第18話 仮祝言

「いや、まあ、水道があって、冷えたビールが出てくる時点で気づくべきだったかもしれないけどな。まさかこの世界にウォシュレットがあるとは思えなかったよ」

 露天風呂に浸かりながら光太郎はリークと会話をしている。

「それだけ重要度が高いのでしょう。QOLが上がりますからね。それで調べてみたのですが、電磁波の測定によれば一応この町の一部へ電力供給がされているようです。恐らく植民時に資源を割いて設置したのだと思われます」

「維持管理はどうしているんだろう? エンジニアとかいるのかな?」

「それは怪しいですね。一般的な文明レベルは地球の18世紀初頭程度と思われます」


「リークの計算によると、この星に植民して500年ぐらいなんだっけ?」

「そうですね。それから急速に文明レベルが低下しつつ居住区域を拡大したものと思われます。その後、蟲人という準知的生命体との接触が100年前で、そこから断続的に係争中とのことのようですね」

「近代的な武器は残って無かったんだろうか?」

「敵が居ない楽園と思って放棄したんでしょうね。人間は戦いで文明を発達させた面はありますが、そのせいで自らを滅ぼしかけ、地球も住めない環境になりましたから」


「そういうリークは……かなり強力な兵器でもあるよね」

「そこは否定できませんね。ただ、私は光太郎様の身を守るためのものですので」

「だけど、私の意志に応じて、あの鬼と呼ばれる生き物を殺戮した」

「あ、光太郎様は倫理的なことを気にされてます? だって、向こうから攻撃してきたんですよ。気に病む必要なんて全然ないです。まあ、私の破壊は不可能なのであのまま何もしないという選択肢もありましたけど。代わりに今日まとわりついていた子供たちがミンチになったでしょうね。あのキョーコとかいう女も。私は1バイトの痛痒も感じませんのでどちらでもいいですけどね」


「リークって本当に私以外には興味というか関心がないんだね」

「もちろんです。私には光太郎様以外はどうでもいいので。光太郎様が心の安定を保つのに他の人間とのコミュニケーションが必要ということは理解しています。光太郎様が望む限りは他の人間も庇護しますし、脅威を排除しますよ」

「助かったよ。リーク、ありがとう」

「……いいですね。また感謝されるために戦おうという気になります」


「ところで、明日以降、私が今居る蔵ではなく母屋で生活するようになったらどう思う?」

「つまり、私よりもあのキョーコという女を選ぶということですね。それは私の思考回路に致命的なバグが生じる可能性があります」

「どうして、そんな依存気味の思考なの?」

「私には光太郎様しかないんですよ。仕方ないじゃないですか」

「そこを強弁されてもね」

「じゃあ、こう考えてみてください。光太郎様にとっての唯一無二の親友が居るとして、その友人にとって光太郎様は数多くいる友人の1人だと知ったらどうですか? それか、運命の恋人だと思っていたら自分は単なるセフレの1人だったとか」


「それは地味にメンタル削られるね」

「でしょ? それと一緒です。それに私と一緒の方が快適ですよ。光太郎様の体液を吸おうとする昆虫などはショックウェーブで排除してますから。臭いで寄せつけないようにしようとする原始的な方法に比べて圧倒的に効果的です」

「私の知らない間にそんなことをしてくれていたんだ」

「光太郎様が快適に安全に過ごせるようにするのが私の仕事ですので」

「ありがとう、リーク」


「お安い御用です。ちょっと気分がいいので、光太郎様がキョーコ相手に生殖行為をしている間も吸血生物の排除を継続してあげることにします」

「生殖行為?」

「はい。午前中にそういう話をアキトとしていましたよね。排他的に快楽を得る権利を光太郎様に与えるということでしたが」

「そんな話だった?」

「人間にとって一般的に結婚するというものはそういう面を有しているものでは?」

 この辺りでのぼせてきたので風呂を出た。


 光太郎がこんな感じでのらくらしている間に仮祝言の準備が整う。

 あれよあれよという間に着替えさせられ、キョーコと誓詞を交わしていた。

 1度承諾してしまった立場上、異を唱えることも憚られ、流されるように事態が進んでしまった面があるのは否めない。

 仮祝言を挙げたと言っても実態の生活は変わらないというのが救いだった。

 リークが余計なことを言うまで意識することがなかったが、祥子そっくりのキョーコと男女の関係になるというのは光太郎にとって結構きつい。


 もう関係ないとはいえ日本の法律で禁止されている3親等内の親族である姪と結婚していると錯覚するだけで心理的なダメージがあった。

 まあ、そこまでは実際には赤の他人だということを思い起こせばなんとかなる。

 しかし、実際に裸になって性行為を行うとなれば、頭では理解できても心の整理が難しい。

 萎えてしまっても、実際に行為ができても重荷になりそうである。

 光太郎は安易に仮祝言をあげることを承諾したことをちょっとだけ後悔していた。


 

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