第9話 温泉

 自分のお気に入りのものを語る人の独特な口調で熱っぽく話し出した光太郎にキョーコは圧倒される。

 圧倒されつつも姪の話は嘘じゃなかったんだと少し安心した。

 いくら命の恩人でも事前のアプローチなしにいきなり体を求められるのはキツい。

 1度下がった評価が元に戻り始めていた。

 冷静になって話を聞いているとどうも光太郎が手を握ったことに性的な意図はなさそうだと感じ始める。


 話す事物のかなりのものが分からず、生活習慣や文化がかなり違う印象を受けた。

 光太郎の姉が自分で夫を選び結婚して、離婚したということなどはキョーコの理解を超えている。

 キョーコは癒しの巫女なので発言権をまだ有しているが一般的には親の定めた相手と結婚し、妻から離婚を切りだすなどもってのほかという社会だった。

 手を握られたショックが収まるとキョーコの中で祥子への敵愾心がわいてくる。

 それがなぜなのかは自分でもよく分からない。


 そんな様子を確認していた女中頭は別の女中に監視を頼むとアキトのところへ報告にいく。

「御屋形様。お二人は仲睦まじくお話をされています。お客様がお嬢様の手を握るという一幕もございました」

「なに? それは誠か?」

「その後すぐに詫びておられ、お嬢様も平静を保っておられたので介入はいたしませんでした」

「それで良い。あの化け物どもを殲滅する勇者が娘を見そめたというならそれで構わん。それで我らに与してくれるというならな」


 そこに腹心がきて蔵の改装が済んだとの報告をした。

 アキトは女中頭を伴って2人のところへと向かう。

「楽しげに語り合って居るところお邪魔する。お待たせしたが、コータロー殿をお迎えする準備ができました。案内させます」

 庭に回ってきた腹心が踏み石に履物を揃えておいた。

「まずは汗を流されよ」

 光太郎は履物をつっかけて腹心についていく。


 残されたキョーコにアキトは言い渡した。

「キョーコも湯浴みをしなさい。その後で客人をもてなす際に横に控えているように」

 父親の言った内容にキョーコは驚く。

 今までにそういった席に同席したことはなかった。

 宴席に侍るのは雇われた者の仕事であり、キョーコのような立場のものがすることではない。

 それを敢えて同席させる意図をキョーコは正確に理解していた。

 

 キョーコが全身を熱くさせている頃、カラコロと雪駄を鳴らして光太郎は枝折戸のところに案内されている。

 そこを通り抜けると東屋の横に万幕が張り巡らせてあった。

 腹心に案内されて万幕の中に入るとその奥に露天風呂が見える。

 浴衣姿の若い娘が2人いて頭を下げた。

 腹心が光太郎に笑みを向ける。

「旅の汚れを落として、お召し替えを。この2人にはなんでもお申し付けください」


 顔をあげて媚を含んだ笑顔を向けてくる2人の服はよく見るとかなり薄かった。

 しかも胸元も大きく広がっており、ちょっとした弾みに胸がこぼれそうである。

「あ、自分でやるんで出ていってもらっていいですか?」

 光太郎の発言に女性2人は腹心を見た。

 腹心はアキトから光太郎の好きにさせろと命じられている。

「風呂から出て準備ができましたら、この鈴を鳴らしてください」

 腹心は軽く頷くと女性たちを連れて衝立の向こうに消えた。

 服を脱いでかけ湯をすると光太郎は露天風呂に浸る。

 どうも沸かし湯ということでは無いようだ。

 温泉らしく少しぬめりのある湯の中に疲れが流れ出していく。

 手頃な石に頭をもたせかけながら光太郎は何が起きたのか推論を試みた。


 麻酔をかけられる前はあれほど酷かった炎症が消えてなくなり、体内も含めて痛い部分がない。

 どうやら健康を取り戻したようである。

 目を覚ましたところは妙に近未来的で21世紀の技術水準を超えたようなものがあった。

 その一方で地上はモンスターが溢れる世界で、どうも江戸時代程度の文明レベルと思われる。

 姪の祥子を大きくしたようなキョーコが住んでいる場所はトーキョーという名前だった。


 体がそのままなのでラノベに出てくる異世界転生というものではなさそうと光太郎は判断する。

 そもそも言葉が通じているということもあり、今まで出会った人物はみな日本人のような容貌をしていて名前も日本人っぽい。

 では、ここが地球かといえば、見慣れない衛星が浮かんでいる。

 いつの間にか空に昇った月のような天体もクレーターでできている模様は見慣れたものと違っていた。

 さっぱり分からんな。


 分からないといえば、光太郎の脇に控えている黒い鎧もどういうものなのかまったく推測がつかなかった。

 光太郎を追尾してくることからすると何らかの紐づけがされていると想像できるが、動力源が何なのか、どうやって脱着するのかも分からない。

 のんびりと温泉に浸かっているせいか、あることに思いいたった。

 温泉から出ておいてあった布で身体の水気をふき取る。

 同じく用意してあった下着と甚平を着用した。

 褌では無いんだなと思いつつ光太郎は先ほど思いついたことを試してみることにする。


「装着!」

 叫ぶと黒い鎧がバラバラになり気が付けば光太郎は鎧の中にいた。

 なるほど。

 どうも音声を認識して鎧を着ることができるらしい。

 ええと装着の反対は何というのだろう?

 あれ? 2字の熟語ってない?

「取り外せ!」

 次の叫び声で光太郎は鎧から解放されていた。

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