第3話『ナイスガァイ! の残したモノ』



 ゴージャスな空間が広がっていた―― そもそもゴージャスとは何か? と問われると悩ましい。豪奢な装飾が施されている? 高価なものが並んでいる? この空間はそのどちらも満たしているが、そのどちらでもない。


 何故ならばそれ以上に輝いていたからだ。本物の黄金の輝き! それでいてその光は自己主張をしながらも、決してそこに立つ人間の瞳を刺激することはない。


 ゴールドでありながら完全に計算された配置。それがゴージャスさと上品さを両立させているのだ。


 財力だけではない。圧倒的な知のゴージャスも満ちている。そんなインテリジェンスに溢れた空間なのである!



「……以上で、報告を終わります」



 ジャコビアン様式のデザインのテーブルを前に、紅茶を優雅に嗜みながらクールガイは報告を行う。赤茶色のマホガニー製のそれはゴージャスに黄金で飾られ、圧倒的な高級感を醸し出しているが。彼の存在感は全く見劣りしていない。



「そうか、グッドガイが倒れたか――」



 その報告を受けるのは途轍もなくダンディでゴージャス。古めかしいジュストコール・ヴェスト・キュロットを嫌味なく纏った、カイゼル髭が眩しい初老の男である。



「しかし、ゴージャスガイ。グッドガイは四天王ですが所詮末席で最弱です」



 クールガイの声には怒りがあった。グッドガイに対する怒りか? いやそこにあったのは自分の情けなさに対する八つ当たりだ。彼はイケメンではあるがまだ若い。どうしてもこういった部分でそれが顔を出してしまう。

 


「しかし、ナイスガイは敗れた。お前の一撃に腹部を貫かれ――」



 そしてゴージャスガイはあえてグッドガイの末路について語る事なく。クールガイを嗜める。酷な言い方になるが、彼も自分から立候補しナイスガイに挑んだのだ。その結果として敗北した以上、それを庇う事は彼に対する侮辱に通じる。


 それがゴージャスガイの考え方である。



「はい、その通りです」



 クールガイは己を恥じる。グッドガイを、そしてナイスガイを貶めてしまったと、そう心の中から湧き上がる感情に端正な顔を歪ませた。



「いや、お前を責めてはいない。正しく任務を、裏切り者を倒しただけだ」


「……ですが、ゴージャスガイにとっても」


「ああ、ナイスガイは友であった――」



 ゴージャスガイは瞳を閉じる。まぶたの裏に映るのはナイスガイとの思い出だ。共に戦い、共に食べ、共に眠り、共に夢を語った日々。彼の人生において決して長いとは言えない時間。けれどそれは胸の中で今も輝いている。



「だが、お前にとってもそれは同じ。いや我々全員にとって彼は太陽に等しかった」


「はい…… その、通り…… です」



 しばしの間、彼らはあの世に旅立った親友に黙とうを捧げる。1分間の沈黙に丁度アンティーク時計の鐘がピリオドを打つ。



「さて、ブラスバルターの新たなる所有者。土弩八雄どど はちおと言ったか?」



 ぺラリと、豪奢な縁取りが施された紙をゴージャスガイは取り出した。そこにはインクによる手書きでハチの情報がまとめられていた。身長、体重、家族構成―― そして彼女の有無まで、しっかりとした似顔絵付きで書き込まれているのである。



「ナイスガイが己の砲手として見染め、そしてブラスバルターを与えた少年」



 クールガイは一度、彼が砲手を務めたブラスバルターと戦っている。その強さはナイスガイ一人の時と比べれば倍、いや数倍にも高められていた。だが一人きりの彼がどれほどの力を発するのかはまだ未知数のままだ。



「我々は見極めねばならん。その少年が我々にとって、いかなる存在なのかを――」



 豪奢な空間にゴージャスガイの声が響く。重々しく、その上で期待が込められた思いが広がって―― そして消える。





 その部屋は少年の部屋であった。本棚には教科書やノートと共に漫画が並び、サッカーボールが申し訳程度に転がされている。けれど一番特徴的なのは32型の液晶テレビと据え置きゲームであった。


 周囲に積み重ねられた有名無名マニアックのタイトルが、ハチが相当シューティングゲームにハマっている事を示している。



「……」



 そして、いま彼は無心にゲームをプレイしていた。いや正確には心を無にしようとゲームをしていた。何度もやり込んだステージを反射神経だけでクリアしていく。けれど、忘れようとすればするほどその記憶は蘇る!


 ナイスガイが命を失った記憶では無い。問題はその後、ブラスバルターから降りたハチが防衛軍に連行された後の話である――



「ブラスバルターを、防衛軍が使うんですか?」


「そう、今この瞬間。世界は未曽有の危機に瀕している。最新鋭の機動装甲歩兵ですら刃が立たない超巨大ロボット軍団を率いる、神漢帝国による侵略が――」



 先日、ハチの住む町から少し離れた防衛軍の基地で。彼は偉い人から話を聞かされていた。うすい、うすい、途轍もなくうすい言葉。コーラを水で割ったレベルの内容は耳を右から左へ抜けていく。



(この人は、一体何が言いたいんだろう?)



 分からない。ハチには何も分からない。伝わってこない。ナイスガイの言葉は半分位理解出来なかった。けれどこの防衛軍の偉い人の言葉は理解出来ても伝わらない。



「つまり――」


(言い方が、回りくどくて良くわからないけれど……)


「結局のところ――」


(……ああ、そうかこの人はただ)


「――という訳で、ブラスバルターは我々が運用した方が」



 ハチの瞳に彼の魂に火が灯り、可愛らしい彼の顔がキリリと引き締まる。



「嫌です、貴方にブラスバルターは渡せません」


「なっ!? 何を言っているのだ君はっ?」



 意図していない、おとなしかったハチから放たれた予想外の言葉に。偉い人はうろたえる。このままなし崩し的にブラスバルターを譲渡してもらえると思っていたのだから。



「貴方は、ナイスガイじゃない」


「改めて、何を言っているんだ、君はっ!?」



 常識で考えると、偉い人が正しい。だがけれど! 彼は一言も責任も覚悟も語らずに。ただ常識と自分が利益だけを得ようとする浅ましさしかハチに示していないっ!



「そもそも、法的に基づいて、あれほどの兵器を君の様な子供が……」



 ここに来て、更に偉い人は間違いを重ねる。ハチは道理の話などしていない。



「分かりやすく言います。貴方の様な人間に僕が、ナイスガイから託されたブラスバルターを渡すことは出来ません。貴方の言葉には何もないっ!」



 偉い人は怯む。ちょび髭のこのオッサンは、将官の地位にあるエリートだ。彼の政治力と地位は、常に成功だけを約束した。だからこそこのハチの言葉を、反発を、ナイスガイの芽吹きを! 理解する事は出来ない!


「くっ…… な、ならば法的処置を――」


「なら、こっちは暴力に訴えます」



 ハチの覚悟に、彼は慄いた。そうこの時点で彼は、土弩八雄どど はちおは。この基地に存在する戦車と航空機を合わせたよりも遥かに。あるいはこの国に存在する全ての火砲を集めても届かない程の超火力をその手に握っているのだ!



「そ、そんな事を――」


「ブラスバルターは、政治や駆け引きの道具じゃないナイスガイの為の力です!」



 ガン! と椅子を倒してハチは立ち上がる。更に偉い人は一歩後ろに下がった。



「僕が、ブラスバルターを使えるナイスガイだってそんな事は口が裂けたって言えないけど…… だけど、僕はナイスガイからブラスバルターを託されたんだ! だから、その遺志を守るっ! そして皆を守るんだっ!」



 そう啖呵を切って、ハチは基地を後にした。部屋を出る時はちゃんと失礼しますと一礼し、自分の足で出口まで歩き。そしてバスに乗って家まで帰ったのである。



 そこまで思い出し、ようやくハチの思考は今この瞬間に戻る。気が付けばハイスコアを更新しゲームをクリアしていた。



「……あんな事を言っちゃったけど」



 学校はここ数日の騒ぎで暫く休み。海外で仕事をしている両親はハチの無事を確かめる電話をかけても帰ってこない。いやどこに逃げても変わらないのだ。アメリカやドイツの首都にも神漢帝国は現れている。


 下手に逃げるよりも、留まっている方が安全なのかもと母は言っていた。いざという時はおばあちゃんの家に逃げなさいとも。


 けれど、ハチの心はそんな部分で悩んでいない。



(僕は、一人でナイスガイと同じように、戦えるの?)


 

 そう、彼はもう逃げることなど最初から考えていない。戦える力があるのだから。受け継いだのだから、戦える。問題があるとするなら、ちゃんと戦えるかどうか。その一点だけなのだから。


 気持ちを切り替える為、深呼吸をしていると、トントンとドアがノックされる。



「ハチ……入るよ?」


「アルカ? ……うん、どうぞ」



 中学生のハチにとって3LDKのマンションは広い。だからこそ近所に住む幼馴染でもあるアルカは、彼の両親から合鍵を貰っていた。彼女にとってこのマンションの一室は最早半ば家と言っても過言ではない。


 具体的には冷蔵庫らジュースを取り出して勝手に飲み。そのコップをハチが洗っていない食器と一緒に洗う程だ。



「あ、あの…… さ ――ナイスガイのこと、聞いたよ」


「うん……」



 そっとアルカは未だにクリア画面を見続けるハチに近づいていく。彼が傷ついているのは幼馴染で、友達で、そして恋人でもある彼女でなくとも理解する事は出来る。



「それで、防衛隊の人にも呼び出されたって……」


「うん、ブラスバルターを渡せって言ってきた」


「そうだったの?」



 アルカはそれを聞いてパッと笑みを浮べた。ならばもうハチは戦わなくていい。防衛軍があのブラスバルターを使うのなら、ハチが戦ってナイスガイの様に死ぬことは無くなるのだから。



「けど、断ったよ」


「えっ――? な、なんでよ!?」



 ハチの行動をアルカは理解する事が出来ない。そもそも法律や常識で考えるなら。ブラスバルターを防衛軍に引き渡すのは順当な考えなのだから。



「あの人達には渡したくなかった…… だってナイスガイじゃなかったんだ」


「なに訳の分からないこと言ってんの!? ナイスガイとかじゃないとか、そんなの関係ないじゃない! あんな風にロボットに乗って戦うのは危ないのにっ!」



 理解出来ないハチの言動に、アルカは感情を爆発させた。死ぬのだ、あのナイスガイですら死んだのだ。ならばハチが死なないという理屈は存在しない。だから彼女は全力で引き留めようとする。



「僕には関係あるんだよ!」


「は……ハチ……?」



 ハチが立ち上がり、アルカに向き直る。これまで彼女が見た事のない覚悟が光る瞳がそこにはあった!



「僕がナイスガイみたいに扱えるか分からない……けど、あの人達は! 戦おうとしていない! そんな人達に託されたブラスバルターを渡せるわけないっ!」



 己がやるのだという、強い意思が彼には満ちている。

 


「……じゃあハチが、たまたまあの男に見込まれて、戦わなきゃいけないの?」


「でも、僕は……ナイスガイに託されたんだ」



 悩みも、戸惑いもある。けれどそれでもやるのだと。彼の決意は決まっていた。アルカの感情論と優しさが混じった説得を受け入れて、その上で進む事を選んだのだ。



「そして僕が戦う理由は、託されたからだけじゃない」



 一呼吸、改めてハチはアルカと視線を合わせる。



「僕は街を、何よりもアルカを守りたいんだ」


「……ッ!! ハチの大馬鹿っ!」



 そうハチハ受け止めていた。それでもと決意した。けれどアルカがどう思うのかは理解出来ていなかった。



「――っ!? あ、アルカ?」


「守ってくれなくたって良いから! ずっと、前みたいに気弱なハチで良いから!」



 心の底から、彼女はハチの命を心配していた。彼女の目尻から涙が零れ落ちる。



「だから! もう危ないことしないでよっ! 戦わないで、ずっとそばにいてよ!!」



 それが彼女の望みだ。危ない事はして欲しくない、無理をして死んでほしくない。自分の傍に居て欲しい、弱いままでもいい。傲慢でそれでいて優しい少女のエゴイズムである。



「ゴメン、それでも。僕は――」



 けれどナイスガイから受け継いだダンディズムが、彼女を傷つけたとしても。ハチは自分の選択を変えることはない。もう彼には弱いままで居続けることは出来ないのだから!



「……もう、知らないから!」



 耐えきれなくなったアルカは、ハチに背を向けて走り去る。部屋の戸を開け放ってあっという間に玄関を開く音が聞こえて。彼女はこの家から出ていった事を知る。



「アルカ……」



 彼女を追おうとするが、けれど最悪のタイミングでサイレンの音が響く。



「敵が来たのっ!?」



 ハチは走り出し、そしてマンションの屋上を目指す。アルカを追いたい気持ちはある。けれどその前に、この街に迫る脅威を砕かねば。全てが手遅れになってしまうのだから――





 空の果てから、ブラスバルターが降臨する。たとえナイスガイが居なくとも、受け継いだハチがその名を呼べば、いつでも、どこでも、何度でもやって来る……!


 けれど全長120メートル、総重量16万5千7百トンの威容は、操縦者の気持ちを反映してか、やや不安そうにも見える。


 馬力も、火砲も変わらない。けれど今ここにナイスガイは居ないのだ。



「敵は、どこ……?」



 ハチがレーダーを見やると、大量の敵が街中に散らばっている! いや違う、綺麗に整列していた。その先に一つだけ大きな反応、パワー、出力、大きさ。どれをとってもブラスバルターと同格の超巨人が存在している事を示していた。



『私は、ここに居る。逃げも隠れもしない!』



 ハチの目が、大通りの果てに金色を捉える! 輝いていた、黄金に輝いていた。それはブラスバルターと同じ大きさの、黄金の超巨人であった! そこから放たれるダンディズム溢れた、ゴージャスなボイスにハチは気圧される。



『私は、ゴージャスガイっ! ナイスガイの旧友にして―― 君の、敵だっ!』



 黄金の超巨人が腕を振るう、ビシっとブラスバルターに対して指を向け。ゴージャスガイは声を高らかにブラスバルターを駆るハチに対して宣戦布告を行った。



「ぼ、僕はっ……!」



 ハチは必死で何かを返そうと操縦桿を握りしめる。だがゴージャスガイの圧倒的な覇気とカリスマに押されて口が回らない。思考が纏まらない。



『少年よ、貴様は試されねばならない。ナイスガイの後継者としてだ!』



 黄金の超巨人に据え付けられた無数のニードルレーザー砲塔が、破壊光線砲が、両肩に取り付けられた大型のビームバスター砲が。そして周囲の30m級の巨人が構えるビーム砲がハチとブラスバルターに向けられる!



『さぁっ! 貴様のナイスを見せてみろっ!』


「う、うあぁぁぁぁっ!」



 ハチは叫び、125門の120mm滑腔砲を、大小合わせて1250発のミサイル!を、32門の400mm超々ド級砲を、12門の800mm超々々ド級砲でターゲットをロックする。砲塔の数では決して負けてはいない。


 不利な場面だが、それでも戦える。ナイスガイの特訓がハチを動かす―― 勝ち目が見えなかったとしても、それでも彼は前に進む事は選べるのだから!



「まずは、数を減らす!」



 ゴージャスガイと直接対決する前に、まずは周囲にいる取り巻きからとハチは照準を合わせる。発射ファイア発射ファイア全砲発射フルファイア! 全身に据え付けられた火砲が、指先に内蔵された砲門が、脚部に内蔵されたミサイルサイロが、火を噴く、砲を放つ、ミサイルが舞う!



「敵は全滅―― 出来ていない!?」



 間違いなく撃破出来た手ごたえがあった。しかし紫色の巨人に混ざり、ブラスバルターよりも一回り小型な、しかし100m近い巨人が混ざっていたのだ!



『なるほど、アルミバルターは一撃で撃破出来るか。だがアイゼバルターを一撃で撃破するには及ばん。その程度で我がゴルドバルター相手に戦うつもりか?』



 3機のアイゼバルターが迫る! ハチはブラスバルターの指を突き出し10門の800mm超々々ド級砲を撃ち放つ! 炸裂する砲弾が2機のアイゼバルターを撃破するが1機を撃ち漏らす!


 最後の一機が宙を舞い、緑色のエネルギーを纏いスピンしてブラスバルターに突っ込んで来た!



「物理攻撃ならぁっ!」



 ハチは突き出した腕をクロスさせ、10万トンのスピンクラッシャーを受け止め。カウンターとばかりに、両肩に装備された2門の800mm超々々ド級砲を発射する!


 敵の攻撃はアンチイナーシャル装甲で防ぎ、見事なカウンターでトドメを刺す! ナイスガイから叩き込まれた基本が、今この瞬間にハチの戦いを支えている!



『見事! だがビームはどうかな!』



 ゆらりとゴルドバルターがブラスバルターに視線を向けた。放たれる黄金の光線! 超極太のレーザーがブラスバルターの装甲を焼き溶かす!



『アンチイナーシャル装甲ではビームは止められまい!』


「それでも耐えられます!」



 ハチはまだ可動する28門の400mm超々ド級砲でゴルドバルターに狙いをつけて、トリガーを押し込み、押し込んで、押し込みつくす! 轟音がコンクリートを砕き、黄金の装甲に徹甲弾が牙を突き立てる!



『こちらにはシャイニングトリートメント装甲があるのだ!』


「その割には、砲弾を止められてません!」


『当たり前だそもそもシャイニングトリートメント装甲はビームしか止められん! 即ち機体の相性は五分五分なのだ!』



 その言葉にハチは気圧された。確かにブラスバルターとゴルドバルターの性能は互角かもしれない。けれどゴージャスガイのゴージャス感が溢れる台詞は、それだけで圧倒的な説得力を持ってハチを圧倒する!



『砲撃戦では戦えるようだが―― 格闘戦はどうかな? ゴールドブレードっ!』



 ゴルドバルターが輝ける剣を掲げる! この世の光を集積させた、そう表現出来る程の眩さを放つ剣! シルバルターのシルバーサーベルと比べれば速度はない。けれど圧倒的なパワーを持って振り下ろされる!



「実体があるならぁっ!」



 ハチの類まれなる反射神経が、そのタイミングを捉える! ブラスバルターの両手がゴールドブレードを左右から挟み込む。即ち真剣白羽取りの形であった!



『見事! だがここから必殺のゴルディオンスラッシュ、受けられるか!』


「くぅっ!」



 ゴールドブレードが輝く! 論理をゴージャスで打破する必殺技! かつて古代アナトリアでアレキサンダー大王が行った故事を模した一撃! 絡まった状況を一刀両断にて切り開く。


 ブラスバルターのメガアームインパクトに匹敵する破壊力がハチを襲う!



「あうっ!?」



 圧倒的な一撃に、そのままブラスバルターが膝を折る。全長120メートル、総重量16万5千7百トンの威容が、ゴルドバルター相手に屈してしまいそうになる―― が!



「だけど…… まだ、僕はっ!」



 それでもハチは全身の火砲を放ち、ゴルドバルターから距離を取る。胴体の装甲は焼け、両腕はボロボロになっているが。まだブラスバルターも、ハチも戦える!



「ターゲット、マルチロックオンっ!」



 電子音と共に、ハチが一人きりのコックピットに映るゴルドバルターに対して照準が重なり、重なり、重なり合う! ブラスバルターが持つ全ての火砲を集中させる全砲発射フルファイアの準備動作だ!



『ほう、まだ戦えるか! それでこそナイスガイが認めた少年!』


「うあぁぁぁぁぁぁっ!」



 ハチの意識がモノトーンに切り替わる。極限まで極まった集中力が色を捨て去り、世界の輪郭だけを取り出したのだ。そしてその世界の片隅に彼は見つけてしまう。


 何かを訴えかける猫と、その傍にいるアルカの姿を!



(あ、れ。ゴルドバルターの後ろに、アルカ……?)



 クルクルとハチの思考回路が回る。ブラスバルターの放つ攻撃の衝撃が周囲に与える影響を瞬時に導き出した。

 


(いや、いま重要なのは…… この距離で撃ちあったら、アルカが危ない! だけれどもここで止まれば、この人には、ゴージャスガイには勝てない…… どうすれば?)


【考えるなっ! 感じろっ!】



 ハチの中で、ナイスガイが叫ぶ! そうそれは、彼の胸の中に刻まれたナイスガイの記憶―― それがハチに正しい道筋を突きつける!



「そうか…… 考えるんじゃない。感じるんだっ!」



 ハチはブラスバルターの操縦桿を振り回す。即ち格闘戦! 砲撃の衝撃が周囲を傷つけるというのなら素手の一撃でゴルドバルターを撃破するのだ! オレンジ色の輝きがブラスバルターの右手から溢れだし、莫大なエネルギーと共に打ち込まれる!



『くっ! だがこの一撃をしのげば……』



 予想外の攻撃に動きが止まるが、まだゴージャスガイには余裕があった。そうここから切り返せると。ゴールドブレードの一撃でブラスバルターを倒せると!



「まだ……もう一撃っ!」


「なにぃぃっ!? ロックオン警報だと?!」



 ブラスバルターが拳を開く、オレンジ色の超エネルギーの飛沫をまき散らしながらその指に仕込まれた5門の800mm超々々ド級砲が、ゴルドバルターの眼前に突きつけられる!



「フィンガーゼロクラッシャーッ!」



 炸裂する超巨大砲のゼロ距離、いや接射はその威力を周囲に被害を出すことなくゴルドバルターに叩き込まれた! 爆炎が2体の超巨人の合間を隠す!



「これで、どうだ……」



 ハチの渾身の一撃。充分な手ごたえがそこにはあった。だが、だが、だが――っ!



「う、そ……」



 爆炎の向こうから現れたのは、未だに輝きが衰えぬゴルドバルターの姿! そう、煤に汚れ、装甲が弾け、それでも輝きと強さを失わぬ。その威容は全く衰えてはいなかったのである!



『確かに、ブラスバルターを駆るに足るだけの力は持っているようだな……』



 だが、その上でゴージャスガイはハチを認めた。ブラスバルターを駆る資格を持った勇士だと!



『だが、まだナイスガイには程遠いっ! 己の中のナイスガイを知れ! さすれば道は開けるであろう!』



 それは捨てセリフか、いや敵に対する激励であろう。ゴルドバルターは余裕を持って空へ飛翔する。気力を使い果たしたハチは、彼を追うことは出来ず、ただそのゴージャスな姿を見守る事しか出来ない。



「……終わった、の?」



 ハチの呟きに応えるナイスガイはいない。けれどハチの心の中には何かが芽生えていた。それは大いなる、大いなる力の片鱗である。今はまだ小さくとも――


 いつかそれは世界すら救うことが出来る力となるだろう。





 ブラスバルターから降り立ったハチは、アルカの無事を確かめる為。裏路地を駆け抜ける。彼女が理由なく巨大ロボットが戦っている街にやって来る訳はない。何かトラブルに巻き込まれている。そう直感したのだ。



(おかしいな、確かこの辺に……)



 だが、先程アルカが見えた場所に彼女の姿は見えない。



(そんなに時間は経ってないから、まだ近くにいるはずなんだけど……)



 不安が広がる。この街を、アルカを守る為に戦ったのに。彼女が危険な事に巻き込まれてしまったのならば――



「アルカー! どこなのー!?」



 カランカランと、空き缶が倒れる音が裏路地に響く。



「――っ!? 物音……そこ!?」


「にゃ~ん」



 けれど、そこに居たのは黒い猫一匹であった。ハチをチラリと見つめると、ひらりと裏路地の奥に消えていく。彼は彼なりに、何かやるべき事があるのだろう。



「……なんだ……猫か」



 ハチもアルカを探す為に、再び走り出す。けれど彼女の姿はどこにもなかった。街中を探してもハチは、彼女と出会うことが出来なかったのである。





 ゴージャスでゴールドな空間に足音が響く。古めかしいジュストコール・ヴェスト・キュロットを纏った、カイゼル髭が眩しい初老の男、ゴージャスガイだ。



「ゴージャスガイ、お怪我はありませんか?」


「無論ッ!」



 クールガイの心配にゴージャスガイはダンディな返事を返す。もし彼らの会話を見ている者がいるならば空間が輝き、光を放っている事を理解しただろう。二人の輝きは本物の黄金にすら負けることは無い。



「あの土弩八雄どど はちおという少年、確かにナイスガイの片鱗は見せたが、まだ未熟…… 私を倒すには及ばない」


「しかし、ゴージャスガイを相手に善戦した力、決して侮れるものではありません」


「うむ、お前の言う通りだ。クールガイ。だからこそ、敵であるにも関わらず、私はあの少年に期待している」



 そして二人はハチを非常に高く評価していた。ナイスガイの後継として、今はまだボーイであるが、いつかナイスガイに至ると確信する。だが、そんな彼らの会話にバッドな影が差した!



「ほう、神漢四天王を束ねるほどのガイが、年端のいかない少年相手に随分と手を焼かれていますなぁ?」



 顔は整っているがやせぎすの、どこかワルの、バッドな雰囲気を湛えた男がゴージャスな空間に割って入る。彼がいるだけで黄金の輝きがくすんで見える。そうオーラのベクトルこそ違うが、彼もまたゴージャスガイやクールガイに匹敵する者なのだ。



「お前は―― バッドガイ!?」


「これはこれは御両方。お久しぶりです」



 バッドガイと呼ばれた男はニヤリと厭らしい笑みを浮べる。自分が歓迎されていない事を理解した上で、それでも図太く振る舞い続けられる精神性は。最早才能と呼んでも過言ではない。



「下がれ! 神漢四天王の面汚しめ! ここは四天王以外が立ち入って良い場所ではないぞっ!」



 そう、彼はガイであり。かつて神漢四天王であった。だが余りにもバッドな振る舞いから四天王の座を追われた過去を持つ、危ない経歴を持ったガイなのである!



「おっと、珍しく熱いなクールガイ。だが許可を得る必要はない。;何故なら、今日から俺も神漢四天王の一員だからな」



 クールガイの顔が驚きで歪む。



「なん……だと?」


「それは真だな、バッドガイ」



 ゴージャスガイですら、半信半疑で真偽を問いただす。



「えぇ、もちろん。ファイナルガイ様から直々に拝命されました」


「ファイナルガイ様から――!?」



 クールガイの顔が驚きから驚愕にランクアップした。四天王にすらあまり姿を見せない神漢帝国の長にして、ガイを束ねる王。そんな彼が直接バッドガイを四天王に任命したというのだから!



「そうか。ならば、私達が異論を挟む余地は無いな」



 ゴージャスガイもそれならばと矛を収める。それほどまでにファイナルガイとは彼らにとって絶対であり、神聖な存在なのであった。



「賢明な判断です。ゴージャスガイ。あぁ次は私とソードガイが参りますので」



 端正な顔に厭らしい笑みを浮べて、バッドガイは言葉を紡ぐ。ただの報告でありながら、細い眼鏡の下にある瞳の歪みがクールガイとゴージャスガイに対する牽制であることを告げていた。



「ふん、ソードガイならともかく、貴様如きにあの少年が討てるものか!」


「そういう台詞は、あの男を小動物の力を借りずに討ってから言うんだな」


「なっ――!? 貴様何故――」



 そう、ゴージャスガイ以外には話していないナイスガイの最期。それをこのバッドガイが何故知っているのか!?



「俺は地獄耳なのさ。特に、バッドな情報に対してはな。よく覚えておけ。ナイスガイが居ないブラスバルターなど、俺の敵ではないということをな。ハッハッハッ!」



 高笑いと共にバッドガイはゴージャスな空間から去っていく。美しくけれど嫌味に着こなされたギザなスーツを見せつけて、バッドガイは虚空に消えた。



「……くっ! ファイナルガイ様は、なぜバッドガイを再び四天王に!」


「奴の実力は神漢四天王に相応しいが、立ち振る舞いは美しさとはかけ離れている」



 そう彼はバッドではあっても実力はあるのだ。それこそ一流と呼べる力を持っている。けれどその力をバッドに振るってしまうのだ。



「だからこそ地位を剥奪されたのに、私にはファイナルガイ様のお考えが――」


「言うなクールガイ。ファイナルガイ様の決めたことだ」



 憤るクールガイを、ゴージャスガイが嗜める。しかし嗜めた本人の表情にすらこの決定を理不尽だと訝しむ色が見て取れる。


 だが、彼らはそれでもその事実を受け入れるしかない。ファイナルガイとは彼らにとって文字通りの絶対君主なのだから。





(フッ、二人ともナイスガイの後継が朽ちるのを見てるがいい)



 自らに与えられたスペースで、バッドガイは邪悪な笑みを浮べる。趣味は悪くないシンプルな装飾が広がる室内。けれどそこかしこから感じられる嫌味な空気が、その空間を決して安らげぬものに変えていた。



(こちらには……)



 バッドガイはベッドに向かう。そこに寝かせられているのは黒髪の少女。そうアルカが眠っていた! 薬を使われているのか、すーすーと深い眠りに堕ちたまま、目覚める気配はない。



「そう、切り札があるのだからな! クック、ハァーッハッハッハ!!」



 バッドガイによる、途轍もなくバッドな魔の手がアルカを捉え―― そしてハチへと迫る……! ハチがそれを乗り越えられるかは、まだ分からない!

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