第3.6話 トレース

「あの子を勧誘するの?」


 進々は首を傾げた。


「そうだよ。見てわからなかったのか? あいつは逸材だ。取れるなら取っとくべきだ」


 おそらく180センチ近くあるだろう。

 しかも、女子での180センチは、平均身長差から考えれば、男子での190センチ、いや、それ以上に相当するといっていい。

 それでいて、あの逃走劇を繰り広げられるだけの走力、さらに凪月の上から跳ね起きたときの身のこなし。


 つまり、動ける高身長女子。

 これを逸材と言わずして何と言う。


「ただ大きいだけじゃん」

「大きいってことは紛れもない才能だ。努力では挽回できないという意味では最も明確な類のな」

「ふん、やっぱり男子は大きさばっかり。いやらしい」

「何の話をしているんだ?」


 凪月が尋ねると、進々は、ぷいとそっぽを向いた。

 しかし、ずいぶんと出遅れた。

 でかい女子と勧誘部隊は、廊下を走り去ってしまい、彼らの背中も見えない。もしかすると、既に捕まってしまっているかもしれないが。

 いや、そんなことを考えても栓のないこと。


「ねぇ、もう見失っちゃったけど、どっちにいくの?」


 廊下と階段の交差路に立ち、進々は眉をしかめた。

 正直、わからない。

 だが、足を止めても事態が改善しないのは確かだ。


「進々は二年校舎の方を向かってくれ。俺は二階へ向かう」

「おっけー」


 考えるのが面倒だったのか、進々は特に反論なく走っていった。

 凪月も追おうと階段に足をかけたところで、いや、待て、と足を止めた。

 追われている者が二階に逃げるだろうか。

 もしも、凪月が同じ立場ならば、二階には逃げない。

 そもそも校舎の中にいれば、袋のネズミ、捕まるのは時間の問題だ。

 とすれば、目指すのは、


「玄関、か」


 凪月は、足を階段から降ろし、進々が走り去った方を向いた。

 玄関は二年校舎の先にある。だとすれば、あちらが正解か。

 校舎の外に逃げたとすれば、もはや今から追いかける意味などないように思うが、いちおう追って進々と合流しよう。

 凪月が、そう思い直して、廊下の方に足を踏み出したとき、再び違和感を覚えた。


 果たして、外に逃げるという予想は正しいだろうか。


 そもそも彼女は内履きを履いていた。玄関から逃げるようとすれば、靴へと履き替える必要がある。追われている身として、そんな時間のロスは心理的にも物理的にも選択され得ない。

 内履きで飛び出していくという手もあるが、泣きながら逃げているような小心者にそんな度胸があるとは思えず、とりあえず今は考えない。

 とすれば、彼女は、今も校舎の中をぐるぐると逃げ回っているということになる。

 想像すると悲惨だが、追跡者としては希望のある展開だ。


 だが、どうする?


 校舎の外が思考の中にないのなら、二階も選択肢から外れないし。

 いや、ぐるぐる回っているということは、


「ここで待つというのもあり、か」


 凪月は、再び足をひっこめた。

 先輩の勧誘部隊から逃げ延びているような俊足な逃亡者を追うよりも、このルートを二度通る可能性に賭けた方が、よほどに成功率が高そうだ。


「でも、なぁ」


 凪月は思う。

 仮にこのルートを通ったとして、どうやってあの巨体を止めるのか。

 声をかけても止まってくれないだろう。タックルでもかますか?

 それで止められなかったら男として悲しいし、仮に止められたとしても、今度こそ進々に通報され、めでたくお縄につくであろう。


 さて、逸材獲得イベントに参加しなくてはならない、という判断は正しかったと自負しているが、一方で、獲得する算段がいっさい立たない状態で、凪月は、今更ながらムリゲー感を覚えていた。

 ただ、と凪月は、やはり些細な違和感をぬぐえなかった。


 何だろう。

 ひどく些細なことだが、とても根本的な事象のような。

 違和感、というよりも、デジャブ?

 そうだ、あのとき覚えた違和感。


 どうして、彼女は二階から来たんだ?

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