第11話 鎧を装着する資格

 だいぶ酒が進んでくるとサチが光太郎に絡み始める。

「それでコータロー殿はいずこから参られたのかな?」

 キョーコに話して聞かせた話を繰り返した。

「それは面白いな。別のトーキョーから来たのか」

 サチはやや大仰に感嘆の声をあげた。

「それでずっと後ろに控えている鎧はコータロー殿にどこまでもついていくのかな?」

「途中で拾ったものなので、私にも分からないのですが、どうもそのようです」


「そうか。それで他の者が着ることもできるのだろうか?」

 その発言にアキトは軽くたしなめる。

「サチ殿。さすがに不躾ではないかな」

「そう言いながら、この場にいるものは誰もが気になっているんだろう? 少なくともあたしは気になる」

 アキトは内心舌打ちしたい気持ちと、この際だから答を知りたいという気持ちがせめぎ合っていた。


 光太郎は見るからに好青年である。

 むしろ、他人につけ込まれないかと心配になるほど素直そうであった。

 キョーコに対して好意があるのは明らかであり、自陣営に引き込むのも難しくなさそうである。

 娘を差し出すことの一抹の不安と後ろめたさはあるが、光太郎が他勢力に渡った場合の方がより面倒なことになることは容易に想像できた。

 キョーコ本人も光太郎のことを憎からず思っているようだし、姻戚関係となって味方につけるという案に不満はない。


 ただ、鎧の力を直接手に入れられるならそれに越したことはなかった。

 だから、サチが聞いた質問はアキトとしても知りたい内容である。

 しかし、知りたいと思う一方でそんな大事なことを簡単に漏らすはずはないと考えていた。

 あからさまな問いかけは光太郎を身構えさせるだけと懸念してもいる。

 実は興味があることを悟られないように、振り返って使用人に冷酒に切り替えるよう頼んだ。

 アキトの心配をよそに光太郎はあっさりと答える。


「他の人が着られるかは分かりませんが、着脱の仕方は分かりましたよ。サチさんに声をかけられたときは脱ぎ方が分からなくて焦りましたけど」

「ああ、それでしばらく兜を引っ張ったりよく分からない動作をしていたんだな。あのときは言葉も通じぬし、敵か味方も分からず内心ヒヤヒヤしたぞ」

「何がヒヤヒヤしただ。そんな神経はないくせに」

「失礼だな。あたしにだってそれぐらいの感情はあるぞ」

 いつもの掛け合いが始まったのをアキトは苦々しく思いながら、話題が元に戻るのを待った。


「サチ様、コージ様、コータロー様が呆れてますよ」

「ああ、そうだった。辛気臭いジジイと話すより大事なことをがあった。えーと、コータロー殿の好きなタイプの話だったかな? 包容力のある年上がいいというなら心当たりがあるが」

「ちょっと違いますね」

「1ミリたりとも合ってないだろう」

 キョーコとコージの突っ込みにサチは涼しい顔をする。

「そうだったかな? 覚えてないな。少し飲みすぎたかもしれない」


 サチはアキトの心の内など見通した上で焦らしていた。

 必要とあらば光太郎からためらいもなく鎧を奪うだけの非情さも持っている男だというのも理解している。

 リーダーとして非凡ではあると思うが、責任を強く感じるあまりに冷徹過ぎるきらいがあった。

 どこからどう見ても人がよい光太郎ごと抱き込めばいいとサチは判断している。

 あと20歳若ければ閨で光太郎を自分の虜にするのだけれど、とも考えていた。


 周囲の思惑なぞ全く気付いていない光太郎は照れ笑いをする。

「私の好きなタイプという件は脇に置いて話を戻しますけど……」

「好きなタイプの話の方が大事でしょうが」

 サチが混ぜっ返すが光太郎は曖昧な笑顔を浮かべた。

「あの鎧を着る方法ですが、声に出せばいいみたいですよ」

 光太郎以外の5人はなるほどと軽く頷く。

「試しにやってみましょうか」


 立ちあがった光太郎はずっと後ろに鎮座していた黒い鎧に近づくと声をかけた。

「装着」

 ただ突っ立って言うのも芸がない気がしたが、特にいいポーズが思い浮かばないのでそのままでの呼びかけである。

 それでも正しく反応し、浩太郎は鎧に包まれた。

 その格好で左右を見回してから、光太郎はまた叫ぶ。

「キャスト・オフ」

 試しに英語で行ってみたが声と共に鎧が外れた。


「口で言うだけです。簡単でしょ? 誰かやってみますか?」

 声をかけてみるが皆の反応は悪い。

 ああ、そうなんだといった感じであった。

 キョーコが代表して説明する。

「私は癒やしの巫女と呼ばれていますが、それは癒やしの杖を使えるからです。使うには願いを口に出す必要があって、そして私以外の方は使えないんです」

 光太郎はしばし考えた。


「つまり、その癒やしの杖と同じ仕組みでこの鎧は動作しているはず。だから私にしか着ることができないと」

 皆が一斉に頷く。

「それは違うんじゃないかなあ。私は余所者ですし。試しに誰かやってみませんか? それこそキョーコさんなら着られるかも」

「せっかくですが私は巫女ですので戦いのためのものは相応しくないと思います」

 戦いが似合うとなればサチである。


「まあ、コータロー殿の着ていたものを纏うと考えると昂ぶるな」

 進み出てサチが鎧に向かって言葉を唱えた。

 しかし、何も起きない。

「邪なことを言うからだ」

 そんな評価をしたコージにサチが文句を言う。

「じゃあ、お前もやってみろ」

「ワシは祭祀官じゃからな。やめておこう」

 残るアキトが試してみるがやはり鎧は何の反応も示さなかった。

 


 

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