第4話 スライムの抜け道

火炎のブレスの余波が収まると、貴史達がいるところまで、ドラゴンの身の毛がよだつような吠え声が響いてきた。



「あんな大きなドラゴンをどうやって眠らせたんだ。」



「ブレイズとアリサが注意を引いている間に私が呪文をかけたのです。 でも今の私は魔力が無くなってしまったみたいで何も出来ない。」



ヤースミーンは唇をかんで俯いた。貴史は腑に落ちないので聞いてみた。



「どうして急に魔法が使えなくなったんだ。」



貴史にとっては魔法が使えることや魔物が跳梁跋扈していること自体が不思議だが、今はそこに拘泥している暇はない。



ヤースミーンは、俯いたまま黙っていたがやがてぼそっと答えた。



「今は答えたくありません。」



話したくない事情があるようだ。仕方がないので貴史は話題を変えた。



「ドラゴンのいる広間を通る以外に外に出るルートはないのかな。」



「私はそこを通る以外のルートを知りません。」



今の貴史たちにとってドラゴンは強力すぎる。



立ち向かっても一瞬のうちに火炎のブレスで黒こげにされそうだ。




貴史は何か方法はないものかと周囲を見回した。するとスラチンが思惑ありげにピョンピョンと飛び上がっているのに気がついた。



「そうだ、スライムって草原によくいるやつだろ。ダンジョンの中にいたということは、こいつも外から入ってきたのではないかな。」



ヤースミーンが顔を上げた。



「そのとおりですシマダタカシ。どこかに抜け道があるのかもしれませんね。」



「スラチン。俺たちを外まで案内してくれ。」



スラチンは貴史の言葉を理解したのかピョンピョンと進み始めた。そして通路の途中で壁が崩れている場所で崩れた石材の影に消えた。



貴史が石材の影をのぞき込むと、そこには高さが五十センチメートルほどの穴が空いていた。



「ピキー。」



穴の奥からスラチンの声が聞こえてくる。貴史はヤースミーンを振り返った。



「ちょっと狭いが、外に通じているかもしれない。行ってみよう。」



ヤースミーンは無言でうなずいた。貴史は四つんばいになって穴に入った。背後からはヤースミーンも同じようにして付いてくる気配がする。



穴の中は所々でひび割れた部分から光が差し込んでいる以外は真っ暗だった。迷ったら元の場所に戻れるかも怪しいものだ。貴史は不安を打ち消そうとヤースミーンに話しかけた。



「ヤースミーン達四人は何のために冒険をしていたんだ。」



背後でごそごそと物音を立てながら付いてくるヤースミーンが答えた。



「私たちの国ヒマリヤには魔族が押し寄せています。魔族のために隣国の貿易も出来なくなり、農作物も十分にとれなくなっています。国王のハインリッヒ様は、魔族を率いているエレファントキングを倒したら莫大な報奨金を与え、更に王の姫君のレイナ姫を妻にめとらせると国中におふれを出したのです。」



「それで、ブレイズ君がレイナ姫を目当てに魔物退治に乗り出したという訳か。」



「ううん。私たちは単に報奨金が目当てだったの。ブレイズも意中の人がいるから姫はいらないって言っていたし。」



貴史はヤースミーンの話に気を取られていて、天井部分に出っ張っていた石に頭をぶつけた。



「いてて。それじゃあ、ここがそのエレファントキングが住んでいる城なのか。」



「そうですよ。エレファントキングの腹心の部下二頭を倒して、最後の戦いをしているときに私は魔法が使えなくなってしまって。」



ヤースミーンがブレイズと呼んでいるのが黒焦げになっていた戦士らしい。



雲行きが怪しくなってきたので貴史は話を変えた。



「スラチンの奴どの辺にいるのかな。いい加減外に出られても良さそうなものなのに。」



幸い、トンネルは狭いが、枝分かれしている個所はなかった。



「一本道ならば這い進んでいれば、いつかは外に出られそうなものだ。」



「そうかしら。これだけ長い距離を這って進んで、その先が行き止まりだったら戻るのが大変だわ。」



性格の違いというのだろうか。貴史と正反対のことを考えていたヤースミーンの言葉のせいで、貴史は自分が閉所恐怖症ぎみなのを思い出した。



今までは気が張っていたから、前に進むことしか考えていなかったのだ。ろくに前も見えない洞窟を手探りで進むことに息苦しさを感じ始めた。


幸い、貴史がパニックを起こす前に遠くの方からスラチンの声が微かに聞こえてきた。



「スラチンが呼んでいるみたいだ。」



「彼だけが頼りですね。とにかく行ってみましょう。」



やがて、洞窟の壁伝いに光が漏れてきた。出口が近いのだろうか。ペースを速めて進み始めた貴史は、突然自分が光に照らされていることに気がついた。



上を向くと、ぽっかりと空いた穴から青い空が覗いている。



「ヤースミーン出口だよ。」



外までの高さは二メートルほどあったが、穴が小さいのでどうにかよじ登ることが出来た。



貴史は地上に出ると、下から登ってこようとして悪戦苦闘しているヤースミーンを引っ張り上げた。



周囲は平原で、少し遠くに森があるのが見える。



貴史達が穴からはい上がったのを見てスラリンがピョンピョンと跳びながら近づいてきた。



「おまえのおかげでどうにか外に出られたよ。ありがとうスラチン。」



スラチンは貴史のまわりを飛び回った。少したれた目と赤い口が笑っているように見えなくもない。



「シマダカタシはこれからどうするのですか。」



貴史は肩をすくめた。異世界転移したものの戦士としてはレベル1クラスからスタートしなければならない。



チートな能力を駆使して縦横無尽の活躍というわけにはいかないようだ。



「よかったら近くの町まで俺を連れて行ってくれ。この世界のことは何もわからないんだ。」



すると、ヤースミーンは何だか嬉しそうな顔をした。



「よかった。私も一人では近くの宿までたどり着けるか不安だったのです。よろしくお願いします。」



ヤースミーンは手を差し出してきた。



この世界にも握手の習慣はあるのだろうか?。



貴史がヤースミーンの手を握ると、彼女の柔らかい手からほのかな温かさが伝わってきた。



「とりあえず近くの宿を目指しましょう。」


ヤースミーンの言葉に、貴史とスラチンが進み始めた時。彼らを呼び止める声が聞こえた。



「おい、そこのスライム使い。」



俺のことだろうか。



貴史は自分を指さしてみた。



「そう。おまえだよ。」




声は薄暗くなった森の中から響いていた。




声の主は森の陰にいるため貴史はその姿を見定めることはできなかった。

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