第3.5話 たなぼた
教室を後にして、凪月達はすぐに移動した。
主に、凪月が知り合いに会いたくない、という理由で人のいないところを探したのだ。
「声が……、きもい……」
「まだ、うじうじしてんのかよ」
隣で項垂れる進々を半ば引き摺るようにして、凪月は歩いていた。
「あれは、小野を勧誘するためのリップサービスだから気にするな」
「本当? 私の声、きもくない?」
「あぁ、きもくないきもくない」
「本当に本当?」
「あぁ、大丈夫大丈夫」
「本当だよね? それはリップサービスじゃないよね?」
「本当本当、うざくないうざくない」
「うざい話はしてなくない!? ねぇ、それって、私がうざいってこと? うざいから言い間違えちゃったってこと!?」
そういうところが、うざいということを進々に教えてあげた方がいいのだろうか。
「まぁ、いいじゃん。小野もバスケ部に入ると言ってくれたし」
「その代わり、私がやめようかと思ったけどね」
いや、それは本末転倒過ぎるだろ。
「これで、あと3人か。他に心当たりはいないのか?」
「うーん、私、あんまり知り合い多くないし」
「あぁ、ぼっちだもんな」
「友達を選ぶだけだから!」
いや、むしろ、友達に選ばれないんだろ、と喉元まで言葉出てきたが、凪月はなんとか呑み込んだ。
「そうだな。昨年までバスケ部があったということは、元バスケ部の二年がいるはずだろ。そいつらを勧誘するというのはどうだろう」
「はっ! それだ!」
進々は、パッと顔を明るくしてみせたが、実際のところは望み薄であろう。
もしも、バスケがしたければ廃部などにせず、新入生を待つ。それをしなかったということは、さほどバスケがしたくなかったに違いない。
やっぱり、一年生に声をかける他ないか。
とすると、広告をもう少しまじめにうたなければなるまい。ポスター一枚の広告効果では、いささか不安だな。朝のビラ配りでもするか。
面倒くせぇ。
凪月が、自分の中の怠慢精神を押し殺して、進々に進言しようと階段に足をかけたとき、
「退いて!」
階段の上から、切羽詰まった声が降ってきた。
「え?」
凪月は、進々をあやすのに気をとられて、上からやってくる脅威に気づくのに遅れた。
次の瞬間、凪月は腹に強烈なタックルを受け、そして階下に転がり落ちた。
「ぐへっ!」
潰れた蛙の気持ちがよくわかった。
同時になぜかバケツプリンに顔を突っ込んだような心地のよい感触。
何だ、これ?
「あっ」
退かそうとして触れた柔らかい感触と、あまい匂いと、女子の声でやっと凪月は現在の位置関係を理解した。
しかし、なぜ?
「ご、ごめんなさい!」
タックルしてきた女子は、凪月の上でぐいと身体を起こし、その泣きそうな目をこちらに向けていた。
セミロングの茶系の髪をピンクのヘアピンで留めており、赤く蒸気した頬と潤んだ色素の薄い瞳が魅惑的なコントラストを描いていた。
そして、なんといっても特徴的なのが、その大きさだ。
決してある一部を指しているわけではなく、いや、その、ある一部も驚くほどの大きさなのだけれども、それ以上にのけぞらせた上半身と細く長い手を見ただけで、彼女の背の高さは容易に推察された。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だから、退いてくれ」
「あ! ご、ごめんなさい!」
でかい女子は、あわてて凪月の上から飛び降りた。
立ち上がるとさらに大きく、そのスラっとした長い足がいっそうに身長を大きく見せた。
でかい女子は、立ち上がるや否や、
「あの、ちょっと急いでいて、ごめんなさい!」
と言って廊下の奥へと走り去った。
何だったんだ?
と、凪月が呆然としていたところに、さらなる変化が階段の上からやってきた。
「「「待てぇ!」」」
駆け下りてきたのは、上級生、おそらく様々な部活の勧誘部隊だろう。
彼女達は、倒れた凪月に目もくれず、先ほど走り去ったでかい女子を追っていった。
そして、通り過ぎた後。
凪月はハッと目の前で起きた事態を理解し、
「おい! 進々! 俺達も追うぞ!」
すぐさま、その追跡劇への参加を決めた。
まだ思考はまとまっていないが、現状が凪月の予想通りならば、今すぐさま動く必要がある。
しかし、凪月があわてている一方で、進々は階段の壁際で何やら冷たい視線をこちらに向けていた。
「また、セクハラしてるし」
「いや、いや、え!?」
「触ってたし」
「いや、触る気はなかったから!」
「しかもまた女装して」
「それは俺のせいじゃなくね!?」
「……ケダモノ」
「いや、だから、今のは、不可抗力だろ!」
たしかにベタなエロハプニングではあったけれども!
「今のは、ってことは、私のときはやっぱり意図的だったんだ」
「違くて! あぁ、もう! 今はそんな場合じゃないだろ!」
進々の誤解というか、ヘイトを解消するのに、なかなか時間を要した結果、凪月達は、突発的に発生した逸材獲得イベントにいきなり出遅れることとなった。
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