第13話 テイクアウトのドラゴンケバブ
ギルガメッシュの表の広場では、装具を身につけた騎士達がひしめいていた。その数は軽く五十を超える。森の立木に彼らの馬が繋がれているために騎士の頭数より更に賑やかに見える。
タリーは最近増えたこの手のお客に対応するべく、丸太を使った椅子や、同じく丸太に天板を乗せただけのテーブルを戸外に増設していたがそれでも足りなかった。
貴史は垂直に立てた心棒に突き刺した巨大な肉をぐるぐる回しながら、調理用の剣を使って表面の肉を削り落とすのに忙しかった。
「どうだ、シマダタカシ。私が考案したドラゴンケバブはちょっとしたものだろう。」
タリーは焼き上がったピタパンを山盛りにしたかごを運びながら言った。
「ドネルケバブの肉をドラゴンの肉に変えただけじゃないですか。」
シャベルに受けた削った肉ををヤースミーンに渡すのに忙しい貴史が答えると、タリーは立ち止まってぽつりと言った。
「そうか、シマダタカシの世界にも同じものがあったのか。」
その時、待ちかねた騎士達が騒ぎ始めた。
「お姉さん肉まだ焼けないの?。」
「お腹ペコぺこですよ。」
ヤースミーンは、タリーからピタパンをひったくると半分に割って、肉と野菜をはさみ始めた。
「はーい。上手に焼けました。」
ヤースミーンは適当に返事をしながら、ヨーグルトソースをかけてドラゴンケバブピタサンドを仕上げると、手早く騎士達に配っていく。
メイド服姿でピタサンドを売るヤースミーがドラゴンケバブスタンドの看板となりつつあった。
「一回り削ったら、このスパイスを塗り込んでくれ。ドネルケバブは薄い肉を積み重ねて作るからスパイスも挟み込んであるが、こいつはドラゴンのすね肉の塊を使っているから削る度にスパイスを追加しないといけないんだ。」
タリーはドネルケバブ用のヒーターに炭を足しながら言った。そのヒーターも貴史とタリーが煉瓦を積み上げて突貫工事で仕上げたものだ。
「了解であります。」
貴史はボウルに入ったニンニクやスパイスにヨーグルトを加えた液体を刷毛で肉の塊に塗りつけ始めた。
「商売繁盛しているようで結構だのう。」
聞き覚えがある声に、貴史とタリーが振り返ると、そこには騎士の出で立ちをしたミッターマイヤーの姿があった。
「ミッターマイヤーさん。また戻ってきたんですね。」
貴史が叫ぶとミッターマイヤーは破顔一笑した。
「もちろんじゃ、必要なものを送るためと言ったじゃろ。わしは先王様の命により命ある限りレイナ姫を守らねばならん。」
タリーはミッターマイヤーと広場にいる兵士達を交互に見ながら尋ねた。
「最近続々と押しかけてくる兵士達はあんたの差し金なのか。」
すると、ミッターマイヤーは兵士達を見ながらのほほんとした顔で答えた。
「どうかのお。実はヒマリア国内でレイナ姫が辺境に新国家を打ち立てるという噂が広まっての。こいつらは困ったことにレイナ姫を慕うあまりヒマリア国軍を脱走してきたのじゃ。」
絶対、あんたが裏で糸を引いたんだろ。貴史は彼の顔を見ながら考える。このとぼけた顔のじいさんは、ヒマリア国の勢力図を書き換えるようなことを平気でやってしまう。
「兵士だけでなくて職人や商人、そして農民達も続々とここから東の辺境の地を目指して旅立っている。ここから先は魔物が多くなるから、この者達が守ってやったらちょうどいいのう。」
飄々とした調子で話すミッターマイヤーにタリーが尋ねた。
「客が多いのは結構ですがここの状況では食材の供給が追いつきませんな。あなたの力で安く食材を提供していただけませんか。」
ミッターマイヤーは顎に手を当てて考えてから答えた。
「この連中は輜重部隊も引き連れてきているから、宿営地で自力で食事を作ることも出来る。じゃが、行動中の昼食を提供してくれたら助かるじゃろうから、一つ、こいつらのリーダーに相談してみようかのお。」
ミッターマイヤーはあくまで自分が率いているとは言わない。
「しかし、その肉の塊が旨そうじゃのう。もしかしてこの間のグリーンドラゴンのなれの果てか。」
貴史達が協力してグリーンドラゴンを倒したのは一週間ほど前のことだ。
「そうです。ドラゴンケバブと名づけて売っています。」
「わしにも一つくれんかのう。」
ミッターマイヤーのオーダーを訊いてヤースミーンが彼が座った席にドラゴンケバブサンドを持って行く。
「ミッターマイヤーさん忙しそうですね。もしかしてここにも瞬間移動しませんでした。この辺の空気が揺らぎましたよ。」
「解るのか。やはりおぬしは只者ではないの。」
「ぎゃあああ。何をするんですか。」
ヤースミーンの悲鳴が辺りに響いた。どうやらミッターマイヤーがおさわりをしたらしい。
しばらくすると、ヤースミーンは無惨に割れたトレイを持って戻ってきた。ミッターマイヤーの頭を殴って割れたようだ。
昼過ぎになり、食事を終えた騎士達は順次出発して行ったが、そのうち十騎とミッターマイヤーはギルガメッシュに宿泊するという。
片付けを終えて一息ついたタリーは、貴史に告げた。
「夕刻は火酒や葡萄酒も出すから倉庫から一樽ずつ運んでおいてくれ。」
「わかりました。」
貴史は答えてからふと疑問に思って尋ねた。
「ギルガメッシュの倉庫には高級そうなお酒がたくさんあるけどあれもタリーさんが仕入れたんですか。」
「ああ、あれはな、前の持ち主が仕入れたもので随分高い値段で譲ると言ってくれていたが、俺はなにぶん金が無かった。仕方がないので買えないから持って行ってくれと言ったら彼は魔物が怖くて早く逃げ出したかったのでそのまま置いていってくれたんだ。」
足元を見て巻き上げたようなものだ。貴史は少しあきれながら地下倉庫から酒樽を運んだ。
酒樽を運んできた貴史にタリーが近づいて来た。
「ありがとう、あれこれ頼んですまないが、野菜の在庫が切れそうだ。裏の荷車にビール樽を一つ積んで、オラフさんの所に行ってくれ。物々交換で野菜を提供してくれる約束だ。一人だと危ないからヤースミーンと一緒に行くといい。」
タリーは紙切れに書いた地図を手渡しながら言った。
近くにいたヤースミーンも聞こえたらしく怪訝な顔をした。
身支度をした二人は言われたとおりに荷車にビールを一樽のせ、貴史がそれを引きながらでかけることになった。荷車は貴史の世界にあったリアカーを木製にしたような代物だ。
貴史は一緒に歩いているヤースミーンに訊いた。
「この辺にはギルガメッシュ以外は人家はないと聞いていたが農家がいるのかな。」
ヤースミーンも疑問に思っていたようだ。
「トリプルベリーの町からこちらには人は住んでいないはずです。タリーさんは一体誰と取引すると言っていましたか。」
「オラフさんと言っていたようだが。」
ヤースミーンは貴史の告げた名前に心当たりはないようだった。
地図が示す二人の行き先は鬱蒼とした森の中だった。
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