第23話 甘ちゃん

 一瞬視界が真っ赤になって光太郎は目をつぶる。

 リークは叫んだ。

「戦場では目を開けていてください。ボサボサしてないで反撃です」

 光太郎はなんとか目を開けて藪の方を見る。

 カマキリのようなのとカブトムシのようなのがエアボートの前に立っていた。

「前に出てください。また、火球が来ますよ」

 光太郎は我に返ったように蟲人に向かって走り出している。

 カマキリが複雑に両手の鎌を動かすと火球が現れた。


 先ほどよりはやや小さい火球が飛んでくる。

 光太郎は左腕で火球を払った。

 衝撃は感じなかったが火球が明後日の方向に弾かれる。

「ヒートサーベル!」

 叫び声に応じて右腕から出てきたヒートサーベルの柄を握りボタンを押した。

 カマキリを押しのけるようにしてカブトムシが前に出る。

 前かがみになると角の部分がキラリと金属製の輝きを放った。

 人間ぐらいなら簡単に突き刺しそうである。

 

 光太郎は右腕を振るった。

 角度によってはアキトたちの持つ刀を通さないキチン質の甲殻だったが、ヒートサーベル相手には全く効果がない。

 胴の上下を切り離されてカブトムシは無惨に転がった。

 カマキリはその間にエアボートに乗り込んでエンジンを始動させている。

 その足元には手足を縛められて猿轡をかまされた子供が転がされていた。

 エアボートは動き出しており、ヒートサーベルで止めるには少し距離がある。

「リーク。遠くを狙える武器は無いのか?」


「左腕を伸ばしてください」

 光太郎はヒートサーベルをスイッチオフし、左腕をエアボートに向かって伸ばした。

 リークがサポートする。

「標準補正。目標は推進装置。荷電粒子ニードル発射!」

 亜光速に加速した電子が短時間発射された。

 まるで針のように見える電子は短時間の飛翔の後にプロペラのエンジンを破壊する。

 衝撃で進路が変わったエアボートは緩いスピードで岩に突っ込んで止まった。

 エンジンからは黒煙が上がっている。

 光太郎は急いでエアボートを追いかけ子供を回収した。


 ボンと音を発してエンジンが破裂しプロペラが飛ぶ。

 回転するプロペラはカマキリの細い首を刎ね、近くの地面をえぐって止まった。

 リークは光太郎に警告する。

「5つの熱源が接近中。子供は降ろして敵の排除を優先することを推奨します」

 光太郎は子供をエアボートを隠していた土壁のそばに降ろした。

 顔を上げるとリークが言うとおり木に見え隠れするように蟲人がこちらに向かってやってきている。

 

「もう、エアボートは動かないし、投降を呼びかけられないかな?」

「まだそんな甘いことを言っているんですか。光太郎様を傷つけることはできないですけど、子供はそうじゃありません。人質にされたらどうするんです?」

「分かったよ」

 光太郎は重いため息を吐くとヒートサーベルを作動させた。

 後方から追い立てられているのだろう。

 蟲人たちはエアボートが隠してあった場所に向かって一直線に駆けてくる。


 光太郎はヒートサーベルを手に蟲人を迎え撃った。

 気分は最悪だったが、それでも全くの無抵抗ではないことはせめてもの救いとなる。

 自ら持つ尖った爪や針、鋭い顎を使って光太郎に襲い掛かり、全くのダメージを与えることができずにヒートサーベルで絶命した。

 4体の蟲人が地面に倒れた後、ころころと丸みを帯びた1体が短い脚をちょこちょこ動かして走ってくる。

 その後ろをゴウタが追いかけてきていた。


 多層膜による干渉で様々な色合いに見える表皮を持つカナブンのような蟲人はそれまでの他の者とは異なり抵抗をしない。

 後ろの2本脚で立ち上がると残りの4本を広げた。

「タスケテ。コウサン」

 光太郎が何かを言う前にリークが半ば諦めたような声を出す。

「いいですよ。もう最後の1体です。捕虜にするならそれでもいいでしょう。情報は必要でしょうし。ただ、ナツヒコたちがどう判断するか分からないですよ。殺せとなるかもしれないです。私たちは余所者ですからね。かえって苦しむことになるかもしれないですよ」


「それでも私は助命を願う無抵抗の相手を攻撃できないよ」

「本当に甘いですね。まあ、いいですよ。状況が許す限り私は光太郎様の判断を尊重します」

 光太郎はカナブンに呼びかけた。

「お前の投降を認める。とりあえず、この場は助けてやる」

「ホントデスカ?」

「信用できないならそれでもいい。助かりたければ地面に伏せて動くな」

 カナブンを捨て置いて光太郎は前に出る。


 その足元でカナブンはうずくまった。

「アリガト、アリガト」

 小さな声で呟いているが光太郎はヒートサーベルをしまい意識をゴウタに向ける。

 黄色っぽい液体が付着した太刀を手にしたゴウタが息せき切ってやってきた。

「そいつは俺の獲物だ。横取りはやめてもらおう」

「それはできない。私が投降を受け入れた」

「生かしておく価値はない。この場で殺せ」

「断る」


「ならば力づくで奪うまで」

「無駄なことはやめるんだ」

「やってみなければ分からないぜ」

 一触即発の状態となったが、そこに鋭い声が響く。

「まさか、直接やりあおうってんじゃいあんだろうね。馬鹿な真似はやめな」

 馬蹄の音を響かせて検分役のサチが駆け込んできた。

「ゴウタ。刀を引け」

 サチの声にゴウタは渋々と従う。

「コータロー殿。そいつを助けてどうするつもりだ?」

「ここで何をしていたのか聞き出せればと」

 サチは冷ややかな視線をカナブンに注いでいたが、クロスボウを向けはしなかった。

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