Summer cherry
街宮聖羅
桜の木の下
「
真夏の太陽が差し込む山道を疾走するオフロード車の車内。
助手席に座る幼馴染の声はアスファルトの上を走る音で聞こえづらい。
運転中に答えることがあまり得意でない僕は一言だけ発する。
「双海山だよ」
「あー、確かそう言ってたね……あ、ごめんごめん!運転中に話かけっちゃって」
質問した後に気付くのが彼女っぽい感じ。
出発する直前に言ったことはすぐ忘れ、後から言ったこともすぐ忘れる。
幼少期から変わることのない彼女の癖。
そんな彼女の名前は
年齢も同じで身長は僕の方が五センチほど高いがヒールを履かれると彼女の方が高くなるのが最近の悩み。
ヒールを履かないで、とは言えないので心の中に押しとどめている。
千夏の赤みがかったショートボブの髪を
肩を露わにしているデザインをしたホワイトのワンピースは肌との相性が抜群に良い。僕はそういうところが好きだ。
「いや、いいよ。山道はゆっくり走っているから少々話しても運転に支障はないよ」
この車がマニュアルの車であったならば、ゆっくり走っていようが喋れない。
オートマであるからこそできた余裕は話をする機会を作ってくれた。
肩と肩の距離はわずか十センチ、軽自動車ならではの距離だと感じている。
車内の中央を通るサイドブレーキのレバーとドリンクホルダーが僕らの距離を縮めさせない。ほんとうはもっと近づきたいのに。
僕は目的地が近づいているというカーナビのアナウンスを聞いてもうすぐ到着であることを悟り、隣のあいつに伝えようと顔を向ける。
「寝ていたのか」
そう一言だけ言うと、すぐに正面へ向く。
向く前と向いた後では見えていた景色が変わっている。
自動車運転あるあるだが、この行為が事故に繋がっていると思うと体が震える。
あれから五分が経ち、目的地に到着した。
《双海山展望台駐車場》書かれている看板は錆が付いており、建立されてからかなりの年月が経っているのだろう。初めて来たときは………。
「あー。ここって……あのときは雨が降ってたんだっけ?それも小学生の遠足の時だよね。懐かしいなー」
そうだ。確かに僕たちが初めて訪れたのは確かにそれが最初ではあるが……。
「いや、その後に一度来てるぞ。中学生の夏の日に。そういえばあの時もこんな暑い日だったよな。まあ、山だから日陰もあるし」
「え、それって何のこと?」
千夏の驚いている顔はシンプルな疑問を聞くような表情。
本当に覚えていないということがわかりやすい。
僕は千夏の疑問に淡々と答えようとするも……。
「何のことって…………あれ、あの時何したんだっけ?確かに言ったのは覚えているんだけど……」
「ま、いいや!それより、展望台があるんでしょ?そこ行きたい!」
「そ、そうだな。ま、展望台まではそこまで時間はかからないから取り敢えず行こっか」
モヤモヤ感を残しながらも千夏に促されるままに行く準備をする。
先ほどコンビニで買ったアクエリオスは車内への直射日光で水滴がペットボトルの表面を覆っている。
貴重品と必要最低限の水分をクリーム色に染まった無地のバッグに入れて、肩にかける。自動車のキーを掛けて彼女の方に向き直る。
「じゃ、行こうか……千夏」
――――双海山中腹まで登って来た二人
「あっついなぁーーー!これは計算外だったわ」
山は思ったより日陰がなかった。というより、今日の気温が高すぎる。
本日の最高気温は三十七度。今年最高気温と言われた今日、僕たちは山に来ているという何とも愚かなことをしたものだ。
だけど、今日じゃないとここには来ても意味がないのだ。
「それにしても、本当に日陰がないよねーー。暑いし、歩くの疲れるし……。だけど、私は今日来れてよかったよ?」
「そ、そうか?それはよかったよ。まあ、俺が今日来た理由ってのも………。そ、そうだ。そろそろ休憩しようか、あんまり長く歩いていると熱中症になるし」
「んーー。そうだね、私もそろそろって思ってたから」
現在辺りを見渡して見える日陰のある場所を探す。
しかし、辺り一面……。
「の、野原しかないな。さすがに日陰が欲しい」
森林の茂みの中に差し込む光でただでさえ暑かったのにここにきて何もないところに来るとは。
そういや、こんなことが前にもあった気が………。
気を取り直して少し歩く。千夏の額には大量の水滴が。
もうそろそろ休ませないと熱中……とそこに。
「ねえ蒼夜!桜、桜の木があるよ!丁度葉っぱがいっぱいあるから影もできてるし。あそこで休もう?」
え、あんなところに木があったのか。と、気付かなかった自分に驚く。
だが、折角あるのだから休まないわけにはいかない。
「そうだな、あそこで休憩してから。登るのを再開しよう」
僕たちは駆け足で日陰の元へと向かう。
いち早く着いた僕は気が抜けたあまりに寝転んでしまう。
登ろうという気持ちが途絶えそうになるくらいリラックスする。
千夏も同じように目をつむって新緑の色をした草むらの上に仰向けでいる。
僕と同じように気が抜けていなければいいが。
すると突然、千夏が俺に語り掛けてきた。
「ねえ。小学生の時ここに来た時のこと覚えてたりする?」
「ああ、微かにっていう感じでは記憶にある」
「私たちが付き合い始めてちょうど三カ月だっけ?その時は雨だったけど今日みたいに暑かったじゃん?だから、先生たちも何で山登りにしたんだって嘆いていたのをよく覚えているんだ」
「そういや俺たちが付き合い始めたのは小六だったな。たしかに、暑かった気がするよ。それに、雨だったから今日とは違う暑さだった。蒸し暑いって言うのかな」
「うん。そのときね、私この木を見たことがある!…………気がしてるんだ」
「マジで?俺は記憶がないけどな。まあ、同じ班だった訳じゃないからそりゃそうだよな。あ、だから桜の木って言ったのか、見たことないと分かんねえもんな」
「いや、私だって一発で当てられるほど木のことなんて知らないよ。ただね、あの時。あの時見えたんだよ……」
千夏は少し怪訝な顔をしていた。
ここまで深く考えている彼女もなかなか見られない。というか、見たことない。
千夏との付き合いが意外と長いが授業中でさえここまで考えている顔はまずない。
そして、その顔は徐々にいつもの雰囲気を取り戻してゆく。
しかし、彼女が放ったことがよくわからなかった。
「そう、そうだ!あの時、この桜が満開だったんだ。だから、桜ってわかったんだよね」
「はい?俺たちが遠足に行ったのはめっちゃ暑かった夏の日だろ?そう、今日みたいな暑さで皆が倒れていったやつ…………え、皆が倒れた?」
僕は無意識に出た「皆が倒れた」という言葉に反応する。
いや、小学生の時はみんなが無事に帰っているからそんなことは。
いや、でも、倒れていた気がするんだ。何人かというレベルじゃないけど、そう、熱中症でたくさん倒れていた気がする。
あれはいつだったんだ。そう、こんな日みたいに晴れて、暑くて、彼女の笑顔を見てとても幸せだったあの日。
そう、僕の記憶にはそんな情景が浮かんでいるのに。
じゃあ、この木が桜の花でいっぱいだったっていつ知ったんだよ。
って、なにボケてるんだよ、さっき千夏がそう…。
"そう言った気がしたんだ"
「千夏っ!!!!!」
隣を見たらそこには誰もいなかった。
確かに先ほどまで一緒にいたはずなのに。
さっきまで見たこともないような表情で笑っていたのに。
どこに行ったんだよ、俺だけの千夏はどこに行ったんだ…………。
そう、か。思い出した、今日だ。今日だったんだ。
千夏と俺が最後に会ったあの、中学生最後の夏の双海山の遠足。
いや、二人の人生最後の。だっけ?
そうだった、ここは俺たちがいなくなった最後の場所。
♦ 今日の最高気温は三十八度。この夏最高の猛暑日。
そして、本日の双海山の駐車場に止まっている車の数はゼロ。
入り口付近の不法投棄防止のための防犯カメラには自動車が一台も映っていなかった。駐車場の真ん中にアクエリオスのからがぽつんと置かれていた。
Summer cherry 街宮聖羅 @Speed-zero26
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