第4話 お嬢様
「え、えっと…?」
突然に投げつけられたのは抗議の言葉。
何を言えば良いのかわからず、それでもと言ってみた言葉がこれ。
しかし『彼女』は無言のまま青緑石の瞳で私を睨みつける。正確にはお姉さまと抱き合ったままの私を、です。
時折お姉さまの方へとちらりちらりと瞳が動くけど、私が睨まれているのはほぼ間違いない。確実にそうだ。
『彼女』とりあえずお嬢様と呼ぶ事にします。くるりと巻いた縦ロールは私のイメージするお嬢様のそれだし?
兎に角、私はお嬢様に睨まれる様な事をしたのでしょうか?…うん、まったく思いつきません。
もしかして、絵物語にある様な「平民の分際で生意気ですわ!」と言う、極めてありふれた定型的な展開?
いや、それはなさそうです。だってついさっき、入学受付の前でお嬢様と話しをした時には極めて好意的だったし。彼女と友人になれそうな気すら感じた。
それが今はどうでしょう?まるで長年追い続けた仇敵を見る様な瞳で私を睨んでいます。
「『私達』に何か御用かしら?」
悩む私の耳元で凛としつつも冷たい声が場に響いた。お姉さまの声、セレーネお姉さまの声が停滞した場を動かした。
視線をやれば私の頭越し、お姉さまの瞳が射抜く様にお嬢様を睨みつけている。
ゾクリ。
氷の様な冷たい眼差し。睨まれているのは私ではないけれど、その瞳を見ているだけで背筋に冷たくもいけない快感が走ってしまいます。
お姉さまのそう言うお顔も素敵です!そのお顔をじっと見つめ続けていたい。
「い、いえセレーネ様にではなくて…え、その……」
陶酔へと至りかけた私の耳に別の誰かの声が聞こえた、いや私はこの声を知っているお嬢様の声だ。
でも先までの凛とした張りは失われ、聞こえたのはか細く儚げな声。
何事かと彼女の方へ視線をやれば、そこにあるのは雨に濡れた子犬の様に震える姿。
そんな彼女を見るうちふとした疑問が浮かび上がる。
『セレーネ様』
お嬢様は確かにお姉さまの事を名前で呼んでいた。
それはつまり彼女がお姉さまの事を知っていると言う事。もしかしてお姉さまって有名人?
あるいは何か別の理由?ここで考えても答えは出る訳が無い、まずはお姉さまに聞いてみよう。
「えーっと、あの…お姉さま、おじょ…あのお方とご知り合いですか?」
「全く知らないわ……」
即答でした。
そうなるとやはりお姉さまが有名人と言う線の方が強い。
ああ、そう言えば、私はお姉さまの学園での事を手紙でしか知りませんでした。
お姉さまはあまり自慢等をしない方ですし、有名人だったとしても書く事は無いでしょう。
ちなみに手紙をやりとりした回数は134回です。
「う、うう!セ、セレーネ様その方は何者ですの?」
小さな唸り声の直後再びお嬢様の声が響いた、会話が一向に進まぬ事にじれて来た様だ。
何がどう言う理由で睨まれ抗議されているのかは不明だけど、ここはお姉さまと私の関係をはっきりさせた方が良いのかもしれない。
「私とおねえさ……」
「私の大切な人よ」
えっ、えっ!?
私よりも先に放たれるお姉さまの鋭い一撃。
一瞬で私の血液は沸騰し思考は混乱する、お姉さま大胆すぎます!
お姉さまの行動は言葉だけでは終わらない、私を抱きしめる腕に力が籠り私の身をさらに引き寄せる。
こんな所でいけません、…なんて思いつつも私の身はお姉さまのなすがまま。
ざわ…ざわ……
うん?周囲が急に騒がしく。さらに視線まで感じる、それも一つや二つでは無い、大勢の視線。
もめ事を起こしたに近い状態であるし、見られてしまうのはしかたがない。
お姉さまとも再会できたことだし、早々にこの場を立ち去るべき?
「黒の氷姫が抱き合ってる?」「でもあの子可愛いかも?」
ざわめきは少女達の声、視線と同じに一つや二つでは無い。
「ねぇねぇ、あの子誰?」「セレーネお姉様の恋人?」「漆黒の君に…?」
「だから誰にも……」「難攻不落の女王ってそう言う事?」
わ?わ?何かとんでも無い事を言われている気がする。嬉しくはあるけれど。
聞き慣れぬ言葉が聞こえたけれど、全部お姉さまの事だろう。…お姉さまこの一年で一体何があったのですか?
とにかく、尋常ではない事態が起こりつつある、既に起こっている?そしてその中心にあるのは間違いなくお姉さま、そして私。
顔を上げるのは怖いが声と視線は確実に増えている。
「この子はシルファ…私と共にある子よ……」
増え続けるざわめきの中、それらを切り裂く様にお姉さまの声が響き渡る。
鋭くも凛とした一つの声は千の声を切り裂き圧倒し、全ての聴衆を沈黙へと返しました。
「お、お姉さ…わ!?」
その一方で、私は驚きのままに固まってしまう。お姉さまの言葉もだが、顔を上げた事で視線の主に気付いてしまったからだ。
校舎の窓から身を乗り出し、私達を見詰める大勢の少女達の姿。
十や二十どころではない、百、二百…多分もっともっとだ。
もしかして全校生徒だったり?そうでない事を願いたい。
視線を浴びるだけでこんなにも恥ずかしいのに、それがもし全校生徒に注目されているのだとしたら……
お姉さまの言葉は嬉しい。でも囁かれるのはいつも二人きりの時、大勢がいる場でのこの様な状況では初めてだ。
「あの…お姉さま……」
「…何?これでも控えめに言ったつもりよ…?」
ふわりとした笑みと共に答えるとお姉さまは私を強く抱き寄せた。
威風堂々。こんな事をされ、そんな事を言われたらシルファは失神してしまいます。
でもお姉さまが素敵な事を言う度、私への視線がどんどん痛くなってきます。現に静まっていたざわめきが再び聞こえ始めましたよ?
「そ、そんな…セレーネ様に愛人が……」
「…はい?」
今、とんでも無い言葉が聞こえた気がするのですが?しかも聞き覚えのある声で。
ああ、さらなる厄介事の予感がします。
そんな不安を抱えつつ予想される声の主へと視線をやれば、予感は的中してしまう。
声の主は予想通りにお嬢様。しかも頭を抱え青ざめた表情で震えている。
これは極めて危険な状況だったりするのかもしれない。とにかく彼女をなだめないと。
「えっと、あのね…私とお姉さまは……」
「愛人?そんな単純な言葉で語ってほしくはないわ」
またしても私より先にお姉さまが動きました。しかも少し怒っている様な気さえする。
実際怒っているのだしょう、間違いなく怒っています。
お嬢様には悪いけれど、ここはひとまずこの場から離れた方が良いかもしれない。
私達のやり取りを観戦する少女達からの視線も増え続けているし、これ以上は私の
「あのお姉さま?この場を離れませんか?」
「…ん?ああ、そうね…そうしましょう……」
言うが早いか、お姉さまは私の身を抱きかかえた姿勢のまま右手をスッと天に伸ばしました。
何事が起こるのかを予想する間も無く私の身が、ううん私を抱えたお姉さまごと私の身が浮き上がった。
お姉さまの右手が掴むのは箒、ただの箒では無い魔法使う少女達が空を飛び舞うための道具『魔法の箒』だ。
「行くわよ」
「え?わっ?」
お姉さまの声が聞こえるやいなや世界はくるりと回転し、気付けば私はお姉さまと共に箒の柄に横座りに腰かけていた。
私の身を支えるのは細い柄一本。なのに不思議と不安は無い、むしろ心地良くさえある。
いや不安は少しある。とは言っても箒の事では無い、それは見えなくなる間際に見たお嬢様の瞳。
青緑石の瞳の中に仄かに炎を見たから、怒りに満ちた。あの炎はいつか私を焼き尽くさんとするのかもしれない。
彼女とは友人になれる気がしたのに……。はぁ、いずれ誤解を解かないと……
それに入学して早々いきなり注目を集めてしまうなんて。
あれをこれを考えると心が重い、溜息が二度三度と漏れ出てしまう。
「感動の溜息?貴女もここで学べば自在に操れる様になるわ」
「あ、は…はい!」
そんな不安を吹き飛ばしてくれるのはお姉さまの麗しい声。振り向けば微笑みかけるお姉さま。
私の心中知らぬ様ですが、今の私にとってお姉さまだけが唯一の救いで支えです。
「シルファは大丈夫です!それで…これからどこへ?」
「そうね、学園を案内してあげたいところだけど、まずは寮へ向かいましょう」
あの荷物を置かないとね?とお姉さまが指を鳴らせば、置き忘れていた私の鞄が箒に追随する様に浮き上がってくる。
物体を浮遊させて運ぶ魔法は日常生活等でも良く使われる一般的な物。
でも、飛行魔法との並列使用となると一気に難易度が上がる。
二つの行動を同時に行いつつ、どちらにも意識を集中する様な物…と言えば理解できるだろうか?
この世界において魔法は誰もが使える当たり前の力。
でも、新たな力や技を覚えるには精力的に学び鍛えなければならない。その辺りは運動等と一緒。
だけど、ここで学べばお姉さまの様により多くの技能を習得し使う事が出来る。
そうだ、それをするために私はこの学園へとやって来たのです。
そして、それを成し遂げた人が目の前にいる。
「さ、行くわよ」
「はい!お姉さま」
お姉さまと私を乗せた箒は蒼空切り裂く様に加速する。
ここへ来て早々に大きな問題を抱えてしまった私だけど、今はお姉さまとの再会を喜びたいのです。
うん、その方が前向きだし賢明です。とりあえず私はそう思う事にした。
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