第2話『ナイスガァイ!暁の空に散る』(後編)



 どんな街にも裏路地は存在している。たとえハチやアルカの様な教育が行き届いた普通の子供が住んでいても。日が当たらない、誰の目も届かない。そんな場所が片隅に広がっているのだ。


 燦々さんさんと輝く午後の日差しも届かぬ影の領域。周囲から隔絶された空間に雄たけびが響き渡る!



「おらぁっ!」



 ナイスガイの拳が、彼よりも巨大な人影を吹き飛ばす! 重い音と共にゴミ箱に叩き込まれた大男。



「――人工筋肉の損傷、78%を突破……」



 いやプラスチックの装甲を纏った人間大のロボットが、モノアイを点滅させて苦悶の声エラーメッセージを吐き出した。



「テメェらの攻撃には、魂がねぇっ!」



 しかしナイスガイは攻撃の手を緩めない! ジーンズに包まれた丸太の如きその足をプラスチックの装甲に叩き込む! ごく普通のボロボロなスニーカーが相手の胸板を踏み抜き、ロボットは煙を噴いて動きを止めた。



「これで、七体目…… 結構奴らも本気だな」



 周囲には既に多数のロボットが倒れ伏している。あるものは腕を失い、またあるものは頭を失い。ナイスガイに襲いかかり、それなりに奮戦した様が伺える。


 荒く息を吐くナイスガイの背後から、靴音が響いた。



「……流石はナイスガイ、NPCでは手も足も出ないか」



 憂いを帯びた金髪碧眼のイケメン。その服はかつて極東の帝国で大礼服に近いか。青白黄色トリコロールで派手な装飾が施された服は、常人では着こなせないが、彼ほどの美男子であれば服の方が勝手に従ってくれるのだ。



「来たな、クールガイ。確かに生身で俺を倒すなら、神漢四天王であるお前クラスが出てこなきゃ無理だろうな。魂のないノンパーソナルコマンダーは無意味!」



 獰猛な笑みを咲かせて、ナイスガイはファイティングポーズを取る。しかしクールガイは腰に差したレイピアを抜く素振りすら見せていない。侮っている訳ではない。



「もう一度だけ問う、我らと共に歩めないのか?」



 そう彼はナイスガイを説得しようとしているのだ。もはや言葉は意味を持たない段階に入っている。だからこそ剣を抜かぬ、その行動で己の意思を示したのだ。



「無いな、お前達には道理って奴が足りねぇ」



 波乱万丈、荒唐無稽の快男児。不条理の塊そのものなナイスガイではあるが、彼は道理を知っている。他者を力で支配しようとする事の悲しさを、その無意味さを知っている!



「そうか、ならば――」



 クールガイは裏路地で、覚悟と共に剣の柄を握りしめる。



「貴様を二度と友とは呼ばん! 私にとって貴様は倒すべき敵だ!」



 鬼気迫る気迫と共に、クールガイのレイピアが風を斬る!



「お前が俺を敵だと思うなら、そうなんだろうよ。お前の中ではなっ!」



 ナイスガイの拳と、クールガイのレイピアが大気を裂いて衝突する! 強大な漢気がぶつかり合い、裏路地に衝撃波が走る!



「我が剣と互角に打ち合うかっ!」


「俺の拳を舐めるなっ!」



 閃光がナイスガイの肌を裂き、剛撃がクールガイの体を打ち据える! 手数ではクールガイが有利だが、一発の重さではナイスガイが大きく勝る! 結果として状況はナイスガイがやや有利な形勢で推移していく!



「うぉぉぉっ!」


「ぬぁぁぁぁぁぁっ!」



 このまま戦いが続けば、恐らくナイスガイは勝利していただろう。しかし! この優位は薄氷の上にあり。ほんの僅かでも状況が変われば一瞬でひっくり返ってしまうだろう。たとえば――


「にゃ~ん」


「ね、猫だとっ!?」



 足元に突然現れた黒猫を避けようとした結果、スニーカーの紐が切れる。



「隙有り!」


 

 そして、それ程の大きな隙を見逃すほどクールガイは甘くない。状況を完全に理解出来ずとも神速の一撃がナイスガイの胸に突き刺さる! 間違いなく臓腑を貫いた致命傷であった!



「くっ…… 腹を、刺されたか」



 ナイスガイの口から血が漏れる。臓腑が傷ついた結果、限界まで高められた漢気がオーバーロードしたのだろう。致命傷の上に重なった致命傷、最早ナイスガイが二本の足で立っている事が一つの奇跡だ。



「我が剣は貴様の腹の動脈を貫いた。たとえ、手当てをしても失血多量で……」



 クールガイが憂いを持ったまま。それでも正当な戦いの結果としてナイスガイの死を受け入れようとする。けれど彼は見つけてしまった。ナイスガイの足元にいる小さな命を――!



「猫っ!? まさか、貴様っ! 猫を庇って!?」



 クールガイの顔が驚愕に歪む。正当なる決闘の結果だと思っていた勝利が、ナイスガイのやさしさによって生まれたものだと。ある意味不当に受け取ってしまったのだと理解してしまったのである。



「へっ、そんな事はねぇよ。テメェの剣が鋭かった…… ただそれだけだ」


「貴様……っ!」



 死期を悟りそれでもなお、不敵な笑みを崩さぬナイスガイの姿に。クールガイはうちのめされる。先程まで自分は偶然が与えた勝利を、正当なものだと、彼に勝ったのだとそう思いこんでしまった程に愚かだったというのに!


 だかそんな感傷を、遠くから響く轟音が打ち砕いた!



「爆発、だと!?」


「私の襲撃で示威行為として十分なはず!? まさか他の四天王が独断で?」



 驚くナイスガイ。クールガイは状況を推察し、そして彼は駆け出した。



「おい…… とどめは刺さないのか?」


「今の貴様にかまっている暇は無い!」



 捨て台詞と、きらりと目から雫を落して、クールガイは路地裏から去っていく。



「そうだよな、優しいお前は俺を殺せないよな……」



 何もないのならば、このまま座り込み息絶えてしまいたい。けれどまだ、まだここで倒れる訳には行かないのだ。パタパタと足音が聞こえる、クールガイよりずっと小柄な少年の足音。



「ナイスガイ、その怪我っ!? 大丈夫なんですかっ!?



 一向に帰ってこないナイスガイを心配してやって来たのだろう。そして血を見て驚き駆け寄って来る。けれどどんな心配も最早遅い。けれど、それでも―― 



「大丈夫だ、安心しろ…… それより、ブラスバルターを呼ぶ。頼むぜボーイ?」



 そうナイスガイはまだ死ねない。明日の朝日どころか。今日の夕日を見る事が出来ないとしても。ボーイにナイスソウルとブラスバルターを託すまでは!





 復興途中の街に、再びブラスバルターが舞い降りる! たとえナイスガイの命が風前の灯であろうとも! 全長120メートル、総重量16万5千7百トンの赤白黒色トリコロールの威容はゆるぎない!


 そしてそれに相対するのは同じく全長120mの超巨人! 緑黄色ツートンカラーで全身を覆っているが、装甲の一部が岩で覆われて、正に北欧神話の巨人を思わせる!



『ほぅ……貴様が俺の前任の神漢四天王、ナイスガイか?』



 ブラスバルターと互角の威容を誇る超巨人から放たれるのは、そこそこナイスな男の声。好漢と呼ぶには若さと傲慢さがあるが、それを補って有り余る前向きさが込められている。



「そうだ」


『そうか、ならば名乗ろう! 俺の名はグッドガイっ! 貴様を超える男だっ!』



 ガシィン! と緑黄色ツートンカラーの超巨人がブラスバルターに指を向ける! どこまでも傲慢に、どこまでも前向きに! 彼はナイスガイを超えると言い放つ!



「俺を超える? 」



 ハチは、ナイスガイが息を吸いこんだのを感じる。コックピット内に風が吹いた。そう思わせる程、深い深い深呼吸。そしてその直後――っ!

 


「ふざけるなっ!」



 烈波れっぱの気迫がブラスバルターから放たれた! ぐらりと緑黄色ツートンカラー、総重量16万トンクラスの巨人が揺らめいた!



『な、なんだ…… この気迫はっ!?』



 ただ一声で、グッドガイと名乗った男は気圧される。魂を燃やし、口から血を零しながらナイスガイは更に叫ぶ!



「この時代において、俺を越えるナイスガイは―― 存在しないっ!」



 真っ直ぐな気迫がグッドガイを、そしてハチの心を打ち貫く! 正に絶叫、正に咆哮、正に真実! 最後のきらめきから放たれる力が、この街を支配した!



「行くぞ、ボーイっ! あの間抜けにナイスガイの意味を教えてやるっ!」


「はいっ!」



 ハチの返事を嬉しく思い、ナイスガイは覚悟を決める。もう己の命はあと数分。クールガイの攻撃は文字通りの致命傷である。だからこそこの戦いでハチにナイスガイの何たるかを伝えて死ぬのだと。


 ああなんて今日は、死ぬには良い日なのだろうか……!





「くそぉ、くそぉ! だが、俺のロックバルターは伊達じゃない!」



 ナイスガイに気圧されつつ、それでもなおグッドガイは戦意を失わない! ダメージジーンズと、白字で気迫と刻まれたTシャツを纏った彼は、己の愛機ロックバルターの中で操縦桿を振り回す!



「ロックシューターっ!」



 その言葉と共に、ロックバルターの目の前に巨大な岩が現れる! 直系10m、質量1000トンの巨岩が音もなく出現したのだ! これぞロックバルターの特殊機能、岩石召喚! 圧倒的な質量の暴力として、巨岩がブラスバルターに放たれる!



『その程度、ボーイ。砕けるな!』


『もちろんです!』


 

 ハチの照準によって火砲120mm滑腔砲が、火砲400mm超々ド級砲が、火砲800mm超々々ド級砲が! 巨大隕石に匹敵するロックバルターの巨岩に突き刺さる、突き刺さる、突き刺さる!


 徹甲弾が穿ち、炸裂弾が爆発し! ブラスバルターに直撃するまでのたった数秒で粉々に砕け散る!



「なんだと!? ナイスガイは砲撃を使いこなせない筈では!?」


『今の俺には、ボーイがいる!」



 ナイスガイは赤黒白色トリコロールの超巨人を踏み込ませ、砕けた巨岩を装甲で受ける! アンチイナーシャル装甲がその破片を受け止め、周囲への被害を最小限に収めながら距離を詰めていく!



「ならば必殺技で迎え撃つ! このグッドガイとロックバルターは伊達じゃない!」



 グッドガイは更に巨大な岩を眼前に召喚する! 四車線の道路ギリギリ一杯! 両側に立ち並ぶビルギリギリの超超超大型質量巨岩を盾にして、そこにエネルギーを注ぎ込んでいく!



「カタパルトアタックだ! これなら真正面からぺちゃんこに出来る!」


『ハチ! 変形して貫くぞ! 砲で援護を頼む!』


『やってみせますナイスガイ!』



 ナイスガイの代わりに、ハチが自分の目の前に現れた赤い大きな、変形と刻まれたボタンを押し込む! ワイヤーフレームのブラスバルターが足を折り曲げ、腕を縮ませ、背中から持ちあがった巨大な赤いドリルで頭部を覆い変形が完了した!



『超弩級艦ブラスバルター、いけます!』


『よし、艦首ドリル起動! 突撃するぞ!』



 超弩級艦ブラスバルターの先端に搭載された、赤い、赤い、巨大なドリルが大気を渦巻きながら回転を開始する! スラスターの出力がそれを後押しして、戦艦と化したブラスバルターは加速していくのだ!



『『うおおおおぉぉぉっ!』』


「負けるかぁぁぁ!」



 ブラスバルターのドリルと、ロックバルターの放った超巨大岩石が正面から衝突! 大質量同士の超絶インパクトが街を震わせ、世界を揺らす! 空中での衝突にも関わらずマグニチュード1の地震が走る!



「な、何故だ!? 俺のロックが…… 砕かれていく!?」



 そして勝敗は衝突して直に決着した、ぴしりと巨岩に入ったヒビ。その直後に赤い切先が緑黄色ツートンカラーのロックバルターの眼前に現れた! せめてもの抵抗にその先端を両手で抑えようとするが、一瞬で鋼鉄の指が吹き飛んだ!


 回転物に指を突っ込むのは危険。鉄を扱う男達の中では常識で。それを忘れる程にグッドガイは追い詰められていたのである!



「まさか、この俺が……っ!」



 そのまま超弩級戦艦ブラスバルターは空を目指す。機首に貫かれたロックバルターは空中で砕け、砕け、砕け散り! そのままグッドガイと一緒に最期を迎えて、天空に大輪の華を咲かせる!


 この瞬間、ナイスガイとハチの勝利が確定したのだ――っ!





「ふぅ、これで一安心ですね。ナイスガイ?」



 ハチは残心を解き、ナイスガイに呼びかける。それを油断というのは酷だろう。彼はたった一瞬で残敵がいないことしっかりと確認しているのだから。



「ボーイ、すまん……」


「な、なんですか急に?」


「俺の命は、ここ…… までだ」



 コンソールに倒れ伏すナイスガイ、そこでようやくハチは気が付いた。ナイスガイの口から血がこぼれている事実に。彼の顔色が土気色になり、その魂の輝きが失われていっている事にっ!



「ナイス、ガイ……? これはっ!」


「さっき刺された傷…… 致命傷、なんだ――」


「そ、そんな……っ!?」



 余りにも唐突な、余りにも突然な告白にハチは悲しみの前に驚きを隠せない。まさか、あのナイスガイが死ぬとは。欠片程にも考えていなかったのだから……



「ブラスバルターは、ボーイ…… お前にくれてやるナイスに使って――」


「使って――? ナイス、ガイ……?」



 それが最期の言葉であった。そっと肩に手を伸ばし、背後からその体を揺するが。ナイスガイの体はもう言葉を発することは無い。急速に彼の体から熱と、漢気が失われていく――



「ねぇ……? 僕を、からかってるんだよねぇ?」



 ハチの問いかけに、ナイスガイは何も応えない。



「死んだなんて、そんなこと―― 嘘だ……嘘だと言ってよ、ナイスガイっ!」



 ぽつり、ぽつりと雨が降る。未だに中に浮かぶブラスバルターを水滴が濡らし。それは夕立となって戦いの汚れを洗い流していく。それはまるで、この世界がナイスガイの死を悲しんでいるかの如く―― ただただ、雨は降り注ぐ。





 ナイスガイとクールガイが戦った裏路地に、一人の男が現れた。眼鏡をかけて、痩せこけていて、それでも油断できないバッドな雰囲気を纏った、そんな男だ。


 夏だというのに、怪しげなコートを纏っているのが不信さに拍車をかけている。雨に濡れながら歩く姿はまるで幽鬼にも見える。


 そのバッドな男の前に、先程二人の戦いに割って入った猫の姿が現れた。フルフルと震えて明らかにその男に対して恐怖を抱いているのは明らかであった。



「よーしよし、よく頑張ったな」



 その男はしゃがみ、黒猫の頭をなでる。手つきはとても優しいが、瞳はまったく、まったく笑っていない。いや哂っている! 漢と漢の勝負に割り込んでおきながら、彼の心にはむしろ目標を達成したという晴れやかさしか存在していない!



「お前のおかげで、邪魔者は消えてくれたよ」



 そこでバッドな男は猫を開放した。にゃんと一声恨めしそうに鳴いて。裏路地の奥に消えていった。ザァザァと降りしきる雨の中で、バッドな男は哂って消えた。


 微かに残った、ナイスガイの血液が洗い流され―― あとには何も残らない。

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