第8話 入学式2

 

『ノイン・プラティーン』

 

 学園長を自称する巨大な姿は、自身をそう名乗りました。

 深緑のローブに身を包みフードを深く被った姿はものがたりお伽噺に登場する魔法使いを連想させるけれど

 同時にどこか怪しい人物にも見えてしまいます。

 実は彼女が全ての黒幕だったとして私は驚かない。なんの黒幕かは知らないけど。

 

 そんな姿を観察するうちふと気付いた、透けている。

 とは言っても衣装が透けている訳ではありません、向こう側の風景が透けて見えているのです。

 それでようやく気付きました。この巨大な姿は何処からか魔法を使い投影された物であると言う事に。

 投影自体は難しい魔法ではないが、拡大投影するとなるとある程度の魔力が必要となってきます。そうなると投影用の魔導器を使っているのか、あるいはノイン学園長の魔力が膨大なのか……

 多分後者でしょう。魔法学園の学園長を名乗るほどの人物、膨大な魔力を内包していても不思議はないでしょう。

 

「大きい……」

 隣に座る彼女こと委員長(仮)が小さく呟いた。彼女の視線の先を見れば、うん確かに大きい。

 ローブと言う衣装は比較的ゆったりと身を包み覆い隠す物だけど。それで身を包んでなお隠しきれず感じさせるその大きさ。

 私も大きいがそれ以上に大きい。大きいと言う言葉では足りないかもしれない。

 

「…くっ、貴女も持つ者なのね……」

「はい?」

 なんか舌打ちされましたよ?ここでまた私は敵を作ってしまうのでしょうか?しかも自分ではどうしようも無い理由で!

 確かにすくすくと育ってしまったけれど、でもそれはお姉さまへの想いが……

 

「ごめんなさい、今のは忘れて。そろそろ学園長の話が始まるみたいね」

「はぁ……」

 どうやら自己解決した様です。深く追求しない方が今後のため私の身のためかもしれません。

 今はとにかく学園長の話に集中しましょう。

 

「さて、驚き終わったろうか?まぁ、少々派手に登場しすぎてしまったと反省している所だが

 反省ついでにもう一つ。

 諸君達の中には既に気付いた者もいるだろうが、この姿は投影魔法によるものだ

 なにせ私はあそこから出歩く事をあまり許されていないものでね?…こっちか」

 ノイン学園長はそう告げて視線を斜め背後へと向けた。あ、逆に向き直しました。

 彼女の視線の先にあるのは、天を貫く様にそそり立つ尖塔。私がこの学園に来る際にも目印にした塔です。

 

「賢者の塔……」

「え?あれがそうだったの?」

 周囲から驚きの声と呟きが聞こえてきた。

 皆の視線が一点へ集まり、知る者は名を語り知らぬ者は驚きを口にする。

 そして驚きと呟きが静まり学園長へ視線が戻った時、皆の視線に宿る物が変わっていました。

 

 驚愕、畏怖、敬意……

 

 賢者の塔に住まう者

 それは最高の魔法の使い手である証。

 それは極める者が目指すべき到達点。

 その極みへと到達した者が今ここに居る、私達の目の前に存在している……

 高みを目指し学園に入学した者達がこの事実に驚かない訳が無い。私も驚いたし!

 

「この反応、知らなかった子多いみたいね?」

 委員長(仮)がまたポツリと呟いた。驚き半分呆れ半分そんな声。

 知ってる者からすればこれは常識の範囲なのかもしれない。

 考えてみればそうです。

 自分が通おうとする学園の学園長の事なのだし、このくらいの知識は仕入れておくべきだったのかもしれません。私も大きく反省。

「…耳の痛い言葉です」

「でも仕方ないのかもしれないわね、賢者の塔なんて人によってはお伽噺みたいなものだし」

 確かにそうです。実際、賢者の話には尾ひれがついて大げさになっている物が多数ある。

 

 

 例えばこんな話がある。

 あの国は邪悪な竜に襲われたが、賢者の力で救われたらしい。

 実は賢者は異世界から英雄を召喚して倒させたらしい。

 実は邪竜も賢者が作りだしたらしい。

 …情報が入り乱れ過ぎて何が何やらだ……

 

 こんな話もある。

 あの島は賢者が大地を盛り上げて作ったらしい。

 いや、さらにその島を空に浮かべて城を作ったらしい。

 そもそもこの大地は賢者達が魔法で作ったらしい。

 世界そのものが賢者達が作り上げた……

 …もはやどこまでが本当かわかりません。

 

 

「あ…うん、こほん!噂話に夢中になるのも良いが、私もそろそろ話を始めようと思う

 少々つまらない話かもしれないが、形だけでも聞いてほしい。私にも学園長としての立場があるのでね?」

 声に見上げれば肩を竦めるノイン学園長の姿、そしてその足元では教師の一人がなにやら叫んでいる。どうやらさっさと進行してくださいと言うことらしい。

 それもそうですね、うん。

 

「…うかつ、静かにしましょう」

「ですね」

 委員長(仮)の言葉に頷くと口をつぐみ学園長の方へ視線を移す。しかし、ノイン学園長もなんだかこの状況を楽しんでいる様にも見える。意外と呑気な人なのかもしれない。

 

「さて、話を再開しようか?いやはじめようかか?まぁどちらでもよいな、うむ。

 まずは諸君、入学おめでとうだ。そしてルミナス魔法学園へようこそ。

 魔法を極めんとするため、この学園を選んでくれた事を私は嬉しく思う」

 

 巨大な姿が生徒達を見渡すと、口が笑みの形に緩むのが見えた。口元だけで穏やかな笑みを浮かべている事がわかります。

 

「これから君達はここで多くの事を学び成長して行く事になるのだろう。

 その成長を見守る事が出来ると想像するだけで、私は嬉しくてたまらなくなる。

 変な意味では無いぞ?ほんとだぞ?」

 

 なぜ言い訳してるのでしょう。魔法を極めた人達ってやっぱり変人が多いのでしょうか?

 あ、やっぱり他の子も少し引いました。

 

「…こほん、話を戻そう。

 この学園で学び過ごす中で成功ばかりとは限らない。

 きっと時に挫折し、苦しみを味わう事もあるはずだ。それはとても辛く苦しい事だろう。

 出口を捜し長く彷徨う時間を過ごす事になるかもしれない」

 

 真面目な話に戻りました、でもそうですよね。

 私も希望に胸を膨らませここに来たけれど、やっぱり挫折する可能性もあるかもしれません……

 …あ、なんだか今から挫折した気分になってきました。これはいけないと首を左右にふるう。

「何?自慢したいの?」

「何の事?」

「なんでもないわ……」

 委員長(仮)は何を言おうとしたのだろうか?なんとなく、私の胸を見ていた様な気がしないでも……

 今は気にしている場合ではありません。学園長の話はまだ続いています。

 

「問題を全て自分一人の中で解決するのは難しい

 そんな時こそ、ここが学園である事を思い出してほしい。

 ここには君達と同じ様に学びそして悩む仲間がいる、先輩や教師達もいる。

 それこそがこの学園で学ぶ事の最も大きな意味であると、私は思う」

 

 仲間かぁ……

 私にはお姉さまがいるけれど、やっぱり友達も必要ですよね?

 でも、少し自信無いかもしれない。なんて言うか、こう交流的な物って苦手だし。

 それに、いきなり関係を拗らせてしまったかもしれない子もいるし。

「少し頭痛がしてきたかも……」

「え、気分が悪いの?人呼ぶ?」

 委員長(仮)が私の顔をじっと覗き込んで来た。やっぱりこの子委員長気質です。

 まだ名も知らぬ私にこんなに気を使ってくれるなんて、根っから良い子みたい。

「あーえ、そうじゃなくて…大丈夫です」

「そう?式はまだ続くし無理はしない方がいいわよ」

「うん、ありがとう」

 素直な気持ちで礼を述べると学園長の方へと視線を戻した。

 交流の苦手な私だけど、案外どうにかなるかも?そんな気がします。

 

「君達がその事を忘れず、悩みも苦しみも全て糧とし成長したのなら

 魔法を極めたその先を見る事も出来るかもしれないな……

 うむ!そうだ!新入生諸君、進め極めよ高みを目指せ!

 …よし、上手く纏まったな。

 私の話は以上だ。あの塔で君達と会える日を楽しみにしているよ」

 

 再度口元を笑みの形にすると、ローブを翻した後に巨大な姿…ノイン学園長の投影は消えた。

 最後の方のテンションは高めだったれど、この学園で過ごすため大切な事を学んだ気がします。

 それにしても賢者の塔か、私があそこに行く事はあるのでしょうか?

 仮に行くとしたらどんな状況で?むむぅ、全く想像が出来ない。

 あったとしてもずっと先の事かもしれない、でも未来のイメージを持つのは大事かもしれません。

 魔法にはイメージ能力が大事とも聞くし、先の事でも少し考えてみよう。

 

「ではー以上をもって入学式を終了しまーす。新入生の皆さんは指示に従って……」

 色々と考えていたら、式の終了を告げる声が聞こえました。周囲からは息を吐く音や伸びをする声が聞こえて来る。

 

 終了って聞いたら、緊張も解けるからね。さて次は……

「教室へ移動ね、そこでこれからの説明を受けるみたいよ」

 流石は委員長(仮)、もう本当にこの子が委員長で良い気がしてきましたよ。

 とにかく教室に移動しないと。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る