第7話 トーキョー

 サチが光太郎の側に寄ってくる。

「あれがトーキョーの町じゃ。ま、なかなかのもんじゃろ」

 急速に夜に変わりつつある簿明の中とはいえ、光太郎の知っている東京とはかなり違っていた。


 幅1キロほどの石垣の外側に水をたたえた堀があり、水鳥が優雅に泳いでいる。石垣は修学旅行のときに見た皇居に似ていなくもない。要所要所に矢倉があり、そこには大型の弩弓が据え付けてあった。一団は、門の一つから中に入ろうとする。光太郎と鎧を見て門番とひと悶着があったが、サチとコージが事情を説明すると無事に通過できた。


 城壁の中の通りには木造の家がいくつも並んでいた。時代劇の中のような町家とも微妙に意匠が違う。通りの辻々にはかがり火がたかれて周囲を照らしていた。家から人々が出ていると帰り着いた一行を出迎える。そこかしこで抱擁が交わされ、無事な姿に安堵の声が上がっていた。


 ざわめきは急に収まり、人々の視線が一点に集まる。人垣が分かれて、中から頑健な体つきをした壮年の男性が進み出てきた。腰には刀を下げている。

「コージ殿。無事で何より」

「おお。アキト殿。わざわざお迎え痛み入る」

「お父様。戻りました」


「やはり、此度の祭祀は順延すべきであったな」

「うむ……。しかし、我らの都合で絶やすわけにもいかぬだろうよ。ま、その話は場所を改めて。コータロー殿を紹介いたす。我らの危難を救って下された古人いにしえびとじゃ」

「はじめまして。臼杵光太郎と言います」


 アキトの目が値踏みするように光太郎の細い体つきを見る。

「町長代理を務めるアキトと申す。お見知りおきを」

「アキト殿。コータロー殿の仮住まいじゃが、いかがいたそう」

「大事な客人だ。むろん、我が屋敷にお迎えすべきだろう。そのつもりで出迎えたのだしな」


「そうか。ワシのところでも構わぬが、そうしてもらえる方がいいだろう。サチも異存はないな?」

「異存はあるが従おう」

 コージはやれやれという顔をした。


 三々五々と人が散りゆき、光太郎はアキトとキョーコに案内されて屋敷に連れていかれる。

 時代劇に出てくる大名屋敷のような立派な建物だった。

 玄関から入ろうとするときにちょっとした騒動が起る。


 割と余裕のある造りだが、それでも戸口の高さは2メートルほどしかない。

 光太郎の後ろをついてくる黒い鎧は地面から浮いていることもありそれ以上の高さがあった。

 そんなこともあろうかと光太郎はじりじりと進んでみたが、やはり鎧は戸口にぶつかってそのまま中に入って来ようとするようである。

 慌てて光太郎は後戻りをした。

 このまま進めば家を壊してしまうことになる。


「どうされた、コータロー殿」

 アキトが振り返った。

「遠慮なさらず入られよ」

「そうしたいのはやまやまなのですが、このままだと戸口を壊してしまいそうです」

 光太郎は視線を黒い鎧に向ける。

 アキトは両者に交互に視線を走らせた。

「その黒い鎧はコウタロウ殿が操っているわけではないのですか?」

「実は勝手についてきている状態なのです」


 ふむとアキトは顎に手を当てて考え始める。

 サチ一行の集団より先んじて帰ってきた者から事の顛末を聞いていた。

 娘の命の恩人ということもあるが、それ以上にこの町を預かる者としてかなりの実力を有する光太郎の歓待をしなくてはならない。

 今置かれている困難な状況を一気に覆す力を持っていた。

 機嫌を損ねて他の町に去られてしまっては困ることになる。

 ただ、その力は黒い鎧に付随するものであり、究極的には光太郎そのものは必要ない。

 鎧の周囲をぐるぐると歩いたり、後ろ向きに屋敷に入ろうと試す光太郎をアキトは冷静な目で観察していた。


 黒い鎧を光太郎が操っているわけではないと言う。

 ひょっとすると光太郎を亡き者にすれば黒い鎧を自らのものにすることができるかもしれないという考えが頭に浮かんだ。

 しかし、その考えをすぐに否定する。

 少なくとも現所有者がコントロールできていないものをそう簡単に自由に取り扱えるはずがない。

 それにどう見ても光太郎を操る方が簡単そうだった。


 横からキョーコが口を挟む。

「とりあえず外を回って頂いて、縁側に上がって頂いたらどうでしょうか?」

 アキトは己の心の内の冷徹な計算を見透かされぬように朗らかな声を出した。

「そうだな。このまま玄関で立ち往生しているわけにもいかないだろう。コータロー殿。申し訳ないが外を回って頂いていいだろうか?」


 光太郎はほっとした顔になる。

「はい。1メートルまでなら離れても大丈夫そうです。このまま入っていったら家が大変なことになりそうですし」

「お父様。それじゃあ、私がご案内します」

 キョーコは玄関から外に出ると左に曲がって光太郎の案内を始めた。

 靴を脱いで式台から廊下へと上がったアキトは使用人に指示を出す。

 廊下を歩きながら、この後をどうするか考えた。


 縁側に上がってもらい茶菓を提供するまではいい。

 しかし、夕食をそこでというわけにはいかないだろう。

 座敷の一つぐらい壊れても構わないが、あの高さでは梁を折って屋根が落ちかねなかった。

 あの背の高さでも問題ない場所……。

 思いつくのは蔵ぐらいしかない。

 アキトは腹心を呼ぶと大急ぎで蔵の模様替えを命じた。

 

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