沈まない太陽はない②

 あれから一週間。闇医者、美女平先生の言う通りに、足は松葉杖無しで歩けるくらいに回復した。火傷の痛みも、大分引いてきている。

「……だから、もう腕持たなくていいぞ」

「却下するわ」

 有言実行。関ヶ原はあの夜からずっと僕から離れないでいた。トイレと風呂は流石に別だが。

「そんな事を言うなら、トイレと風呂の隙に逃げれば良かったでしょうに」

「この足で、この状況で、外に一人で出られる訳ないだろ」

 右足を掲げて見せる。目覚めた日と比べれば、まとわりつく包帯の量も種類も軽い物になったが、まだ完治はしていない。

 歩けるようになった物の、まだまだ安静にしている方が懸命だ。

「でもあなた、あんまり考えずに行動するじゃない。こうやって拘束していないとまた怪我するわよ」

 関ヶ原が決意新たに、僕の腕を持ち直す。大きなお世話だ。

「そろそろ僕だって……」

 関ヶ原に何か言ってやろうとすると、後ろから足音がした。振り返ると、栗原さんと、どうやらここに居候しているらしい駄々っ子改め美女平先生が立っていた。

 何故か、関ヶ原と僕のように美女平先生が栗原さんの腕を持っている。どうだと言わんばかりの目線で僕らを見つめてくる。

「……何ですか?」

 僕の問いかけに、美女平先生はふふふと不敵に笑った。

「ラブラブカップルは、ここにもう一組居たと……」

 台詞を言い終わる前に、栗原さんが美女平先生の足を払い、組んでいた腕を使って先生の体を地面へ叩きつけた。。カエルが潰れるような音を出して美女平先生が廊下に伏した。

「うるさくしてごめんね」

 そして栗原さんがそれを引きずって部屋へ戻る。意味が分からなかった。あの二人はどういう関係なんだ。

「……投げるの?」

 関ヶ原が腕を掴む力を弱めつつ、僕の顔を覗き込む。

「流石に、あそこまではしない」

 僕がそう答えると、腕を掴む力が元に戻った。

「お、ラブラブカップル。おはよう」

 階段を上がってきた杉越がにこやかに挨拶を告げる。こいつが関ヶ原の位置に居ればぶん投げていた。

「朝から物騒だねぇ。その様子だと、足はもう大丈夫なのかな?」

 杉越が僕の右足を覗き込む。

「まぁ、普通に歩く程度なら……」

「走れる?」

 杉越の視線が足から僕を見上げる物に変わった。

「……いざとなったら」

 めちゃくちゃ痛いだろうけれど、走る羽目になる時はそれどころじゃないから大丈夫なはずだ。そんな詭弁で右足を奮い立たせる。

「よし、じゃあ行こうか。織川家に」



・・・・・・



 崖から森の道を降り、海沿いに戻るように砂浜の側の歩道を歩く。杉越が言うには、織川家は崖じゃない、正真正銘の海沿いにあるらしい。

 潮風が吹きすさぶ度に、右足が痛む。傷口に塩。まさか潮風程度でそんな事はないと思うが、森の道を歩いてきた事もあって、僕の右足はかなり疲弊していた。

 関ヶ原が僕の肩を持つので、少しは軽減されているが。

「……悪いな」

「それは言わない約束でしょ。おとっつぁん」

「何であなたが答えるのかしら」

 何故か前を歩く杉越が答えた。七十歳だけあって古いネタだ。

「……杉越の言葉を借りる訳じゃないけれど、別に気にしなくていいわよ。まだ、これくらいで借りを返した気にはなっていないから」

 そう言って関ヶ原は、僕の肩を担ぎ直した。

 すると杉越が年甲斐もなく口笛をひゅうひゅう鳴らしてからかう。僕の歩みの遅さも相まって退屈なのだろう。

 ふと、僕らが傍からどのように見えるのか気になって、砂浜へ目をやる。

 しかし、潮風で錆びたガードレール越しのそこに、人影はほとんど居なかった。七月の海にしては、異例の少なさだ。

 この街で『神隠し』が起きているというニュースの余波がここまで来ているのだ。脇の道路を走る車も、少ない。

 この街には、殺人鬼とその協力者が合わせて四人居た。その内の二人、『憑き札』と『ハリネズミ』は死んで、残り二人。死体を隠す道具を持つ『三人目』と、『ワープゲート』。

 行方不明者が出なくなって、一週間と少しが経つ。それでも、この街から恐怖と危険は消えないままだ。

「残り二人が、尻尾巻いてこの街から逃げた可能性はないか?」

「あの倉庫へ行く度に『ワープゲート』が邪魔してくるから、それは薄いと思う。少なくとも、織川さんはまだ不自由だ」

 僕のリハビリに関ヶ原が付き合っている間、こいつは一人であの倉庫へ何回か訪れていた。腕を切られて帰ってきた事もあった。『左過時計』で元に戻していたが。

 例えば、危険がこの街から完璧に消え去ったとしても、恐怖がなくなるまでどれだけの時間がかかるのだろう。それでも、時間さえあれば風化させ、笑い話にさえしてしまうのだろうか。

 渦中の僕は、例え不老不死になっても、この数日間を笑い話にはできないだろうなと、思った。

「……というか、今更、織川加奈の家に行って何か新しい発見があるのかしら」

 関ヶ原が質問する。

「んー……微妙だね。もう粗方あらかた、警察が調べ終えているだろうし」

 それどころか、罠を仕掛けられている可能性すらありそうだ。

「いやぁ、ないと思うけどね。『憑き札』も『ハリネズミ』も死んだし『三人目』は今まで何もしてこなかったから、罠を張れるタイプじゃなさそうだし『ワープゲート』は対処できるし」

 杉越は全く心配していない。実際、五人目や六人目なんかが居る可能性はとても低いだろうけど。

「それにしたって、わざわざ出向くほどの事か?直接、織川加奈をあの倉庫から引きずり出してしまった方が早いんじゃないか?」

「うーん。それはもっと情報を整えてからの最後の手段にしたいなぁ。彼女が何故囚われているのか、何故僕らに助けを求めてあそこから出ようとしないのか。それが分からない内に、無理矢理に事態を動かすのはあまり得策じゃないと思う」

「……それを理解するために、家を覗くのか」

「栗原さんのお父さんは警察の偉い人なんでしょう?その人に捜査結果を聞けばいいんじゃないの?」

 関ヶ原が僕の脇で質問する。

「いやぁ、あの人とは仲が悪くってさぁ。もう遥の事揉み消して貰っちゃったし、これ以上の協力は期待できないんだよね。これからの不法侵入もバレたらどうなるか」

 ……確かに、娘と仲良くしてる正体不明のイカレ野郎はあんまり好きになれないだろう。と、栗原さんのお父さんの心中を推察する。

「それに、人の境遇や人格を測るためには、結構有効だよ。その人が住んでいる場所を実際に見るというのは。僕も僕なりに彼女について調べてみたけど、人伝じゃあやっぱり表面的な所しか分からなかったし」

 杉越の家の闇部屋を思い出す。家は住民を映す鏡なのかもしれない。

「表面的な所しか分からなかった、って、どんな情報があったんだ?」

「……織川加奈はいじめられていた」

 杉越が、ゆっくりと口を開いた。

「それから、小学生の頃に両親を亡くして叔母の家に預けられていたみたいだ。でも叔母も人が悪くって、ここに姪を置き去りにして別居しているらしい。ほら、あれ」

 杉越が遠くの白い一軒家を指差す。あれが織川が住んでいた家なのか。

「あそこで一人暮らししてたみたいだよ」

 神隠しに遭うまでは。と杉越は付け加えた。

 彼女は彼女で、壮絶な人生を送ってきたみたいだ。どこでそんな情報を手に入れてきたのかは、かないでおく事にした。

「……織川家に行っても、それ以上の情報なんかないんじゃないか?」

 さっきの情報は、ずばり彼女の人生の核とも呼べる物なのではないか。

「行きましょう」

 関ヶ原が、僕の肩を持ち直して、少し引っ張った。

「それがあの娘の全てなんて、あんまりだと思うわ」

「……そうだな」

 僕はそれ以上何も言わず、応えるように足を早めた。

「……ん?」

 目を細めて、杉越が指差した家の前を見る。そこには、一人の少女が立ち止まっていた。

 人通りの少なさと、側に建つ白い家のせいで、まるで世界の終わりに居るような悲壮感を纏っているように見えた。

 少女の年齢は、織川加奈とそう変わらないように見える。彼女の友人、だろうか。

「そこのあなた。ここで何をしているの?」

 関ヶ原が声を掛けると、少女はハッとして僕らへ振り返った。顔は血の気が薄く、頬はすこし痩せこけていた。

「もしかして、織川加奈の知り合いかしら……」

 関ヶ原が言い終わるが早いか、少女は関ヶ原の胸倉を勢い良く掴んだ。

「うおっ」

 肩を借りていたので、一緒に衝撃を受けて体勢を崩した。関ヶ原も、相手より小さいので、拍子に倒されてしまいそうだった。

 僕がどうなってもいいのか、僕が眼中にないのか、とにかく僕を無視した動きだった。

「おっと」

 杉越が倒れかけた僕の背中に手を回す。正直助かったが、礼を言うとさっき同じ台詞を吐かれそうだったので、無言で体勢を直した。

 少女と関ヶ原に向き直る。少女は必死に関ヶ原の胸倉を握っている。しかしそれは、関ヶ原へ敵意を向ける物ではなく、むしろ、縋るようだった。

「あいつが居なくなったの、自殺じゃないよね……!?」

 少女が血走った声で、関ヶ原へ問いかけた。

「あいつが居なくなったのは、神隠しとかが殺したからでっ、私が何かしたとか関係ないよねぇ……!?」

 関ヶ原は、少女の手を払いのけるでもなく、じっと見上げ返して、右手で少女の頬を撫でた。

「あなたはもしかして、織川加奈をいじめていたのかしら」

「……ひっ」

 少女は小さな悲鳴をあげると、関ヶ原の胸倉から手を引っ込め、怯えて胸の前で合わせた。

 それから片足を一歩だけ後ずらせたが、それ以上動けないのか、関ヶ原の手のひらに体をすくませた。体格差が逆転しているように錯覚する。

 どうやら僕の予想は、百八十度外れたみたいだ。

「どんな風にいじめていたか、私に教えてくれるかしら」

 関ヶ原は手のひらを少女の頬から外さないまま、必要以上に幼い子を相手にする口調で喋った。

「いじめてたとか、そんっ、そんなんじゃ、なくて」

 少女は声を震わせた。一文字喋るごとに、一滴、顔から血が失われるように、少女の顔は青ざめていった。

「じゃあ、何?」

 左手で少女の手首を握り、引き寄せた。少女の表情を考えなければ、ロマンチックなキスシーン手前に見えただろう。

 後ろからは、関ヶ原の表情は分からない。今、どんな顔をして少女の頬を撫でているのだろう。いつも通りの真顔なのか、それとも。

「だっ、て!私のせいじゃないじゃん!私達があいつに何しても誰も何も言わなかったし!びしょ濡れで席座らせても、先生も無視してたし!」

 少女が激昂する。しかし、関ヶ原の手は振り払えないでいた。

「それで、何であなたのせいじゃない事になるのかしら」

「……で、でも、あいつは殺されたんじゃん!あれくらいで、自殺とか、意味分かんないし、だから私のせいじゃないじゃん!!」

 少女はあくまで神隠しに責任を押し付けようとする。たしかに、事実はそうなのだが。

 そして、手を胸で合わせたまま、関ヶ原を見つめる。それはまるで神に許しを請うような姿だった。

「そうかも知れないわね。でも、そうじゃないかも知れない。そもそも、あなたのせいだったとして、何故取り乱すの?」

 関ヶ原の声は、ただただ純粋だった。混じりけがなかった。

「そんなになるくらいなら、最初からいじめたりしなければいいのに……」

「っ、だからぁ、いじめとかじゃないって言ってんじゃん!私なんにも悪いことしてないしっ、あんなんで死ぬ方が悪いし、ほんっと何なのあいつ、あいつぅぅ……」

 少女は呻き散らして、頭を真下に俯いた。

「……そう」

 関ヶ原は、冷ややかな声で短く呟いて、腕を降ろした。

「や、やめてよぉ……そんな目で、見んなぁ……っ」

 少女は情緒不安定に、声色を変えながら、手を千切れそうなくらい振り回して僕らと逆方向へ走って行った。

 関ヶ原の腕は、切なさそうに、やるせないように、降ろされていた。

 彼女も、過去にいじめられた事があると言っていた。彼女なりに、思うところがあるのだろう。

 関ヶ原の背中へ手を伸ばす、が、何も言えない。こんな時、どんな言葉をかけてやればいいのか。僕は知らなかった。

 助けを求めるように杉越へ振り向いても、杉越は僕と関ヶ原を見守るだけだった。

「……別に、気にしてないわよ。あんなの」

 僕が無言で居るのを受けて、関ヶ原が僕に振り返って口を開いた。

 その表情はいつもの真顔だったけれど、それは整った真顔で、人為的な物に見えた。

「だから、行きましょう」

 関ヶ原が織川家に向き直る。その動作はなんだか、彼女が無理矢理に話を打ち切ろうとしているみたいで、体が変にざわついた。

「気にしてない。って、じゃああいつは地獄に行かないのか?」

 もう一度僕の方に向き直った。

「違うだろ。お前は神になるんだろ。全部思い通りにするんだろ。じゃあ、そんな嘘吐くなよ。あんなクズ、絶対に地獄で苦しませてやるとか言えよ」

 関ヶ原は、一瞬だけ真顔になって硬直した後、いつもの真顔に戻った。

「……そうね。あんなクズ、私をいじめた奴らとまとめて肉団子にしてやるわ」

 関ヶ原が笑う。花が咲いたようだとはお世辞にも言えない陰惨たる笑顔だったけど、そんな物騒な言葉に、僕は何でか安心した。

「よし、じゃあ行こう」

 杉越が、後ろから僕を追い抜き織川家の敷地へ踏み込んでいく。

「……おう」

 手のひらから『鍵』を取り出しつつ、二人に続いた。

 織川家の扉の前に立ち、『鍵』を錠に押し当てる。

「開けるぞ」

 前に、ハリネズミの家のドアを開けた時と同様に、二人に確認を取る。あの時と比べ、危険度は遥かに低い、というかないに等しいのだが、一応だ。

「うん」

「ええ」

 二人が頷いたのを見て、扉を開く。

「ララ、この家から気配はするか」

 杉越がポケットからストラップを取り出し、呼び掛ける。

「悪魔、契約者、道具。全部ないわぁ。トイレとか密室に居られたら分かんないけどぉ」

「……まぁ居たとしても『三人目』ぐらいだろうから、大丈夫だろう」

 杉越が臆せず玄関をくぐる。ともすれば楽観的とも言える態度だが、今こうして僕らが五体満足で生き残っているからには、あながち間違いでもないのだろう。

「よし、じゃあ各々、好きな所見て回るって事で、はい」

 修学旅行でもしているかのような言い方だ。楽観的過ぎではないだろうか。

「……ねぇ、石橋」

 関ヶ原が玄関で、腕を組んで考え事をしている。

「なんだ?」

「あなたの側で探索する方と、別の場所で効率よく探索して早々そうそうに帰る方。どっちがあなたにとって安全かしら」

「もちろん別の場所で探索する方だろ」

「了解したわ」

 全員、別々に散る。僕は織川加奈の部屋を探しに、杉越は二階に、関ヶ原は風呂場へ行った。関ヶ原が僕の側を離れたのは、随分久しぶりだ。それでも同じ建物の中に居るけれど。

 廊下を歩き、扉を片っ端から開けてみる。トイレだった。

「ガガ、ここに気配はあるか」

「ありません」

 一応確認しておいて、別の扉を探す。

 リビング、それに連なるキッチン、さらにそれと敷居をまたいで連なる和室が一階にあった。どこも生活感がない、というより生気が感じられない。

 見える物全てが、灰色に見えた。

 とりあえず後回しにして、二階へ行く。

 二階の一番最初の扉は、書斎だった。しかし、使われている形跡は一切なく机と空の棚しかそこにはなかった。

 いや、元は使っていたのかもしれない。彼女の叔母夫婦が。そう思うと、ここは彼女にとっては使いづらい部屋だったのかもしれない。この部屋に何もないのは、彼女が見捨てられた象徴だ。

 この部屋を忌み嫌っていたのか、そもそもこの書斎を使う必要のない生活を送っていたのか、いつか叔母夫婦が帰ってくると信じてこの部屋を空けているのか。

 織川加奈がこの部屋をどう思っていたかは分からないけれど、僕は何だか寂しくなって、扉を閉じた。

 次の扉を開くと、杉越が女物の服を床に散乱させていた。

「あ」

 しゃがみ込んで衣服を物色している杉越が、僕に振り返った。

「やぁ、遥」

 部屋を見ると、ベッドや学習机が目に入った。ここが織川加奈の部屋で間違いなさそうだ。おそらく杉越も最初からこの部屋を探していたのだろう。

「考えることは一緒だね」

「僕は女子中学生の衣服を荒らしたりしない」

 床に散乱している物には、下着も含まれる。

「ふむ。あんまりおしゃれには興味がなかったみたいだね」

 杉越がパンツを持ち上げて観察する。多分こいつも人並みにデリカシーを持っているんだろうが、今は意識的に無視しているんだろう。

「まぁ、いじめられっ子が派手な服は着れないか」

「……そうだな」

 さっきのいじめっ子を思い出す。味方が居なかった彼女の日々を思って、顔をしかめる。

 そんな僕の顔を見た杉越が、口を開いた。

「優しいね、君は」

「……なんだよ、急に」

 杉越は、変わらず部屋を探索したまま喋った。

「人の痛みを分かってあげようしてたから、君は優しい」

 また、人の思考を見透かしたような言い方だ。

 確かに、先程の僕の思考回路は、そんな風に見れる……かもしれない。

「それにさっき、関ヶ原さんを元気付けてあげてたじゃないか」

「別に、あいつがあんな顔してたら、調子が狂うんだよ。っていうか、神を目指せって励ましでもなんでもないだろ」

「でもそれで関ヶ原さんは元気になった。それを善って呼ぶんだよ。優しいな。君は優しい、優しいよ」

 杉越が優しいと連呼する。いつもと変わらない口調なのに、不思議とからかわれているような気は全くしなくて、ただただ背中がむず痒かった。

「だから、何なんだよ、急に」

「……僕はね。優しい人が自分を優しいと自覚しない事が嫌なんだ」

 杉越が部屋を見回すのをやめ、僕の眼を見据える。

「優しい人が、自分は偽善者じゃないか、エゴにまみれた悪ではないかと悩むのが嫌だ。さっきのいじめっこと比べればどう考えても優しいのに。優しい人はもっと楽しく生きていて欲しい」

 ハリネズミの最期、遺言を思い出す。あいつは大した葛藤もなく、自分勝手に生きてきたのだろうと思うと、腹が立った。

「だからね。僕は優しい人には、優しいね。と言ってあげるようにしてるんだ。もっと自信が持てるように。君の考えや、正体は置いといてさ、君は優しいよ」

 どう答えればいいのか、分からなかった。あるいは、何も答える必要はなかったのかも知れない。

「何をしているの?」

「うわっ」

 突然、背後から関ヶ原の声がした。少し離れただけで神出鬼没だ。

「何故あなた達は一緒に居るの。別れて探索するのではなかったの」

 関ヶ原が真顔で僕の顔を覗き込む。圧を感じた。

「いや、待て、これは成り行きでだな」

「……また噓を吐いたのね」

 関ヶ原は、少し、ムッとした顔で僕の腕を掴んだ。今までより強く。

「次に噓を吐いたら、トイレとお風呂にも付いていく」

 力強い言葉だった。後ろめたさもあって、関ヶ原の腕を振り払う事ができなかった。

「……優しいね」

 さっきと同じ口調だったが、からかわれている気しかしなかった。

「何の話?」

「いやぁ、遥は優しいねって話」

「私は?」

 関ヶ原が問い掛ける。何で張り合うんだ。

「ん?関ヶ原さんも優しいよ?自覚してそうだから別に言わなかったけど」

「ありがとう。あなたも優しいわよ。杉越」

「おやおや。するとここには優しい人しか居ないな」

「やったわね」

 関ヶ原が僕の腕を掴んだまま僕を見上げる。僕は背中のむず痒さが再発して、咄嗟に目を逸らした。

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