第3話 悪夢

 時はほんの少し遡り、光太郎が光球に触れたぐらいの頃、そこから500メートルも離れていない建物の扉にドーンと大きな音をさせて何かが打ち付けられる。

 少し間隔があいて再度扉が揺れた。

 バキッという音がして、木製の扉に無数の亀裂が走る。

「奴らが来るぞっ」

「中に侵入させるな!」

 叫び声をあげて、建物の中にいた大人たちはそれぞれの得物を構えた。

 先ほど、黒い祭壇を前に詠唱をしていた老人も手にした槍を両手で握り扉に向ける。

 そこへ近づいてきた高齢の女性が声をかけた。


「コージ。しけた面してんねえ。まるでこの世の終わりが来たみたいじゃないか」

 コージと呼ばれた老人は、視線を扉の方に向けたまま、沈痛な声を絞り出す。

「ああ、もうすぐそうなるじゃろ」

「はっ。まだ、そうとも決まっちゃないだろ。あたしゃ、死ぬときは若くていい男の腕の中って決めてんだ。こんな皺くちゃジジイの隣はあたしの死に場所にふさわしくないね」


「サチ。確かにわしは萎びておるがのう。お前さんもわしとそう変わらんくだびれ具合だと思うがね」

「あたしゃまだまだ若いつもりだよ。フン。まあいいさ。とりあえず、簡単に死ぬ気はないね」

 サチは手にしたクロスボウの台座を持ち、片足で弦を素早く踏みこむと、背中の矢筒から取り出した矢を装填する。

「まず、面倒な赤鬼を無力化する。緑の奴らの排除は頼んだよ」


 サチがしゃべり終わると同時に大きな音と共に衝撃が走り、扉は吹き飛んだ。

 薄暗い建物の中に外からの自然の光が入ってくる。

「させるか!」

「これでもくらえ」

 扉やバリケードの残骸を除けて侵入しようとする緑色をした人型の生物に向けて、一斉に槍が繰り出され、血しぶきがあがる。

 緑色の侵入者の向こうに身長が3メートルもあろうかという赤い肌の巨人が見えた。

 手に持った巨大な棍棒を膂力にまかせて振り下ろし、まとわりついていた緑色の小人ごと扉の残骸を吹き飛ばす。

 完全に扉が粉砕され飛んできた破片に巻き込まれた数人が苦悶と罵しりの声をあげた。


 そこへ、クロスボウを構えた人影が踊りだし、巨人の顔を狙って矢を放つ。

 年齢に似合わぬ機敏な動きを見せるサチがニヤリと笑った。

 うなりを上げて飛ぶ矢は見事に巨人の単眼に突き刺さり、巨人は咆哮をあげる。

 うごおあああっ。

 大地を震わすような憤怒の叫び声をあげながら、巨人は手に持った棍棒を辺り構わずたたきつけ始めた。

 ゴン、ドン、という衝撃が走り、先ほどまで嗜虐性を帯びた表情で侵入をしようとしていた緑の小人達は棍棒を避けるので手一杯になる。

 それでも態勢を立て直すと、背後の巨人に怯え恐怖に顔を引きつらせながら緑の小人たちは建物の中へと突入してきた。


「ちっ」

 舌打ちをしながら、サチは素早く移動し味方の槍衾の背後に逃れ、次弾を装填する。

 周りの人間たちは必死で小人に槍をたたきつけた。

 しかし、それをかいくぐった小人が手にした汚らしい茶色のものが付着した小刀で防衛側の1人の腕に傷を負わせる。

 手傷を負ったのはまだ若い女性だった。

 斬られて血を流す腕をかばいながら下がろうとするが、急に眼の焦点を失いその場に昏倒する。

 キシャシャ。

 奇声を発しながらとどめを刺そうと刀を振りかぶった小人の胸に深々と矢が刺さり、どうと倒れた。

 サチが鋭く叫んだ。

「毒だ! 早く手当てを」


 一塊になっていた子供たちの中から比較的年齢の高い数人が飛び出してきて、意識を失った女性を懸命に奥の方に引きずっていく。

 子供たちの顔には絶望と諦めが浮かんでいた。

 それでも自分達に与えられた任務を必死に果たそうとしている。

 意識を失った女性の横に若い娘が片膝をついた。

 手にした杖を傷口にかざして口早に解毒を願う言葉を唱え始める。


 そんな子供たちの行動には目もくれず、次弾を装填し終えたサチは、注意深く戦況を見極めようと周囲に視線を走らせた。

 厳しい状況というのは相変わらず続いている。

 ただ巨人が暴れているおかげで小人による侵入路が制限されているため、それでもまだ効率良く迎撃できていた。


 しかし、それも時間の問題だ。

 いずれ赤鬼が道を塞ぐのをやめて緑の小鬼に数で圧倒されてしまうだろう。

 彼我の人数差は絶望的に大きかった。

 不幸なことに巨人の暴れまわる音が消える。

 3発目の矢を防衛ラインを突破しようとする緑の小鬼に打ち込んで、サチは赤色の巨人のいた方に目を向けた。

 そこにはサチが見たことのない漆黒の巨人が佇んでいる。

「ありゃあ。なんだい?」


 サチの疑問に答えられる者はいない。

 目を潰されたとはいえ、まだまだ赤鬼は元気に暴れまわっていたはずだった。

 サチが矢を打ち込んでできた傷は失血で動けなくなるほどのものではない。

 しかし、赤鬼の姿が見えず、代わりに見たことのない黒い巨人がぽつねんと立っていた。

 サチは注意深く新たに現れた黒い巨人を観察する。

 赤や緑色の鬼たちとは基本的なフォルムが異なっており人工的な印象を与えていた。

 鬼たちは体を布で覆っていたとしても申し訳程度だ。

 それに比べると黒い巨人は人が着る防具に似たものを身につけているように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る