第19話 試着してみた
姿見に私が映っている。そこに映る私は人に見せたくない表情をしている。
眉間には皺が寄り、口は抜いた釘の様に曲がっている。
出来る事なら、しない方が良い表情。
それでもこんな表情になってしまう理由は、今の私の姿にありました。
「やっぱりブラを外さないとダメかなぁ…?」
先程から、装束を両手で吊るす様にしながら身体に当てているけど。
肩から背が大きく開いた構造の関係で、ブラの肩紐が外に見えている。
それにこの薄い布地。付けたままで着ると下着が透けて見えてしまいそうです。
立体的に縫製された装束の作りからして、付けない前提なのでしょう。
悩ましいけれど、儀式に挑むためにはコレを着なくてはいけない……
そんな状況になれば、誰でもこんな表情にもなってしまうはず、多分。
「…ブラを外す前で良かった」
思い出すのは先程の出来事。
もし下着を外した後にカーテンを開けていたら、もっと恥ずかしい姿をライラに晒す事になっていたのでしょう。
その時は彼女も直ぐに気付いたのかもしれないけれど。しかしあの状況、そのまま会話を続けていたかもしれません。
あくまで可能性の話ではあるけれど、次に似た状況になった時は気をつけないとだよね?
うん、ぐだぐだとしていても仕方が無い、いい加減に着替えよう。
一回着てしまえば慣れるはず。
魔法の儀式をするのも今回だけではないし、今のうちに慣れておかないと。
でも、慣れるのかな?慣れてしまうのもそれはそれでどうかと思うし。
再びぐだぐだと考えてしまいながら、私はブラのホックに手をかけました。
………
……
…
「…やっぱり少しきついかもしれない、それに……」
着替えを終えて、姿見に装束を身に着けた私が映ってる。
紫に近い青の装束は夜会服の様にも見えて、本当にこのまま宴会に行く事も出来そうです。
さらさらとした生地の感触は肌に心地良く着心地も良い、良いのだけど……
その姿を一言で言い表すなら『扇情的』。
肩から胸元付近までが大きく露出し、脇付近で繋がった袖は先の方が大きく広がっている。
それ以上に気になってしまうのが下半身。
膝から下は広がりがありゆったりとしているのだけど。しかし、脇腹から太腿までは吸いつく様に布地が張り付き、身体の線がはっきりと出てしまっています。
自分の姿なのに恥ずかしくなってきました。
それに、この生地の薄さは動くのが怖い。身体を捻るだけで破けてしまいそう。
特に胸元。脇付近がピンっと張り詰めていて、大きく呼吸をしたら一気に弾けてしまいそうです。
だから、今は呼吸も控えめにしている。でも、そろそろ苦しくなってきましたよ。
もう限界。
一回脱ごう。その方がいい、絶対にいいに決まっています!
脱いだら一つ上のサイズを選び直そう。それにデザインも変えたい。
一人で楽しむために着るのには良いけれど、この姿で人前に出るのは勘弁願いたいです。
最後にもう一回だけ自分の姿を確認すると、装束を脱ぎはじめました。
開放感そして深呼吸。やはり自分に合わないサイズの衣服は脱ぐのが正解でした。
コロネが見せてと言っていたけれど、別の物を着てから見せる事にしよう。
自分で見ても恥ずかしいのに。他人に見られたらと想像すると、それだけで顔が熱くなってしまいます。あ、でもお姉さまになら見てもらってもいいかも?
想像や妄想に浸ると動かしていた手は止まってしまい。
代わりに動くのは状況でありまして……
「シルファ着替え終わったぁ?」
「ほわっ!?」
声が聞こえると同時にカーテンが勢い良く開かれました。
聞こえたのはもはや聞き慣れた声、森妖精の少女コロネの声。当然カーテンを開いたのも彼女。
だから私は彼女に言いたい、なぜこんなタイミングで戻ってきたの?と。
でも言えなかった。
なぜなら私はぴたり固まり、動かない石像の様になってしまったからでした。
キラキラと輝くコロネの瞳に映るのは装束を脱ぎかけた私の姿。
そして脱ぎかけた装束は、私の胸下まで降りていたのでありました。
お姉さま、シルファは恥ずかしい姿を人前に晒してしまいました。
………
……
…
「ほら、だってもう着替え終わった頃かなぁ?って思ったから」
拗ねる私を前に、コロネが両手振り振り奇妙なダンスを踊っています。
コロネは先程の件の言い訳をしているのだけど。そこへ手振り身振りを交えるものだから踊っている様に見えてしまいます。
それがなんだかおかしくて、つい笑ってしまいそうになる。でも、いきなりカーテンを開けられたお返しにと、堪える私でありました。
怒っていないと言えば嘘になってしまうけれど、好奇心の強い彼女の性格を考えたらなんとなく許せてしまった。
けれど、やっぱり少しは反省してほしいので、もう暫く拗ねてみたりします。
「…シルファ笑ってない?」
「そ、そんな事ないよ?」
言いながらジト目で私の顔を覗き込むコロネ。
いきなり顔を近づけないで?でも、少し笑いそうになったのは本当。
そんなやりとりを続ける私達の耳に、もう一つ声が聞こえてきた。
「睦み合うのもよろしいけれど、そろそろ着るか着替えるかした方がよろしいのではないかしら?」
ライラの声だ。
振り向けば棚に寄り掛かった彼女が私達のやりとりを見ていました。
指で金の縦ロールをくるくると弄る彼女は、なんだか不機嫌にそうしている様にも見えて。
あれ?もしかして、私が着替え終えるのをずっと待っていてくれたのしょうか?
もしそうならば、これはチャンスかもしれない。そうだ、きっとチャンスだ。
「その表情はなんですの?だから……」
私に焦れたのか、ライラは髪を弄るのを止めて私の胸元を指差しました。
「大きいね」
はい?コロネさん?いきなり何を言い出すんですか?
「ええ、大き…そうではなくて!」
ライラさん?一瞬同意しましたよね?
私の胸をネタに盛り上がってしまいますか?そこまではいきませんか、良かった。
でも、着るか着替えるかした方がいいのは確かですね。
今の私は両腕で胸を隠した状態。その所為で若干、本当に若干だけど胸が強調気味にはなってしまっています。
…気付いたら急に恥ずかしくなってきました。
二人共?そんなにジロジロと見ないでください!
それに腰を触るのは無いと思いますよ?
二人共?私が憤る視線の先、コロネとライラが妙な表情で私を見ている。
「え?」
コロネとライラはそこに居る、そうなると私の腰を触っているのは?
恐る恐るに視線を降ろせば、夕日を受ける川の様に輝く金の髪があった。
「…腰回りはこのサイズで大丈夫そうですね……」
その髪の持ち主は屈んだ姿で私の腰を撫で触りながら、何やらを呟いている。
淡々と紡がれる声は感情を感じさせないけれど、女性の声だ。
でも……
「「「誰?」」」
私、コロネ、ライラ、三人の声が重なった。
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