第12話 魔法

「ということで、コータロー殿にしか着ること能わずということが証明されたわけだ」

 サチが話をまとめる。

「ま、予想通りの結果だ。座って飲み直そう」

 光太郎は腑に落ちないという顔をしていた。

「どうして私なのかさっぱり分かりません」

「ま、世の中そういうものだ」

 無責任に適当なことを言いながらサチは使用人たちのところへと向かう。


 クーラーボックスから瓶を一本取り出すとサチは光太郎の席の横に立った。

「昼間の礼と今後もよしなにということで1杯注がせてもらいたい」

「いえ、私はもうこれ以上は止めておきます」

「なんじゃ、1杯ぐらい平気じゃろう」

 アルハラなどという概念がなく、酒を注ぎ注がれるというのは大切な社交儀礼である。

 光太郎は闘病中ということもあって今まであまり酒を飲んでこなかった。

 困っているとキョーコが取りなす。


「サチのおば様。コータロー様は長患いに臥せっておられたようです。病み上がりですので控えられているかと思います」

「なんじゃ。そういうことなら先に言えばいいものを。ではまたの機会にしようか」

 サチは自分の席に座ると手酌で自分のコップに注いで飲んだ。

 向かいの席からコージが呆れた声を出す。

「自分が飲みたいだけではないのか。コータロー殿の歓迎にかこつけて飲み過ぎだ。無尽蔵にあるわけではないのだからな」


「そういう、コージも赤い顔をしているではないか。お互いに老い先短いのだからビールぐらいは自由に飲みたいものだ。ま、それは置いておいて、コータロー殿、具合が悪いのであれば、一度キョーコに癒しの杖を使ってもらってみてはどうかな?」

 その提案にアキトも同意した。

「そうだな。コータロー殿は我が町の恩人だ。癒しの杖の恩恵を受ける資格は十分にあるだろう」


「その癒しの杖というのはどういうものなのですか?」

 そう質問する光太郎は目が覚めてから半日以上経っているが近年記憶がないほどに体が快調である。

 どこにも痛みや熱がなく、10年ぐらい付き合いのある病気が完治したのではないかと希望的観測を抱くほどだった。

 顔を向けられたキョーコは言葉を選びながら説明する。


「実物はコータロー様もご覧になりましたよね。癒しの巫女が手にして正しい言葉を唱えながら相手に触れると銀のしずくが滴って病気や怪我が治るのです。力を使い過ぎると効き目を発しなくなるのですけれどね」

「魔法の杖のようですね」

 何気なしに光太郎が口にするとその場の雰囲気が変わった。

 キョーコは困惑の顔をするだけだが、周囲は明らかに不快感を露わにする。


「コータロー殿。我らは貴殿に恩義のある立場ではあるし、悪意のない発言ということは承知しているが、今の言葉は撤回願いたい」

「そうだな。ときに不知はそれ自体が罪となろう」

 光太郎は体をアキトの方に向けると頭を下げる。

「そんなつもりはなかったのですが、ご不快にさせたのは謝ります。ただ、後学のために何がいけなかったのか教えて頂けませんか?」


 コージがじっと光太郎の顔を観察した。

「本当によく分かっていないようですな。言葉も通じるのでコータロー殿は遠いところからこられたことを忘れがちだ。我らも少し落ち着こう」

 自分も深く息をしながらアキトとサチを制する。

「それでご質問のことだが、癒しの杖を別の言葉に置き換えられただろう? 魔法とな。それは我らにとっては禁忌の力だ。神の手による癒しの技をそれと同列に捕らえられては収まりがつかぬということはご理解いただけようか?」

 

「ということは、この世界には魔法が存在するのですか?」

「そうだ。その言いようではコータロー殿の居たところでは存在しなかったのかな? その割には言葉はあるようだが」

「はい。空想としての概念はありましたが、実際に存在したわけではありません」

「それは良かった。アレは邪悪な者達の邪悪な力。人を傷つけるものだ。まあ、我らの中にもやむを得ず使う者はおるがの」

「具体的にはどのような力なのですか?」

 光太郎は身を乗り出した。


「まあ、そうだな。炎を出したり、風の刃で切り刻んだり、そんな感じだな。だから、神の御業となる癒しの力と一緒にするものではないよ」

 コージの解説に光太郎はもう一度頭を下げて詫びる。

「知らぬこととはいえ申し訳ありませんでした。以後気を付けます」

 光太郎は頭の中で現在地に関する情報を書き加えた。

 魔法というものが存在するということは、ここはやはり地球ではないということで確定らしい。

 しかし、一方で日本のような料理を始めとして文化面では江戸時代っぽい雰囲気だった。

 そして、なぜか冷えた瓶ビールが出てくる。


 光太郎が考え込んでいるのを具合が悪くなったのかとキョーコが気遣った。

「コータロー様。そろそろ休まれますか? もう夜も遅いですし、癒しの杖は明日にしましょう」

「あ、いえ、考え事をしていてすいません」

 アキトは腹心にそっと合図を送る。

 腹心の命でご飯と味噌汁、漬物が出た。

 

 食事が終わるとサチとコージは先に辞去する。

 多くの使用人によって座卓の上が片付けられるとアキトが光太郎に告げた。

「それではゆっくりとお休みください」

 腹心とキョーコを連れて蔵を去る。

 光太郎は欠伸を一つすると屏風の向うの布団に潜り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る