第3話 いきなりの再会
私の目の前、ふわふわ髪の眼鏡の少女が書類とにらめっこをしています。
ふんわりとした柔らかな空気を纏った少女。でも、硝子のレンズ越しでもわかる眼差しは真剣そのもの。
その彼女と二人きりになって数十分が経ったが、不思議と息苦しさは感じません。これも彼女のまとう穏やかな雰囲気のお陰でしょうか?
彼女の胸と腕には『入学受け付け』と書かれた名札と腕章。
名札と腕章に書かれた文字列にも、やはり魔法文字が併記されています。
校門に刻まれた文字もそうでしたが、この学園では共通文字と魔法文字を併記するのが習わしなのかもしれません。流石魔法の学園です。
文字には『力』がある。
特に魔法文字には特別な『力』が宿ると聞いた事があります。
だから、特別な言葉や名前に魔法文字を併記する事には何か大きな意味があるのでしょう。
単純にかっこいいからと言う可能性も否定できない気がしないでもない。
ほら、あるでしょう?聞き慣れたありふれた言葉や名前でも、外国の言葉に置き換えて聞くとかっこよく聞こえる物。ねじ回しとか?
そう言えば魔法に深く携わる者の多くは、そう言う言葉の響きのかっこよさに拘る者が多いとも聞いた事があります。
…と、そんな事を考えている間に眼鏡の彼女…とりあえず眼鏡さんと呼びます。
その眼鏡さんは私の提出した書類、そしてここで記述した文面に三度目を通し終えていました。
一連の確認作業を終えた眼鏡さんはこちらを短く見詰め頷くと台に置かれたスタンプを手にとりました。
ここからが重要、手続きの仕上げです。
大きめのスタンプには、いくつかの魔法文字と学園の紋章が裏返しに刻まれているのが見えました。
少女はスタンプの印面に数度息を吐きかけると書類にポンっと押しつけました。
おお?スタンプを推した瞬間、光りましたよ?青白い閃光がこうバチッ!って。
さらに書類をめくり立て続けにスタンプを押しつけ、その度に閃光が走ります。
眼鏡さんはその動作を全ての書類に対し繰り返し。
そして最後の一枚にスタンプが押されました。
スタンプが押されたと言う事は書類に不備間違いが無いと言う証。
それが全ての書類に押されました。
これの意味する処は眼鏡さんの笑みとなって現れました。
「はい、これで大丈夫です~。受付完了ですおつかれさま、ふふっ♪」
「ありがとうございます、ふふっ♪」
ほわっとした彼女の笑みにつられ私まで思わず微笑んでしまいました。
でも、微笑んでしまうのも仕方のない事です。
この一連の事務処理が済んだこの瞬間から、私ことシルファは晴れてこの学園の一員に。
つまり『ルミナス魔法学園』の生徒となったのです。
「まだですよ~?これを受け取ってください~」
振り向けば眼鏡さんが何やら差し出していました。掌よりも大きめの四角い物体。
「これは…手帳?あ、学生手帳!」
藍で染められた皮表紙の学生手帳。その表紙中央には翼を模した校章と校名、その下にはやはりいくつかの魔法文字。
細工の入った革ベルトで手帳が開かぬ様に閉じる事も出来る様です。
…でも…この感じ……
「わかりますか~?それ魔法がかけてあるんですよ~」
「魔法が?…魔法の手帳…!」
つまり、これは所謂マジックアイテムと言う物です。
マジックアイテムとは付与魔術を使い、道具に魔力を与え特別な力を持たせた道具の総称。
火を起こす程度の簡単な物から、天候を操作する大規模な物まで。
その種類は用途は多岐に渡ります。
どのマジックアイテムにも共通しているのは、生活を便利にしてくれると言う事。
この生徒手帳もきっと、これからの私の学園生活を便利にしてくれる物なのでしょう。絶対にそうです。
「ふふっ、マジックアイテム制作を専門に学ぶ科もありますよ~。付与魔術は女性の得意分野ですから~」
「確かに魔法道具の職人さんには女性が多いですね?」
女性と男性の魔法は性質が異なるけど、なるほどマジックアイテム職人は女性向きの職業。覚えておきましょう。
とにかく、将来の選択肢としてそう言う道もあるんだ……
でも今はまだ魔法をしっかり学ぶ時、未来を考えるためにもがんばらないと!
それに、私にはお姉さまと一緒に叶えたい事もあるいし。
さて……
生徒手帳を受け取り入学の手続きも済んで、ここまでは予定通りだけど……
この後どうしよう?
お姉さまと会う予定の、約束の時間までには十分にあります。
いっその事、お姉さまの教室を捜し私の方から会いに行くのも素敵な考えかもしれません。
でも、もし授業中だったりしたら……、悩みます。
「ん~この後どうしようって顔をしていますね~?」
「え?あ、はい、受付けを済ます事ばかりを考えていたので……」
眼鏡さんの指摘の通り、この後の事をまったく考えていませんでした。
と言うより、ここにくればなんとかなるだろうとしか。
さらに付け加えるなら、お姉さまに会う事しか考えていなかった……
やはり、お姉さまを捜しに行くしかないでしょうか?
「…あの~?もしも~し、意識どこか行ってませんか~?」
「え?あ…もしかして私意識どこか行ってました?」
眼鏡のお姉さんはにっこり微笑むと大きく頷いた。またやらかしてしまいました。
親切に声をかけてくれたと言うのに、その相手を無視して私は一体なにをやっているのでしょう。
「いいんですよ~ここってそう言う子多いから」
「はい?多いんですか?」
眼鏡のお姉さんはまたにっこり微笑むとこれまた大きく頷きました。
眼鏡さん曰く。多感な少女達の集う場所にして魔法の学び舎。
それゆえ感受性の強い子が多く、時に自身の夢想や妄想に入り込んでしまう子も。
私の様に心がどこか行ってしまう子は度々見る事ができ。
それが時に問題や事件発生の原因となる事もあるとかなんとか?
魔法の学園で発生する事件、興味深いです……
「ま~それはそれで面白いんですけどね~」
面白いんだ……、私も人の事は言えないけど。
「それはひとまずこっちに置いて、寮へ行ってみるのはどうでしょう~」
「寮?…ああ!そっかこれから暮らす場所を見ておかないと!」
言われてみれば確かにそうです。手荷物を置きたくもあるし、なにより今夜の寝床がありません。
すぐに部屋が決まらずとも、何かしらの良策を得られる可能性もあります。
ここまで考えた私の頭に、輝く様な閃きが降りてきました。
生徒達が暮らし寝泊まりする場所ならば、当然お姉さまもそこで暮らしているに違いありません。確実確定、間違いない。
「あの~……」
「は?大丈夫です!とりあえず寮に行ってみます!」
そうですか~?と返事する眼鏡さんに一礼して手を振ると
ひとまずその場を後に。
彼女もまた同じ学園の生徒なら、再び出会う事もあるでしょう。
………
……
…
「ふぅ…んー……」
入ってきた昇降口を出る方向に通り抜け一呼吸、そして大きく腕を伸ばし背伸び。
腕を降ろし前を見れば、薄い花弁の雨は変わらずに降り続けていました。
さらに先の方に視線を向ければ、私と同じ制服とタイの少女達が数名こちらに向かい歩いて来ます。
彼女達もまた私と同じ様に入学の受付けをすべくやって来たのでしょう。
そう言えば、森妖精のあの子やお嬢様はすでに寮へと向かってしまったのかな?少し話をしてみたかった気もします。
色々と思う事はあるが、ここで立ち止まって考えていても仕方がありません。
多分、寮へ行けば多くの事がわかるはず。
それに寮へ行くのが決まった事で、私の頭の中には一連の行動計画が出来上がっていました。
行動計画を繰り返す度に心がわくわくします、とにかく今は時間が勿体ない。
「さて寮は確か……」
呟こうとした言葉が止まった。
沸き上がる感覚、それは直感あるいは予感にも似て。
言葉だけではない、私を包む世界の全てが止まる。
いえ。止まっていません、私の感覚が過剰なまでに鋭敏になったからの事。
そして舞い降りました。
「シルファ……」
声が降ってきた。それは懐かしい声。それは聞きたかった声。
だからとっさに顔を上げる。
ありえない方角からの声、だけど確信があったから。
そして確信は真となりました。
花弁の雨と共に降りてくる姿、それは一瞬だけど黒き翼を纏った天使の様にも見えてしまいました。
でも天使では無い、さらには幻覚でも無い。それは懐かしいお顔。それは会いたかったお顔。
「お姉さま…セレーネお姉さま!」
なぜ上から?そんな疑問は吹き飛ばして私は両手を広げました。
この腕の中へ胸の中へとお姉さまを受け止める、ただその気持ちだけを全てとし。
まず胸と胸が触れ続いて私の背に両手が回される。
驚くほどにふわりとした着地、まるで羽毛を抱きとめと錯覚するほどの柔らかさ。
だから一瞬、目の前の姿が幻では?と思ってしまうのは仕方のない事です。
「シルファ会いたかった……」
耳元で囁かれる声に我に返れば、すぐ間近にある紅玉の瞳が私の瞳を覗き込んでいました。
「どうしたの…?私を…幻だとでも思った…?」
「あ、だって…こんなに早く会えるなんて思わなかったから……」
見透かされてしまった?お姉さまの指摘に頬が熱を帯び朱色に染まっていくのがわかります。きっと今の私の顔は真っ赤になっています。
でもお姉さまの言葉はまさにその通りです。
だって、私の脳内計画では寮の場所等を確認した後にまずは学園内を散策。
勿論、お姉さまの姿を捜すのが目的なのは言うまでもありません。
散策の中で起こる数々の出会いとハプニング、多くの経験が私を成長させます!
でも、肝心のお姉さまには会う事が出来ず、想いばかりが募っていく。
そして焦燥感。
お姉さまの姿を求め彷徨う私、その運命は如何に!!
「…ルファ?シルファ?シルファ私はここにいるから大丈夫よ?」
「……え、あ……」
お姉さまの声で我に返るも、またやってしまった。しかもお姉さまの前で。
感動の再会の最中だと言うのに、なんと恥ずかしい事をしてしまったのでしょう。恥ずかしすぎて私はお姉さまの腕の中で縮こまってしまいます。
「シルファは相変わらずね?でも私の知るシルファのままで良かった……」
そんな私の耳に囁きかけるお姉さまの声、最後に耳にしたあの時から変わらぬ声。
お姉さまは確かにここにいる、あの日あの時から変わらぬままに。
「はい、シルファです!お姉さまもお変わりなく……」
もう夢でもいい、いや良く無い。嬉しすぎて言葉が続きません。
「あ、あ、あなた何をしてますの!?」
そんな私の耳にキーンと貫く様に別の声が響きました。
声質的に女性、多分私と近い年齢の少女の声。
さらに言うならば聞き覚えのある声、しかも極々最近聞いた声です。
しかし、誰であろうと私とお姉さまの時間を邪魔した、不逞の輩であるのは間違いありません。
声の主を確認すべく不満半分の瞳で振り向けばそこにあったのは。
「貴女はさっきの……」
クルクルと巻いた金の縦ロールの髪そして青緑石の瞳。
そうだ間違いありません、彼女は……
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