第21話 あなたの色

 

 

 白。

 

 ライラが私の色を教えてくれた。

 

 それは驚きであると同時に嬉しくもあり、その嬉しさは私にイメージを与えてくれた。

 ライラは首を左右に振ったけれど、私には見えてしまった。

 白の装束を纏った自分の姿が。白の装束を纏い契約の儀式に挑む自分の姿が。

 うん、白だ。もう、白しか無い気がする。

 そしてライラの言葉でイメージを得た者がもう一人。

 

「…来ました……」

「ほおほお?シロノが何やら閃いたみたいだねぇ」

 何を?と私が尋ねるよりも先にシロノさんは動いていて、代わりに答えてくれたのはクロノさん。クロノさん、何やらニヤニヤとしてらっしゃいますよ?

 その意味が気になる。気になるからシロノさんが動いた先を見てみた。

 先にあったのは、装束の並ぶ棚の前を行き来しながら捜し物をする彼女の姿。

 木製の脚立を片手に縦横に棚を巡り、手を伸ばしては引込めを繰り返し。

 やがて、店内に鬨の声が響いた。

 

「ありました…!」

 

 声は変わらず抑揚が薄いけれど、それでも声に混じるのは歓喜そして興奮。

 シロノさんの手の中にあるのは一着の装束。

 彼女が両手でぱっと装束を広げると、場に白が煌めいた。

 雪を思わせる純白の布地、そこに銀糸で六角形の結晶が刺繍されている。

 光の加減なのか、装束が揺れる度に結晶が煌めき揺れ舞っている様に見える。

 

「『六花りっかの花嫁』…光に舞う雪の結晶をイメージした装束です……」

「ふわぁ……」

 シロノさんは自慢気に説明しているが、私は装束に見惚れてしまっていて口からは返事より溜息しか出ない。

 この装束の美しさを前にして、見惚れてしまったのは私だけでは無い。

 コロネも、白を提案したライラも、口から聞こえてくるのは小さな吐息ばかり。

 皆が見惚れた事に気を良くしたのか、シロノさんはさらに語り始めた。

 むしろ聞いて?と言ってる風にしか見えないですよ?

 ほら、装束を持ったままどんどん私の方へと近付いて来るし。

 

「コホン…雪結晶の紋様はその形状から、六属性の力を宿し秘め易いと聞きます……

 そこからイメージを得て…制作してみたのがこの装束なのです……」

 

 シロノさんの語る六属性とは、魔法の基本属性の事。

 お馴染み『火』『水』『風』『土』の四属性と、『光』『闇』の二属性。

 魔法の力はこれらを単独あるいは組み合わせて使う事で、行使される。

 それに、この世界の全てにおいて、六属性の力は何かしらの形で関わっている。

『火』や『水』は煮炊きをするのに必要だし。生活の基盤として重要だ。

『土』のお陰で私達は大地に支えられ立ち歩く事が出来るし、『風』があるから雲や大気は動き世界の力は循環する。

『光』と『闇』は少々特殊な属性で説明が長くなるから省略するけれど、重要なのはこの属性のお陰で昼と夜があると言う事。

 本を読んだり、夜ゆっくり眠る事が出来るのも『光』と『闇』のお陰だよね。

 

 シロノさんはそんな説明をしつつ、私に着てみろと言わんばかりに装束を押しつけて来ましたよ?もう、これは試着するしか無い流れですよね?

 皆の視線も着て欲しいと言ってるし、提案してくれたライラの反応も見たいし。もう、着るしかない。

「…では、着てみますね…?あ、自分で着れますので」

 念のために言っておかないと!

 こらこら、コロネはそこで残念そうな顔をしない。どっちにしても更衣室で着替えますから。

 

わたくしも今のうちに選ぼうかしら……」

「あ!私も選ばないと!」

 お二人さんやっと気付きましたか?

 そうですよ、二人とも私の観賞会をしてる場合ではありませんよ?

 だから、解散してサクっと装束を選んでくるのが正しい行動だと思います。

 そもそも、コロネは私と別れた後、装束を選びに行ったのではなかったんですか?

 私がピンチの間も、ずっと捜していると思っていたのに……

 

「…シルファ?あ、あーあー…良いのが見つからなくてさ。だから、シルファと一緒に捜したくて…って言い訳はダメカナ?」

 だめですよ。でも、一緒に捜す事にはやぶさかではない。私も甘いなあ。

 さて、ライラの方は自分で選びに行くのかな?

 良い流れが来ているし、ライラも一緒に言うのもありかもしれない。。

 そんな事を考えていると、素敵な提案がやってきた。

 

「お二人も装束を買うのですね…?そうなると…お二人もイメージする色を決めると良いかもしれません……」

 提案したのはシロノさん。うん、せっかく専門家がいるのだし、ここは頼ってしまった方がきっと良い物を選べるはず。

 この白の装束の様に、二人にも装束との素敵な出会いを導いてくれる気がする。

 そうなると、二人に似合いそうな色は……

 

わたくしに合う色、イメージされる色……」

 ライラの呟き声が聞こえるのとほぼ同時に、イメージが浮かんだ。

 

「あ、赤!」

 

 叫ぶに近い声だったから、店内の注目を集めてしまったけれど。私を含めてもここには五人しかいないし気にしない。

 浮かんだイメージは『赤』、ライラに似合う色は『赤』しか無いと。

 ライラの瞳のその奥にある色。あの日、昇降口前でライラの瞳に感じた色。

 

 あれ?なんだろう急に顔が熱く。私、割と恥ずかしい事をしたかもしれない。

 気にしないと言ったけれど、撤回。私が赤くなってどうするの?

 

「赤?…そうね、それにしてみようかしら?」

 私の声に驚ききょとんとした顔を見せていたライラだが。一呼吸すると、納得した顔を見せながら頷き、私にそう告げた。

 いいの?本当に私の提案した色でいいの?

 あまりにあっさり承諾されて、今度は私の方がきょとんした顔になってしまう。

 

「シルファ!私も!私も!」

「わ、コロネ?わ、わかったから、そんなに引っ張らないで?」

 私が呆けているとコロネが子犬の様に縋りついてきた。なんだか瞳がうるうるとしてるし、そんな目で見ないで。

 貴女の事を忘れた訳ではないから、コロネの色もしっかり考えるから。

 

「んー…コロネに合いそう色…色…色……」

「わくわく」

 コロネは森妖精だからイメージは緑と言いたいけれど、何か違う。

 私が緑に感じるのは癒しや穏やかな森の空気。でも、その色は同じ森妖精であるクロワの方が似合いそう。だから被るのも避けたい、ルキアが選びそうだし。

 コロネにはもっと活発な色。木々の間を流れる風や生命の息吹を感じさせる色。

 そうなると……

 

「黄?木の葉の黄?」

「むむぅ?」

 私の言葉にコロネは首を傾げてしまった。表現が曖昧でごめんね?

 でも、私の中に色のイメージはある。森を遠くから見た時に見える、緑の中に混じる黄色。

 そうだ!森を歩いた時にでは無く、見た時に感じる色。それも春から夏にかけての森。見て散歩をしたくなる森の色。

「…来ました……」

 そう告げたのはシロノさん。流石は服飾店の店長さん、私の曖昧な物言いでイメージを掴んだみたいです。

「暫しお待ちください……、そちらの…お嬢様?…も、よろしいでしょうか…?」

「わ、わたくしの事ですの?確かに故郷では…ん、ううん……」

 お嬢様と呼ばれライラは言葉を詰まらせた。

 初めて出会った時からお嬢様風とは思ってはいたけれど、やっぱりお嬢様なんだ。でも、伏せたい事情があるのかな……

 気になるけれど、今は装束の方が先。これでなんとか三人の装束が決まりそう。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「ふふっ、これはなかなかですわね?」

 微笑みながらライラがクルリと回った。装束の裾が大きく広がり、赤の大輪が咲き燃え上がる。またに炎の大花たいか

 ライラが身に纏うのは赤の装束。赤と言っても赤一色ではない、炎を描く刺し色と舞う薔薇の刺繍がほどこされた。気品と共に艶やかさを兼ね添えた装束。

 シロノさん曰く。

「名付けて『情熱の花嫁』…炎と添い遂げし乙女をイメージした装束です……」

 淡々と語るシロノさんだけど。私の一言であつらえた様に似合う装束が出て来るなんて驚きしかない。

 

「ふっふーん♪私のだってなかなかだよ」

 続けてコロネが装束の裾を翻した。新緑の木の葉が舞い、風と踊り遊ぶ。。

 コロネが動く度に揺れる装束の裾は、草原を駆けている様にも見え。それが兎の様に跳ねる、彼女の雰囲気に良く似合っている。

 シロノさん曰く。

「名付けて『若葉の花嫁』…木々の間や…草原を駆け抜ける風をイメージした装束です……」

 この装束もそうだ、本当に驚きの溜息しか出てこない。

 あんな曖昧な表現をしたのに、私のイメージした物が本当に出て来るとは予想も出来ませんよ?。

 でも、シロノさん装束に花嫁って付けるのが好きなのかな?何か特別な意味がありそうな気がしないでもない。

 

 ともあれ、真新しい装束に身を包んだ三人が場に揃った。

 装束の形は三着ともほぼ一緒だけど、それを身に付ける者と色が変われば印象は大きく変わる。

 印象とはその子だけが持つ個性。シロノさんが選んだ装束はそれぞれの個性を強く引き出してくれている。やはり任せて正解だった。

 

「ねぇ?何か納得してるみたいだけど、シルファは回らないの?」

「はい?」

 コロネさん何を言ってるんですか?

 私はこの白の装束に満足しているし、それで十分だと思います。

 あの?皆さん、なんで私の方を見ているのですか?

 そんなに期待されても困ります。

 

「ああ、もう……」

 仕方ない。私は右足で爪先立ちするとスッと時計回りに一回転して見せた。

 恥ずかしすぎる。

 こう言うのは感情が昂ぶった瞬間に自然とする物で、自発的にする事では無いと思いますよ?

 下着姿や胸を晒すよりは幾分マシではあるけれど、これはこれで別の恥ずかしさがあります。しかも皆が注目しているし。

「うん!やっぱりシルファはこう言うのが似合う♪」

 コロネははしゃぐ声で言うと、胸の前で小さく拍手をした。その隣ではライラが何かに納得したのかコクコクと頷いている。

 褒めてくれるのは嬉しいけれど、私はもう恥ずかしくて更衣室に引っ込みたい。

 そんな私の耳に、もう一つ拍手が聞こえてきました。

 

「皆様お似合いです……

 衣装との出会いは一期一会……、最良の物を提供出来て嬉しく思います……」

 拍手の主はシロノさん。

 私達を順に見ながら頷くが、すぐに眉を寄せる表情へと変わった。

 何か気になる所を見つけてしまった様だ。

 

「やはり…少々調整が必要ですね…?

 この際ですから…三人一気に直しを入れてしまいましょう……」

「あいさー、そう言うと思ったよ」

 シロノさんが言い終えると同時にクロノさんが何かを差し出した。多分、裁縫箱だろう。箱から鋏や針刺し等が顔を出しているのが見える。

 

 直してくれると言うのならば、私達に否定する理由は無い。

「はいはーい、私は袖をもう少し短くして!それと足元のヒラヒラも短く!」

わたくしは…その腰付近の修正をお願いしますわ……」

 コロネ、そしてライラが早速希望を告げた。

 こう言う時コロネは素早いなぁ、感心しちゃう。

 感心しているばかりでなく、私も希望を言わないと。気になる所あるし!

 

「…あ、わ、私は……」

「シルファは胸だよね…アイタ!」

 はい、この装束も胸元がきついです、でもコロネさんは叩きました。せっかく感心してあげたのに一言多い。

 

 とにかく、三人それぞれにしっくりこない部分がある。

 それにこの装束は特殊な繊維で作られているみたいだし。確か…魔絹みるく

 

 後で聞いた話だけど、魔絹みるくとは、魔糸虫モフラの吐く糸から作られる『絹』に極細の妖精銀ミスリルを織り込んだ、魔法生地であるらしい。

 だから柔軟であると同時に強靭で、そう簡単には破けないとか?

 さらに刃にも強く、衣装として仕立てるには専用の道具が必要になるらしい。

 

 そんな訳で、シロノさんによる装束の直しが始まった。

 色々とあったけれど、これで無事に魔王アルカナロードとの契約の儀式に備える事が出来る。

 後は覚悟を決めるだけかな?

 良い流れが来ているし、契約の儀式もスムーズに行く予感がする。

 なんとなくだけど……

 

 

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