第5話 魔物料理人との出会い

貴史は森の中に踏み込んでみる。



目が慣れてくるとそんなに暗いわけでもなく、貴史の後にヤースミーンとスラチンも続く。



森の中では一人の男が剣を抜いて魔物と対峙していた。男は三十代ぐらいの男性で少しお腹がたるんでいるようだが、筋肉質でがっちりとした体型だ。



「すまないが手伝ってくれないか。俺はこいつを仕留めて持って帰りたいんだ。」



男が指さす先には一頭の大きな魔物が立ちあがっていた。身の丈は二メートル近い。大きなくちばしが付いているし退化した羽もあるので鳥のようだ。しかし、頭には二本の角があり、全体のフォルムは牛に似ていた。



「クロゲウシドリですね。」



ヤースミーンがつぶやいた。



「そうだよ。こいつが寝ている所を見つけて足にロープをかけることが出来た。どうにかして捕まえて俺の酒場の客に食わしてやりたいんだ。」



「あなたが酒場をやっているんですか。」



「そうだ。悪いが詳しい話は後にしてくれ。スライム使いの兄ちゃんには剣を構えてこいつの前に立って欲しいんだ。それから、俺の名はジョシュア・タリーだ。」



タリーは言い捨てると魔物の背後に回り込もうとした。貴史はやむなく背中に担いでいた剣を抜くとクロゲウシドリの正面に立った。



クロゲウシドリは貴史を新手の敵と認識したのか、猛り立って突進してきた。しかし、途中で足を縛ったロープがピンと張ったので魔物の突進は止まった。



これって、ロープが切れたりしたら俺がえらい目に遭うよな。貴史はタリーなんか放っておいて、逃げようかと思う。



しかし、逃げてどこかに行く当てもないので、言われたとおり、更にクロゲウシドリに近寄って剣を構える。




クロゲウシドリの後では、タリーが西部劇のカウボーイよろしく輪にしたロープを頭上でくるくる回し始めた。投げ縄をかけるつもりのようだ。



クロゲウシドリはタリーが背後に回ったことには気付かずに、再び貴史に突進してきた。



足のロープが伸びきってクロゲウシドリが止まった時に、タリーは投げ縄を気合いを込めて投げた。縄はうまくクロゲウシドリの角に引っかかった。



タリーは素早くロープを引いて輪を引き締めると、貴史のいる方に戻ってきて、ロープを木に結わえ付けた。二カ所からロープで引っ張られる形になったクロゲウシドリは、身動きが出来なくなった。



「次はどうするんです。」



「次はな、こうするんだよ。」



タリーはその辺に落ちていた2メートルほどもある太い丸太を拾うと、立木を軽く叩いて強度を確かめていた。そして大きく振りかぶるとクロゲウシドリの頭に力一杯たたきつけた。



太さ5センチメートルはありそうな丸太が、へし折れる勢いだ。クロゲウシドリは白目をむいてひっくりかえった。



タリーは気絶したクロゲウシドリの足を改めてロープで縛ると立木の大枝にロープをかけて引っ張り始めた。



「ほら。見てないで手伝ってくれよ。」



ぼーっと見ていた貴史とヤースミーンが一緒に引っ張って、クロゲウシドリは逆さづりになった。タリーは剣を抜くとクロゲウシドリの鎖骨の内側にぐさりと突き刺すと素早く引き抜いた。傷口からはドバドバと血が流れ落ちる。



ヤースミーンは見慣れているのか平気な顔だが、貴史は見ていて貧血を起こしそうだ。



「これ、どうするんですか。」



貴史が尋ねると、タリーは剣の血をぬぐいながら答えた。



「持って帰ってから俺の酒場兼宿屋のお客に食べさせてやりたいんだよ。見てのとおり魔物を捕まえるのも人手がいる。おまえ達、宿屋と酒場の仕事も含めて俺を手伝ってくれないか。」



貴史と顔を見合わせたヤースミーンは少し考えてからうなずいた。



「私はヤースミーンです。私を雇ってください。」



貴史も、行く当てがないのでヤースミーンに追随せざるを得ない。



「僕の名は島田貴史、仕事を手伝わせてください。」



「話は決まった。宿に屋根裏部屋があるからそこをおまえ達の部屋にしていいよ。まずは血抜きが終わったらこいつを持って帰ろう。」



タリーは血が流れつくしたアバレウシドリの死体を獲物袋に詰め込む。



そしてそいつを貴史と2人がかりで担いで運ぶことになった。




タリーの酒場兼宿屋「ギルガメッシュ」までは数キロメートルの距離がある。



「なんで、魔物を食べさせたりするんですか。」



肩に食い込んでくる獲物の重さに苦しみながら貴史が尋ねた。



「考えても見ろよ。この辺は魔物の勢力圏だが、王のおふれのおかげで腕自慢のパーティーがエレファントキングを倒そうと次々にやってくる。明日決戦という夜に野宿するよりは宿屋に泊まってうまい物を食いたいと思うのが人情だろ。」



「それはそうですね。」



貴史が答える横でヤースミーンもうんうんとうなずいている。彼女達は昨夜野宿して戦いに挑んだに違いない。



「ところが、この辺りでは魔物にさらわれるから家畜を飼うのは不可能だ。主食を含めて保存が利く食料を都から運んでくると高くつく上においしくない。そこで俺は魔物を料理して提供することを考えたわけだ。」



「クロゲウシドリがおいしいという話は聞いたことがあります。」



ヤースミーンが言った。



「そうだろう。」



本当にこの魔物を食うのか?。貴史が考えているうちに一行はタリーの酒場兼宿屋に着いた。



木造2階建ての古びた建物で、一階の前面は酒場になっている。 大きな看板には貴史には読めない文字が書いてあった。



「何て書いてあるんですか。」



「ギルガメッシュの酒場と書いてある。ちょっと古いがいい店だろう。」



タリーは自慢げに言った。



「タリーさんが建てたんですか。」



ヤースミーンが尋ねるとタリーは言った。



「いいや。前の持ち主が魔物に脅かされてここを捨てて逃げると言うから俺が格安で買い取ったんだ。」



なるほど。貴史は何となく納得した。周囲には他の人家も見あたらない一軒家だ。魔物が出没し始めて落ち着いて商売も出来なくなったのだろう。



「さあ、夕ご飯にありつきたかったらこいつを解体するのを手伝ってくれ。」




タリーは店の裏手にある大きな軒にロープをかけると、獲物袋から出したクロゲウシドリを逆さづりにする。




そして、大きなナイフを取り出すと獲物の皮をはぎ始めた。



タリー離れた手つきで皮をはぎ取っていく。



「ヤースミーンとシマダタカシは両側から引っ張ってくれ。」



貴史たちが言われたとおりにすると、タリーはスピードを上げて一気に皮をはぎ終える。



そして次に大きな木桶を持ってくると、獲物の下に置いた。



タリーは獲物の校門の周辺をナイフでくりぬくと糸で縛り、一気に復腔を切り裂いた。



クロゲウシドリの腹腔から大量の内臓が木桶になだれ落ちるのを見て、貴史は気分が悪くなった。



タリーが獲物の首を切り落とすと、つるされた獲物は何となく枝肉の塊に見えてきた。



タリーはさらにナイフを振るい、大きな足の付け根から切れ目を入れ手足を切り落とす。




解体を進めるほどに、タリーが脇に置いてあった木製のバットには肉の塊が積みあがっていった。




内臓や頭が入れられた桶は要領よく手押し車に載せてある。



「ヤースミーンとシマダタカシは向こうの森のはずれに穴を掘っておいたから、そこにこれを捨てて土をかけて埋めてきてくれ。」



貴史が手押し車を押し、ヤースミーンが木桶を支えながら進んでいくとほどなくタリーが堀ったという穴が見えた。



貴史が桶の中身を空けると、穴の底からは獲物の頭が覗く。それがこちらをにらんでいるような気がしたので、貴史は慌てて土をかけ始めた。



内臓や頭を埋めて、タリーの元に戻ると、タリーはすでに肉を切り分けて貯蔵庫に運んだ後だった。



「お疲れ様。今日は食事は俺が作るから部屋に行って休んでいてくれ。」



貴史とヤースミーンに声をかけてから、タリーは店の裏の方に消えた。



「タリーさんタフですね。」



ヤースミーンがつぶやき、同感だった貴史もうなずく。



貴史達が店に入ると酒場スペースは結構広くて椅子もテーブルもたくさんある。入り口横の勘定場は宿の受付も兼ねているようだ。



酒場の奥には二階に続く階段があった。貴史とヤースミーンが階段を上ると二階は客の寝室になっていた。


二階の廊下を歩いていると隅の方に、急な階段があった。入り口にロープを張ってスタッフ専用と書いた札が下げてある。



「この上が屋根裏部屋みたいですね。」



ヤースミーンがロープをはずしてトコトコと登っていくのを貴史も追いかけた。



屋根裏スペースは天井こそ低くて斜めになっているが広かった。屋根の奥の方には個室スペースもいくつかあってベットや家具も配置されている。



貴史は個室スペースに入っていくヤースミーンに付いて行こうとしたが、彼女は杖の束の部分を貴史に突きつけた。



「この部屋は私が使うから勝手に入らないでくださいね。」



そう言うとヤースミーンは貴史の目の前でばたんとドアを閉じた。



貴史は仕方なく、ほかの個室に入ると干し草を積み上げたベッドの上に寝転がった。



「これからどうなるんだろう。」



貴史は天井板の染みを眺めながら、この世界での自分の行く末を考えて悩んでいた。

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