第3話 下村明美の暴走
現在の第二日本国の建築様式は、一周目時代の二十一世紀日本と同様、木造や鉄筋コンクリートが主流である。
一周目時代の存在と情報が明らかになってから、文明レベルが飛躍的に向上したその象徴がそれであった。
その功績は、四十年前に設立したとある施設にあった。
小野寺
「……やれやれ、
「……やっはり、ねぇ。……この前の事件の時を振り返ると……」
雲がまばらに浮かぶ空模様の真昼の陽月がとてもまぶしい一日である。
「――なに、その期待薄な表情。なんかあったの? 二人とも」
「
「なに残念なこと言ってんのよ。
「――そうなのですか?」
「そうなの。まったく、これだから情弱は困るわ。ここはネタに不自由しないネタの天国。ああ、色々と口実ももうけてアンタたちついてきてよかった。以前はあれこれ訊きすぎて締め出しを喰らっちゃったからね」
「……アンタ、記事のネタしか興味ないの……」
と、
「――さァ、行くわよ。」
そう言って
ドサッ!
一個の白い人体が落ちて来た。
「キャアアアアアッ!」
思わず悲鳴を上げる
「ひいっ!」
「なっ?! なによっ! いったいっ!」
「――も、もしかして、飛び降り自殺?」
他の三人も突然の出来事におどろき、後ずさりしながらそろって言い立てる。
そして、ほとんど間をおかずにもうひとつの白い人体が降ってきた。
背中から落ちて来た一人目とはちがい、二人目はしっかりと両足で着地して立ち上がった。
その二人目は、セミロングの髪と白衣をなびかせながら、背中から落ちた、これも白衣を着たボザボザ髪の一人目に近寄り、その胸倉をつかんで引き上げる。
「――あなたなに勝手にパンケーキの製造法とその権利をオークションにかけて売却してるのよっ! それもいつの間にか、こっそりと。アレはそのままにしておいてってしつこく念を押したじゃないっ!」
セミロングの女性は怒りの声を相手の顔にぶつけながらつかんだ胸倉を前後左右に振りまわす。
「――くっ、許せ。人類の文明を発展させるには、どうしてもそれをオークションにかけて研究資金を稼ぐ必要があったんだ。それだけの価値が『アレ』にはあるんだ」
振り回されているボサボザ髪の男性は、苦渋に満ちた表情と口調で相手を諭す。だが、諭された方はまったく諭されなかった。
「――『アレ』のどこにその価値があるっていうのよっ! そんなものに資金をまわすくらいなら、新たな一周目時代のスイーツ製造法の記憶情報をサルベージする費用に充てた方がはるかに有益だわ」
「バカモンっ! 貴様には美を愛でるという心がないのかっ! 女性が花より団子をえらぶ嗜好は心の貧しさを証明するようなものだぞ。だいたい、貴様は普段から――」
「……あ、あのー、
二人の口論に恐る恐る割って入ったのは観静
「……だ、大丈夫ですか? その、ビルから落ちて……」
「――心配無用、このワタシが二階から落ちることなど日常茶飯事。なんの問題はない」
「……ないんだ。問題が……」
「――そうた。ワタシがこの
「……は、はァ。それはどうも……」
「――話は
そう言って蓬莱院
「――ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まだアタシとの話が――」
そこへ、セミロングの女性が、ボサボサ髪の男を引きとめようとするが、
「――貴様はこの四人の客人に茶を持って来い。貴様の趣味で製造法の記憶情報をサルベージしたメロンソーダーやパンケーキとやらでもいいから」
言い捨てるような命令を受けて、振り払われてしまう。
置いてけぼりにされたセミロングの女性を、四人はそれぞれ気にしながらも、ゾロゾロと列をなして施設内へ入った。
蓬莱院
「……あのー、今の女性は……?」
廊下を歩いている
「――今の女性? ああ、ワタシと同じ学校と研究所に在籍しているワタシの元助手のことか。彼女の名は
グチめいたコメントつきの説明で答えるのは、ひとつ年上の第一研究室室長のクセなのだろうかと、小野寺
「――それにしても、いつ見てもすごい施設ですね」
「――フフフ、むろんだ。この半世紀足らずの短い期間で、ここまで人類の文明が飛躍的に向上したのも、ひとえに、この研究所のおかげなのだからな。すごくて当然のことよ。素人や赤子が見ても。だからこの施設の存在に感謝するがいい」
蓬莱院
「――とはいえ、その存在と情報なしでは、いくら天才科学者でも再現は不可能。やはり、四十年前に発見したデータベーズの存在は、やはり世紀の大発見というべきだな」
「――どこで発見したのですか、そのデータベースは?」
「――
「……
「
それに答えたのは観静
「……ど、どうしてそこに一周目時代の記憶情報が……」
「――どうやらまたひとつ、わが第一研究室で研究中だった一周目時代の技術の再現に成功したそうだ」
「――それって、あなたと元助手が言っていた『アレ』のことですか?」
「――そうだ。いや、技術というより、芸術というべきかな。再現したのは」
「――えっ! なになに、それって」
愛が興味津々の態で身を乗り出す。
「――もしかして、
「そんなわけないでしょ。第一、それは芸術じゃなくて遺物よ」
「ヤダ、マジッ!? だとしたら、すごい特ダネよっ!」
「
今度はさけぶ
「――せっかくだ。本題に入る前に鑑賞に来ないか。その芸術を。はっきり言って、ワタシの最高傑作といっても過言ではないぞ」
「――やめた方がいいわよ」
水を差すような言葉が、その場にいる一同に聴こえた。
一同が声にした方角に振り向くと、そこには、
左手に持つ円形の
「――『アレ』はロクなもんじゃないわ。特に女子にとっては。そこの糸目の少年にとっても、刺激が強すぎるわよ」
「――黙れ、元助手っ! 興をそぐような言動はつつしめっ! 第一、色気より食い気がたっぷりなスイーツ食いしん坊オンナが言っても説得力がないわっ!」
「だれが色気より食い気がたっぷりなスイーツ食いしん坊オンナなのよっ!?」
「だれもなにも、貴様ではないか。たった今ワタシの目の前でパンケーキをほおばっておいて、なにを世迷言を」
「……うっ……」
図星を突かれ、
「――そんなんだから化粧してもそれ以上美しくならないんだ。それでは苦労して再現に成功した化粧品が浮かばれぬわ」
「ファンッフェスッフェッ《なんですってェッ》!?」
「――とにかく、忠告はしたからね。だから、後悔しないでよ」
ようやく口の中にあるパンケーキを嚥下して言うと、踵を返してその場を去って言った。
それを観静
「――で、どうする。元助手の忠告にしたがうか?」
ここの研究室は、透過壁ではなく、コンクリートの壁に四方を覆われている。
それに沿って、いろいろな機材が設置されてある。
室内の中央には、白い布でかぶせられたものがある。
高さは成人女性の身長とおなじくらいだが、横幅は成人女性の二、三倍はありそうである。
「――もしかして、これがそうなのですか?」
「――そうだ」
「――さきほどは技術ではなく芸術と言っていましたけど、それは絵画や彫刻といった美術のような類のものなでしょうか」
今度は
これに対しても、
「――その通り」
蓬莱院
「――これは、一周目時代の二十一世紀日本の文化を代表する究極の絵画――」
そこまで言った直後、
四人の瞳にその絵画が映った。
それが何なのか、四人がはっきりと認識した瞬間――
「――『萌え絵』というものだっ!」
ミドルアングルからセクシーポーズを取ったセミヌード姿が描かれた妙齢な女性の萌え絵である。
「――どうだ。この斬新で煽情的な絵柄とタッチ。二周目や一周目目の古い時代にはなかったものだ。ああ、なんて魅力的で蠱惑的な絵なんだ。これはもはや人類の宝。そうは思わぬか、みんな」
『……………………』
「――現助手よ。ご苦労であった。おまえの超高解像度を誇る念写能力がなければ、これほどの精密な描画で再現することは不可能であった。礼を言うぞ。次は『フィギュア』というカラフルな彫刻らしき人形の再現作業が待っているからな。なるべく早く復帰するのだぞ」
『……………………』
「――フフフフ。感動のあまり声も出ぬか。だが安心しろ。萌え絵はこの一枚だけではない。
『――しなくていいっ! 全然うれしくないからっ!』
第一研究室に客人の女子たちの絶叫が反響した。
その中で唯一の男子である
「――まったく、なんでこの偉業のすごさを理解できんのだ。龍堂寺は手放しで絶賛していたというのに」
蓬院
「オトコにしかわからない偉業ですよ、それは。そんなものにムダに情熱をかけるくらいなら、新たなスイーツの再現にそそいでくださいよ。そっちの方がはるかに有益です」
それを耳にした観静
「……くっ、元助手みたいなことを言いおって。なら、元助手にでも依頼するがいい」
「えっ、いいのっ!?」
「――どうせ依頼しなくても、本人が積極的にそれに力をそそぐだろう。彼女はいまそれに夢中になっているからな。まったく、オンナはこれだからこまる」
「――そうなんだ。それじゃ、あとで
「――それよりも、本題に入りたいのですが……」
そして表情と口調をあらためると、神妙な面持ちで前置きする。
「――ん? ああ、盗られたものを発見したいという件だったな。あるぞ、そういった失せ物を探知する装置が、この第一研究室に」
「あっ。あるのですか。よかったァ」
「――これだ」
そう言って
「……これ、なの……?」
「……こんな、電気椅子みたいなものが?」
「――失敬なっ! そんな野蛮な処刑装置と誤解しないでほしい。まだ試作段階なのだからいたしかたないであろう」
「……ご、ゴメン。アタシはてっきり、占い師がよく使う水晶玉で失せ物を見つけるようなイメージだったから……」
「そんな迷信的な方法と一緒にしないでくれたまえ。たしかに、『
「――というと」
「――この物体探知装置は、対象の外見的な物体情報を入力した精神波を、ソナーのように全方位に打ち出し、それに照合する物体の位置を特定する原理となっている」
「――つまり、探したい物体の情報がなければ、探知のしようがないということね。つまり、見聞
「――その通りだ。さすが
「……それはありがとうございます。それで、
「――ええ。ちゃんと覚えているわ」
「――言っておくが、うろ覚え程度の記憶だと、発見は至難だぞ。そのぶん照合率を下げなくなり、必然的に対象以外の物体にも
「……それは大丈夫。目を閉じだだけでも鮮明に思い出せるから。エスパーダがなくても……」
「――それなら心配はいらないようだな。では座ってくれ」
「――待ちたまえ。その前に貴殿たちに出してもらわなければならないものがあるんだ」
「なにを?」
「――
『……は!?』
と、答えられた
「――広範囲に物体を探索させるには、膨大な精神エネルギーが必要でな。その料金がバカにならぬのだ。だから物体探知装置を利用したければ、まずはそれを払ってもらわないと資金的に困る」
『えぇェーッ。いまさらァーッ……』
「――しかたあるまい。こちらとて
(……あのバカ……)
「……あのー……」
おそるおそるの態で声をかけたのは、これまで沈黙していた小野寺
「――なんだね、助手B」
「――本当に必要なのは、
「――うむ、そうだが」
「――それなら、僕の精神エネルギーを使ってください。僕なら足りると思います」
「……聞いてなかったのか、貴殿は。広範囲に物体を探索させるには、膨大な精神エネルギーが……」
「――あ、彼ならだいじょうぶだと思いますよ」
「――なぜだいじょうぶだと断言できる?」
「えっ!? それは、その……」
「――僕、精神エネルギー貯蔵供給会社のアルバイダーとして働いていて、その中ではトップの供給量だと言われたので――」
「――へェー、そうなんだ。ヘタレにしては見かけによらない特技ね」
「――なるほど。トップだというのなら、おそらく充分にまかなえるだろう」
そう言って
そのため、傍から見たら、足の不自由な人が座った車椅子を押している構図になる。
「――よし。準備は完了した」
そう言った
その中に赤い点のマークが点滅しているそれが、物体探知装置の現在位置を示している。
装置に横にあるボダンを、そこにしゃがんでいる
そして、発見したい物体が探知したら、黒い点のマークが地図上に浮かび上がる仕組みになっているのだ。
「――発見のカギは、発見したい物体の
「はいっ!」
「――ではそれを思考
「――保存したわ」
「――よし。では飛ばすぞ」
そう言って
『……………………』
しばらくの間、第一研究室の室内が無音になる。
「――どう?」
「――全員、ワタシのエスパーダにリンクしてくれ」
――が、
「――あったわ。ここに」
「――うむ。まちがいない。盗られたバッジの所在はそこにある。ひとつしか表示していない以上、間違いない。成功だ」
「――やったァッ! それじゃ、さっそく――」
「――待って、
「――
「……あ、そうか……」
「――でも、すごいわ。この装置。これも記事にしないと」
明美が興奮した声でつぶやくと、これまでそれに関して見聞きした記憶をエスパーダと脳内で整理する。
「――それじゃ、さっそく――」
「……変ですね……」
「――どうしたのよ?
「……盗まれたバッジの現在位置ですけど、ここ、
「……
「――うむ、確かに黒のマークはそこを指し示しているな」
「――でも、なんでそこにそんなものがあるのよ――」
明美が疑問を述べるが、
「――とにかく、
(――あ、
(――ちょい待ってェな、
(――なによ。この前とおなじ事件って。まさか解決したはずの連続記憶操作事件のことじゃ――)
(ちゃうちゃう。そっちの事件やない。その事件のさなかに起きた事件や)
(――その事件って、もしかして……)
(――
銀行員にとっては、災難と迷惑以外の何物でもなかった。。
しかも今回は、逃走に失敗した犯人が建物の中に立てこもり、他ならぬ自分たちが人質に取られてしまったので、災難と迷惑の度合いは前回よりもはるかに強かった。
いずれにしても、銀行員としては、
……のだが、
「――ダメです、警部。犯人や人質の正確な人数が判明しません。どうやら内部の防犯カメラが機能してないようで、
「――犯人や人質にテレハックで
「――犯人の要求は相変わらずテレタクによる安全先への逃走です。もし警察が突入したり、留置場に
現場の指揮を執っている龍堂寺
「――いったいどういうことなのっ!
その現場指揮官である警部の背後から、聞き慣れた声が投げかけられた。
「――なんや。おまいらか。どういうこともなにも、さっき
「――そうじゃないわっ! どうして盗まれたバッジが
叫ぶように問いただしたのは
「……そないなこと訊かれても、ワイには見当がつかへんわい。おそらく、
「――だとしたら、その犯人の中に、あのパンチパーマの男が――」
「――そこまではわからへん、なんせ内部情報がまったく得られへんさかい……」
「――でも、なら、どうして
「――たしかに、そんな
「――いずれにしても、こんなところであーだこーだ言っても始まらないわ。ここは行動あるのみ。ジャーナリストの基本だわ」
「――それにしても、銀行員さんたちがかわいそうですね。立て続けにこんなことが起こるなんて。そんなに他人の記憶が重要なのでしょうか?
「――ところがとても重要なんや。この情報社会では、特にな」
「――ましてや、
――その頃、その一人である下村
「――ちょっと、アンタ。こんなところでなにやってるのよ? 規制線をくぐって」
その時、
ショートカットの少女――観静
その隣には、ツーサイドアップの少女――鈴村
「――シーッ。静かにしなさいよ。犯人に気づかれちゃうじゃない」
だが、
「――なにをする気なの? アンタ」
「――そんなの決まってるでしょ。
「……スクープのまちがいじゃないの?」
「……そ、それは否定しないわ。でも、それだけじゃないわ。だから、そんな冷たい目で見ないでよ。こっちはそのために動いてるんだから。平民なのに、勇敢にも」
「――勇敢? 無謀のまちがいじゃないの? これも」
「――とにかく、そんなことはやめなさい。別に頼まれてもないのに、余計なことはしな――」
「――あったっ!」
それは、二階にある開いた窓であった。
人体が通れるくらいのサイズはある。
地上から屋上まで伸びている排水管が、そのそばにあった。
「――さァ、行くわよ」
それを確認した
その行動と
「――ホラ、二人とも、早く」
窓枠と窓の間から顔を出した
「――二人とも遅いわね、それでも厳しい訓練を受けた陸上防衛高等学校の生徒なの」
「……アンタさぁ、いったいどうやって犯人からバッジを取り戻すか、ちゃんと算段を立てて行動しているんでしょうね」
「――なに言ってるのよ。そんなのアンタが考えなさい。アンタのバッジでしょ」
予想だにしない
「――アタシは人質の救出に専念するわ。
相談もなく、そのように指示する
「いい加減にしなさいっ! さっきから自分勝手な言動や行動ばかり取ってっ! アタシたちはアンタの部下でも護衛でもじゃないのよっ!」
「えっ?! ちがうの?」
「決まってるでしょ!」
「そうよっ! アンタの目的は、どさくさにまぎれて、
続いて
「失礼ねっ! アタシがそんなことするような人間に見えるっ!」
「ええ、見えるわっ!」
「むしろそれしか見えないわねっ!」
二人そろって断言されて、
――と、その時、
「――お前たち何者だっ!? そこでなにをしているっ!」
誰何の声が物置部屋にとどろいた。
三人が同時に声が聴こえた方角に視線をそろえると、物置部屋の出入口に、一人の男が、銃口をこちらに向けて立っていた。
灰色の
そして、
「――ほら見なさいっ! アンタたちが大声を上げるから犯人にみつかっちゃったじゃないのよっ! どうしてくれるのっ!」
「なに言ってるのよっ! 元をただせばアンタが無謀な行為に走ったのが原因でしょうがっ!」
「――やめなさい、二人とも。そんなことしている場合じゃないでしょ」
「――撃たれたくなかったら、黙って両手を上げることね」
その言葉に、
「――ちょ、ちょっと待ってよ。こうもあっさり降伏しちゃうの!? ねぇ。なんとかこの窮地を脱しな――」
承服しかねる
犯人が撃った
「ヒィィィッ!」
それを認識した
「手を上げろっ!」
犯人の要求に、
……そのような経緯で、
「――って、どういうことなんやっ!」
現場で指揮を執り続けている龍堂寺
「……とぼけるなっ! オンナを使って裏手から侵入しようとするなんて、ナメたマネしやがって。今度やったら、今度こそ人質の命はないぞっ!」
「――ちょいまてっ! そいつらはいったい――」
だが、
「……三人……オンナ……ってまさかっ!」
「――
「――えっ!? そ、そういえば、みんな、どこへいったんだろう? トイレなら、そろそろ戻ってきてもいいころなんだけど……」
「――くそっ! 下村のヤツ。首を突っ込みおおったな。二人を巻き込んで。余計なマネをしくさってェッ! 事態がムダに悪化したやないかっ! 以前、口すっぱく注意したっちゅうのに。ホンマ、懲りんやっちゃ。鈴村の中二病以上やっ!」
「……こんな時、アイツがおったら……」
「――アカンッ! なにを考えててんや、ワイはっ! あないなヤツを頼るくらいなら、鈴村が崇める中二の神々に頼った方がはるかにマシやっ!」
激しくかぶりを振り、脳裏からその記憶を追い払おうとする。しかし、エスパーダを装着している以上、それは不可能なのだが。
「……人質になったもんはしゃーない。作戦を練りなおす。保坂、
「はっ!」
命令を受けた部下はエスパーダに手を触れて警察署に連絡する。それを確認した
「――心配すんな、
――ようやく気づく。
ヤジ馬の中から、忽然と。
「……やっぱり、こうなってしまったわね……」
「……そうだね……」
その隣に座り込んでいる
「――なに最初からあきらめ切ったようなことを言ってるのよっ! アンタたちがそんなんだからこうなってしまったのにっ! おかげで見聞
反対側にいる
三人はここの隅に集められている銀行員のように、頭部にリングをはめられている上に、両手を結束バンドで縛られている。
その周囲を、
強盗犯の正確な人数はわからないが、おそらく二桁には達してないと思われる。
しかし、その全員が
ガラスばりの玄関と窓はすべてカーテンで覆われ、外部からではこちらの内部をうかがわせないようにしている。
「コラッ! 静かにしろっ!」
見張りの一人が叱咤の叫びを
「ヒィィッ! すみませんっ! すみませんっ!」
叱咤を受けた方は卑屈なまでにあやまる。だが、すぐにそれを収めると、
「……さて、どうやって
と、野心的な笑みを浮かべてつぶやく。
「……こんな状況だっていうのに、まだそんな不謹慎なことを考えているわ、このオンナ……」
「……ホント、非常識な女子ね。
「……なによ、それ。それじゃ、まるで年中休みなくこじらせているみたいじゃない」
「ちがうの?」
「……………………」
「――ま、どっちにしても、アンタのしょげた顔は見たくないけどね。喫茶店で見せたような顔は」
「……………………」
「――だから、はやくいつもの調子に戻りなさい。でないと、こっちの調子まで狂うわ」
「……わかったわ……」
苦笑とも微笑ともつかぬ表情で。
「……なによ。アンタたちこそこんな状況で笑ってるじゃない。どっちが不謹慎なのよ……」
――と思いきや――
「――ん、あれは――」
身なりこそ作業服だが、頭部の髪型は見間違えようがなかった。
エスパーダを取り上げられても。
「――まさか、アイツじゃ――」
鈴村
「――どうやら間違いないみたいわね。
「……問題はどうやって取り返すかなんだけど……」
「――だいじょうぶ、アタシにまかせて」
しかし、そう言ったのはその
(――でも、伝えるのは警察だけじゃないわ。アイツにも伝わるように、精神周波数を合わせないと――)
そのように留意すると、さっそく
現場の指揮を執っている龍堂寺
「――よしっ! 作戦を立てたでっ! よく聞けやっ!」
龍堂寺
「――あのー、その前に
部下の一人である
「――おお、せやったせやった。これは新たに人質となった民間人の一人が、
「――
「――心配あらへん。信頼できる筋からの情報やから」
「――幸い、人質に爆薬を仕掛けたっちゅうのはまったくのブラフや。せやから心配はいらへん。以上や。なんか質問は――」
『……………………』
「――あらへんおなら、あらためてワイが立てた突入作戦を――」
と、そこまで言った時、
(――龍堂寺警部。大変ですっ!)
「どないしたんや」
「人質が
「なんやてェッ?!」
人質が
「――おい、警察からの応答はまだ来ないのか」
外を見張っている強盗犯Aが、人質を監視している仲間に問いかける。
明らかに焦慮と苛立ちの響きに満ちていた。
いっこうに変化しないこの状況に。
「――ああ、まだ来ねェ。テレタクの準備はまだなのかっ!」
エスパーダに手を置いて人質を監視している強盗犯Bが、相手と同様の口調で答える。
「――くそっ! 警察は明らかに時間を稼いでいやがる。ナメられたもんだぜ」
同じく監視している強盗犯Cが、舌打ちをまじえて吐き捨てる。
「――目的の個人情報は手に入れたっていうのに、このまま捕まったら、元も子もねぇぞ」
「――誰だよ。
強盗犯Dが責任者を追求する。
それを皮切りに、仲間の間で論争が始まる。
「……………………」
そんな仲間たちを、強盗犯の一人であるパンチパーマの男が黙然と眺めやっている。
「……………………」
そのパンチパーマの男を、鈴村
「……なんだろう。目的の個人情報って……」
一方、下村
「――ん? 一人たりねぇぞ」
強盗犯Eが、それを聞いて論争を中断させる。
「人質が逃げたのかっ!」
強盗犯Aが問いかける。
「――いや、
「――そういえば、どこいったんだ?」
「――たしか、逃走ルートを見つけたとか言って、その確認をしに行ったきりだが」
「――あの三人の人質が
そこまで言った時、階段に続いているドアが開いた。
「――だれだっ!?」
「――オレだよ。そうビビるな」
そう言ってそこから現れたのは、灰色の作業帽を目深にかぶった灰色の作業服姿の男であった。
「――なんだ、リーダーか。おどかすなよ」
「――で、どうだったんだ。逃走ルートは」
強盗犯Eに問われて、強盗団のリーダーはかぶりを振る。
「――くそっ、ダメか……」
「――だが、その代わりいい方法を思いついた。全員、集まってくれ」
リーダーが指示すると、
人質を監視していた強盗たちも。
その隙を突くかのように、一個の人影が、カウンターから躍り出て、ロビー兼待合室の墨に集められている人質たちの中にまぎれ込む。
武装した強盗団はそこから死角になるところに集まる。
「――なんだい、リーダー、いい方法って」
強盗犯Cが急かすようにうながす。
リーダーが口を開きかけたその時、
「――ああっ、ヤマトタケルだァッ!!」
突如人質の中から大声が上がった。
下村
結束バンドを解いた凛に、エスパーダを装着させている姿を見て、思わず上げてしまったのである。
「バカっ! なに大声を上げてんのよっ!」
愛が押し殺した声で注意するが、すでに手遅れであった。窃盗団の視線は、人質の中にまぎれ込んでいるオールバックの髪型をしたツリ目の少年にむけられていた。
「――てめェッ! いつの間に――」
強盗犯Aがうなり声を上げる。だが、それに続くはずの行動は、本人の意思に寄らず中断させられてしまう。
背後から繰り出された右上段横蹴りを後頭部に受けて。
他ならぬ窃盗団のリーダーの襲撃であった。
「――なっ?! 何をしやが――」
強盗犯Bは驚愕の声を上げ終えぬうちに右フックでなぎ倒され、強盗犯Cも後ろ蹴りをみぞおちに喰らって床にうずくまる。
「――今のうちに、早く――」
その間、ヤマトタケルは、カーテンでおおわれた窓を蹴りやぶり、脱出路を確保すると、人質たちをうながす。結束バンドで両腕を縛られた人質たちは、事態を察すると、悲鳴を上げながらも、次々と立ち上がって脱出口に向かって駆け出す。全員脱出するまで見届けているヤマトタケルの背中を、突如暴れだしたリーダーの間合いから逃れた強盗犯Dが、
「――余計なマネだったかな?」
まだ脱出してない
とはいえ、
強盗犯Eが強盗団のリーダーによって殴り倒されると、残されたのは、パンチパーマの男ひとりだけとなった。その表情は混乱に極に達していた。どうしてこの期におよんで他ならぬリーダーが造反したのか。
「――『|
凛が強盗団のリーダーの正体を看破する。あれはヤマトタケルが|
ちなみに、|
パンチパーマの男は、胸中の混乱を抱いたまま、身をひるがえして逃走する。人質たちとは別の方向に。
「――逃がさないわよっ!」
「――やったァッ!」
「……これでバッジを取り戻せるわ。そして、タケルに……」
その表情に憂いさが差すが、それに負けまいと笑顔をたもつ。
「……変ね……」
「……なんだろう、この違和感、もしかして……」
そこまでつぶやいたその時、
「――ちがうっ! そいつじゃねェッ!」
ヤマトタケルがさけんだ。
「――えェっ?! ……どっ、どういうこと……」
足を止めた
「――バッジを盗ったヤツとは違うっ! そいつは久川
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