第21話 討伐任務

 馬場に人を集めたナツヒコが宣言する。

「聖地の近くで蟲人が目撃された。数は多くないが何やら計画しているのは間違いない。恐らく鬼どもを使って襲撃するつもりだろう。そこでこちらから仕掛けて蟲人を倒すことにした。志願者は前へ」

 これがキョーコに相応しい強さを見極める試験も兼ねるとも告げたので、若い男たちは色めき立った。

 100名ほどの志願者が出る。

 これはサチの発案だった。


 複数でチームを組んで挑んでもいいというのがポイントである。

 これにより、単純に膂力に優れていればいいという話ではなくなった。

 また隠密行動をする蟲人を見つける斥候能力も問われることになる。

 お互いに直接戦うという殺伐としたものを、目的を遂行する訓練に仕立て直すことで、トーキョーの町の戦力の底上げも図るという巧妙なものだった。

 サチもさすがに伊達に年は取っていない。

 単にふざけることが多いだけの食えない婆さんではないのだった。


 志願者の中にはもちろんリークを連れた光太郎もいる。

 周囲の男たちから様々な感情を含んだ視線を向けられていた。

 勘弁してほしいと思うがもう引くに引けなくなっている。

 屋敷の中だけでのことではあるがキョーコからあからさまな好意を向けられるようになっていた。

 潤んだ瞳、視線が混じりあったときの含羞の表情、熱い吐息。

 恋愛経験のない光太郎でも見逃しようのない態度である。


 キョーコはもともと光太郎のことを憎からず思っていた。

 父に婿に迎えよと言われても驚きはあっても忌避感はない。

 その後、男たちによる争奪戦のトロフィになってしまったが、ゴウタへの嫌悪感分の好意が光太郎に上乗せされている。

 光太郎が居なければゴウタが夫になる可能性はかなり高い。

 キョーコには光太郎がそんな不幸な境遇から救い出してくれる白馬に乗った王子に見えていた。

 美少女にうるうるした目で懇願するように見つめられれば今さら光太郎も引くに引けない。


 そして、キョーコ争奪戦という内容に本来ならばやる気を出すはずがないリークも闘志を燃やしていた。

 トーキョーで1番の男という称号が正賞であり、キョーコがついてくるのはあくまで副賞という認識である。

 誰がなんと言おうが自分は光太郎の庇護者だと固く信じていた。

 思考ルーチンのコアに刷り込まれている金科玉条である。

 光太郎の評価を上げるのになんのためらいがあろうかと考えていた。

 鼻はついていないので鼻息は荒くしていないが、演算装置の思考が過熱したため排熱ファンの回転数があがっている。


 結果としてキョーコが光太郎の妻になることは枝葉末節だった。

 大変残念なことに光太郎の性欲を処理するパーツが付いていないので、その部分を外注するのはやむを得ない選択だと納得している。

 リークは正妻であり、キョーコはそっち方面を受け持つ愛人と考えていた。

 光太郎の生命、身体を守れるのは自分しかいない。

 そう思えば腹も立たないのであった。

 というわけで、光太郎の思惑とは別にリークは大変張り切っている。


 ナツヒコによる注意事項の説明が終わると他の候補者たちはそれぞれグループを組んだり、単独で町の外へと向かっていった。

 ほとんどの者が騎乗している。

 潜伏している蟲人の数は多くなく討伐数を競うのであれば早い者勝ちな面があるので急ぐのは当然だった。

 乗馬の経験などない光太郎はてくてくと歩いて町を出ていく。


 人の目がなくなったところでリークが話しかけてきた。

「光太郎様。少し急ぎませんか。優秀な私がついているので光太郎様の優勝は間違いなしですが、獲物が取りつくされてしまうとさすがにどうしようもありませんので」

「いや、いくら走ったところで馬には追い付かないよ」

「私も光太郎様に走ることは期待していません」

「じゃあ、どうするの?」

「私を装着して頂ければ」

 光太郎は言われるがままにリークを身にまとう。


「それじゃ急ぎますよ」

「え? 走るの? 振動が凄そうだけど」

「もっと効率的な方法があります」

 リークがそう言ったと思うとすーっと音もなく加速した。

 光太郎が視線を下げると足の部分が広がって翼のようになっている。

「なにこれ? 地面の上を滑ってる?」

「そうですね。対地効果で浮きながら滑走しています」

「ホバークラフトみたいなやつ?」

「違いますね。まあ原理まではご理解いただかなくても問題ありません」


「そうなんだ。ところで前から気になっていたんだけど、リークの動力源ってなに?」

「単3電池です」

「え? そうなの? 凄いなあ」

「嘘です。さすがにこれだけの機体が単3電池で動くわけないじゃないですか。常識的にもあり得ないでしょ。光太郎様は素直過ぎてちょっと心配になりますね」

「……。なんか凄く馬鹿にされている気がするんだけど」

「気のせいですよ」


「それで、本当はなにで動いているの?」

「光太郎様への愛情です」

「そっか。つまり答えたくないってことだね」

「答えたくないというか、恐らく説明してもご理解できないかと。心の平安のためにも未来の凄い技術と思って頂ければ」

「ひょっとして強い放射線とか出てない?」

「ご安心ください」

 そんな会話をしているうちに先日の建物に到着していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る