第6.17話 実力

 接触プレーは、さすがに気が引けるな。


 凪月は、頭を悩ませていた。

 胸とかおしりとか、気にならないといえば、まぁ、あんまり気にならない。

 いや、だってバスケしているし。

 中学時代の話であるが、遥の大神高校女バスチームに交じってプレーしたこともあるし、実際に、プレー中は、あまり気にならない。

 ただ、もろもろ当たっていることは間違いないのだ。

 そこを、凪月は気にしないまでも、相手はどうだろうか。

 白藤Cの中野。


 もう、ね。あれだ。

 女子になりきろう。

 自分は女子だと、思い込もう。

 そうしなければ、羊雲の皆にも、中野にも申し訳がない。 


 だけど、強いんだもんな。


 技術は、そこそこ。だが、それ以上に押しが強い。

 そういえば、後半、華に競り勝っていた女だ。

 華のリバウンド練習に付き合っていたが、けっこう頻繁に吹っ飛ばされた。

 あれと渡り合える女だもん。勝てないよ、そりゃ。


 ポストプレーが増えるとすると、やっかいだ。

 が、それでもやるしかない。

 中野のポストプレーを考慮にいれて、ディフェンスの計画の練り直し。

 できれば、一度、小町とカトリーナを交えて打ち合わせをしたいが、タイムアウトは一度使ってしまった。アドリブで対応してもらうしかない。


 はぁ、難易度あがっちゃったな。

 仕方がない。


 凪月は、フロントコートへと走った。

 切り返しを速くと口を酸っぱく言っている手前、自分もなるべく速く走る。

 だが、意識と速度が一致しない。


 このとろさは、身体がなまったからか、それとも、心の問題か。

 もう怪我は治っている。

 普通に走れるはず、なのだけれど、全速力で走ろうとしたとき、高く跳ぼうとしたとき、サッと血の気が引いてブレーキがかかる。


 進々のことをとやかく言えないな。


 苦笑しつつもできることをやって、そして勝つしかない。

 凪月は右サイドのローポストへと向かう。

 せめて、邪魔にならないように。


「さぁ、そろそろ見せてやろうぜ」


 カトリーナ、流々香は右サイドへ。

 PGの小町が、ボールを左サイドへと振る。


 あからさまにお膳立てされたアイソレーション。


 進々がボールを受け取り、辛坊と対峙した。

 左足が着き、右足が着く。

 捕球したボールは右胸に。

 一瞬の静寂。

 訪れたと思ったのは、凪月の気のせいだろう。

 その次までの動作が、あまりに一瞬のことだったから。


 一度、右へのフェイント、

 そこから、左へとスウィング、

 深く姿勢が沈み込み、

 ボールが地面にぶつかる音が響く。


 そのときには、既に勝負はついていた。


 見えるのは辛坊の後ろ姿。

 だが、表情は容易に想像がつく。

 ゾッとした顔。

 信じられないものを見たような。

 中学時代を見てきた辛坊ならば、特に。

 その心中は、大いに察せられるし、同情もするが。


「これが実力だ」


 ボールは難なくネットに吸い込まれた。




 羊雲チーム 21 vs 29 白藤チーム

      2Q 残り3分




 待ったかいがあった、かな。

 凪月はそう思って、思わず笑ってしまった。


 バックコートに戻る途中、小町の横を通り過ぎ、


「できるんだったら、最初からやってください」


 そんなことを呟いていた。

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