第2話『ナイスガァイ!暁の空に散る』(前編)


 ブラスバルターを駆り、戦った翌日。ハチはナイスガイから近所の公園に呼び出されていた! 周囲では防衛軍の装甲機動歩兵が、ボロボロになったビルや瓦礫をどかし、急ピッチで復興を進めている。


 18mの巨大搭乗型ロボットの汎用性はすさまじく、ハチ達が見上げる横であっという間に鉄骨が組み上げられて、みるみるビルが組み上がっていく。



「それで、貴方は何なんですか?」



 ハチは改めて、自分の中にある疑問をぶつける。彼がナイスガイだとは理解しているが、その上で彼がどこの誰で、何をする為に戦っているのか、知りたいと思ったからだ。



「何度でも言うが、俺はナイスガイ。それ以上でもそれ以下でもない!」



 ハチの真剣な言葉に対し、ナイスガイは同じ真剣さで断言する。身長150cmのハチよりもはるかに大きな体躯。もしかすると190cmを超えていてもおかしくない。顔の傷と合わせて普通なら圧倒的な迫力があるだろう。


 しかしカリスマ性を孕んだ声と、彼の心に秘められた優しさが。その迫力を補って有り余っているのであった。



「細かいけど、以上でも以下でもないって定義がおかしくない?」


「……細かい事は、気にするなガール」



 何となく一緒にこの場にやって来たアルカの突っ込みに、ナイスガイはちょっと汗を流しつつ返事を返す。彼は数学が苦手で、もしかすると連立二次方程式なんてものを見ると焦るタイプなのかもしれない。



「そして今は俺の言葉よりも重要な事がある!」


「何よ?」


「ボーイが一人前のナイスガイになれるかどうかだ!」



 半ば呆れ顔で続きを促すアルカ。それに対しナイスガイは不敵な笑みを浮べて、全力をもって断言する。論理も理屈もへったくれも無い言動に彼女は呆れるが――



「分かりました! 僕はやります!」


「ちょっと! ハチ! 何を考えているのよ!?」


「よぉし、行くぜボーイ、ナイスな修行の始まりだ!」



 ナイスガイのサムズアップと最高の笑顔と、ハチの真剣な瞳の炎が噛み合ってギアが全速力に押し込まれた。



「もう! 本当に何なのよ!」


「ヘイ、ガール……」



 ナイスガイがアルカに歩み寄り、その肩にポンと手を置いた。彼女の身長は160cmあるが、それでも190cmに近いナイスガイとは頭一つぶん以上の差があるのである。



「ボーイはガールにとって、どんな存在だ?」



 ナイスガイはシリアスな顔で問いかけた。そのシリアスさは昨日、クールガイと戦っていた時に匹敵する……!



「どんなって…… べ、別に話す必要はないでしょ!?」



 だが、そのシリアスな空気をアルカのツンデレが上回る! 無論事実としてアルカのハチに対する気持ちを、ナイスガイに語らなければならない理屈は何もない!



「あ、あの…… そのさ?」


「な、何よ。ハチ」


「アルカが良ければ、僕は聞きたい」



 真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな瞳。確かにハチは美少女めいた風貌をしている。今はラフなTシャツと短パンで、ボーイッシュな少女と紹介すれば、皆が納得するだろう。


 けれど、アルカには分かった!


 ハチの目が、男の子の目をしている事に。アルカの事を大切だと、守りたいと言い切った自分を。どう思っているのか知りたいと感じている事に!



「ハ、ハチは、私の…… 私の、大切な……」



 アルカの顔がトマトになった。両頬だけでなく、額や耳まで赤く燃え。漫画なら湯気が上がる、そんな雰囲気である。



「世界で、いちばん大切な……」


「大切な?」



 ナイスガイがドヤ顔で言葉を促す。傍から見れば大男の前で少女が少年に告白している場面に見えるだろう。なおもう既にそのイベントは3か月ほど前に過ぎ去った後である!



「こいび……と、友達よ!!」



 だが、しかし! 最後の最後で!まったくもって無意味なツンデレが発動し、アルカは本心を隠してしまう! いや、まったくもって隠せていないが、本人的には重要なのだろう。



「なら黙ってボーイを見送るべきだ」



 寂しそうなハチを横目に。ナイスガイは瞳を閉じて断言する。恋人ならばまだしも、友達に。男の征く道を止める権利はないと言い切る!



「どうして! アンタにだってハチを好き勝手する権利はないでしょ?」


「チッチッチ、ボーイは俺にとってのナイスガイな存在! 俺はボーイのナイスソウルを感じた。だからナイスガイに育てると誓ったのだ!」



 アルカの苦し紛れの道理に、ナイスガイは120%の不条理を叩き付ける! 無理が通れば道理引っ込む。そして彼の自信に満ち溢れた顔はその無茶を押し通すのだ。


「え、えっと…… 誰に誓ったんですか?」


 ハチとしては、鍛えて貰うことに異存はない。けれどナイスガイが何に誓ったのか、それが気になりつい問いかける。



「ボーイのナイスソウルに決まっているだろう? さぁボーイ、修行を始めるぜ!」


「その前に、一つだけ質問があります!」



 ぐぬぬと悔しそうな顔をするアルカを気遣いながら。ハチはナイスガイにも真っ直ぐとした瞳で問いかける。


 どこまでもストレート、混じりっ気なしな彼の爽やかさは。五月の高原を流れる風と表現できるのかもしれない。



「なんだ、ボーイ?」


「その修行で、僕はアルカを守れるようになりますか?」


「勿論だとも、ボーイ!」



 真っ直ぐな瞳で放たれた質問を、ナイスガイはサムズアップのホームランで叩き返す。それでハチの心は決まった。



「アルカ……」


「止めなさいよ、ハチ。勝手に現れたこんな訳が分からない相手に使いう必要なんてないじゃない」



 アルカの顔にあるのは純度100%の心配だった。多少不安もあるだろう、ハチがナイスガイといる嫉妬もあるだろう。それも合わせてアルカのハチに対する感情は120%である。



「ごめん、それでも僕はアルカを守れるような――」



 ハチはその気持ちを全て受け取った上で、言葉を返す。



「アルカを、守れるナイスガイになりたいんだ!」



 本気の本気! 普段の彼からは考えられない大きな声が公園の中に響く。その本気は間違いなく、アルカの心にもしっかりと伝わって染みわたる。



「ナイスガッツだボーイ!! さぁ、トレーニングだ! ナイスガイになる為の100のトレーニングを始めるぞ!」


「はい、ナイスガイ!」



 ナイスガイの声に従い、ハチはトレーニングを開始する。



「ハチの…… ばか」



 アルカはそれを止めることも出来ず。かといって家に戻る事も出来ず。改めてベンチに座って、ハチが頑張る姿を見守るのであった……





 こうしてナイスガイによる、ハチがナイスガイになる為の特訓が始まった!



「ボーイ! まずは走るんだ! ただし俺が止めろと言ったら止まれよ? オーバーワークは体を壊すからな!」


「はい、ナイスガイ!」



 まずは走る、走る、走る! 狭い公園を折り返し、何度も何度も何度も走る! 無論適切なタイミングでナイスガイは休憩を挟み、ハチに体力の限界を教え込む!


 急に走り込むだけで、体力が増える訳ではない。


 けれど適切な訓練は体の限界を見極める能力を養い。いざという時に出せる力を大きくしてくれる!



「ボーイ、次はこの岩を素手で砕くんだ!」


「く、砕く!?」


「いや、正確にはイメージトレーニング! この岩も公園の景観の一つで、実際に砕く事は難しい! だからあくまでも砕くイメージを固めて心を鍛えるんだ!」


「わ、分かりました。頑張ります!」



 ナイスガイの言葉に従い、ハチはシャドウボクシングをしながら。公園にある岩を割る為のイメージを固めていく!



(ハチ…… 無理はしないでね)



 そしてアルカは少し離れた木陰から見守っていた。



「ボーイ、コンビニで『ちょっとエッチ』な雑誌を買ってくるんだ! 釣りでガールの分までアイスを買っていいぞ!」



 財布の中からすっと1000円札を取り出すナイスガイ。古風なガマ口で、小銭と纏めて入っていたお札は多少皺になっていたが特に問題は無さそうだ。

 


「あ、あの…… 本当にこれ修行なんですか?」



 公園の前にあるコンビニを見つめつつ、ハチは赤面する。傍から見れば大きな男が少女に、セクシー雑誌を所望する事案にも見えるが――



「ボーイ、これは何事にも動じない精神力を養う為だ」



 もっともらしい事を口にはしている。しかしナイスガイの顔にはほんのちょっぴりセクシーグラビアへの期待が見え隠れしていた!



「分かりました、今すぐ買って来ます!」



 しかしハチはそれに気が付かず、ダッシュでコンビニに向けて走っていく。ナイスガイによる指導で強制された美しいフォームは正に芸術であった。



(ハチ、エッチな奴はダメよ。ちゃんとセクシーな奴にしないと、18歳以上しか買っちゃいけないのはダメだからね?)



 暇すぎて、久々にブランコを楽しむアルカは、ヒヤヒヤしながらハチにアドバイスを送る。この手のエッチな本に関して彼女は結構寛容なのだ。


 こうして、ナイスガイの修行は99個まで終わり―― そして最後の一つをクリアする処までハチは成し遂げた!





「よぉし! これが最後の100個目だ!』



 15時を回り、もうそろそろ夕方になる刻限にナイスガイの声が公園に響く。


 子供を連れた母親や、休憩に立ち寄ったサラリーマンの姿がちらほら見えるが。彼らもナイスガイをそういうものだと受け入れてしまっている。



「はい!」



 真剣なナイスガイに、ハチは全力の返事を返す! なおアルカは自販機で買ったジュースを飲んでいた。



「今からこのゴマを砂場に落として――」


「落して――」


「そして、混ぜる!」



 ナイスガイが取り出したゴマが砂場に落ちる前に、両腕が竜巻の如く、砂場の砂を混ぜる! 混ぜる! 中に舞う! 突如現れた竜巻に周囲の子供達がキャッキャと騒ぐ。



「よし、混ざったな!」


「はい、混ざりました!」


「探せ、ゴマの一粒を!」



 宙に舞う砂の中、そこに落とされた一粒のゴマを探し当てろと。そんな無茶をナイスガイはハチに課題として与えた。



「分かりました!」


「よし、それじゃ俺が帰って来るまでに探すんだ」



 そう言い残し、悠々とナイスガイは公園から出ていく。因みにカッコいい感じだが。そのポケットにはハチが買って来たセクシー雑誌しっかりと突っ込まれていた。



「ゴマ、ゴマ、ゴマ……っ!」



 ハチは宙を舞う砂の中から、ゴマを探そうと目を開く。砂、砂、砂、砂! 常識を超えた時間、宙を舞う砂の中に中々ゴマは見つからない。



「ねぇ、ハチ」


「なに、アルカ?」



 未だ砂が舞い散る砂場に、アルカはやって来て、致命的な一言を投げかける。



「この修行に、意味ってあるの?」



 ひゅう、と風が吹いた。その途端、物理現象も正気に戻り、舞っていた砂は徐々に砂場に降り注いでいく。



「無意味、かなぁ?」


「半分位無意味な修行だったと思うわよ?」


「そうかなぁ、ううん……」



 確かに、言われてみれば修行の半分以上は水増感があり。あまり意味がないものばかりだった気がする。このゴマ探しもその類と言われれば否定する事は出来ない。



「そもそも、ちょっとエッチな雑誌を買わせてどっか言ったのよ? ただの変態じゃない、ナイスガイって!」


「そ、そうかな? けどあのブラスバルターってロボット」



 確かに、確かにナイスガイがちょっと変態っぽいなと。ハチも思っていた。しかしトレーニングの半分は本当で。ブラスバルターが凄いロボットなのも本当なのは間違いない。



「確かに、防衛軍のロボットより強いけど。それはそれ」


「けど、ナイスガイだよ?」


「それでも、意味がないトレーニングはしなくて良いわよ」



 そう言い切られると。この砂の中からゴマを探す事に、意味がない気もしてくる。ハチは意外と流されやすい部分があるのだ。



「という訳で帰るわよ、ハチ」


「うん、分かったよ」



 また、ナイスガイが戻って来るくらいに。自分も来ればいいと。ハチはアルカと共に家に帰ろうとするが――



「あっ!」



 そこでハチは砂場の中にゴマを捉えた。さっと戻り、アルカが気づく前に拾って。もう一度彼女の後ろを追いかける。


 そして追い付いたハチは、アルカの手を握って。公園を後にするのであった。

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