第5話 神代の鎧
サチは黒い鎧を着こんだ巨人から目を離さず、クロスボウに次弾を装填する。
ほんのわずかな間に巨人はサチの見ぬ間に赤鬼を倒し、緑鬼を叩きのめし始めた。
油断なく目を光らせながら、すぐ近くで槍を構える老人に声をかける。
「コージよ。あれはお前が呼んだのか?」
呼びかけられたコージのあごは外れそうに開いていた。
サチの声に我に返ったのか、あごをなでながら、もごもごと言う。
「いや。ワシは何もしておらん。しておらんと思うが……」
「じゃあ、あれは一体何なんだい? あの様子じゃ敵ではないと思うけど、もしこちらに向かって来たら防ぎようはないよ」
「古より伝わる神代の鎧かもしらんな。とりあえず、一息つけたわけだ。この間にできることをしよう」
「ああ、そうだったね。体制を立て直そう」
壊れた扉のところに槍衾を築き、緑鬼をけん制する。
黒い巨人に向かう緑鬼は放置して、しゃにむに建物内に侵入しようとするのだけに対応した。
一度に対応しなければならない数が減ったのと破壊力のある赤鬼の棍棒の脅威がなくなったので、防御側はぐっと楽になる。
その精神的余裕もあって、新たに負傷する者も出ない。
次第にサチが援護のために射撃しなくても良くなり、槍に到達できる緑鬼もいなくなった。
一方で建物内から見える範囲に黒い巨人の姿が見えなくなっている。
戦いながら移動しているのだと思われた。
あまり前に出ると数で包囲される危険があるが、建物の外に出て状況を確認したい、とサチは考える。
矢弾を回収しながら、号令をかけて槍隊を扉の残骸の外に出した。
人間たちが建物内に侵入しようとする緑鬼を掃討する間に、黒い巨人は死体の山を築いている。
いつの間にか右手には光り輝く剣が出現しており、その剣が触れると緑鬼たちは、きれいに切断されていった。
光り輝く剣は太陽を直接目にしたように眩しい。
サチの目から見ると、巨人の剣の振り方は、隙だらけで素人丸出しであったが、圧倒的な力の差の前に緑鬼たちはなすすべもなく狩られていく。
どうやら、九死に一生を得たようだった。
鉄のような匂いが充満する中をサチは用心深く黒い巨人の方に近づいていく。
少し遠回りをして巨人が自分の姿を認知できるようにした。
巨人の顔にあたる部分には目鼻がないが一応見えてはいるようである。
背後から近づいて不意打ちしようと誤解されて光の剣に薙ぎ払われるのはまっぴらである。
クロスボウには矢が装填済みだったが、この巨人には通用する気がしなかった。
味方かどうかは確信が持てないが、この巨人がその気になればこの場所にいる人間ではどうしようもないだろう。
町を囲む城壁に配備してある大型の弩弓でも通用するかどうか。
とりあえず敵意は無いことを示すためにクロスボウを下に向ける。
巨人はサチに向き直ると右手に持っていた光り輝く刃を消した。
サチはほっと胸をなでおろしながら声をかける。
「協力感謝する。あたしはサチ。あんた名前は?」
巨人はじっと佇んだままだ。コージがそばに寄ってきてささやく。
「のう。サチ。あんた呼ばわりはどうかと思うが」
「じゃあ、なんと呼べばいいんだい?」
「貴殿や貴公などあるじゃろ」
「あたしの柄じゃないね。なんなら、コージに任せるけど」
コージが前に進み出て、首を垂れる。
「我らの危難を救い下さり感謝に耐えませぬ。私めは祀り人たるコージと申すもの。どうか貴殿の名を明かし、尊顔を現し給え」
歌うような節回しで言い終えると再び首を垂れた。
それでも、黒い巨人はどういうわけか全く声を発しない。
「コージ。どういうことだと思う? ひょっとすると我らの言葉が通じぬのではないか?」
「うむ。しかしなあ。あの姿、よその国のものとも思えぬが」
「古の戦士が蘇ったとなれば、時と共に言葉が変わって通じなくなった可能性もあるやもしれんな」
「サチおばば様。私たちは助かったのですか?」
人垣の中から若い娘が進み出てくる。銀色に輝く長い棒状のものを手にしていた。サチは振り返ると険しい声を出す。
「キョーコよ。まだ安全かは分からぬ。中に戻っておれ」
キョーコと呼ばれた娘は頭を下げつつも言いつけには従わない。
「そちらの方が、鬼たちを退治してくれたと聞きました。もう隠れておく必要はないのでしょう?」
「確かに鬼どもをなぎ倒したは事実じゃ。されど、その後何も言わぬ。そなたを奪いに来たものかもしれぬのじゃ」
キューコはクスリと笑う。笑うと年齢相応の若さが表情に出た。
「おばば様。心配し過ぎです。もし、そうなら、とっくに私をさらっていっているでしょう。それに、この方を止めることなど、おじ様たち総出でもできるかどうか」
キョーコはたおやかに頭を下げる。
「私は癒しの巫女を務めますキョーコ。私たちをお助け下さりありがとうございます」
キョーコが挨拶をした効果はてきめんだった。巨人は両手で兜をつかむと上にあげようと始める。
ぐいぐいと力をこめて引っ張っているが兜は全く動かない。
「あれはなんじゃろうな?」
「挨拶ということもなさそうじゃが」
コージとサチは訝し気に顔を見合わせるのだった。
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