タンジーのせい


 ~ 七月二十七日(金) 五万二千三百三十 ~


   タンジーの花言葉 あなたに挑む



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その二台のレジ。

 隣に立っているのは、昨日一日ひかりちゃんと遊んでいたおかげで、すっかりご機嫌な藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はツーサイドアップにして。

 その結わえ目に、タンジーのお花を一輪ずつ挿していますけど。


 まるで両手に持った黄色いポンポン。

 みんなを応援するチアリーダー。


 でも、応援してる場合じゃなくて。

 君も稼ぎを出しなさい。



「だめだ! そもそも人がこっちまで来ねえ!」

「そうなのです。俺が立っていても効果が薄い訳、分かっていただけましたか?」


 苦肉の策で、店頭でドリンクを売ってみようというアイデアが出て。

 朝から俺が外に立って売り子をしていたのですが。


 まるで売れねえじゃねえかと。

 カンナさんが俺と代わって外に出ていたのです。


 ……でも。

 駅から続く商店街の途中に大賑わいのショッピングセンターがあればだれでもそっちに行きますし。

 その中にハンバーガー屋があれば、わざわざ一度外に出て二ブロック先のお店に行こうなどと考えないのです。


「ちきしょう! どうすりゃいいんだ!?」


 出入口で、膝を突いて頭を抱えるカンナさん。

 俺も悲痛な思いでそんな姿を見つめていたら。


 カンナさんの横をすり抜けて。

 やけにテカテカした、ショッキングパープルのスーツに身を包んだ男性が入店されました。


 ……ですが。


「いらっしゃいませ」


 俺が声をおかけしても。

 お店の様子をつぶさに確認するばかりで、スーツの男性はレジへ近づきもしないのです。


「どうなさいましたか?」

「ふん! なるほど、歯牙にもかけずにいて良いと部下に言われたが、確かにこの店舗を視察する必要はなかったかもね!」

「はあ。……お客様、どなたなのです?」

「僕かい? 聞いてしまうかい?」


 手にしたステッキを無駄にクルクルとさせてからびしっとポーズを決めて。

 赤いラメの蝶ネクタイを摘まみながら、彼が言うには。


「僕は! ショッピングセンターの! 総! 支配人さっ!」


 ……なんと。

 トップ自らの敵情視察だったのです。


 支配人さんの足元にうずくまっていたカンナさんが。

 今にも噛みつかんばかりににらみつけているというのに。


 まったく気にも留めることなく彼は俺の元に近付くと。

 メニューを少し吟味してから、一品だけご注文下さいました。


「そうだね。……この、トマトブリトーというのを一つ貰おうか」

「随分堂々としたスパイ行為ですね、支配人さん」


 べつに嫌味という訳ではなく。

 さらっと口にした言葉なのですが。


 支配人さんは、俺にちゅーでもするのかと言うほど顔を寄せて。

 目を真ん丸に剥きながら。


「ちぃ~~~~がーうぅ!!!!!」

「うわびっくりした! スパイなんて言ってすいませ……」

「総! 支配人だよ! 総! 支配人っ!」


 そっち!?


「………………それは失礼しました、総支配人さん」


 丁寧にお詫びいたしましたけど。

 なんだか連日。

 店に来るのは変な人ばっかりなのです。


「ふん! 失礼な店員だね! うちのハンバーガーショップが負ける要素など一つも無いようだけど、まあ、視察だからね。せいぜいいつもより美味い品でも作るがいいさ!」

「なんだとてめえ! おい店長! 気合い入れて作れよ!」


 お店を散々馬鹿にされて。

 カンナさんがケンカ腰で総支配人さんへ迫りますが。

 総支配人さんは涼しい顔でにらみ返すのです。


 さっき、変な人と呼んでしまいましたけど。

 これに関しては尊敬です。


 俺、にらまれている当事者でもないのに。

 カンナさんの横顔を見ているだけで漏らしそうです。


「…………お待たせしました。トマトブリトーです」


 顔すら出そうとしない店長から受け取った商品をトレーに乗せると。

 総支配人さん、カンナさんと合わせた目を逸らすことなくブリトーを掴み。

 いやらしく口端をゆがめながら包みを開きます。


 さてさて。

 どんな嫌味が飛び出すのやら。


「くっくっく! では、底辺の味とやらを堪能させていただくとしようかね! がふっ! もぐもぐ。ふん、やっぱり予想したとお何これうめえええええええ!」


 あれだけ逸らさずにいた目が、今度はトマトブリトーに釘付けで。

 口をあんぐりとさせたまま固まってしまったのですが。


 なんでしょう。

 この素直な総支配人さんを憎めない俺がいます。


「こっ、これ、好きっ!」

「お、おう。……そう?」

「すっげー! なにこれすっげー美味いのすっげー!」


 一口食べるごとにすげーと連呼する総支配人さんに。

 すっかり毒気を抜かれて呆れ顔を浮かべるカンナさんでしたが。


「こっ、これをライバル・バーガーの主力商品にしよう!」

「はあ!? ふざけんな! 秘伝のレシピはぜってえ教えねえぞ!」


 再び阿修羅像へと変身です。


「そんなこと言わないで! ちょっとヒントとか頂戴!」

「ダメに決まってるだろ!」

「ポイントは、トマトの水分を飛ばし切らないことなの」

「てめええええ! バカ穂咲! ちょっと黙ってろ!!!」


 あちゃあ。

 空気の読めないこいつを遠ざけておくべきでした。


「きっ、君がこれを考案したの!?」

「そうなの」

「採用っ!!!!!」


 …………へ?


「「「ええええええええええええ!?」」」


 店長とカンナさん共々。

 開いた口が塞がらず。


 そんな俺たちが呆然と見つめる中。

 ヘッドハンティングが続きます。


 

「時給! ここの三倍だそう!」

「ほんと!? 行くの!」

「ちょっ……! ちょっと待てバカ穂咲! そんなのダメに決まってるだろう!」


 慌てて二人の間に体をねじ込んだカンナさんに。

 総支配人さんは、財布から一万円札を五枚取り出して。


「移籍金代わりに、デラックストマトブリトーセットを五十個貰おうか」

「くっ…………、そ、そんなもので……!」

「失礼ながら、今の御社には貴重な売上ではないのかな?」


 ここのところ数日分の大赤字を多少補填するであろう大量買い。

 それと穂咲との両天秤。


 はたして、悩みに悩んだカンナさんの出した結論は……。




「ま、まいどあり…………」




 こうして、ワンコ・バーガーの制服のまま。

 穂咲は嬉々としてライバル・バーガーへと向かいました。



 ……途端に静かになった店内で。

 カンナさんは、再び膝を落とします。


「……秋山、すまねえ。それもこれも、貧乏が悪いんだ」

「カンナさん、気を落とさずに。それにカンナさんがどう言おうとも、給料三倍って言われた瞬間から、あいつの目がお金マークになっていたので引き留めようもないのです」


 まったく、しょうもないやつなのです。


 ……でも。


「大丈夫」

「…………え?」

「俺は、信じてますから」

「こんなあたしをか?」


 すると大きく息を吐いたカンナさんが。

 両のほっぺをはたいてから立ち上がると。


「……よし! 頑張るか!」


 そう言って。

 ドリンク直売のために店の外へ颯爽と向かっていくのでした。



 ……せっかく張り切ってくれたので言いませんが。


 俺が信じているのは。


 カンナさんというわけではないのですけどね。


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