のおばあちゃんですか。……俺、そんなに厳しかった?」

「そっくりなの。でも、正座させられないだけマシなの」


 ……あんなに厳しい家庭で育った反動でしょうか。

 まーくんは、大企業のお偉いさんには見えないほど変な人で。


 そのうえ。

 大企業のお偉いさんには見えないほどつつましやかな方なのです。


 バーガー二つにサイドオーダー。

 ドリンクまで注文なさって下さいましたけど。


 三人で二千円程のお買い上げ。

 姪っ子の為に、もうちょっと豪勢にいってくださっても。


「これ、百円なのにうめえなあ!」

「それはありがとうございます。暑いですからね、こちら、サービスです」

「お? いいのか? 悪いね!」


 店長が、まーくん一家にスイカをサービスしていますけど。

 諦めちゃったのでしょうか、経営。


 ……あと、カンナさんからにらまれていますけど。

 諦めちゃったのでしょうか、命。



 それにしても、ひかりちゃんにスイカを取り分けるママ、ダリアさん。

 クールな顔立ちの外人さん。


 小さな頃にお会いしているし。

 日本語も達者な方ではあるのですが。


 どんな方なのか、よく覚えていませんし。

 大人っぽくて、気後れしてしまうのです。


「おいひかり! スイカの種を食べるとおへそからスイカが生えてくるんだぞ?」

「…………やだ」


 それにひきかえ。

 まーくんの大人気ないこと。


 俺も小さな頃言われたけど。

 大人って、どうしてこういうくだらないウソを子供に教えるのでしょう。


 可愛そうに。

 あんなに楽しそうにしていたひかりちゃん。

 しょぼんとして、スイカを食べなくなっちゃいました。


 するとダリアさんが、冷たいまなざしでマー君をにらみつけ。


「…………ウソを教えない」

「わはは! つい楽しくてな!」

「…………正座」

「おいおい、ちょっとしたジョークじゃねえか。そんなに目くじら立てなくても」

「正座」

「はい」


 まーくん。

 地べたで反省のポーズ。


 なんだかダリアさんを見ていると、穂咲のおばあちゃんを見ているよう。

 見た目通り、厳格な方なのでしょうか。


「おへそからツルが出るなんて、人体の構造的にアリエナイ」


 そしてひかりちゃんに向けて、随分難しい言葉で説明を始めましたけど。

 正しい事ではありますが。

 なんだかひかりちゃんが可哀そう。


 そう思って眺めていたら。


「ダカラ、スイカはお腹の中で育つ」

「可哀そう!」


 呆れた両親だな!

 そんなこと言ったらひかりちゃんが一生スイカを食べなくなっちゃう!


「まんまるになるの?」

「そう。まんマル」

「可哀そうだからもうやめ…………て?」


 慌ててレジから飛び出して。

 テーブルへ向かってみれば。


 ひかりちゃん、スイカを楽しそうに食べているのですけど。


 おへそから生えるのは嫌なのに。

 お腹がまんまるなのはいいんだ。


「なんだかどっと疲れたのです。でも、ウソはだめですから」

「そう、ウソはいけない」

「あなたが言いなさんな」


 俺の呆れ顔をスルーして。

 ダリアさんは、まーくんを見下ろします。


「…………そんなことで、最強の雀士になれると思うノカ?」

「マンガの影響をこんなに受ける大人滅多にいねえぞ。呆れたやつだ」

「…………実家に帰る」

「待ってくれ言い過ぎた! 早速ルール覚えるから……? 携帯で何をしてるの? まさか航空チケット!?」

「帰るために必要なモノを購入中。……こら、ケイタイを取るな」


 まーくんが慌てて携帯を取り上げて。

 そして画面を見るなり叫びます。


「エロビキニっ!? 日本海の荒波舐めんな!」


 携帯を突っ返しながら。

 まーくんは、渾身のツッコミをかましたのでした。



 …………えっと。


 なんなのこの夫婦。

 お笑いコンビなの?


 笑ったものか叱ったものか。

 対処が分からず立ち尽くす俺の耳に聞き慣れない携帯の着信音が響くと。


 まーくんはアロハの胸ポケットから携帯を取り出して。

 そして急に、真面目な表情を浮かべました。


「ダリア! 仕事だ! タブレット持ってついてこい!」

「…………了解いたしました」

「道久君! 俺たち出かけてくるから、夜までひかりの面倒みといてくれ!」

「え? …………えええええ!?」


 ちょっと!

 急になに言い出しました!?

 

「無理ですバイト中ですって!」

「経費は預けておくから自由に使ってくれ!」


 まーくんは俺の文句も聞かずに。

 強引にお札を押し付けるのですが。


「こ、こんな大金!?」

「ちゃんと返せよ? 使った分は、領収書を貰っておくこと!」

「だからだめですって! お店に迷惑がかかる!」


 俺が猛抗議すると。

 この事態に一番頼りになる人。

 カンナさんが厨房から現れて。


「そうだ! どうしてもって言うなら、店に損失分を置いていけ!」


 当然の指摘をするのですが。


 ……この事態に一番頼りにならない人が。

 救世主の足を止めてしまうのです。


「お客様に対して失礼だよ、カンナくん!」

「てめえはっ! 危機感持てよあほんだら! この店潰す気なのか!?」


 うわあ!

 あっちもこっちも大わらわ!


 ……そんな中で。

 君はよく平気でお茶なんかすすってられるね、穂咲。


「ヨロシイ。では、わが社が全面サポート。客の流れを呼ぶ方法を御社へ伝授しましょう」


 怒り心頭のカンナさんに向けて。

 冷静な声でダリアさんが言うと。


「……おお、そういうことなら構わねえか……」


 店長に押さえられていた前のめりを緩めて。

 カンナさんはようやく落ち着いてくれたのですが。


 ……俺がひかりちゃんの相手をすることまで。

 勝手に了承しないでくださいよ。


「交渉セイリツだな。では、ミチヒサくんに画期的な方法を伝えよう」


 そう言いながら、ダリアさんが携帯の画面を俺に見せますが。


 ……これって。



「エロビキニ!」



 ちょ!

 まさかこれを着て接客しろと!?


「ほ、穂咲にこんなの着せられませんよ!」


 そんな、俺の叫びも馬耳東風。

 まーくん夫妻は、あっという間に店から出て行ってしまいました。



 ……ええと。

 これはどうすればいいのでしょう。


 頼みの綱の司令塔。

 こんな事態に一番頼りになる人。

 カンナさんの様子をうかがってみれば。



「……………………なるほど、ビキニか」



 このお店。

 いよいよ営業停止になりそうです。


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