第14話 急な申し出
朝食を取り終えると、食後の片付けをしている間に一度キョーコが席を外す。
光太郎がアキトと話をしている間にキョーコが杖を持って戻ってきた。
「お待たせしました。それではコータロー様に癒やしの技を使ってみますね。座ったままでもいいのですが、仰向けに横臥してみていただけますか?」
光太郎としては自分のために手間をかけさせて申し訳ない気持ちもあるが、癒やしの技にも興味がある。
大人しく畳の上に仰向けになった。
キョーコはすっと腰を落とすとにじり寄ってくる。
光太郎が下から見上げると、キョーコは口角を上げて微笑んだ。
「コータロー様。少し頬の線が固いです。ひょっとして緊張されてますか?」
光太郎は苦笑いをした。
「今までは治療や検査の度に落胆することが多かったので自然と構えてしまったのかもしれません。せっかくキョーコさんが厚意でしてくださっているのに失礼でしたね」
「いいえ。コータロー様は癒やしの杖のことをご存じないんですもの。初めてのことはどうしても不安になるのは仕方ありません」
「確かに癒やしの杖のことは分かりませんが、私はキョーコさんのことは信用しています」
「あら。お会いしてまだ1日も経っていないのに、私のことがお分かりになるんですの? それとも私が姪御さんに似ているからかしら?」
「姪の祥子に似ているからというのもあります。でもそれだけではないですよ。確かにお会いして1日しか経っていません。でも、キョーコさんの人となりは分かります。信用できる方で間違いありません」
光太郎は真剣な目でキョーコの瞳を見つめた。
その視線を受け止めてキョーコはニコリとする。
「お上手ですわね。そうやって色んな女性に優しい言葉をかけてこられたのでは?」
「いえ、そんなことはないです。ほとんど家から出ませんでしたし」
2人の世界に浸っている姿を見てアキトは自分が覗きをしているような気恥ずかしさを覚えた。
いや、ここに私がいるんだが。
仮にも父親なんだけど、もうちょっと気を遣ってもいいんじゃなかなあ。
ん、んん。
喉の奥で咳ばらいをする。
その音で2人ははっとした。
「そ、それではそろそろ癒しの技を使いますね。気を楽にしてください」
キョーコは両ひざ立ちになると1メートルほどの杖の先端を光太郎の顔に向ける。
「我が前に横たわる光太郎に癒しを与え給え」
その言葉と共に何が起こるのかと光太郎は目を寄せて鼻先にある杖の先端を見つめた。
しかし、10秒ほどしても何も起こらない。
キョーコは先端を光太郎の顔から話すと姿勢を戻して正座をした。
「もう起き上がっていいですよ」
光太郎はごろんと身を起こす。
胡坐をかいてキョーコの方に体を向けた。
「何も起こりませんでしたよね?」
キョーコはこくりと頷くと笑顔を見せる。
「はい。つまり、光太郎様はどこにも悪いところはないということになります」
「ああ。なるほど。確かに以前と比べると自分の体ではないと錯覚するほど調子がいいです」
「きっと光太郎様の病気はもう治っているんです。癒しの巫女として保証しますよ」
そのやり取りを聞きながら、アキトは懸念材料が1つなくなったと考えていた。
光太郎は婿として何も問題がないと考えている。
ただ以前病に臥せっていたという話を聞いて健康面を懸念していた。
健康面に問題なく子供も作れるということであればなんの支障もなくなってくる。
アキトは居住まいを正した。
「それでは2人に告げたいことがある」
その声と態度に光太郎も何かを感じ取って胡坐をやめて正座をする。
アキトはその様子を見てさらに一段光太郎への評価を上げた。
がさつなゴウタではこういう態度は取らない。
自分の話をしっかりと聞く姿勢をとる2人に対してアキトは口を開く。
「コータロー殿。キョーコを娶って我が家の婿とならないか?」
光太郎は驚きのあまり口を開けない。
先にキョーコが反応した。
「お父様。急にそんなことを仰って。一体どういうことですか?」
「そのままの意味だ。コータロー殿の活躍があればこそ、キョーコ、お前がいまここに存在できている。そのことを考えれば別に驚くほどのことでもあるまい?」
「それはそうですけれども、あまりに急すぎませんか?」
アキトはキョーコの質問に答えず、光太郎の方へと顔を向ける。
「コータロー殿、どうだろうか? 我が娘ながら、キョーコは才色兼備、どこに出しても恥ずかしくないと考えている。貴殿の妻として不足はないと思うがいかがかな?」
ようやく衝撃から立ち直った光太郎は思案顔になった。
光太郎とてこのような急な申し込みは、今も自分の横に控えている黒い鎧が原因ということは理解している。
昨日は無我夢中であまり冷静な分析はできなかったが、それでも鎧の持つ防御力と右手に現れた光り輝く剣の攻撃力がこの世界において卓越したものであるのは間違いない。
この町に住む人々はどうも外敵を抱えているようであるし、鎧を操ることのできる光太郎を自家薬籠中のものとしたいということぐらいは十分に見透かすことができた。
それを承知の上でも、キョーコを娶るということは十分な魅力を有している。
いつ死ぬか分からず未来を夢見ることすら贅沢だった光太郎からすれば、誰かと共に道を歩むということ自体が甘美な響きを帯びているのだった。
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