第7話 入学式1
「…新入生ってこんなにいたんだ……あ……」
声に出ていた事に気付くと私は慌てて口を押さえ俯いた。
それほど大きな声ではなかったはずだけど、自分の声って妙に大きく聞こえる時があるから。特別な場にいると特に。
でも俯いたままでいる訳にもいかないので、一呼吸してから頭を僅かに上げ周囲の様子を伺ってみる。大丈夫、私の声を気にしている者はいない。
むしろ、前にも横にもふらふらと揺れ動く頭をいくつも見つける事が出来る。やはり皆同じ気持ちなのかもしれない。
だってこの人の多さ!街中を歩いた時も人の数にも圧倒されたけれど、やはりこの場に集う人の数にはまた圧倒されてしまう。
学園の規模を考えればこのくらいいて当然なのかもしれないけど、多い。
そんな大勢が集う場に自分が居ると思えば、緊張し落ち着く事が出来ないのも仕方ない!
さて、なぜこの場に大勢の人が集っているのかと言うと、特別な式典の真っ最中だからなのです。
講堂内は花とリボンとその他キラキラとした装飾で飾られ、上方には新入生歓迎の横断幕。その下には挨拶等を行うやや高めの台…壇がある。
私達の座る席を囲む様に設けられた観覧席には上級生や関係者の姿。全員参加なのかは不明だけど、観覧者だけでも千人くらいはいそう?
そして私達新入生は、縦横に配置された背凭れ付きの長椅子の上にずらりと並び収まっている。
そう、本日はルミナス魔法学園の入学式。この学園で学ぼうとやって来た少女達を生徒として迎え入れるための式典。
受付けを済ませた時点で学園の生徒ではあるのだけど、やはり入学式に参加すると改めてここの生徒になったんだと言う実感が沸いてくる。
だから私ことシルファの周囲にいるのは全て今年入学した新入生の少女達。
彼女達は皆、私と同じ制服を身に纏い、胸元を飾るのはやはり同じ薄い花色のタイ。同じ色は同学年の証。
当然上級生となる先輩方も同じ制服だけどタイの色が異なる。私より一年先に入学したお姉さまのタイは二年生を示す緑色。
そのお姉さまはと言うと、多分観覧席のどこからか私を見ているはずだけど…わからないです。シルファの愛が足りないからでしょうか?
手を振れば気付いてもらえるかもしれないけれど、それは恥ずかしい。多分、いや確実にそれに見たお姉さまも恥ずかしい。お姉さまには気付いてもらいたいけど、やはり我慢します。
とりあえず気をとりなおし、姿勢を正すと壇の方へと視線を戻した。壇の周辺には生徒以外の女性の姿もある。私達を指導してくださる先生、そして学園や寮での日常を支えてくれる方達だ。
「あ、アインとバウだ……」
並ぶ先生達の列に寮でお世話になった家事妖精アインとバウの姿もあった。彼女達も学園関係者だもんね。
二人の姿を見ていると入寮から今日までの忙しい日々が思い出されてしまう……
学園に到着した日こそお姉さまとの時間を楽しむ事が出来たけれど。次の日は入学式の前日、する事は山の様にある。
もっと早くに到着していればお姉さまと過ごす時間にも余裕もあったのだろうけれど、今更言ってもどうにもならない事。
ここ数日で入寮した子達は皆同じ状況だったのか、寮の廊下ですれ違っても軽い挨拶をするのがやっとで自己紹介すらまともに出来ていない。
結局、お姉さまそしてアインとバウの助けも借り、一日で全ての準備を整えて今に至る訳なのだけど……
昨晩の夜はお姉さまの助言もあって早めに就寝、私としてはもっとお姉さまとゆるりとした時間を過ごしたかったのに……
せめてもの救いはお姉さまと一緒のお風呂に入って、一緒のベッドで眠る事が出来た事。
考えてみるとアインとバウは私以外の新入生達の手伝いもしていたはず。あの忙しさの中を立ち回るってどれだけ優秀なの?寮での本来の仕事もあるはずなのに……
そんな事を考えている間にも入学式はどんどん進んでいて、開会の挨拶が終わり今は生徒の誰かが壇上に立ち何やら話をしている。
「…新しい出会いを嬉しく思うと同時に、貴女達と紡ぐ未来がどの様な物になるのか楽しみでもあります」
内容的に新入生歓迎の挨拶の様だけど、挨拶の内容よりもその姿の方が印象的だ。
さらりと長い金の髪に紅い瞳。お姉さまと似た瞳の色だけど、この人のは血の色に近い気がする。それに制服の上に羽織った黒いマントには金の刺繍がほどこされ、高貴さを感じさせる。
マントだけでなんとなく想像が付いた、絶対生徒の中で偉い人だ。絵物語や少女小説だと生徒会や執行部に所属している学園の王子様(女性)的な人。
「入学した当時の私がそうであった様に、今の貴女達は期待と同時に不安で胸がいっぱいかもしれません。でも不安になる必要はありません、ここにはその不安を払う物が多くあるからです」
身ぶりを混ぜた立ち居振る舞い、それに凛と通る声は聞いているだけでなんだか惹きこまれてしまう。これがカリスマと言うものだろうか?
ふと気付けば周囲にいる生徒達の何人かは恍惚の表情で壇上の少女に魅入っている。
「私達は貴女達よりも先にこの学園で多くの経験を得てきました、その経験を貴女達の成長のために伝える事は私達の義務…いや使命であると認識し……」
「ふぃーるさまかっこいいにゃー!」
にゃー?どこからか声がした、幼さを感じる声。でもにゃー?って……
私の疑問はさて置き今は式典の真っ最中、声をした方へと一斉に視線が向くのは当然の事。私の位置からではまったく見えないけど。どんな子なんだろう?少し気になる。
「サリナありがとう、…あーうん…とにかく!これからの学園生活、皆で楽しくやって行きましょう。以上!生徒会代表フィール・レィザル」
壇上の話が終わると同時に講堂内に大きな拍手と声援が響き渡る。にゃーの子だけでなくこの学園には彼女を慕う子が大勢いそうだ。
彼女は少女達の声援に手で答えるとウインク一つして壇上を降りて行く。ウインク直後に増えた声は新入生からの物。今ので新入生のファンも獲得した様だ。
だんだんと凄い学園に来てしまった気がして来た、私やっていけるのかな……、そんな事を思えば頭は落ち自然と溜息が零れてしまう。
「では続いて新入生代表あいさつー」
「はい!新入生代表ライラ・ラル・ライオネルですわ!」
そんな事を想い考えていると二つの声が響いた。一つは進行役の声、もう一つは聞き覚えのある声。
進行役の声の方も聞き覚えがある気がするけれど、ここからでは声の主の姿は見えない。
でも、もう一方の特徴的な口調は耳に記憶が残っている。同時にあの時の忘れえぬ記憶が蘇りそれが壇上に上がる姿と重なる。
「あ、あの子……」
「本日この良き日からわたくし達の新しい生活がはじまります!澄み渡る様な蒼き空は今の私達の心を映し出すかの様で……」
壇上で雄弁に語る少女を私は知っている。金の縦ロールの髪に青緑石の瞳、何より凛と佇む姿を見間違えようが無い。
そうだ、あそこで語っているのは一昨日校舎前で出会ったお嬢様だ。気まずい空気のままに別れてしまったけれど、まさかこんな形で名を知る事になるなんて。
そっか、あの子の名前ライラって言うんだ。なんとなく嬉しい気分になりつつも、前の子の影にそっと頭と肩を伏せてしまう。
「今この胸に思い出すはこの学園の事を知り入学したいと思ったあの日の胸の高鳴り!
そして今日!この学園に入学し、新たな胸の高鳴りと共にこの場にこの壇上に立てる事を嬉しく思います…わ」
大丈夫、私には気付いていない。多分。
いや、私が悪い訳では無いけれど、あの顔を見るとついあの時の気まずい気持ちが思い出されてしまうのだから仕方ない。
とは言うもこのままではよく無い事は私も重々承知している。とにかく名前もわかった事だしいずれなんとかしなければ。
そもそもあのライラと言う子が何をどう思い、私に『あなた何をしてますの!?』と言ったのか、その辺りから知る必要がある。
はぁ、入学式早々から成すべき課題が増えてしまった気がする……
「以上新入生代表ライラ・ラル・ライオネル」
そんな事を考えているうちにライラの代表挨拶が終わった。彼女は一礼すると凛とした姿勢のまま壇上から降りて行く。ん!?
彼女が壇上を降りる一瞬、目と目があってしまった様な気が。
こんな大勢の生徒の中から私に気が付いたの?
でも、壇上からならば大勢の生徒を見渡せるし、挙動不審な私に気付いた可能性はある。だとしたらかなり意識されてしまっている事になる。
私の考えすぎかもしれない。うん、今は考えるのはやめておこう、とにかく今は入学式に集中しよう。今日は特別な日、在校生席からお姉さまも見ているはず、私にはわかる。
「続きまして学園長あいさつー」
学園長、つまりこの学園で一番偉い人。そしてある意味私達にとって恩人とも言える方……
しーん
「あのー学園長?」
『あいさつー』と言って一分ほど経過したが、誰も壇上に上がって来ない。進行役の声にも戸惑いが見える。前方の生徒代表席では先程のフィールさんが肩を竦めているのが見える。
さらに一分が経過すると私の前後左右からざわめきが聞こえ始めた。
「大丈夫なのかしら、これ?」
「え?さ、さぁ……」
この
しかし、私には答えようが無い。数少ない知っている事と言えば学園長の名と『彼女』が伝説的な人物であるらしいと言う事だけ。
「変わった人であるらしい事は聞いていたけれど……」
「変わった人?」
隣の彼女から新たな情報が出た。隣の彼女とりあえず委員長(仮)と呼ぶ事にする、キリッとした目元や揃えた前髪がそんな雰囲気だし。
『…ザッ…あー…うん…よし大丈夫だな。またせたね、魔導器の具合がどうにも悪くてね?』
突然声がした、式場全体に響く声。
男性の様な口調だが聞こえる声は女性の物、これが学園長の声?しかし、声はすれどもその姿はどこにも見えない。
周囲を見渡しても見えるのは私と同じ様に周囲を見渡す生徒達だけ。このまま声だけで進行してしまうのだろうか。
「あ、あれ……」
「え?…わぁ!?」
誰かが驚きの声を上げそして指差す、その指の示す先を見れば私も驚きの声を上げてしまう。
普段ならばそんな声を上げた事に恥ずかしくなってしまう私だけど、幸いな事に声を上げたのは私だけではなかった。
あんな物を見れば誰だって驚きの声を上げてしまうし、ぽかんともなる。
だって、皆が見上げる先にあるのは巨大な人の姿だから。
講堂の天井部分が左右に大きく開かれ、外からの光と共に巨大な姿が降りて来る。
「そんな訳で遅くなってしまったが、私がこのルミナス魔法学園の学園長『ノイン・プラティーン』だ」
巨大な人影は自らをそう名乗った。彼女こそがこの学園の学園長であるらしい。
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