第6話 恥辱
そんな会話がなされている間にも、光太郎は焦りまくっている。
自分に声をかけられたということが分かり、返事をしようと鎧の中でいくら声を張り上げても外に聞こえないようなのだ。
老人2人だけでなく、姪の祥子に見える少女が姿を現し、キョウコと名乗ったのでついに強硬手段にでる。
しかし、どうやっても頭から兜が外れそうになかった。
なんで、祥子がこんなところにいるのか。そして、姉や両親はどうしたのか。なぜ、キョウコと名乗っているのか?
聞きたいことは山ほどある。
そのためには、今はこの鎧が邪魔でしかない。
「どうやったら、この鎧は脱げるんだよっ?!」
光太郎が腹立ちまぎれに叫ぶ。
どこかでなにか微かな音がしたかと思うと、先ほどとは逆の順番で鎧が光太郎の体から剥がれていく。
気が付けば薄い手術着のようなもの1枚で、光太郎は地面に立っていた。
足裏から地面の温もりが伝わってくる。
山の端に向かう夕日が周囲を赤く染め上げていた。
そして、金気のような臭気が一気に光太郎の鼻を襲い顔をしかめる。
「どうも皆さん。初めまして。えーと。私は臼杵光太郎といいます」
我に返って名乗ったものの、その先何と言ってよいか分からず口をつぐんで頭を下げた。
聞きたいことはいっぱいあるが、今はその場ではない気がする。
地面に向けているとはいえ、老婆の手にしたクロスボウも気になった。
そして、さらに気になるのは自分のすぐ横に鎮座している鎧である。
先ほどまでの戦いなどなかったかのように静かに佇んでいた。
「なかなか、すっきりとしたいい男じゃないか。実にあたしの好みだね。あたしはサチ。ここにいる集団のリーダーになる」
サチがニヤリと笑いながら言う。
それから他の主要なメンバーの名前を紹介した。
さらに少し高度が下がった太陽を指さす。
「さて、ご尊顔を拝したことだし、色々と聞きたいこともあるが、暗くなる前に町に戻らないとな」
サチが建物内の人たちに声をかけるとぞろぞろと人が出てくる。
皆が光太郎に向けて親愛の表情を見せた。
中でも頬に涙の跡が残る子供たちは遠慮がない。
「コータロー。俺はサブってんだ」
「僕はシンジ」
「ナオよ」
口々に名乗りながら群がってくる。
光太郎の服を珍しそうに見ていたが手を触れて驚きの声を上げる。
「うっす。それにすべすべしてら」
皆が手を伸ばして触ろうとする。
そして、悲劇は起こった。
誰かが服のすそをつまんで持ち上げたのだ。
おわっ、とか、キャーという声があがる。
「コータロー。どうしてパンツ履いてないんだ?」
「チンチン丸出し。へんたーい」
光太郎は慌てて裾を元に戻した。
顔を上げるとキョーコと目が合う。
真っ赤になっていた。
光太郎も顔に血が上るのを感じる。
「うあ。赤くなったぜ。恥ずかしいならパンツ履けよ。へんたいだー」
「キョーコ姉ちゃんも顔が赤い。やーらしー」
「ちょっと、あんた達。お客さんに失礼でしょ。あんた達が今こうやって無駄口をきけるのも、こちらの方のお陰なんだからね。サブ。さっきまでピーピー泣いてたくせに」
「う、うるせえ」
賑やかなことおびただしい。
そして、子供たちの興味の対象は黒い鎧へと移る。
「なあ、コータロー。これ、凄いな。ひょっとすると神代の鎧ってやつか?」
「カッコいい」
しかし、遠慮なく触った光太郎とは異なり、鎧には触れようとしなかった。
子供たちの目には憧れと同時に恐れも見て取れる。
光太郎も鎧について分からないのは同様であり、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
そんな騒ぎの間に大人たちは支度を終え出立をする。
光太郎も一緒に行くように促されたが、傍らの鎧を見て逡巡した。
この薄物一枚では何かあったときに不安である。
しかし、いまだにどうやってこの鎧を着たのか脱いだのかも分からない。
動こうとしない光太郎の側にキョーコが来て手を取る。
「さあ、行きましょう」
手を引かれるままに光太郎は歩き出した。
まあ仕方ない。このままではどうしようもないものな。
そう思って、もう一度、命の恩人でもある鎧に目をやろうとして光太郎はびっくりした。
後方に置き去りにしたと思った鎧がすぐそばにある。
1メートルほどの間隔を空けているものストーカーか背後霊ばりにぴったりと付いてきていた。
足を動かしている様子もなく、すうっと地面の上を滑るように移動している。
光太郎が足を止めると鎧もぴたりと動きを止めた。
キョーコの手を放し10メートルほど走って振り返るとやはりすぐ後ろにいる。
周囲の人間は、突然の奇行にあっけに取られるが、日が沈むのが気になるのか足を動かし続けた。
「コータロー様……?」
キョーコのいぶかし気な表情に、なんと応えようか迷っていると無遠慮な声が響く。
「兄ちゃん、急に走ると見えちゃうぜ。そんなに姉ちゃんに見せびらかしたいのかよ」
「いや……」
光太郎はもごもごしながら鎧の謎についての探求を中断した。
大人しく無言で歩みを続けるとうっそうとした森を曲がったところで、それが光太郎の目に入る。
見事な石垣に囲われた城がそびえていた。
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