十三夜照

 電車での再会からお兄ちゃんとは週末によく会うようになった。もちろん平日は敬一郎さんに何もなければ会うことになるので、お兄ちゃんに会うことは無かった。それに敬一郎さんにはちゃんとお兄ちゃんの事は話をしていた。

 でも、敬一郎さんは特にそのことに対して何かを言うようなことは無く、いたって普通にその事を聞いていた。

 それだけ敬一郎さんは、ワタシの事を信頼してくれているのだろう。ワタシもその信頼に応えないといけないと思った。もし敬一郎さんがお兄ちゃんに会うことをやめろ、と言われたらすぐにでもやめるつもり。だってお兄ちゃんはただの幼馴染で、敬一郎さんは愛する人。そうジブンの中で明確にそこは分かれている。それにお兄ちゃんに対しては恋愛感情は全くない。お兄ちゃんもそうだと思う。

 じゃないとワタシと毎週のように会っていて、こんなにジブンで言うのもなんだが、綺麗になったワタシに何もしないのはおかしいと、ワタシでさえも思う。だからお兄ちゃんも私の事を幼馴染とか、妹のように感じてくれているんだろう。

 だからそういう意味ではワタシはお兄ちゃんの事を信頼している。そう、幼くて、無邪気に何かあったらお兄ちゃんが助けてくれた時のような信頼ではなく、ただの友達、幼馴染としての信頼。でもワタシはお兄ちゃんにはそういてもらいたい。

 そしてお兄ちゃんにも敬一郎さんの事を話しておかないと。ワタシと敬一郎さんの事をお兄ちゃんにも認めてもらって、祝福してほしいもんね。明日お兄ちゃんに会った時にはちゃんとお兄ちゃんに敬一郎さんの事を話そう。

 でも、なんでワタシは今まで、敬一郎さんの事をお兄ちゃんに話さなかったのかな? なんだかジブンでも不思議。なんでだろう? まあいいか。今度会った時にちゃんと話さないとね。


 私は今お兄ちゃんに会うために出かけている。いつもみたいな化粧ではない。私が出来るような少し地味な化粧と、服装。最近私の知らない間にいくつか靴や服が増えていることがある……私どうしちゃったんだろう。どう考えても私の記憶の無いものが少しずつ増えて行っている……まあ取りあえずそれはいい。たぶんワタシが買ってもらったんだろう、敬一郎さんに。

 とにかくお兄ちゃんが待っているはずだから急がないと。そう思って私は時計に目を落とす。

「いけない、もうこんな時間! 急がないと!」

 私は時間を確認して、少し足早に待ち合わせ場所に急ぐ。するとそこにはもうお兄ちゃんは着いており、私を見つけるとこちらに向かって軽く手を振って歩み寄ってくる。

「遅いぞ悠里」

 少し怒ったように見せるお兄ちゃん。でもすぐ笑顔になる。その笑顔を見て私はほっとする。なんだろう、お兄ちゃんの前では私はすごく素直になれるような気がする。

「ごめんね、ちょっと支度に時間が掛かっちゃって。お詫びに今日の晩御飯は私がごちそうするから」

 私の言葉にお兄ちゃんは少しニヤリとする。

「そうかそうか、それは愁傷な心がけだ。そんな事なら毎回遅れてきてもらっても構わないぞ!」

 お兄ちゃんはそう言うと意地悪そうに笑う。その意地悪そうな笑顔に私も少し意地悪く返す。

「毎回毎回遅れません! それにお兄ちゃんが遅れたときは倍返ししてもらいますからね!」

 そう言って少し舌を出してみる。

「怖い怖い、これは絶対に遅れられないな」

 少しオーバーリアクションで、お兄ちゃんは私の言葉に反応する。

「まあいい。で、今日はどこか行きたいところがあるのか?」

 お兄ちゃんの言葉に私は少し考える。そう言えば私はなんで今日お兄ちゃんと会っているんだろう? 確かに約束はしたような気がする。でも、なんでだったかな……明確な理由があったような気がする。でも、それをちゃんと思い出せない。私が考え込んでいるとお兄ちゃんが少し心配そうな顔をして私の顔を覗き込む。

「どうかしたか悠里、体調でも悪いのか?」

「え? ううん、なんでもないよ! 大丈夫。特に何かしたい事があるわけじゃないんだけど、まあ暇だからお兄ちゃんに付き合ってあげようかなって思ってね。どうせお兄ちゃん彼女もいなくて暇なんでしょ? だから私が付き合ってあげようかって思ってね。 嬉しいでしょ?」

 少しおどけて見せるとお兄ちゃんも少し安心したのか、それとも呆れたのか、とにかくいつも通りのお兄ちゃんに戻った。

「まったく、いつから悠里はそんな子になったんだ? お兄ちゃんは悲しいよ」

 私の言葉にお兄ちゃんも併せてくれ、とにかくその場は何事もないように装えた。良かった……。お兄ちゃんに余計な心配はかけたくないもんね……。

「まあ今日はまだ時間も早いしな、映画でも行くか? それとも遊園地にでも行ってみるか? どうする悠里?」

 お兄ちゃんにそう言われて私は少し考える。そう言えば、こっちに来てほとんどどこにも遊びに行ったことがないような気がする。学生の時も、社会人になってからも。そう思うとなんだか今日はお兄ちゃんと思いっきり遊びたい気分になってきた。

「じゃあ、遊園地にでも行こうよ! よく考えたら私こっちに来て遊園地とか行ったことがない」

「そうなのか? じゃあ、今日は遊園地にでも行くか」

 お兄ちゃんもそれに同意して私達は電車に乗り遊園地に向かう。そして、一日遊園地で遊んで日が暮れかかったころ、遊園地を出てお兄ちゃんの家の近くまで戻り、居酒屋に入る。

 運ばれて来たビールで取りあえず乾杯し、それに少し口をつけるとなんだか今日の遊園地の事を思い出して笑ってしまった。

「なんだ、どかしたのか?」

 私の思い出し笑いにお兄ちゃんが少し怪訝な顔をする。

「お兄ちゃんがジェットコースター乗った時のこと思い出してね。もう本当に面白かった! あんなに騒いでる人お兄ちゃんくらいしかいなかったよ!」

 私の言葉にお兄ちゃんは少し恥ずかしそうな顔をする。

「仕方ないだろ、俺だって平気だって思ってたけど、昔のジェットコースターしか乗ったことなかったんだ。まさか今のがあんなに凄くなってるなんて……。俺はもう乗らないからな! 絶対に」

 どうも本当に怖かったんだろう。最初に乗って以降お兄ちゃんは頑なにもうジェットコースターには乗ろうとしなかった。そんなお兄ちゃんを思い出して私はまた少しクスクスと笑ってしまう。

「もう笑うなよ!」 

 少し照れたようなお兄ちゃん。

「お兄ちゃん可愛い!」

「まったく……そんなに俺の事を虐める悠里にはお仕置きが必要だな……」

 そう言うとお兄ちゃんはメニューを手に取り一通り目を通し、店員に声をかける。

「すいませーん」

 近くを通った店員に何やら頼んでいる。

「これと、これと……それとこれも。あと、これも下さい」

 それらを伝票に書き込み、それが終わると「かしこまりました」と言い店員はオーダーを厨房に持っていく。

「何頼んだの?」

 私はそう聞くとお兄ちゃんは「ふふふ、秘密!」と言い何を頼んだのかは教えてくれなかった。そして、頼まれたものがやってくるとそこには豪勢なものが並んでいる。おそらくこの店で一番高い物ばかりだろう。私はあわててメニューを取り確認する。その間にもお兄ちゃんは「今日は悠里の奢りだったよな? じゃあ遠慮なく」と言って割り箸を割り食べ始める。そして値段を確認して私は少し驚く。結構な金額のものばかりだ。

「まったく……よくこんな高い物ばかり頼んだわね……」

 ため息とともに私は言葉を吐き出す。

「どうした、食べないのか悠里?」

 皿を見ると、それぞれの皿は三分の一くらいは、お兄ちゃんが食べてしまっている。それを見て私も急いで箸を取り食べ始める。一日遊んで私もお兄ちゃんも結構お腹がすいていたのか、しばらくの間は追加注文以外は、ほとんど話すこともなく黙々と食べ続け、ようやくお腹が落ち着いたのは店に来てから一時間ぐらいが経った頃。

「ふー……、よく食べたな。もう腹いっぱいだな……」

「ほんとに……、食べすぎちゃった……また明日からダイエットしないと」

 いつの間にか飲んでいたものはビールから日本酒を飲むようになっており、それも地酒の良い物を何杯か飲んでいた。その時点で私もお兄ちゃんもかなり酔いが回っていた。その時私の携帯がブルブルと少し静かに震える。

「ちょっとお手洗い行ってくるね」

 私はお腹を押さえて、少し苦しそうなお兄ちゃんを置いて鞄を手に取り、席を立ち上がり、トイレに駆け込む。


トイレ中で携帯を確認すると、敬一郎さんからのメール。そのメールにワタシは少し微笑み、それに急いで返信を打ち込み、それを送り終わる。そして、ふと鏡を見るといつものような化粧ではなく、地味な化粧のワタシが見える。髪型も服もいつもより地味で、よくこんな姿で出歩いたなとワタシは鏡の中のジブンを見る。そして急いで鞄の中から化粧ポーチを取り出し、いつものワタシのメイクをし始める。さすがに服とか髪型はすぐには何ともならなかったが、化粧だけはいつものようにし直すと、ようやく満足して手洗いを出る。するとお兄ちゃんは頼んだ酒をちびちびと飲みながら待っている。

 お兄ちゃんの前に座ると、ワタシの顔を見てお兄ちゃんは少し驚いたような顔をする。

「どうかしたの?」

「え? あ、いや……なんか急に大人っぽくなったように見えたから。一瞬別人かと思った……」

「そう? 特に何も変わってないと思うけど?」

「そうだよな……悠里……だよな?」

「何言ってるの? 変なお兄ちゃん」

 お兄ちゃんの言葉にワタシは少し微笑んで返す。そしてちらりと時計を見る。時計の針はまだ早い時間を指している。今日は土曜日なので明日も休みだし、どうせ敬一郎さんからの連絡も今日は無いだろう……週末はいつもそうだから。だから今日はまだ時間をつぶしておきたい。まだ長い週末をこれから一人でいるのは少し辛い。そうワタシは思い、お兄ちゃんに話しかける。

「ねえお兄ちゃん。まだ時間も早いしどこか店を変えて飲みなおさない?」

「え? ああ。まあ明日も休みだしないいぞ」

「じゃあ、行こ」

 そう言ってワタシは伝票を取り会計に向かいお兄ちゃんもその後に続き、店を出る。店を出たところでお兄ちゃんに話しかける。

「ねえお兄ちゃん」

「うん?」

「どこか静かに飲めるような場所知らない?」

「そうだな」私の言葉にお兄ちゃんは少し考え込む。そして少し考えて思い出したかのように手を叩く。

「そうそう、この近くに良いバーがあるって聞いたな。そんなに遠くないところ」

「じゃあそこ行こ。今度はお兄ちゃんの奢りね!」

 ワタシはそう言うとお兄ちゃんは少しまずいというような顔をするが、携帯を取り出して場所を調べる。その場所を覗き込むとワタシを連れて行くように少し前を歩く。そのすぐ後ろにワタシは着いていき、少し歩くとお兄ちゃんは立ち止まり、携帯を覗き込む。

「ここみたいだな」

 少し暗めの落ち着いた雰囲気の店で、外から中はよく見えないようになっているが、こういう感じの店はよく敬一郎さんに連れて行ってもらっているからワタシは直感的にこの店がいい所だろうという事が解った。

「いいところだね。じゃあ入ろ」

 ワタシはお兄ちゃんを置いていくかのように店の扉を押し開け、中に入っていき、お兄ちゃんもそれに続く。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの内側から声をかけてくるバーテンダー。店の中はカウンターにテーブル席が二つ。それほど大きくはないがそれがまた落ち着いた雰囲気に思えた。ワタシはカウンター席に座りお兄ちゃんもそれに少し遅れて私の隣に座る。そこでワタシの顔色は少し曇ってしまう。

「どうかしたか?」

「え? ううん。なんでもないよ」

 ワタシの顔色が変わってしまった事にお兄ちゃんは気が付いたみたい。さすがにお兄ちゃんに悪いと思い、すぐに笑顔を見せる。本当はこういうお店は敬一郎さんと一緒に来たかった。そういう気持ちが顔に出てしまったみたい。

「そうか。ならいいんだ」

 一言お兄ちゃんが言うと、その後すぐにバーテンダーがおしぼりとメニューを持ってくる。バックバーにはかなりの種類のお酒が並び、まるでステンドグラスのように様々な瓶の色に、ワタシは少し見とれてしまう。お兄ちゃんはメニューを手に取り、書かれている内容と、バックバーに並ぶ瓶を見比べている。

「悠里はどうするんだ?」

「ワタシはマティーニ。お兄ちゃんは?」

「じゃあ俺も同じものにするかな」

 お兄ちゃんはそう言うとすぐにバーテンダーに声をかけ、マティーニを二つ注文すると、すぐにステアグラスに氷を入れ、青色の瓶と緑色の瓶、それと小さな瓶を取り、冷蔵庫からライムを取り出す。その一連の流れをワタシとお兄ちゃんは見守り、バーテンダーはそれを気にすることなく注文されたマティーニを作り始める。少しの間ワタシとお兄ちゃんの間に会話はなく、ただマティーニが出てくるのを待っていたが、少しして二人の目の前にマティーニが並ぶ。

 二人分ちょうどに作られ、カクテルグラスの天辺より少し下まで注がれたグラスを手に取り、それを持ち上げてお兄ちゃんと少し視線を交わした後、それを口に運ぶ。一口飲んだ後もお兄ちゃんとの会話はない。それでも問題はない。今日はワタシがお兄ちゃんに話が合って呼んだんだから。ワタシは目の前にあるグラスをまた口元に運び、それを飲み干す。少し強めのアルコールがワタシの体の中に入り、その勢いを借りてようやく口を開くことが出来そうだ。

「ねえお兄ちゃん」

 バックバーを見つめるお兄ちゃんの横顔に話しかける。

「うん?」

「ワタシね、今付き合ってる人がいるの」

 少し驚いたような顔の後、申し訳なさそうな顔に変わっていく。

「そうか、それは悪かったな……。ほとんどの週末を俺と過ごさせちまってたな」

「ううん、それはいいんだよ。どうせ週末はその人、あ、敬一郎さんって言うんだけどね。敬一郎さんとは会えないから」

 ワタシの言葉にお兄ちゃんは少し考えた後、その言葉の意味を察したようだ。

「悠里――」

「いいの」ワタシはお兄ちゃんの言葉を遮る。

「それでもワタシは良いの。ワタシがその人を愛しているのは変わらないから」

 ワタシはお兄ちゃんに笑顔を見せる。

「それにね、敬一郎さんもワタシの事を必要としてくれてるんだよ! 一緒にいる時は私に甘えてくることもあるし、結構年上なんだけど、なんか子供みたいなところもあるし。とにかくね、ワタシは幸せ」

「そうか……ならいいんだ」

 お兄ちゃんは目の前のグラスを手に取り、それを一気に飲み干し、バーテンダーに同じものを頼み、ワタシもそれに合わせると、少ししてまた同じものが目の前に運ばれてくる。ワタシは目の前のマティーニに入っているオリーブの串を指でグラスに沿ってくるくると回しながらグラスを見つめる。ワタシの今日の目的は果たした。お兄ちゃんもワタシの事を祝福してくれてると思い、ワタシはそっとお兄ちゃんの顔を覗き見る。しかしお兄ちゃんの顔はとてもワタシの事を祝福しているような顔には見えない。

「どうしたのお兄ちゃん?」

「え? いや、なんかちょっとな」

「もう、お兄ちゃん! もっと喜んでよ」

「そうだな……可愛い妹の幸せだもんな。よし、分かった。とにかく今日は飲もう!」

 お兄ちゃんは笑顔でワタシにそう言うと、ワタシもそれに答えるかのように笑い、また手にグラスを取るとグラスを合わせ乾杯をする。そのグラスをそのまま口に運び、お兄ちゃんは一気に飲み干す。

「いや、しかし強い酒だな。よくこんな強い酒を飲めるな悠里」

「ワタシも始めて飲んだ時はそう思ったけどね――――――」

 その後しばらくワタシとお兄ちゃんは他愛もない話をしながらしばらくの時間を過ごし、ふと時計に目をやるともうそろそろ終電の時間。

「お兄ちゃん、もうそろそろ私帰らないと」

「なに~? まだまだ夜はこれからだろ? 可愛い妹の祝福の為なんだ。もっと飲むぞ!」

 かなり酔っぱらっているお兄ちゃんを無理やり立たせて、「しかたないな~」というお兄ちゃんが会計を済ませ。ワタシ達はバーテンダーに見送られながら店を後にする。

 ワタシも少し、いや、かなり酔っぱらっていたが、お兄ちゃんは足元が少しふらふらしていた。

「もう! お兄ちゃん飲みすぎだよ」

 そう言ってワタシはお兄ちゃんの手を握り、駅までの道を歩く。手を繋ぎながら歩くなんてどれくらいぶりだろう。外で手をつなぐなんて……それこそ子供のころお兄ちゃんと一緒にいた時くらいしか思い浮かばない。

「なんか、昔みたいだね!」

「おお! そうだな。昔はいつも手をつないでいたけどな」

 そのままお兄ちゃんを支えるように駅まで歩き、駅の階段の前でワタシはお兄ちゃんの手を離そうとすると、お兄ちゃんは少し手の握る力を強める。でも、ワタシはお兄ちゃんの手を握り返す事は出来ない。それがワタシとお兄ちゃんの関係だから。

 ワタシはお兄ちゃんの手をそっと離すと「じゃあね」と言って階段を上り始める。

「悠里!」

 お兄ちゃんに呼び止められワタシは振り返る。

「なあ悠里……」

 さっきまでの酔っぱらった感じのお兄ちゃんはそこにはおらず、真剣な顔つきをしたお兄ちゃんがそこに立っている。ワタシは少し困った顔をしてしまったと思う。どんな顔をしてお兄ちゃんに向かい合えばいいかがわからなかったから。

「悠里はそれでもいいのか?」

 お兄ちゃんに言われるまでもない私はちゃんとわかってる。でも、ワタシは敬一郎さんの事が好きすぎるんだ……

「なあ、悠里……俺は思うんだがな。愛って……愛ってそんなもんじゃ……そんなもんじやないんじゃないか?」

 お兄ちゃんの言葉に私は一瞬考えてしまう。

「そう……そうかもね……でもね、あの人は、敬一郎さんは悪くなんかないよ。お兄ちゃんも、誰も……誰も悪くなんかない……悪いのはジブン。それだけだよ」

 お兄ちゃんは悲しそうな顔をしてこちらを見るが、その顔を振り切るように少し笑顔を見せて「じゃあね」と言って階段を上り、改札を通ってホームに降りる。お兄ちゃんに言われるまでもない。私だってそんなことはもうわかってる。でも、もうワタシの気持ちは抑えることは出来やしない……ふと私は空を見上げる。少し欠けた月が夜空に浮かぶ。今日も月は滲んで見えた……。



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