第6.19話 追い上げ

「速攻!」


 リバウンドに競り勝った凪月は、すぐさま前を向く。

 声に出してみたが、実際にボールを投げられるわけではない。

 とりあえず、ディフェンスにプレッシャーを与えてみようというのと、オフェンスの士気を高めるため。

 声に押されて、少しでも早くフロントコートに向かえるように。


 小町にボールをまわして、再びフロントコートへ。

 白藤のディフェンスは既に戻っていた。

 さすがに、速攻で押しつぶせるほど、あまくはないか。

 だが、焦る必要はない。

 進々が復活した今、点を取るのは難しくない。

 ディフェンスの意識が、左サイドへと向かう。


 たった一人、進々のもとへ。


 その気持ちはわかる。

 進々のオフェンス力は、脅威だ。

 その収斂された立ち合いと、ボールハンドリングに対応するのは困難。

 あれだけ、きれいに縦抜きされたら、守るに守れない。


 いいプレイヤーだ。


 まぁ、中学時代、仮にまともなオフェンスできたとしても、試合では使われなかったと思うけど。

 ディフェンスできないから。


 あいつ、この試合終わったら覚悟しろよ。

 泣くまで、いや、泣いても、徹底してディフェンス練習してやる!


 だが、まぁ、今は点を取ってくれれば、それでいい。


 トップに立ち、貴美子は左サイドに目を向ける。

 進々へとパスが渡ると思って、ディフェンスが動く。


 だが、


「キャシー!」


 ボールは逆サイドへと放たれた。

 そのタイミングで、流々香が右サイドから左サイドのコーナーへと走る。

 攻撃の起点が右サイドに移ったとの判断。

 ディフェンスが動く。


 カトリーナはゆっくりとステップを踏んで、流々香が流れるのを待つ。

 凪月は待たずに、カトリーナのディフェンス、銀島にアップスクリーン。

 スクリーンがセットされると、カトリーナはにやりと微笑み、


「にんにん」


 スクリーンを擦るように視線を向ける。

 が、それはフェイク。

 凪月を無視して、逆側にドライブ。

 スイッチを考えていた銀島は、反応が遅れる。

 カトリーナのドライブは、あまり鋭くない。

 それは進々のドライブに慣れてしまったからかもしれないが、まるでポストプレーのような力押し。


 その点、銀島とプレイスタイルは似ている。

 だが、カトリーナには、シュートまで自力で持っていくだけの力がない。

 というか、執念がない。

 だから、途中でパスに逃げる。


 そういうプレイヤー。

 のように見えるが、そんな軟弱なプレイヤーではない。


 こいつのプレーは、よく知っている。

 プレイスタイルこそ違うが、試合中によく笑い、まるで遊ぶようにコートを駆ける。

 凪月は、スイッチをしようとしたディフェンスを外し、リングに向かう。

 身体を切り返し、視線をリングに向けた瞬間、ボールが既に目の前にあった。


 あわてて、凪月は手を伸ばす。

 どんぴしゃ。

 怖いくらいに。


 ボールを手にして、ドリブルを一つ。

 逆サイドまで流れなかった流々香のディフェンス、青山がカバーに入る。

 流々香がフリー、だが、そっちにパスをまわすわけにはいかない。


 だから、返す。

 ボールマンがパスを出すと、ディフェンスはパス先に意識を向ける。

 ゆえに、オフボールとなった瞬間、意識的なフリー状態。

 カトリーナは、そこを逃さず、動く。


 ボールは、再び、カトリーナへ。


「ドリブル一つ多いよー」


 ただ、ボールはそのまま流れる。

 カトリーナを介して次へと。


 一歩。


 ステップを踏み、カトリーナはかるく腕を振った。

 それは、あまりに自然。

 どこにも力が入っていないのではないかと、そう思えて。

 ビハインドパスだと気付いたのは、ボールが3Pラインの小町に渡ったとき。


「サーカスですか」


 小町の呟きが聞こえたような気がした。

 おまえの3Pシュートも十分サーカスだよ、と言ってやりたかったが、それは試合が終わってからにしようと、凪月はバックコートへ戻る。


 リバウンドは不要だ。


 ボールが、ばさりとネットを揺らす。

 バックコートへと戻る途中、カトリーナがわざわざ横に並び、渋い顔を見せた。


「ドリブル一つ多いよー」

「うっせぇ、おまえみたいな曲芸できるか!」


 まぁ、何はともあれ。


 

 羊雲チーム 30 vs 31 白藤チーム

      2Q 残り1/2分




 残り52秒にて。


「「「あと一本!」」」

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