第15話 説得負け
「私のようなどこの誰とも分からないような者にキョーコさんのような素敵な方との結婚は大変ありがたいお話しです」
光太郎はちらりとキョーコを見る。
「ただ、キョーコさんの私への気持ちがどうなのかが気になります」
「もちろん否やは無いだろう? キョーコ」
アキトが間髪を入れず反応した。
続いてキョーコが返事をしようとするのを光太郎は押し止める。
「ああ、すいません。キョーコさんに責任を押し付けるようなことを言った私が悪かったですね。ここは私の意見を言うべきでした。ありがたいお話だとは思いますが、結婚という大事をそう簡単には決められません」
「もちろんそれはそうだろう。だが、私の立場も考えてはもらえないだろうか? キョーコを含めて多くの町の者を救ってもらって何もせぬわけにはいかないのだ」
「私は当然のことをしたまでです。ですから、別にそのようなお気遣いは不要です」
その返事にアキトは腕組みをした。
「コータロー殿の見返りを求めない態度は高潔で立派だと思う。私個人としてはその気持ちを尊重したい。だが、私はこの町の長から留守を預かる身だ。公人として何もしないわけにはいかないのだ」
光太郎は困った顔をする。
「すいません。私はそのような立場になったことがないので、アキトさんの苦衷がどのようなものなのか、正直なところ理解できないです。ただ、なんらかの御礼が必要だとしても、それがお嬢さんである必要は無いと念いますが」
「では私も腹を割って話をするとしよう。コータロー殿、私は公人として貴殿を手放すことはできない。他の町に去られたら私の責任を追求する声が上がるだろう」
「それほどの話とも思えませんが」
「見解の相違だね。しかし、貴殿はこの世界のことをよく知るまい。我々の置かれている状況は厳しい。我々を脅かす蟲人のみならず、もとは我らが使役していた鬼にすら手をこまねいている。貴殿はそれを覆しえるんだ。その価値は計り知れない」
「それは私ではなく、この鎧の力です」
「君しか使うことができないのだから同じことだよ。昨夜それは確認したはずだ」
「それはそうかもしれません。分かりました。大きな力には責任が伴います。責任を果たすことを約束しましょう。それでいいですね?」
「すまないが口約束だけという訳にはいかないのだ。我々に力を貸すということを皆に納得できる形で示すこと、それがすなわちこの町の者を娶るということなのだよ。そして、この町において1番の女性は癒やしの巫女であるキョーコだ」
光太郎は反論しようとして言葉に詰まった。
余所者の光太郎が納得しようがしまいが、アキトが語った内容がこの世界の道理である。
日本における倫理観と照らし合わせて、人の道に反すると言ったところで意味がなかった。
ためらう様子を見せる光太郎にアキトは畳みかける。
「どのみちキョーコは力ある者と一緒になることになる。そして、その者がコータロー殿のように思いやりに溢れ妻を労るとは限らない。私も1人の父親として娘の連れあいにはコータロー殿が望ましいと思う」
「私も外面がいいだけで一皮剥けば野獣のような男かもしれませんよ」
アキトは笑った。
「もし、コータロー殿の言うとおりなら、それを見抜けない私にはどのみちできることはないでしょう。さて、返事はいかが、と迫りたいところですが、コータロー殿も急には決断できないでしょう。ここは仮祝言を上げるとということでどうですか?」
「仮祝言ですか?」
「ええ、将来的な結婚を約束するものです。双方が合意すれば円満に解消することもできますし、万が一片方が違背しても金品で償うことが可能です。ここが落としどころと思えませんか?」
「本当にそれ以上の制約とかはないんですか?」
話の流れが流れだけに光太郎は念を入れて確認する。
「もちろんです。そんな騙し討ちのようなことはしませんよ。仮祝言については私が話したとおりだ。キョーコ、そうだろう?」
「そうですね。あと付け加えるとすれば、その内容を記載した誓詞をお互いに差し出すことぐらいでしょうか」
「分かりました。それではアキトさんのお立場もあるでしょうから、仮祝言というところまではお受けします」
アキトは破顔し、キョーコも嬉しそうな顔になった。
どうもキョーコ自身も光太郎のことを歓迎する態度であるらしい。
そう見てとると無理強いしているわけではなさそうだと光太郎はホッとする。
アキトはすっくと立ちあがった。
「そうと決まれば私は急いで儀式の支度をしないとな。コータロー殿、しばらくお1人にすることになりますがお許しください。キョーコ、ついてきなさい」
2人が去っていくのを光太郎を見送る。
なんだかいいようにアキトに丸め込まれたような気がしていた。
健康を取り戻していると太鼓判を押されるまでは良かったが、どこから話がねじ曲がっていってのか思い出そうとする。
どうやら今日この場に同席したときから結婚話を進めるつもりだったらしいとの結論に達した。
それもこれもこの鎧を拾ったせいである。
光太郎は思わず鎧に向かって問いかけていた。
「お前は一体なんなんだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます