第20話 わたしの色
「ひゃ…?」
のっけから変な声が出てしまったが仕方がない。腰や太腿等に他人の手が触れたら、大抵の女の子は声を上げてしまう。
なのに。
「…動かないで……」
「…はい」
制されてしまった。触られているのは私の方なのに。
なぜこんな事になってしまったのか、私には理解が追いつかない。
突然に現れた金の髪の女性。彼女は先程からずっと私の腰や太腿を時に脇腹付近を触り続けている。
正確には装束を弄っているのだけど、布地の薄さ的に私が触られているのと変わりがない。
コロネには度々弄られてしまう私だけど。知らない人にまで弄られてしまうとなると、少々考えを改めなくてはいけない。
だから、金の髪の彼女に抗議しようとしたのだけど。
「あのぉ……」
「胸周りを確認したいのですが…よろしいでしょうか…?」
私が言い終えるよりも先に、彼女が立ち上がってしまった。
いきなり大きな動きをされれば、それだけで驚いてしまうけれど。
さらに顔を寄せて来るものだから、抗議の言葉は何処かへ飛んで行き。
「あ?は、は、はい!」
思わず肯定の返事をしてしまった。だけど仕方が無い。本当に仕方がない。
だって、綺麗な顔が急に目の前に現れたら、誰だって圧倒されてしまう。
ずっと屈んでいたからわからなかったけれど、彼女が立ち上がる事で見せた顔は本当に綺麗なんだ。
白磁の肌の繊細な顔立ちは人形の様で、それが非現実感を覚えさせると同時に魅力でもあり。
キラキラと輝く金の髪は本当に夕日を浴びる川の様で、その輝きを掬うのを躊躇ってしまう程。
そして彼女が身に纏うのは紺を基調とした給仕服。こうされていると、なんだか身支度をするお姫様かお嬢様の気分になってきて。
非現実感はどんどん加速し、夢でも見ているのかとさえ思えてしまう。
綺麗な
視線でコロネとライラに問い尋ねてみたけれど、二人は知らないと首を横に三度振った。
やはり二人も知らないか。
でも。知らない事は仕方ないとして、二人共私が弄られるのを楽しんでいませんか?さっきからずーっと黙ったままだし。
見てばかりいないで、この状況から助けてほしいのですが?
なので、今度は助けを求める視線を送って見たら。二人は先よりも多い五回首を横に振った。
はぁ、やはり自分でなんとかするしかないのかな……
そんな事を悠長に考えていたら、もっと恥ずかしい事態が起きてしまいました。
「では…上げます……」
「はい?ひゃあ!?」
金の髪の女性は短く告げると私の腕を降ろし、代わりに胸下まで降ろしていた私の装束を上げ始めた。
隠したいけど隠せない。しかもしかも、大きめの胸が装束を弾く様に邪魔をし上手く上がってくれない。
今日一日の中で最大の羞恥!この状況を早くなんとかしてほしい。
ほら、当事者でない人達も色々と言い始めましたよ。
「大きいって凄いね……」
「ええ、凄いですわ……」
コロネ?ライラ?何を感心しながら見ているんですか?
それになんだか意気投合しつつありませんか?
コロネが状況を楽しむ子なのはわかっていたけれど、ライラもそう言う子だったとは想像できませんでしたよ。私もまだまだです。
二人に色々と言いたい事はあるけれど、先に目の前の状況をどうにかしないと。
いい加減流されるままでいる訳にはいかない、言うべき事は言わないと!
「あの…そんなに強く引っ張ったら破けて……」
「大丈夫……、多少強く引っ張ったくらいでは破けませんよ、
みるく?ミルクってなんだろう?この装束の素材の事だとは思うけれど、初耳。
気になる、気になるけれど今は聞けそうに無いし、聞く余裕も無い。
装束はぐいぐいと強く引っ張られ、私の胸は圧迫される様に押し込まれて行く。
うう、詰め放題じゃないんだからそんなに無茶をしないでほしい。
「やっと入りました…今後は大きい胸の事をもっと考慮しないといけませんね……」
「…あのぉ。私が自分でやった方が良かったのでは?慣れていますし」
「……なるほど!」
なるほどじゃないですよ、もっと早くに気付いてください。
恥ずかしい言い方になってしまうけれど、服に自分の胸を詰める方法は体得済み。先程だって装束を自分で着た訳だし。
しかし、本当にこの
疑問に首を捻る私に予期せぬ所から答えがやって来ました。
「シロノは仕事モードに入ると距離感おかしくなるからさ、許してやってよ?」
「…クロノさん?」
声の主はクロノさん。右手をひろひろと振りながらやってくると、シロノと呼ばれた女性の背をぺちぺちと叩いた。あ、払われた。
「シロノったらつれないなぁ、そこが可愛いんだけど?」
ぼやく様に言うとクロノさんは肩を竦め苦笑を浮かべた。慣れっこと言ったその様子に、シロノさんとの距離感がなんとなく見えてくる。
それに、クロノさんのお陰でこの
この
「クロノあまり変な事を言わないでください……」
若干むっとした表情を浮かべるシロノさんだけど、すぐに姿勢を正すと私達の方へ向き直った。表情も仕事モード(?)に戻っている。流石プロだ。
「ああ…自己紹介が遅れてしまい失礼いたしました……、私はシロノ…この店『フロイライン』の店主を務めております」
そう言ってシロノさんは給仕服のスカートを摘まむと、ツイっと頭を垂れた。
アインとバウと似たスタイルの挨拶だけど、二人とは違う凛とした空気が大人の女性を感じさせる。
「自己紹介はこのくらいにして……、胸周りを調整しましょうか…?デザインと色はこれでよろしい…ですか…?」
「えっと、どうしよう……」
シロノさんに問われ、姿見に映った自分を再確認しながら一回転してみた。
先程は扇情的な自身の姿に冷静さを欠いてしまったけれど、改めて見ると何かしっくりと来ない。
色とデザインは悪く無い。悪くは無いのだけど、私の心と歯車が噛み合わない。
服は一期一会と言うし、どうせ選ぶのなら納得の行く物が良い。
この店にはまだ多数の装束があるし、さらにシロノさんの登場で選択肢が大きく広がった。
多少サイズが合わなくても、シロノさんに調整して貰えそうだし。
でも、一つ問題がある。時間だ。
門限までの時間を考えると捜すのに割ける時間はあまり無い。
「あまり時間も無いし、色だけでも……」
「…色ですか…?そうですね…貴方のイメージに合いそうな色は……」
シロノさんはそう言って、給仕服の腰に吊るしてあった布地の束を捲り始めた。
私のイメージに合う色ってなんだろう?、改めて問われると悩んでしまう。
こう言うのは自分で思う色と客観的に思う色とでは異なる気がする。
せっかくだし、二人に聞いてみるのもありかもしれない。
でも、コロネは大丈夫としてライラが答えてくれるかな?未だ彼女との仲は改善されてないし、聞くのが怖くもある。
「白……」
「え?」
思わず間の抜けた声が出てしまったけれど、当然の事だと思う。
だってそうでしょ?
直前までありえないと思っていた事が起これば、誰だってこんな声が出てしまうはず。
恥ずかしいけれど、私にとってはそれほどに驚くべき出来事だった。
だから私は、驚きのままに視線を声の主である『彼女』に向けた。
「あ…ああ、いえ、白一色の方が貴女に……。ううん、聞かなかった事にしてくださいまし」
そこにあったのは、これまで見た事の無い表情を浮かべる声の主の姿。
声の主は私の思った通りライラだった。
そう、彼女がわたしの色を教えてくれた。
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