血焼き肉裂ける①

 杉越の部屋のドアに近付き、『鍵』を使って開ける。一度この『鍵』をこのドアに対して使ってしまった以上、このドアの開閉は『支配鍵』でしか行えない。

 考えてみればそれは結構、不便な事で、杉越に対して少し申し訳ない気持ちが沸いたのだが、そもそもこいつは自分で本来の鍵を投げ捨てているので、そんな罪悪感はすぐに雲散うんさん霧消むしょうした。

 そして閉める。これでこの部屋はおそらく世界一安全な密室になった。

「ララ。この部屋にある道具は全部で何個だ」

「解ちゃんの『左過時計』とぉ、『支配鍵』、それから『憑き札』のマーカーが二つで、全部で四つかしらぁ」

「……うん。マーカーは除外するとして、何か厄介な物が引っ付けられてるなんて事もなさそうだね」

 指先の丸いシールを見る。『C』と刻印されたそれを剥がせる人間は契約者本人のみ、つまりもうこの世には居ない。消費系の悪魔は回収にも来ないらしいので、このマーカーは未来永劫、指先にくっついたままなのだろう。

 全身を穴だらけにされるより格段にマシだとは言え、なんだかもやもやして、指先を少し搔いた。

「……あいつが死んだから、剥がせないのね、これ」

 関ヶ原が僕と同じように首筋を搔いた。

「まぁまぁ、ここは今密室だから大丈夫だよ。そもそも敵方の『憑き札』が切れた以上、そのマーカーにデメリットはないしね」

 密室、安全……改めて考えると、今この状況は、僕が思い描いていた『安心の城』に少し似ている。

 この部屋は核シェルターではないし、いつかはここを出る事も考えなければならない状況だけれど、ここに居れば、大概の事は大丈夫だ。

「……ん」

 そこで、あることに気が付いた。この城にはあれが足りない。

「飯は?」

 それがないのなら、無人島に漂流するのとあまり大差ない。

「大丈夫。二人共こっちに来て」

 そう言って杉越は僕と関ヶ原をキッチンに案内し、僕らの目の前で大きな戸棚を開いた。

 そこにはありとあらゆるカップ麺を中心とした、インスタント食品がズラリと並んでいた。

 メジャー所から下手物ゲテモノとして分類されるであろう物までズラリと。その手の博物館が開けそうな勢いだった。

「好きな物を選びたまえよ」

 杉越は何か誇らしげだった。おそらくこれらは彼の個人的なコレクションでもあるのだろう。

「これだけあれば、十日は持ちそうね」

「多分、これを全部食べるより病院送りの方が早いだろうけどな」

「……じゃあ、体に悪そうな物から食べていった方が賢明ね」

 何が『じゃあ』なのか、関ヶ原はチリトマトヌードルなる物を手に取った。ついさっきにあんな惨状に遭って、よくもあんな赤い物を食べられる物だ。あいつの血の色は赤ではないのだろうか。

 僕は普通に醬油味のカップ麵を手に取った。

「つまらないチョイスだなぁ」

 杉越は僕を小馬鹿にしながら抹茶味のカップ麵を手に取った。じゃあそのチョイスは面白いのかと問い詰めたかったが、疲れていたのでやめた。

「さて、お湯を沸かそう」

「出来たら呼んで……」

 関ヶ原がソファーにぼすりと座り込む。関ヶ原の小さな体は背もたれで完全に隠れて、キッチンからは関ヶ原の体が見えなくなってしまった。

「テレビ点ける?」

 杉越が給湯ポットを操作しながらリモコンを持ち上げる。

「別にいいわ」

 関ヶ原がそっけなく答える。元からこんな奴だったとはいえ、昼より声に覇気がないように思えた。

「……お疲れだねぇ」

 テーブルの椅子に腰掛けながら給湯ポットの表示を眺める。液晶には沸騰マデ後五分と浮かんでいた。カップ麵作成の時間も加えると、後八分だ。

「まぁ、神様志望でも今は人間だろうからな。疲れもするだろう。お前は疲れないのか?」

「ん?僕は全然疲れてないよ。ついさっき体を『戻した』からね」

 杉越が手首の『時計』を僕に見せつけた。

「例え、戻さなくても今日は疲れるような事はなかったけどね。君達みたいに走り回ってないし」

 杉越は事も無さげにそう言った。体を戻すと同時に、記憶まで巻き戻してしまったのか、こいつは。

「全身を串刺しにされる経験なんて、トラウマ必至だと思うけどな」

 傍から見ていた僕でさえ思い出したくない光景だ。喰らった本人はもっとだろう。

 そう思ったが、こいつは全く気にしていないんだろうなとも、どこかで分かっていた。

「君と同じ高校二年生ではあるが、契約者としては君よりいくらか先輩だからね。場数踏んでるのさ」

 得意気だった。同じ二年生という点についてはもう指摘する余力はなかった。

 それよりも僕は、『いくらか』という言葉が気になった。具体的に、どれくらいの年月の差があるのだろう。

「さて」

 杉越がおもむろに給湯ポットに手を掛けた。

「沸いたのか」

 もう五分も経っただろうかと、先程までの会話量を思い出しても、五分も経ったようには思えなかった。

「必要な温度にはなった」

 杉越が微笑んだ。適当な奴だ。

「よし、じゃあ関ヶ原さんがお疲れの様だし、レディーファーストの精神も込めて、このチリトマトから注いで行こうか」

 杉越がチリトマトの容器を開け、中からふりかけみたいな小袋を取り出した。

 ソファーからの返事はない。

 疲れているとは言え、こんなに容易く無視するような奴だっただろうか。

 少し気になってソファーに近付き様子を見てみると、そこには、安らかに目を閉じて、すぅすぅと静かな寝息を立てている少女が居た。

「杉越、待……」

「ん?何?」

 僕の制止もむなしく、気の抜けた声と共に、容器にお湯が注がれる音がした。

「……こいつ、もう寝てる」

「あちゃあ」

 給湯ポットから手を放した。あちゃあらしさのないあちゃあだった。

「どうしようか、これ」

 杉越が手元の容器を見つめた後、僕を見た。僕は自分の醬油味を見た。

「……トマトも好きだから別にいいけどさぁ」

 杉越がもう一度給湯ポットに手を掛け、チリトマトへお湯を注ぎ切った後、抹茶味をテーブルの脇へどけた。

 それからチリトマトの蓋を割り箸で留めた後、ソファーに近付き、関ヶ原を覗き込んだ。

「へぇ、寝顔こんな感じなんだ。可愛いねぇ」

 確かに、覚醒時よりかは、目付きの悪さが薄れている。

 そして杉越が関ヶ原の頬を指先でつんつんとつついた。

「噛まれても知らんぞ」

 そんなおもちゃがあったような。

「じゃあ、僕は関ヶ原さんを寝室に連れて行ってくるよ。遥は自分のカップ麵に注いでてくれ」

「はいよ」

 僕がそう答えると、杉越は眠っている関ヶ原を持ち上げ、廊下へ消えていった。自然なお姫様抱っこだった。

 その後、テーブルに戻り、あいつの言った通りに醬油味のカップ麵へお湯を注いだ。それから蓋の先を容器の縁に引っ掛かるように折った。

 そこでタイマーをセットしようと思ったが、どこにも見当たらなかった。さっきの杉越を見る限り、きっと時間もいい加減に決めて食べているのだろう。

 僕は時計を数えるのも面倒で、杉越に合わせる事にした。そんな気分だった。

 廊下を見る。関ヶ原があんな風に疲れを露わにするとは以外だった。……以外も何も出会ったのは昨日なのだが。

 それでも、あいつの色んな所をこの二日で知った気がする。

 神様になりたくて、いじめられてた事もあって、いつも真顔だけど、両親が死んだことを悲しんだり、走り回れば疲れたり、命を救ってもらったらお礼も言うし義理堅いらしい。

 それから、固いパンが嫌い。

 ……何だか、初めて会った時ほど、関ヶ原には嫌悪感を感じていない僕が居た。

 悪魔やらなんやら考えすぎて、あいつらのイカレ具合が移って来ているのかもしれない。その事にも、不思議と嫌悪感はなかった。

「ただいま」

 杉越が寝室から戻る。

「……おう」

「あと一分かな」

 テーブルの椅子に座り、カップ麵の容器に手を当て、そう言った。その数字が妥当かどうかは僕には分からなかった。

「いやあ、図らずも二人きりだねぇ。どうだい?昨日みたいに、関ヶ原さんが居ない内に聞きたい事はない?」

 杉越が僕に問い掛ける。カップ麵完成までの会話の種にするつもりだろう。

「……別に、関ヶ原が居ないからという訳じゃないが……。確かに聞きたい事はある。昨日のように、僕の幸福論について」

「ほうほう。何でも聞いてくれたまえよ」

 テーブルの上に杉越の腕が広がった。

「僕の夢の、他の矛盾点を教えてくれ」

 杉越が言っていた、もう一つ。

「……それは、報酬の話かい?」

 昨日の朝の会話を思い出す。『吸血鬼』を見つけたら、僕の幸福論の二つ目の矛盾点を教えてもらうという約束。

「そうだ。『神隠し』の正体を、僕は見つけた」

 指先のマーカーを見て、繋がっていない首を思い出す。あいつがこの街から人間を攫っていた事は間違いないだろう。

「いやいや、確かに神隠しの正体はあいつだろうけど。僕が言ったのは、『吸血鬼』の正体だよ?」

 杉越が頬杖を突きながら屁理屈をかます。それは僕に別の問題を新しく突き付けるようで、少し癪だが、そっちも答えてやる事にした。

「『吸血鬼』はお前だろ」

 杉越が、一瞬固まる。

「もちろん、お前が人の血を吸う化物だって言ってる訳じゃない。ただ、学校の噂の『青春を謳歌し続ける不老不死』。あれはお前だ」

「……何でそう思うんだい?僕が青春を延長してるのは、留年してるのは、たったの二年間だよ。不老不死なんてとてもとても」

 杉越が胸の前で両手を振る。

「今更とぼけるなよ」

 僕は杉越の『時計』を指差した。『左過時計』。二十四時間に一回、対象の物を二十四時間分巻き戻す事ができる。

 二十四時間ごとに、二十四時間分。

「それを毎日自分に使えば、お前は年を取らない。永遠に高校生の身体で居られる」

 僕らの学校に『不老不死』が居るのだとしたら、こいつ以外には思いつかない。

 つまりは、なんて事ない。身近なこいつが正体だったという、ありがちなオチだ。

「まぁ、証拠は特にない。色々考えて、何となくそう思っただけだ。この答えが気に入らないなら。突っぱねてくれてもいいさ」

「……いや、ご名答だよ、遥。僕が噂の『吸血鬼』だ」

 瞳の奥でぎらりと笑い、認めた。僕は、だろうな。と思うばかりであった。

「……驚かないの?」

「別に。今まで散々思わせぶりな態度を見せられてたんだ。お前の正体が何でも、今更驚かないさ」

「えー?もっと驚いて欲しいなぁ。つまらない」

 杉越は不満そうに眉をひそめた。

「不老不死だよ?『不老不死』。もう少し、何か反応があるだろう?」

 確かに、他にも色々聞きたい事はある。何故、とか、いつから、とか。

 しかし、それ以上に聞きたい事があったのでとりあえずは黙っておく事にした。

「ない。それよりほら、僕の夢の矛盾点を教えてくれよ」

 杉越は期待が外れたといったような顔をしながらも、頷いた。

「分かったよ。じゃあ、約束通り君の夢の矛盾点を教えてあげよう」

 と言っても、僕はそれをもう薄々知っていた。突っぱねてくれていいというのは強がりではない。

 だから、これもさっきの分かり切ったクイズと変わらない。ただの答え合わせだ。

「君はそもそも、安心安全を目指していない」

 杉越が僕に人差し指を向けて、そう言った。

「……うん」

 僕もそれを認めた。自覚していた。

「君はそんなドライな、つまらない人間じゃない。目の前に死にそうな人間が居れば、自分の身を顧みず助けようとする。熱い男さ」

 関ヶ原を背負った時の事を思い出す。あの時僕は、あいつを背負う無謀さ、危険を一通り考えて、その上で、あいつを背負った。

 それは全く理にかなっていない、安心できない、危険極まりないことだった。それでも心のずっと深層で、僕はあいつを救いたいと願った……のだろう。何しろ僕自身把握しきれてない。だから『深層』と呼ばれるのだ。

 あの時、体が勝手に動いた。まるで僕の体ではないようだった。

 ……いや、それはきっと逆なのだろう。

 多分、あの時咄嗟に出てきて行動した僕が本物の僕、僕の原液なのだ。いつもの僕はそれを薄めたり、外の何かが混ざったりした物なのだろう。

 ……熱い男か。そんな風に呼ばれる日が来ようとは、考えもしなかった。

「そういえば『神隠し』の家に来たのも、ちょっと考えられないよね。あんな危険の塊みたいな所にさ。リスクリターンが計算できてない」

「……全くもってその通りだ」

 今思えば、本当の僕が出てきた副作用で、上辺の僕の調子が狂っていたのかもしれない。

「まぁ、分かるだろう?君は深層心理では『安心の城に住みたい』なんて思っちゃいないのさ」

 ああ、それは痛いくらいに自覚した。あの夢は紛い物だった。痛烈な思い込みだった。

 それでも、他の疑問が生まれる。

 つまり結局僕は、どういう人間で、何がしたいんだ?

 安心することで幸せになれないのなら、僕はどうすれば幸せになれるんだ?

 今までの人生、『本当の僕』が出てきたのは今日が初めてで、たった一度の観測では、その答えは出せなかった。

 そんな風に悩む僕を、杉越はほくそ笑んだ。

「……良い眼をするねぇ。実に素晴らしい。夢を探すというのは、夢を追いかけるのと同じくらい素晴らしい」

 別に夢を探している訳では……、いや、同じような物か?

「うん。君は真の自分を自覚した。あのつまらない幸福論を捨てた!これで、頭からつま先まで、僕は君の事が大好きだ」

 僕は心底嫌な顔を杉越に見せつけた。杉越は気にせず笑い続けた。

「あはは、悩みたまえ悩みたまえ。そればっかりは僕も詳しくは知らない」

 まるで、少しなら知ってるような口ぶりだった。実際、僕より早く僕を見抜いていたから、僕は何も言い返せなかった。外から見た方がよっぽど理解しやすい、そういう物なのだろう。

 杉越がカップ麵を手に取った。

「んー……ちょっと伸びちゃったかな。まぁ、いいか。麵が増えてお得だ」

 お金持ちらしくない発言しながら、さっき取り出した小袋の中身を容器に注いだ。

 僕も自分の醬油味を開ける。湯気の量が少なく、三分間より長い時間が経ってしまったようだ。杉越より遅く作ったから、奴よりかは被害が小さいだろうが。

 杉越が箸を割り、チリトマトの麺をすすり始めた。

 その赤い麵が杉越の口に吸い込まれていく様子は、『神隠し』の家で見た、杉越が流した血が逆流する様と少し似ていた。

 僕も醬油味の麺を一口分すすった。それを契機に僕の話をやめ、これからの事を話す事にした。

「……これから、どうすんだよ。吸血鬼捜索隊は」

 もう本来の目的は達成されたので、名前を変えるべきかもしれない。……ハリネズミ掃討隊とか?

「そうだね。あいつの態度を見る限り、あいつとはまた対峙する事になるだろう。どちらかが全滅するまで、何度でも」

 杉越が冷ややかな眼差しで、容器を覗き込む。

「また僕が囮になって、しばらくは単独行動で……、そうだ、君の『支配鍵』を貸してくれよ。そしたら」

「僕も一緒に行く」

 杉越の要求を遮り、拒否する。

「……おいおい。まだ僕を信用してないのか?別に君の『支配鍵』を奪おうなんて考えてないよ、僕は」

「……信頼はしてる。一応、命を救ってもらった訳だしな」

 命を狙われる理由を作ってしまったのも、二割くらいこいつのせいなんだが。

「だからこそだ。信頼しているからこそ、この『鍵』は渡せない。だってお前はこの『鍵』を手にして、僕と関ヶ原をここに閉じ込めるつもりだろう?」

 椅子を傾け、廊下、その先の関ヶ原が眠る寝室へ視線を向ける。できればあいつが起きているうちに話しておきたかったなと思う。

「全然信頼してないじゃないか。僕はそんな酷い事はしないよ」

 杉越が困ったように笑う。

「いいや、する。お前はこの『安全な部屋』で、僕達を保護するつもりだ」

 麺をすする。こうやって片手間に喋れば、こいつみたいに、何でもお見通しのように喋れるんじゃないかと思った。意趣返しだ。

「お前はその『左過時計』が使える限り、大抵の事はどうにかできると思っている。そして実際どうにかしてきたんだろう」

 こいつが『不老不死』になってからどれだけの年月が経ったのかは知らないが。

「だから関ヶ原に簡単に協力したし、僕を躊躇いなく巻き込んだ。ただ、事件を追うにつれ、そう楽しんでいる訳にも行かなくなった」

 多分、こいつが本格的に危機感を持ち始めたのは『憑き札』が現れてから。少なくともその前、今日の朝のこいつは、僕に契約者である事を明かさなかったので、この状況を楽しんでいたはずだ。

「自分一人が囮になっていればいい局面ではなくなってきた。事態を把握しきれなくなってきた。事実僕らは今日死にかけた……だからお前は、これ以上僕らを危険に晒すまいとしている」

 今思えば、最初の夜。こいつが率先して囮役をやりたがっていたのは、何があっても最後には『元通り』にできると思っていたからなんだろう。

「……つまり君は、僕が君達を守って、一人で命をかけて、あの殺人鬼を打倒しようとしている。そう言いたいのかい?」

「おう」

 杉越の箸を置き、ばさりと手を広げた。。

「随分、自意識過剰になったな遥。確かに、君の事を大好きと言ったけれども、それぐらいじゃ僕が命を賭ける理由にはならないなぁ。僕は『不老不死』なんだよ?君達の事なんて、暇潰し程度にしか思っていないよ」

 演劇部部長という肩書きが嘘みたいな、分かりやすい声だった。

「……その手の芝居は、今の僕に一番通用しない類の物だな」

 杉越が隠したそれを、僕も今日まで隠していたから。……隠していたというか、知らなかった。だが。

 つまりこいつもお人好しなのだ。

 僕がそう言うと、杉越は広げた手をゆっくりと胸の前に組み直し、背もたれに体重を預けた。

「……言うようになったねぇ」

「色々あったからな、今日は」

 麺をもう一度すすり、容器をテーブルに置いた。容器の中にはもう麺はなく、ぬるくなった茶色い醬油スープがあるだけだ。

「あああああぁぁぁぁぁ」

 そこで杉越が頭を抱え、僕が聞いた事のないような、落ち込んだ声を出した。僕はぎょっとした。

「……あのさぁ。本当に反省してるんだ、君達を巻き込んだ事。慢心してた。全部安全だと思ってた、君も関ヶ原さんも死なせないと思ってた……」

 僕は杉越のそんな態度にびっくりして、当たり障りのない事しか言えなかった。

「……僕も関ヶ原も、生きてるぞ」

「それは結果論だよ。ああ、本当に慢心してた。君達を連れて行くにしても、僕の『道具』を事前に説明するぐらいはしておくべきだった・・・」

 情けない声が続く。そんな彼の声を以外に思うと同時に、そんな姿を僕に見せてくれたという事が、印象深かった。

「いや、あれは聞かなかった僕も悪かったし……それに、聞いてたとしても結果は変わらなかっただろう?」

「……何で急に優しくなるんだよ」

 杉越は頭を抱える手を頬までずらし、指の隙間から僕を見た。こいつもこんな風に情けない所があるんだなと思うと、何だか変な気持ちになった。

 そんな僕の心境を知ってか知らずか、杉越は手のひらを隙間なく閉じ、顔を完全に隠した後、もう一度開いて見せた。

 そこに先程までのみっともない顔はなく、いつも通りの、全面に余裕をたたえたあの顔に戻っていた。

 すっかりいつもの調子で、口を開いた。

「全部バレた上で言うけど、遥。ここに閉じ込められてくれないか」

「全部分かった上で言う。僕も一緒に行く」

 杉越の眼を見る。

「まだ、良く分からんが……僕がしたい事っていうのは、多分、お前に守られる事じゃない」

 それは僕が関ヶ原を助けた時と、真逆の事だ。

「死んでもいい……とか言う訳じゃないが、僕は僕で頑張るよ。だから、お前と一緒に行く」

 杉越は大きくため息をついた。いつも通り、わざとらしく

「……やれやれ、仕方ないなぁ。だったら頼りにしてあげるよ、覚悟しなよ?」

 杉越が目を瞑り、困ったように、そして楽しそうに笑った。僕を巻き込んだ時と同じ様に。

「でも、それだと関ヶ原さんも君に付いていくよ。彼女は義理堅いらしいから」

 それは、僕にとって不本意だった。折角助けてやったのだから、しばらく、お転婆てんばは控えて欲しい。

「……説得する」

「無理だと思うけどねぇ」

 同感だった。

 僕がどう説得しようか悩んでいると、杉越が席を立った。

「ほら、今日はもう寝なよ」

「お前はどうするんだよ」

「あそこの倉庫を見張る」

 杉越がベランダを指差した。あそこの倉庫、とは、織川加奈が監禁されている倉庫の事を言っているのだろう。

「織川ちゃんとやらを餓死させるつもりじゃない限り、ハリネズミか『三人目』がきっとあそこに現れる。後はそいつを追いかけて懲らしめる。どうだろう?」

 杉越が僕に意見を求め、視線を向ける。

「了解」

 おそらく、関ヶ原も異議はないだろう。

「という訳で、今日から三人持ち回りであそこの倉庫を見張ろう。トップバッターは全く疲れてない僕から」

「ああ、うん。じゃあ。そういう事なら」

 僕も席を立ち、寝室に向かう。欠伸をした途端に、体が重くなった。

「関ヶ原さんを襲うなよ」

 ベランダの前に立つ杉越からありがたい注意が飛んでくる。

「そんな体力はもう残ってない……」

 微妙に反論する所がズレた気がするが、まぁいい。

 寝室に入る。何でダブルベッドがあるのかと疑問に思う事すらなく、安らかな関ヶ原の横に体を落とし、意識を手放した。

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