第19話 遠征軍の帰還
ドドンと太鼓打ち鳴らす音がする。
しばらくすると大通り沿いに待ち受ける人々の間を歩騎混成の列が向かってきた。
出征していたナツヒコの率いる一行の面々は、出迎えた家族や知人に手を振っている。
首を伸ばしている沿道の人々の中には捜す相手が見つからず顔を曇らせているものもいた。
総勢1千ほどの集団が町の中心やや南にある馬場で止まる。
進み出た1騎がくるりと馬首を返すとよく通る声を張り上げた。
「諸君。この度の活躍、見事だった。他の町に対しても十分に威名を知らしめたことだろう。仇敵どもの肝も冷えたに違いない。今後も諸君の奮闘を期待する。では、解散!」
その声と共に集団は周囲の家族の元へと散じていく。
訓辞を行った男、トーキョーの長であるナツヒコも下馬するとアキトの方へとやってきた。
アキトは頭を下げる。
「兄上、戦勝おめでとうございます」
「うん。こちらで変わったことはなかったか?」
「周年の祭祀に向かった一団が大勢の鬼に襲われたが無事でした。全てはこのコータロー殿のお陰です」
ナツヒコはアキトの後ろに控える光太郎に一瞬目を向けて戻した。
細い体は簡単に圧倒できそうだが話は本当だろうかと考える。
「鬼の数は?」
「500以上だよ。しかも、赤鬼付きさ。ナツヒコ殿」
サチが答えるとナツヒコはほうという顔になった。
コージの真面目くさった顔を確認する。
これはサチがつまらない戯れ言を言っているわけではないらしい。
そう判断するとナツヒコは光太郎に向かって軽く頭を下げた。
「長のナツヒコだ。我が町の者を救って頂き感謝する。アキトのことだから遺漏は無いと思うが、もてなしには満足頂けているだろうか?」
「御丁寧な挨拶痛み入ります。アキト殿には大変よくしていただいています。光太郎です。以後お見知りおきを」
穏やかな顔でごく自然体に答礼をする光太郎の姿に、いかにもアキトが好みそうな穏やかな青年だなとナツヒコは考える。
しかし、とても500の敵を倒せるとは思えない。
どのような技を持っているのか尋ねたいが、さすがに路上でしていい話ではなかった。
「アキト。少しお前の屋敷で話がしたいが構わ……」
そう依頼しかけたところで、後方から野太い声がする。
「よそもんと癒しの巫女が仮祝言だって? そんなふざけた話があるかよ。俺は認めないぜえ」
ドスドスとナツヒコの部下であるゴウタがやってきた。
「アキト殿、なんか変な話を聞いたんだがよ。俺の聞き間違いだよなあ?」
さすがにナツヒコはゴウタをたしなめる。
「今は私と話をしている最中だ。後にせよ」
「そうはいってもよ。命懸けで蟲人と戦って帰ってみれば癒しの巫女がよそもんと一緒になるなんて話を聞かされたくはねえぜ。何のために戦っているか分からなくなっちまう。だよなあ、みんな?」
ゴウタは声がむやみと大きかった。
それは戦場と同様に皆の視線を引きつける。
ざわとどよめきが広がった。
ゴウタは粗暴で学問はできないが馬鹿ではない。
周囲の雰囲気を読み、共感を呼ぶことには長けていた。
戦死者や怪我人も出た戦いから戻ると皆の憧れの人が婚約したとなれば心穏やかではない。
散りかけていた独身者が戻ってきてアキトやその後ろのキョーコに注目した。
その空気を背負ってゴウタは語気を強める。
「癒しの巫女はトーキョーの宝だ。その夫は巫女を守れる強さが必要じゃねえのか。この場で誰が相応しいか直接決めようぜ」
アキトは内心で舌打ちをした。
個人的にゴウタが光太郎に挑むなら結果を黙殺できる。
しかし、このような場で半ば公式に争われては、アキトも結果を無視できない。
ただ、この流れで止めることも難しかった。
「なるほど、ゴウタの意見ももっともだな。皆に挑む資格はあるだろう」
サチが同意の声をあげる。
このお騒がせ婆め。
アキトは口中で罵った。
我が意を得たりとゴウタは右の拳を突き上げる。
サチは言葉を継いだ。
「今回の出征で名誉の負傷をした者も参加できるようにすべきだな。それに同じ町に住む者同士が戦って傷つけあうのは無駄の極みだ。日にちを改め、お互いを傷つけ合わない適切な方法で競うべきだろう」
この修正案は皆の納得が得られたようで同意の声が広がる。
ナツヒコがバンと両手を打った。
「では詳細は後日改めて通告する。今日のところは良く休め」
ナツヒコはアキトを促して歩き始める。
それについて歩き出した光太郎に建物の影にいたリークが追随した。
豪胆なナツヒコも驚いた顔になる。
「あれは一体なんだ?」
「兄上。コータロー殿の鎧ですよ。勝手に後ろをついて移動するんです。身につければ赤鬼の攻撃も効きません」
「なんだと?」
部下のゴウタは体も大きく膂力に優れていたが、それでも赤鬼と打ち合えば力負けをした。
基本的に赤鬼の攻撃は回避するか受け流すしかない。
それを正面から受け止められるというのは人間業では無かった。
「すると本当に一人で500の鬼を倒したのか?」
「だから、そう言っているだろう。まあ、信じられぬのも無理はない。私も自分の目で見ていなければ嘘だと思うだろうな」
サチが笑いながら言う。
ナツヒコは唸りながら、ゴウタは命拾いをしたのかもしれないと考え始めていた。
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