第2.4話 副生徒会長

「それで、二人揃って何しに来たわけ?」


 生徒会役員室に、凪月と進々は訪れていた。

 お目当ては、ソファに深々と座り、優雅に足を組む副生徒会長、七竈流々香ななかまどるるかである。


「結婚すんの?」

「「しない」」

「お姉ちゃんは許しません!」

「いや、どういう立場だよ」

「海賊王になる女だ!」

「だったら門外漢だよ。それと麦わら被って出直してこい」


 つーか、どういう遊びだよ。

 ルールがわかんないんだけど。


 流々香の遊びに付き合っていると日が暮れる。凪月は、早々に打ち切って、事情を話した。

 副生徒会長である流々香は、凪月よりも学校側の事情に精通していることから、すぐに事態を理解した。


 理解した上で、流々香は首を傾げ、


外村進々そとむらすすむちゃんだっけ? とりあえず、おバカさんなの?」

「うっ!」


 進々の心の臓を撃ち抜いた。


「ルル姉、少しはオブラートに包めよ」

「でも、普通、確認しない? ちゃんとバスケ部があるか」

「昨年はあったんだろ? それで勘違いしちゃったんだよ。わるくてもおマヌケさんあたりで勘弁してやれよ」

「お、おマヌケさん……」


 フォローしてやったはずなのに、隣で進々がさらに落ち込んでいた。

 ふーん、と流々香は席を立ち、紙コップにココアの粉を入れ、ポットから注いだお湯で溶かした。そして戻ってきたかと思うと、ココアのカップだけを置いて、デスクに寄った。

 デスクの上のタブレットを取りに行ったようだ。流々香は、タブレットを操作しながら、ソファに座り直した。


「たしかに昨年はあったわよ。でも、三年生が抜けて部員が一人になっちゃって、昨年の7月に活動停止しているわ。それから1月の予算委員会で廃部案が提出されて、2月の予算委員会で承認されているわね」


 流々香が言い終えると、隣で進々が少し怒ったように愚痴た。


「せめてもう一年待ってくれてもよかったのに」

「言っとくけどヒアリングはしたのよ。でも、例年碌な結果を残せない弱小部だし、部員もいないんじゃね。残っていた部員の子達も同意してくれたわ」


 ふむ、納得である。


 口には出さないが、凪月も生徒会の判断は正当なものだと思う。部費だって有限なのだから、有望なところに振り分けられるべきだ。


 ただ。


 よし、納得した。

 はい、この話、終わり。


 とは、いかない事情がある。


 いくら生徒会の判断が正しかろうと、それを覆し、バスケ部を存続させねばならない。いや、覆すのではなくて、まず廃部を認めて、再設立することになるのだろうか。


 その辺りも含めて、流々香に話を聞きたいところだ。

 流々香の説明を聞いて、進々はまだ納得していないといった顔をしていたが、それでも一応次に話を進めた。


「でも、私、バスケがしたいんです」

「そうねぇ」


 流々香は、頬に手を当ててホットココアを一口啜った。


「パッと思いつく方法は二つかな」

「おぉ、さすがルル姉」


 羊雲学園の陰の支配者と呼ばれるだけのことはある。実際にどれだけの権力があるのか知らないけど。


「来年まで待つか、転校するか」

「「ちょっと待て」」


 まったくもって、さすがではなかった。

 凪月と進々の突っ込みに対して、不服そうに流々香は頬を膨らませる。


「何よぉ」

「それって諦めろってことですよね!」

「だって、もう予算ついちゃってるんだもの。今年は文化祭を盛大にするからって言って、ほとんど予備も残ってないし」


 流々香の口から出てきた理由は、なんとも世知辛いものであった。

 しかしながら、進々も引き下がらない。


「お金なんていりません! 必要なものは自分達で用意しますし!」

「そうはいかないわよ。お金の問題だから、優遇ができないのと同じくらい、冷遇もできないの。それって同じことだからね」


 流々香が珍しくまともなことを言っている。


「部費を出さないのならば、学園としては非公認ということになるわ。そうしたら公式の大会には出られないけど、それでいいの?」

「いいわけないじゃないですか!」


 進々は、テーブルを叩いて抗議した。


「私は、全国制覇したいんです! 大会に出られないなんて論外です!」


 生徒会役員室に静寂が訪れる。

 凪月は額に手を当てて、流々香はぽかんと口を開けた。


 言いやがったよ、こいつ。


 凪月の不安が現実のものとなった。やはり、進々は、そういう類の人種だ。勝負において、負けることを良しと考えない。勝って、勝って、最後まで勝つことを考える、そんな女子だ。


 だが、と凪月は思う。

 まさか、遥と同じことができると本気で思っているのだろうか。

 一歩目で躓いている、こんな女子が。


 凪月は逡巡する。

 現実を伝えるべきではないだろうか。

 自分の可能性をまだ信じている無垢な少女に、その可能性が無に等しいと教えてあげることが、今、凪月のすべきことではないだろうか。

 口を開きかけて、凪月はゆっくりと閉じる。


 そいつは、余計なお世話だ。

 凪月が告げることではない。

 彼女がいずれ気づき、そして、絶望し、一つ大人になる。

 ただ、それだけのことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る