第3.3話 生徒会役員室

「ねぇ、ナツ。ここは生徒会役員室なの。相談所じゃないのよ?」


 困ったように頬杖をつく流々香るるかの視線から逃げるように、凪月と進々はサッと顔を背け、ソファに身を埋めた。


「「いやぁ」」

「いやぁ、て」


 小野小町おのこまちの勧誘を手伝うと決まってから、二日後、凪月は何の成果もあげることができず、生徒会役員室で頭を悩ませていた。

 難航することは予想していた。

 そもそも、バスケ部の創立から関われというのである。小野小町のモチベーションがよほど高くなければ、難しいだろう。

 ただ、凪月は、もっと前の段階で躓いた。


「まさか、話すこともできないとは思ってなかった」

「どういうこと?」


 首を傾げる流々香に、凪月はこの二日間のことを説明する。



              ★★★



 小野の勧誘を決めた翌日の放課後、凪月は進々と一緒に、小野のいる隣の教室に足を運んだ。

 まださほどクラス意識は強くなく、隣のクラスの生徒が入ってきてもあまり注目を集めることはなかった。

 小野は、窓側でぼーっと外を眺めていた。

 ボブカットで切りそろえられた前髪がさらりと揺れる。日本人形のような黒髪とその白い肌が、窓の外に広がる青々とした空によく映えていた。


『よう』


 呆けている彼女に、凪月は声をかけた。

 声が聞こえていなかったわけではないだろうが、小野はしばらく反応しなかった。おそらく自分に声がかけられたと思わなかったのだろう。

 もう一度声かけようとかと思ったとき、小野はゆっくりとこちらに顔を向けた。


『よう、小野。ちょっといいか?』


 凪月が再度声かけると、小野はその大きな目を見開いて、


『お』

『お?』


 口を半開きにして、


『およ』

『およ?』


 妙な声を発して、


『およよよよよよ!?』


 壊れたミュージックプレイヤーのような声を発して、そのまま走って教室を去っていった。



              ★★★



「え? 何? 小町ちゃん、コミュ障なの?」


 そうでない、とは、なかなか言えない反応であった。


「そのやりとりを2日間、計10回繰り返した」

「3回目あたりでやめてあげなさいよ。かわいそうでしょ」


 最後の方は、ちょっとむきになっていたことは認める。だが、それでも話し合いすら拒絶するというのは、ちょっとおかしくはないだろうか。


「で? 結局、ここに何しに来たの?」

「あいつを校内放送で呼び出してくれ」


 流々香はにこりと笑って、紅茶を一口啜った。


「いや」

「何で!」

「だって、理由がないもん」

「……」


 納得の理由であった。


 望み薄であることは予めわかっていたので、それほどへこみはしないが、最も楽な道が消えたことは間違いない。


「仕方ないね」

「そうだな」


 顔を見合わせて、凪月と進々が立ち上がるので、流々香は怪訝そうに尋ねた。


「どうするの?」

「「捕縛」」

「やめなさい」

「「えー」」

「いや、えー、って」


 当然でしょ、と流々香はため息をつく。


「もっと平和的な解決策を考えなさい」

「いや、考えたけどさ、ルル姉が」

「それも、権力で強引に、って方法でしょ。権力も暴力もなし。もっと頭を使いなさいよ。小町ちゃんが逃げるのには、何か理由があるんでしょ。それを突き止めることが大事なんじゃないの?」

「考えたんだけどさ、別に俺も進々も知り合いってわけじゃないし。それにあいつ聖女出身だろ。ほとんどエスカレータで、あいつの知り合いすら、この学校にはいないわけ」

「なるほど」


 ふむ、と流々香は顎に手を当てる。


「確認だけど、進々ちゃんは話せたことがあるのよね」

「うん。そんなにいっぱい喋る子じゃなかったけど」

「そんときに、粗相をしたんじゃないかと、俺は推察しているんだが」

「してないよ!」


 凪月と進々が言い合っている中、流々香は何か思いついたように、立ち上がった。


「そうね。一つ試してみたら、どうかと思うのだけど」

「お、さすが、ルル姉」


 こういうときに役に立つのは、やはり流々香である。凪月などとは頭の出来が違う。


 しかし、同時に凪月は妙な悪寒を感じた。


 立ち上がった流々香が浮かべる笑みが、何か企んでいるときの陰湿さを宿しており、それはたいてい凪月に不幸を呼び込むからであった。


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