第12話 晩御飯にはドラゴンのステーキを

貴史は立ちあがるとレイナ姫の後を追った。



広間の真ん中当たりに放り出されたラインハルトが倒れていて、レイナ姫が駆け寄っていく。



貴史はときおり痙攣するグリーンドラゴンの体の横を怖々と通り過ぎた。



「シマダカタシ無事だったんですね。」



背中にクロスボウを担いだヤースミーンが駆け寄ってきた。



「危ないところだったが姫が奴を仕留めてくれたよ。」



ヒットアンドアウエイは戦いの基本だ。 射撃と同時に退避に移ったこいつは俺よりも戦いに慣れている。



貴史はヤースミーンを少し尊敬する気になっていた。



貴史とヤースミーンはラインハルトを介抱するレイナ姫に近寄った。ラインハルトは擦り傷だらけになってぐったりとしている。



「しっかりしろラインハルト。目を開けてくれ。」



レイナ姫は涙ぐみながらラインハルトに取りすがっていた。その時、貴史達の背後から声が聞こえた。



「お主達、手伝いに来てくれたのか。」



ミッターマイヤーだった。その横にはスラチンもゆらゆらしながら佇んでいる。



「ラインハルトさんの案内だけのつもりだったのが、戦いに巻き込まれてしまったのです。」



話を聞いてくれそうな相手が現れたので、貴史はおもいきり愚痴る。



「それは気の毒じゃったの。じゃが、おかげでドラゴンを仕留めることが出来た。礼をいうぞ。」



ミッターマイヤーはフォッフォッと笑いながら、ラインハルトを抱きかかえるレイナ姫をのぞき込んだ。



「今日のうちにエレファントキングとやらを屠るつもりでしたが、ラインハルト君がその様子ではそれどころではなさそうですな。」



「じい。医者だ。早く医者に運ばなければ。」



せっぱ詰まった様子で訴えるレイナ姫にミッターマイヤーもどうしたものかという表情をする。



その時、スラチンがレイナ姫とラインハルトの前に進み出た。


スラチンは汗のような滴を浮かべながら、ぶつぶつと何かつぶやいていたが、気合いを込めてぴょんと跳んだ。



青白い光がラインハルトを包み、レイナ姫に抱かれて力なく垂れていたラインハルトの腕がぴくりと動いた。



「う。いててて。」



ラインハルトが声を漏らした。レイナ姫の表情が一気に明るくなった。



「ラインハルト気がついたのか。」



レイナ姫がラインハルトを抱きしめる姿を見て気恥ずかしくなった貴史はヤースミーンに話しかけた



「スラチンが回復魔法を使ったんだな。」



「そうみたいですね。」



二人がスラチンに目を向けるとスラチンはアメーバーのように平べったく伸びてしまっていた。



「どうしたんだこいつ。死んでしまったのではないよな。」



「今朝も回復魔法を使ったばかりだし、体力を使いすぎたのかもしれませんね。でもまだ生きているみたいですよ。」



ヤースミーンがスラチンの体の縁を杖で突くと、その部分はひゅっと引っ込んだ。ちゃんと反応しているようだ。



その横で、ミッターマイヤーはチョークで床に何か書き始めた。



「何をしているんですか。」



貴史が尋ねると、ミッターマイヤーは手を止めないで答えた。



「怪我人もいることだし、魔法でおぬし達の宿屋まで跳ぼうと思ってな。この丸の中から出ないでいてくれよ。」



ミッターマイヤーはハグしているレイナ姫とラインハルトの周囲に集まっている一同を円で囲むと、今度はその内側に星形みたいなのを書き始めている。



ヤースミーンはミッターマイヤーの手元をのぞき込みながら尋ねる。



「ダンジョンの中からいきなり跳べるのですか。」



「もちろんじゃ。瞬間移動の難易度としては大して違わんよ。」



「それでは、あのドラゴンの胴体部分を一緒に運んでもらうわけに行きませんか。」



チョークで線を書く手を止めたミッターマイヤーはドラゴンの胴体をしげしげと見詰めた。



「ちょっと大きすぎるのお。この円の中におさまる大きさなら何とか運べるな。」



ヤースミーンは振り返って貴史を見た。



「聞きましたかシマダタカシ。円に収まるようにドラゴンの足と尻尾を切り取りましょう。」



「ドラゴンなんか持って帰ってどうするんだよ。」



貴史は悪い予感がした。相手は鱗に覆われた緑色のドラゴンなのだが・・・。



「タリーさんならおいしい料理にしてくれますよ。」



ヤースミーンの答えは貴史の予感の通りだった。




貴史は仕方なくドラゴンの死体の方に歩くと、足首に深々と刺さっていた自分の剣を引き抜いた。



首を落とされたドラゴンの胴体はあまり食欲が湧く姿ではない。



貴史についてきたヤースミーンは貴史に向かって指図をし始めた。



「シマダタカシ。まずは足と胴体の付け根の部分から切り込みを入れてください。」



貴史は言われたとおりにドラゴンの太ももの内側辺りから剣で切り始めた。その辺りには鱗が少ないので意外とすんなり皮を切り裂くことが出来た。



ヤースミーンは貴史が切ろうとしている足の先端部分を持つと、股割きになる方向に引っ張り始めた。



「私が引っ張っているから関節が出てくるまでどんどん切り進んでください。」



貴史は言われるままにザクザクと肉を切り裂いた。脂肪の層にに覆われた赤い肉を切り進むと、やがて丸い大きな骨が現れた。



「関節らしきものが見えたよ。」



それを聞いたヤースミーンは足の先を持って頭の方に力一杯引っ張って行った。本来は関節が曲がらない方向だ。ボキッと大きな音を立てて関節がはずれた。



「股関節がはずれましたね。残りの部分を切り離してください。」



貴史は、ひたすら肉を切り裂いてどうにかドラゴンの足を切り離すことが出来た。




貴史は額に浮いた汗をぬぐったが、ヤースミーンはもう片方の足と尻尾も切り離せと言って譲らない。




貴史はへとへとになりながらも、ヤースミーンの指示通りに足と尻尾を切り離した。



ヤースミーンはミッターマイヤーとレイナ姫にまで協力を求めて、ドラゴンのバラバラ死体を引きずって動かし始めた。


各部の重量は一トンを超えているに違いない。しかし、石造りの床の表面が滑らかなことと、流れ出た血が潤滑剤の役目を果たしたおかげで、どうにかバラバラにしたドラゴンの体を動かすことが出来た。



「ふむ、どうにか円の中に納まったの。それではギルガメッシュの酒場まで一気に跳ぶぞ。」



ミッターマイヤーはひとしきり呪文をつぶやくと、強い念を込めた。貴史は周囲の景色が揺らぐのを感じた。



次の瞬間、貴史達はギルがメッシュの酒場の正面に移動していた。




気配を感じて貴史が振り返ると、野菜を運んでいる途中だったらしいタリーが瞬時に現れた一同に驚いて、持っていた野菜を取り落としていた。



「おお、危なかったのあんた。この円の中に踏み込んでいたら、わしの魔法で何処とも知れぬ虚空にとばされておったぞ。」



タリーの顔は更に青くなった。



「どういうことなんだ。」



貴史はヤースミーンに尋ねた。貴史が足元を見ると先ほどいた広間の石の床が貴史達と一緒に移動してきていた。それはまるでミッターマイヤーがチョークで描いた線にそって切り取られたようだ。



「瞬間移動するときは異動先にある物質全てをあらかじめ異空間に飛ばしておくのです。たとえ空気でも残っていたら瞬間移動した物質と重なって存在してしまい大爆発を起こしますからね。」



瞬間移動魔法って無茶苦茶危険じゃねえか。貴史は血の気が引く気がした。



「タリーさん。レイナ姫がグリーンドラゴンを仕留めてくれました。このドラゴンを使って料理を作れますか。」



ヤースミーンは屈託のない笑顔でタリーに聞いた。



タリーは足やしっぽの切断面をじっと眺めていたがやがて顔を上げた。



「なかなかいい素材を持ってきてくれたな。腕の振るいがいがあるというものだ。」



タリーそうつぶやくと貴史たちに向かってにやりと笑った。




夕刻になり貴史たちはギルガメッシュの酒場でレイナ姫とラインハルトを囲んで一緒に夕食を取った。



街から来た兵士達は賓客と同席することになってしまい緊張した表情を浮かべている。



レイナ姫は食事の途中で改まった口調で話し始めた。



「皆さん聞いてください。私は彼と共に新たな天地を求めて旅に出ようと思うのです。」



「ほう。ヒマリア国を捨てて行かれるとおっしゃるのか。」



皮肉な口調で口をはさんだミッターマイヤーに姫は真摯に答えた。



「今回の件も兄の嫌がらせに過ぎません。たとえエレファントキングを倒したところで新たな無理難題を私に押しつけてくるのは目に見えている。このままヒマリアにいれば私は兄や父を相手に血で血を洗うような戦いを起こさざるを得なくなります。」



「それはそれで良かったかもしれんがのう。」



ゴスッ。テーブルの下でレイナ姫がミッターマイヤーの膝を蹴ったようだ。



「真面目に聞いてくれ。あのような男でも私の兄だ。私が肉親の血で塗り固めた道を歩くような真似をさせないでくれ。」



「仕方がありませんな。それならば明日二人で出立なさるがいい。私が後から必要な物資を送らせましょう。」



ミッターマイヤーは膝をさすりながら寂しそうに告げた。



「すまないなじい。ラインハルトそれでよろしいですね。」



「是も非もありません。私のために姫が国を捨てるというならたとえ地の果てまでも一緒に参ります。」



レイナ姫はうなずいた。彼女は本気で二人きりで新天地を目指す気だった。



「時にマスター。今日の料理もなかなかの味だな。」



姫のねぎらいの言葉にタリーの表情がゆるんだ。



「ありがとうございます。本日のメインディッシュはグリーンドラゴンのステーキです。残念ながら料理人の腕よりも素材の良さが味を決めていますね。」



レイナ姫はナイフとフォークを持つ手を止めるとラインハルトと顔を見合わせて楽しそうに笑った。

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