第10話 宴席
脱いだり着たりする方法はこれで分かったようである。
光太郎はひとまず安心した。
つい先ほど戦ったようなモンスターに襲われてもなんとか身を守ることができそうな気がしてくる。
生身の状態で赤い肌の巨大なモンスターを遭遇したら3秒と生きていられる気がしなかった。
満足したので鈴を手に取って鳴らすと万幕の横から腹心が顔を出す。
「すっきりされましたな。それでは今宵お泊り頂くところにご案内します」
「私の着ていたものは?」
「勝手なことをして申し訳ありません。お客様のお召し物は洗ってからお返しいたします」
「そうなんだ。いや、単に聞いただけだから取ったとか思ってないよ」
「恐れ入ります」
腹心の案内で蔵に到着した。
造りを観察して光太郎は納得する。
入口の高さは母屋よりもあり、鎧が十分に通ることができた。
急きょ設けられたと思われる三和土で雪駄を脱ぐ。
屏風で区切られた手前は旅館に置いてあるような座卓が置かれていた。
大急ぎでしつらえたことが分かる座敷だったが、最大限心地よく過ごせるようにと配慮したことが見て取れる。
屏風の向うを覗くとピタリとくっつけて2つの夜具が敷いてあった。
布団が1つでは足りないとほどに寝相が悪いと思われているのだろうか。
そんなことを考えていると声がかかる。
「失礼します」
その声に手前側に移動すると多くの者が料理を運んできているところだった。
座卓の上に大皿料理が並ぶ。
どんな料理なんだろうと光太郎が視線を向けてみると、なじみのものが多い。
刺身、サラダ、ローストビーフ、枝豆という宴会料理序盤のラインナップであった。
光太郎は座卓が6つセットされ奥側の席に座るように促される。
「こちらは上座では?」
腹心はもちろんそうだという顔をした。
「はい。ですから、お客様がそちらにお座りください」
「御迷惑をおかけしっぱなしの上に、そのような待遇をされては申し訳ないです」
「私は主の言いつけに従っているだけでして」
そこにアキトがキョーコを伴って現れる。
「我が家の客である以上、遠慮めされるな。さあさあ。キョーコもお勧めして」
そこに賑やかな声が加わった。
「お。間に合ったな。コージ、お前が早く歩かぬからギリギリだったぞ」
サチがコージを連れて蔵の中に入ってくる。
「アキト殿。また随分と変わった場所をしつらえたんだな。これはこれで変わった趣向で悪くはないが」
サチは光太郎の後ろの鎧を目にして納得顔になった。
「なるほどな。これは余計なことを言った。で、この配置、コータロー殿の右隣が空いているのか。ならば、そこに座っても構わぬな。これで両手に花というもの」
サチはさっさと座ると斜め後ろを振り返る。
「ほれ、さっさと座らぬか。そなたが座らねば始まらぬ」
光太郎に声をかける姿を見てコージは苦笑した。
「サチの傍若無人さも時には必要だな。コータロー殿着座を」
皆が場所を占めてしまい光太郎はやむなく奥側の真ん中の席に座る。
残りの5人もそれに続いた。
光太郎の右にサチ、左にキョーコが座っている。
向かい側は正面にアキトが座り、サチの対面がコージ、最後の1つがアキトの腹心
だった。
腹心は後ろに控える使用人たちに指示を出す。
キョーコを除く5人のコップに黄金色の泡立つものが注がれた。
次にキョーコの前に氷の入った琥珀色の飲み物が置かれる。
アキトがコップを手にした。
それに合わせて皆がコップを手にする。
光太郎も慌ててそれに倣った。
手に触れるコップが冷たい。
「コータロー殿の来訪を歓迎して。乾杯」
光太郎が口をつけてみれば、コップの中身はキンキンに冷えたビールだった。
風呂上がりの喉に心地よく思わず飲み干してしまう。
使用人の1人がクーラーボックスのようなものから瓶を取り出すとコップに注いで光太郎のところに運んできた。
「すみません」
光太郎が軽く頭を下げると腹心が声をかけてくる。
「他のものがよろしければ仰ってください」
「あ、はい。私はこれで大丈夫です」
周囲を見ればそれぞれが自分で好きなものを取り皿に取って食べるスタイルだった。
サチは遠慮なく自分の皿に料理を積み上げている。
視線に気づいたのか光太郎の方向に顔を向けた。
「なんだ、食べないのか? そなたが主役なんだから遠慮なく食べぬと損だぞ」
「あ、いえ。ビールがよく冷えていたなと思ってました」
「そりゃこの気温だ。冷えていた方が美味いだろう」
「そうですね」
空腹を覚えて光太郎もテーブルの上のものを取り箸で自分の皿に移し食べ始める。
しばらく、コージとサチ、アキトの間での穀物の作柄についての話を聞きながら食事に専念した。
枝豆も少し欲しいなとテーブルの端にある皿に視線を送ると、キョーコが光太郎に確認する。
「お皿取りましょうか?」
「あ、すいません。お願いします」
使用人が慌てて動こうとしたが、キョーコはさっと枝豆の皿を光太郎の前に置いた。
光太郎は枝豆を指でつまみ、鞘から実を押し出して食べる。
口の中に濃厚な青豆の味が広がる。
ゆで加減、塩加減も絶妙だが、何より豆自体の味が濃い。
「今までで1番美味いかも」
「それは良かった。遠慮なくもっとどうぞ」
大皿の上の料理が減ってくると、次の皿が運ばれてきた。
湯気をあげる天ぷらと鳥の鍬焼きがどんと置かれる。
今度は光太郎がキョーコに尋ねた。
「天ぷら、何か取りましょうか? 好きなものはありますか?」
「それでは蓮根か何かをお願いします」
光太郎が取り分けてやるのをアキトはこっそりと観察する。
同席させた甲斐があったと密かにほくそ笑んでいた。
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