シャクヤクのせい


 ~ 七月二十四日(火) 四千三百二十 ~


   シャクヤクの花言葉 優しい心



 立てば芍薬。


 立つことは俺の専売特許ですが。

 こと、お昼タイムとなると話が別でして。


 いつものように、俺は大人しく椅子に座り。

 キッチンに立つこいつの後姿を眺めます。


 頭に活けたピンクのシャクヤク。

 その美しさにも負けぬほど。

 キラキラと輝くのは、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は五つ編みにして。

 見事なシャクヤクを揺らしながらフライパンを揺すっています。



 まかないには、店にある物を何でも使っていいよという。

 優しさと言うよりも、考え無しといった言葉がぴったりな店長の方針により。

 俺たちはいつも美味しいお昼をいただくことが出来るのですが。


「教授、状況が状況ですので、安い材料だけ使ってくださいね?」

「教授では無いのだよロード君! ここでは、新商品開発チーム主任!」

「ああ、そんなのありましたね、主任」

「うむ! そして心配には及ばないのだよロード君! 料理というものは、お皿で十分美味しくなるものなのだよ!」

「ええ、そう思います。だからその逆も、また真なりだと思うのです」


 俺の目の前に置かれたお皿。

 劇画タッチで描かれたニワトリが。

 烈火のごとく怒って俺に飛びかかろうとしているのですが。


「食欲無くすのですが。これ、何のお皿?」

「無論! この料理に最適なお皿なのだよ!」


 そう言いながら、お皿の上にででんと置かれたのは。


「……しゅーる」


 黄金に輝くオムライスでした。


「チーズチーズオムライスなのだよ! お皿で出す料理の開発を店側から頼まれていてね!」

「昨日、カンナさんに言われてましたよね」

「そうなのだよ! ギャグタンカーを上げるためなのだよロード君!」


 主任は自分のオムライスにホットソースをドバドバとかけて。

 そして俺の分にはケチャップをちょびっとだけかけて席に着きました。


「客単価ですよ、主任。それより、ケチャップこれだけですか?」

「金ぴかの真ん中に、真っ赤なのがあると綺麗なの」

「……前にもそんなこと言ってましたよね。それ、なんの話?」

「さあ?」


 主任が手を合わせたので、俺も慌てていただきますをしながらスプーンを手にしましたが。


「気になって仕方ありません」

「あたしも気になってるの。でも道久君が探す気なさそうだから、遠慮してあげてるの」

「優しさアピールっぽくして、全部俺のせいにするのやめていただけません?」

「でも、気になるの」


 また始まりやがりましたか。

 とは言え、今回のは厳しいのです。


 今までのものは。

 ノーヒントと言いつつ、目玉焼きの味とか。

 ノーヒントと言いつつ、海岸で見た青いピカピカとか。

 方向性だけはあったじゃないですか。


「せめて、どこで見たか思い出せませんか?」

「どこでも見たことないと思うの」

「おかしいだろ。じゃあ無理です」


 ふくれる主任を放っておいて、オムライスを食べ終えて。

 食後にどうぞと店長さんから頂いたチーズケーキのお皿を寄せてスプーンを手にすると。


 こいつは自分の分のケーキを箱に詰めて、冷蔵庫に入れてしまいました。


「……食べないの?」

「チーズケーキ、ママが好きなの」

「知ってますよ」

「おうちで食べるの」


 ああ、なるほど穂咲らしい。

 小さな小さなケーキですが。

 半分こして食べるのですね。


 なんだか、お腹も心も満腹。

 そんな幸せに浸っていたら。


 ……お店の方から。

 子供の泣き声が響いてきました。



「どうしたんです?」


 穂咲が慌てて駆け出して。

 俺は休憩室を整理してから後を追うと。

 穂咲とお父さんにあやされた男の子が。

 テーブルで、ぐずっていたのですが。


「うそつき! ハンバーガー、チーズが入ってない!」

「入ってるだろ圭太。ほら」

「ちがうの! チーズじゃないの! 絵本で書いてあるのがチーズなの!」


 ええと。

 なにがお気に召さないのか。

 さっぱり分かりません。


 再び泣き出してしまった男の子を挟んで。

 カンナさんとお父様と、三人で顔を見合わせて首をひねっていると。

 穂咲が休憩室へ駆け出していきました。


 そして。

 戻って来た穂咲が手にしていたものは。


「ああ、なるほどね! ……お客様。チーズをお持ちいたしました」


 俺の声に合わせるように。

 穂咲が男の子の前に差し出したもの。


 それはスプーンで穴をくりぬいた。

 さっきのチーズケーキだったのです。


 大喜びの男の子と。

 わざわざすいませんと、苦笑いと共にお礼を言ってくださるお父さん。


 ……思えば、俺だって子供の頃。

 チーズと言えばこいつを想像したものです。


 初めて本物を見たのは中学生の頃。

 感激して食べたけど、癖が強くて残念な思いをしました。


 君は、俺よりも大人な所があるけれど。

 いつまでも子供だから。

 こうして気持ちを察してあげることが出来るんだね。


「ぽこぽこ穴を開けちゃって。チーズケーキをスプーンでくり抜いたのですね?」

「これはチーズケーキじゃないの。チーズなの。絵本で見たから間違いないの」


 カンナさんもお父さんも。

 そして男の子も、幸せな笑顔を浮かべて。


 俺も嬉しさで胸をいっぱいにさせながら。

 穂咲と一緒にレジへ向かいました。







「……道久君」

「なんでしょう」


 お隣りに並んだ。

 俺の世界に幸せの種を蒔いて歩く天使が、いつもの無表情を向けてきます。


「冷蔵庫に、ケーキがもう一つ入ってたんだけど。道久君は食べないの?」

「なに言ってるのさ。あの子にあげたのはチーズなんだろ? 君が冷蔵庫に入れたチーズケーキが入ってるのは当然なのです」



 ちらりとうかがったお隣に。

 シャクヤクよりもはなやかな笑顔が。

 ぱあっと花開きました。


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