ハリネズミの巣①

「ねぇ、遥さん」

「どうした。ガガ」

 関ヶ原と別れた途端に、ガガが口を開いた。

 四時間強振りに聞く悪魔の声は、僕の様子を伺う、おとなしい声だった。

「マンションでの、解さんとのお話なんですけど……」

 杉越との会話をいくつか思い出してみる。きっとこいつが言っているのは、僕の夢が否定された話だろう。

「あれで、そのぉ、夢を諦めちゃったりは……してないですか?」

 例の『鍵』はまだお試し期間。確か、あと十七時間くらいのはずだ。

 僕は幸福論のためにこの鍵を欲した訳だから、それを諦めることで、この鍵の契約もなかった事になるのではないかと思っているのだろう。

「諦めないよ。やり方は変えるが、そのためにこの『鍵』は必要だと思う」

 こういう、人智を越えた物が。

「そうですか!それは良かった!」

 ガガはそのトラバサミのような口をぱっくり開けて笑った。

「いやぁ……あ」

 と、そこでガガが何かに気付いて前を見た。

 一人の若い男が、立っていた。

 いつも通りなら僕は気にせずすれ違っただろう。

 しかし、今は深夜零時過ぎであり、もっと言うなら、連続行方不明事件が起きている街の深夜零時過ぎなのだ。

 端的に言って、怪しい。

「おい、そこの君」

 先に、男が僕に話しかけた。

「……はい」

「こんな時間に少年は何してたんだ」

「……友達の家で、遊んでいました」

 僕がとりあえずそう答えると、男は首を振って、僕の後ろを見た。

「ん?ああ、いや、君に聞いてるんじゃない。後ろの悪魔に聞いているんだ」

 ……ガガが、悪魔が、見えてる?

「吸血鬼を探していました」

「っガガ!答えるな!」

 ガガが馬鹿正直に答える。

 悪魔は嘘も隠し事もしない……まさか、本当に本当だったのか?

「ふうん……契約者としてはまだ日が浅いみたいだな……。どんな『道具』を持ってる?」

「……」

 ガガは口をきっちり結んで答えない。僕の『答えるな』という命令を守っている。

「あー、まぁいい。それと、吸血鬼探し?もしかして『神隠し』の事か?」

「……さぁな」

 僕のハッタリを無視して、男が話を続ける。

「へぇ……そういう呼び方もあるのか。吸血鬼ねぇ……」

 そこで男は、僕の『鍵』と同じように、手のひらから何かを取り出した。

 何か棒のような……ペン?あれがあいつの『道具』か?

 警戒して一歩下がる。

 その間に男はペンからキャップを外していた。

「そんなに怖がるなよ。俺は吸血鬼じゃないし、『神隠し』でもない」

 男が地面を蹴った。

「その『協力者』だ」

 ペンを構え、こちらに向かってくる。

 僕は瞬時に傘を壁にした。

 トスッと、軽い感触が傘越しに伝わってくる。ペン先が傘に当たったようだ。

 傘を盾として構えたまま、バックステップで距離を取る。

「良い反応だ。探偵ごっこなんてしなければ、生かしておいてやったのに」

 男はペンを直さずにそう言った。

 あのペン、どういう能力だ……?この傘はもう捨てるべきか?それとも、今ので防げたのか?

 とりあえず、傘を短く持って、ペンが当たったであろう場所を見てみる。時間帯やこの傘の色も相まって見えづらいが、小さなインクの点が傘の表面に出来ている。

「不用心だなぁ」

 男が言葉と共に、指を鳴らす。

 ばつん、という音と共に、一瞬、傘の内側から針が生えた。

「……っ!」

 針の長さは30cm程だったが、短く持っていたせいで針が手の甲をえぐった。

「くっ……」

 ぽたりぽたりと、玉のような血がアスファルトに落ちては、雨と混ざりゆく。

「やはりお前は契約者としてまだまだだな。契約者同士の攻防に馴れていない。俺の攻撃を受けたその傘はもう捨てるべきだったし、攻撃を受けた箇所に体を近付けるなんて以ての外だ」

 針が出たのは一瞬で、もう既に影も形もない。だが、傘には小さな穴が開いていて、その箇所は点を付けられた箇所と一致する。

 なるほど……そういう能力か。

「さて、お前が色々考えない内に、始末させて貰おう」

 男がもう一度ペンを構えた瞬間、僕は無線機のスイッチを入れた。

 そして、男の動きが止まる。

「……それがお前の『道具』か?」

 僕は無言を貫く。

「いや、道具ではなかったとしても、おそらく無線機か何かだろう。仲間が居るのか。多対一の状況にして、俺を返り討ちにしようってか」

 大正解だ。

「だが……それを俺に見せつけたということは、このまま戦う事は、お前にとっても不本意だという事だ」

 男が、じっと僕を見据える。

 張り合える『道具』は使えない。僕の『鍵』は錠や扉の無い所では意味をなさない。全く殺傷能力もない。ここがどこかの部屋なら、上手く閉じ込める事もできたかも知れないが。

 無線機からの応答はない。関ヶ原も杉越も無線を切っている。もちろん援軍は期待できないし、こいつの情報を伝えることもできない。今は何の意味もない。ハッタリだ。

 男はまだ構えを解かない。依然、臨戦態勢のまま僕を見ている。

 僕を、殺そうとしている。

 耳が遠い。心臓の音が聞こえない。なのに激しく脈を打っている事だけが分かる。

 雨が冷や汗に混じって頬を垂れる。

 お願いだ。ここから立ち去ってくれ。

「……いいだろう。お前を殺すのは、もう少し情報と場を整えてからにしよう」

 男がペンを手のひらにしまい、その場を立ち去る。

 男が完全に見えなくなった時、僕は息を止めていた事に気付いた。

「ふぅー……」

 安堵の溜息と共にへたり込む。とりあえず、ここは生き延びる事ができた。

 しかし、ああ、ついに命を狙われるようになってしまった。

「ガガ、さっきの道具の詳細を知ってるか」

 ガガは口をきっちり結んで答えない。僕の命令を守っている。

「……僕の質問には答えろ」

「はい。答えはノーです。知りません。ですが見た限り、ペンで付けた点を、一瞬だけ30cm前後の針に変える。といった物ではないでしょうか」

「まぁ……そんな所だろうな」

 殺傷能力が高い道具だ。しかも僕より経験豊富な人間が使っている。ハリネズミと呼ぼう。

「どうするんです?」

「どうするって……どうにかするしかないだろ。もっと情報を集めて、作戦を建てて、どうにか」

「つまり……明日も吸血鬼探しですね」

 さぁさぁと、雨は変わらず降り続いている。

 穴の開いた傘を差す気分にはなれなかった。



・・・・・・



 小さな錠が付いたプラスチックの箱に、金槌を真っ直ぐ振り下ろす。

 がこん。と音がした。箱に傷はない。

 箱の上蓋に『鍵』を押しあてる。

 カチャリと音を鳴らして、その箱は開錠された。

 もう一度、同じ箱に、同じ軌道で金槌を振り下ろす。

 めきゃり。と音がした。プラスチックの上蓋はひん曲がり、番いも錠も一緒に壊れただろう。

 その1.この『鍵』で閉じられた物は、閉じている間、頑丈になる。どれくらいの衝撃まで耐えられるのかは不明。少なくとも金槌以下の衝撃は耐える。ガガが言うには無敵。

 もう一つ、同じ箱を用意する。『鍵』を押し当て、施錠する。

 そして、ひっくり返す。上蓋が下にある状況だ。

 金槌を振り下ろす。

 めこ。と音がした。箱が側面ごと歪んでいる。後何回か打てば、どこかが割れるだろう。アイスピックなら一発で穴が開いていたはずだ。

 しかし、もう一度ひっくり返して観察すると、上蓋は全く歪んでいない。番いや錠にも異常は見受けられない。

 その2.頑丈になる箇所は扉とそれに付随する物だけ。

 例えば、この部屋の扉を施錠して密室を作っても、床や壁をぶち抜かれる可能性はあるという事だ。

 そもそも、そんな破壊力を持つ奴を相手にしたら、何をやっても無駄だと思うが。

 更にもう一つ、同じ箱を用意する。『鍵』を押し当て、施錠する。

 そして、元々箱に付属していた鍵を使う。

 が、しかし開けられない。

 そこに『支配鍵』を使う。すると簡単に開く。

 その3.この『鍵』で開閉された物は、この鍵でしか開閉できなくなる。

 色々実験したが、今のところ、それだけだ。

 それ以外は概ねガガの言う通り。『扉や錠の開閉を自由にできる鍵』だ。

 さて、これをどう使えばあのハリネズミに勝てるのか。作戦を建てよう。

 ……いや、そもそも勝つって何だ?警察に引き渡す……?いや、悪魔の道具を取り締まるってできるのか?

 じゃあ殺すか?……リスクが高いし、そもそも、あいつは『協力者』と名乗っていなかっただろうか。

 つまり……『吸血鬼』。あるいは『神隠し』が別に居るわけで、その複数名を相手取らなければいけないわけで。この『鍵』で。

 ……最早、『鍵』を捨て、契約者をやめれば見逃してもらえるんじゃないだろうか。ガガとの契約、慎重に考えよう。



・・・・・・



「僕以外の人間の質問には答えるな」

「はい」

「それとお前確か、悪魔か契約者が近くに来たら察知できるんだよな?」

「はい」

「よし。察知したら僕に伝えろ」

「はい」

 色々な約束を増やし、僕は登校した。

「おはよう」

「おはよ、う」

 僕の挨拶に、杉越は一瞬詰まった。

「どうしたんだいその荷物は……」

 杉越は僕の背中の膨れたリュックを見ていた。

「やっぱり夜に出歩くのは危ないと思ってな。今日はお前の家に泊まらせてもらう」

 昨日のように出くわしてはたまらない。

「はぁ……君も中々勝手だね。というか、今日はやらないよ?吸血鬼探し」

 杉越が間の抜けた顔で答える。今日はやらないだと?

「……何でだ。明日も明後日もやるって言ってただろ」

「だって、疲れたし」

 当然だという顔で答えた。

「疲れた。ってお前……」

 たかが四時間強、命を危険に晒しながら歩いていただけだろう。とは言えなかった。精神的面で言えば、こいつは平気そうだが。

「しかし、急にやる気だね。君が囮役を代わってくれるっていうなら、今日も捜索を続けてもいいけれど」

「……真っ平ごめんだ」

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。という言葉があるが、時さえ経てばこいつが代わりに虎穴に入ってくれるのだから。

「まぁ、明日にはこの足も回復しているだろうから、気長に待ってておくれ」

 とはいえ、何もしないという訳にはいかない。

「それとも、一友人として僕の家に泊まりたいなら、いくらでも招待してあげるけど」

「真っ平ごめんだ」

「それは残念」

 杉越はわざとらしく肩をすくめた。実にわざとらしい動きだった。

「……おや」

 杉越が僕の手を見た。

「その包帯。どうしたんだい?」

 昨日、悪魔の道具を持つ契約者にやられたんだとは言えない。

「転んだ」

「ふうん……?」

 杉越が僕の後ろを見る。

「なんだよ」

「いいや?ただ、安心安全を目指す君が、そんな怪我をするなんて珍しいなと思っただけ」

「……ふん。言っておくが、僕はまだ諦めてないからな」

「はいはい。分かるよその目を見れば。いつか目を覚ましてあげるよ」

「……言ってろ」



・・・・・・



「そういえば、あの二人には言わないんですか?昨日、他の契約者に遭遇した事」

「下手に言って巻き込めないだろ。それに、あの二人がスパイかもしれない」

「……お優しいんですねぇ」

 放課後、僕はあの公園へ通じる道を通っていた。囚われの少女、織川加奈が監禁されている倉庫がある、あの公園。

 織川加奈から、ハリネズミの情報を聞き出すためだ。

 公園の入り口へ到着し、公園内を見渡す。

「ガガ。僕以外の契約者の気配は?」

 僕がそう問うと、ガガは鼻をひくひくさせた。前に、気配というより匂いに近いと言っていたのを思い出す。実際に鼻を使う必要があるのかは知らないが。

「ううん……ありませんねぇ」

「……よし」

 安全を確認してから、公園内へ入り、倉庫の前に立つ。小石はそのままだった。あれから犯人はここに訪れていない。

 手のひらから『鍵』を取り出し、倉庫の錠へ近付ける。

 しかし、留まる。

 織川は、僕の情報収集に応じてくれるだろうか。

 彼女は真犯人を知っている。しかし、何故かそれを話したがらない。挙句の果てに僕を犯人扱いする始末。

 真犯人を庇っている。それは何故か。

 最初に思いつくのは脅し……そうでなければ洗脳か。

 とにかく、彼女は僕に情報を与えない。そうなれば際立つのはリスクだ。即ち、僕の情報。

 この『鍵』で閉じた錠はこの『鍵』でしか開ける事はできない。けれど、扉越しに会話くらいはできる。

 いずれ犯人はここを訪れるだろう。その時、織川加奈が持っている僕の情報が犯人へ伝わる。

 僕の容姿、僕の『道具』の能力の一端が。

 今思えば、夕方、織川加奈に接触したのは軽率だった。夜なら、街頭もない公園だ。まだ容姿について誤魔化しようもあったのに。

 更に道具。『倉庫の錠を開けられる物、倉庫の錠を固定する物』という事がばれてしまう。念動力か何かと勘違いしてもらえれば嬉しいが、それもいつどうなるか。

 そこで、僕は一つ閃いた。

 倉庫の扉を開ける。彼女と話すためではない。むしろ逆だ。

「……ん、あ」

 織川加奈がこちらに気付く。彼女が喚かない内に、ガムテープを彼女の口に張り直す。

「む、むぐっ!?」

 そして速やかに扉を『鍵』で閉め直す。これで犯人がここを訪れても、彼女から僕の情報が語られる事はない。昨日からこうしておけば良かった。

「んんんんー!!」

 無視して、小石を取っ手のくぼみに仕掛け直し、倉庫を後にする。

「……酷い」

 ガガが口元を隠すように手を添えた。

「悪魔には言われたくないな。そもそも、非協力的な方が悪い」

「これからどうするんですか?」

 ガガが僕の顔を覗き込み問い掛ける。

「今日はもう帰る」

 僕の家が一番安全だ。

「保守的ですねぇ」

 保守的でなければ、この『鍵』を欲しいと思わなかっただろう。まだ仮契約だが。

 そう思っていると、向こうの道から、僕と同じ高校の制服を着た女子生徒がこちらに歩いてくるのが分かった。

 遠くからでも分かる背の低さ、独特の雰囲気。関ヶ原奏だった。

 丁度いい。昨日借りた傘を返そう。穴が開いているが、まぁ、あいつのだし別にいいだろう。

「おい、関ヶ原……」

 呼び止めたが、関ヶ原はお構いなしに、早歩きで通り過ぎていった。

「……?」

 何か急いでいたのだろうか。いや、それにしても、あんな露骨な無視をする奴ではないはずだ。

「……遥さん。すいません。気配が薄かったので、気付くのが遅れました」

 ガガが関ヶ原の背中を見る。

「奏さんから、悪魔の道具の気配を感じます」

「……なっ」

 急いで関ヶ原を追いかける。相手は早歩き以上のスピードを出さなかったので、すぐに追いつけた。

「関ヶ原!おい、関ヶ原!」

 並んで早歩きしながら、必死に呼び止める。

 しかし、一切何も反応が返ってこない。心ここにあらずといった感じだ。

「おい……」

 後ろから手を掴もうとしたが、まるで後ろに目があるかのように、関ヶ原は僕の手を避けた。

「くっ……」

 その時、微かに揺れた関ヶ原の後ろ髪の隙間から、何かの紙が見えた。

 近寄って、もっと詳しく覗いてみる。

「何だこれ……札……?」

 関ヶ原のうなじに札が貼られていた。『A』と、一文字だけ書いてある。

 それに触ろうとして、手を止める。昨日の傷は、まだ記憶に新しい。

「……ガガ。この札が何か分かるか」

「札……?おお、これは奇遇な。この道具はペゲルラさんの物だ。気配はこれだったようです」

 どうやら、知り合いの悪魔の道具だったらしい。幸運だ。

「道具の詳細を教えてくれ」

「名前は『憑きつきふだ』。物体に札を貼って、指定のマーカーへ向かわせる事ができます。マーカーはA、B、Cの三つがあります」

 ……つまり、今、関ヶ原はマーカー『A』がある場所へ向かっているという事か。

「マーカーは契約者本人しか剥がせませんが、札は本人以外でも剥がせます」

「……この札を剥がせば、関ヶ原は止まるか?」

「はい。一度剝がれた札は、消滅します」

 関ヶ原のうなじに貼られた札を剝がした。

「……っ!」

 関ヶ原が早歩きをやめ、糸が切れたようにガクンとその場にへたり込む。

「関ヶ原!」

 僕もしゃがみ込み、関ヶ原の顔を覗き込む。手のひらの札は塵になって消えていった。

「……よく分からないけれど、どうやらあなたに助けられたみたいね」

 関ヶ原が髪をかきあげながらそう言った。

「何をされたか、覚えているか?」

「帰り道、黒いパーカーの男が、すれ違いざまに私の首の後ろを触った。その瞬間、体の自由がなくなって、知らない道を歩き出した。どこに連れて行かれるのだろうと、ハラハラしていた所に、あなたの姿が見えた」

「……なるほど」

 しかし、腑に落ちないことがある。どうして、関ヶ原が標的にされたんだ?

 まだ、吸血鬼捜索隊のメンバーの情報は、僕しか漏れていないはずだ。第一、結成したのは昨日で……昨日。

 昨日の相合傘を、ハリネズミに見られてた?

 ……迂闊うかつだった。

「石橋」

 関ヶ原が、思案にふける僕を呼ぶ。

「催眠術か超能力か知らないけれど……あなた、どうやって私を助けたの?」

「……札を剝がした」

「ふだ?」

 敵の攻撃を受けたという事は、スパイではないだろうし、既に巻き込まれている。僕は全て話すことにした。見た事、経験した事。洗いざらい、つまびらかに。

「悪魔……道具、契約者、札……」

「信じられないか?」

「……いえ、信じるわ。信じるしかないでしょう。実際その悪魔の道具とやらの効果を受けたばっかりだもの」

 元々イカレた人間である分、すんなり理解は得られた。

「遥さんも、これくらい素直な人だったら良かったんですけど」

「うるさい」

「……?何?」

 関ヶ原が首をかしげる。僕が唐突にうるさいと呟いたように見えたのだろう。

「ガガ。こいつにも見えるようにできるか?」

「はい」

 ガガが空中で手を振ると、関ヶ原が驚いた。

「……この人は?」

「人ではありません。悪魔です。『ベルコーシャ=ガロガガ』。遥さんと契約中の悪魔です」

「仮だけどな」

「……余計信じるしかないわね。これは」

 関ヶ原がガガを注視していた。こいつ風に言うなら、『真理に一歩近付いた』と言った所なのだろう。

「さて、どうするか……」

 これからの行動を考える。どう装うのが正解だ?

 ハリネズミ以外の敵の情報を知れたのは僥倖ぎょうこうだ。しかも、誘拐に向いている能力。おそらく『憑き札』とやらが『神隠し』の正体だろう。『吸血鬼』の噂は関係がなかったと見るのが妥当か。

 だが、このカードをどう切るか。どうやって僕の勝利に持って行くか。……そもそも勝利の定義をまだ決められていなかったが。

 とりあえず、安全な場所に……関ヶ原はどうするか。

「……あんまり考える時間はなさそうですよ」

 ガガが、僕らの歩いてきた道を指差す。

 そこから、十枚前後の札が群れを成して飛んで来ていた。

「何、あれ……」

 関ヶ原はその異様な光景に少しだけ目を丸くしていた。

「……関ヶ原、ちょっとこっち向け」

 関ヶ原の肩を掴み、首の後ろが見えるように引っ張る。

「石橋、何を……」

 そこには、『B』と記された、札ではない、丸いシールが貼り付けてあった。

 おそらく、これはガガが言っていた『マーカー』だ。最初の札と一緒に貼り付けられていたのだろう。

「お前の首にマーカーが貼り付けられてる……多分あれは、札を札で飛ばしてるんだ。お前の首へ」

「なるほど、そういう使い方もあるんですねぇ」

 ガガが感心した声を出す。

 僕は背負っていた鞄を道に捨てた。

「逃げ……」

 瞬間、関ヶ原が立ち上がり、さっきと同じ方向に歩き出した。

「!?」

 先程と同じように、首元に札が貼り付いている……後ろからも一枚来てたのか……!

「くっ」

 急いで剝がす。

 その時、指先に何かが張り付いた。

「っ、石橋、あなた、その指……」

 札が剝がれた関ヶ原が、振り返り僕の指を見る。

 指先には、『C』と記された丸いシールが張り付いていた。

 まずい。関ヶ原一人なら、すぐさま僕が剥がせば問題なかった。

 しかし、僕と関ヶ原、同時に札が貼り付いたら……。

「くそっ!」

 昨日の怪我を全く生かせていない!

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