吸血鬼を探す夜③
「なぁ……まだなのか。その喫茶店は」
「もう少しだよ」
僕らは、海の近くの崖に繋がる、ちょっとした森の中を歩いていた。
木々に遮られ、まばらになった日の明かりが、僕の意識を散らす。
「まさか崖の上にあるとは……」
僕はこの街に長いこと住んでいるが、こんな所は遠目に見たくらいで、訪れた事は一度もない。
「海沿いと言ったろう?」
道理で記憶のカフェの名前と一致しないはずだ。
「ほら、着いたよ。カフェ『ギフト』」
森の道を抜けると、ついに開けた崖の頂上に辿り着いた。カフェの前で鬼ごっこができそうなくらいの空間が有る。
そこから見える海を遮る物は、低い柵と飛び込み禁止の看板だけ。
「いくら綺麗でも、そこから落ちたら死ぬよ」
杉越から注意がかかる。安全志向の僕がそんな事故を起こす訳がないが、確かにそんな注意が必要になる程の絶壁だった。真下に海が見える。人を惹きつける眺めだ。
何故こんな所にカフェが、とも思ったが、なるほど、こういう雰囲気を好む客が一定数居るのだろう。
カフェはほぼ木造で、まるで何かのおとぎ話に出てきそうな雰囲気を放っている。
扉の上には大きく『Gift』という文字が連なっていた。
杉越がその扉に手を掛けた。
「いらっしゃいませ。三名様でよろしいでしょうか」
扉を開けると、からんころんという音と共にエプロンを着たカフェの店員の接客が始まった。たれ目の男子だった。
「貸し切りにして欲しい」
杉越がおもむろに要求する。
「え……あー、店長呼んできますね」
店員が不審者を見る目付きで、店の奥へ行った。その不審者に僕が混ざってなければ良いけれど。
「なぁ。本当に貸し切りにできるのか?」
店内を見回すと、既にテーブルが一つ埋まっている。
「大丈夫。大丈夫。栗原さんは義理堅い人だから」
「こっちです」
そこで先程の店員が、店長らしき人連れてが店の奥から出てきた。
切れ長の眼に涙ぼくろが付いている女の人で、ポニーテールが腰まで伸びている。見た目は二十代後半といった所だろうか。
そして胸に『栗原』と書かれたネームプレートを付けている。きっとこの人が杉越の言っていた『栗原さん』なのだろう。
「このお客様が、貸し切りにしてくれと」
「……あー。やっぱり杉越君か」
栗原さんは困った表情をして首の後ろをガシガシと搔いた後、テーブルへ向けて声を張り上げた。
「はーい!今日もう閉店でーす!」
「えっ」
男子店員が驚いている。
「いいんすか栗原さん。何か弱み握られてるんですか」
そこでテーブルでケーキを食べていた客の女がなんだなんだとこちらを向いた。
「栗原ちゃーん。閉店って何ー?」
どうやら客の女は栗原さんと知り合いのようだ。
「その席をどいてさっさと帰れって事だよ」
栗原さんが客に近付き、腕を無造作に引っ張る。
「ええー!?何々!?私まだケーキ食べ終わってないんだけど!」
「じゃあタッパー貸してあげるから。杉越君、今タッパー有る?」
「有るよ。今ならフランスパンも付いてくるよ」
先程のタッパーの事を言っているのだろうか。何で栗原さんは杉越がタッパーを持ち歩いているのを知っているのだろう。結構付き合いが長そうだ。
「い、嫌だ嫌だ!このおしゃれな空間で、働いてる栗原ちゃんを見ながら食べるケーキじゃないと嫌だ!」
しかし、依然女性客は帰ろうとしない。
「んー……じゃあ無料クーポンあげるから。田中君、無料クーポン」
栗原さんが男子店員を田中と呼ぶ。よく見れば男子店員も胸に『田中』と書かれたネームプレートを付けている。
「え。ウチにクーポンとか有りましたっけ」
「そこらの紙に書けばいいから。早く」
「はぁ……分かりました」
田中君がポケットからメモ帳とボールペンを取り出し、即興でクーポン券を書き上げて行く。
「嫌だ嫌だー!!」
「ダダこねないでよ……」
栗原さんが嘆息を漏らした。
そこで田中君がメモ帳の一ページを渡す。
「はい」
「いーらーなーいー!」
女性客がより一層大きな声で喚く。成人しているであろう人間が子供のようにダダをこねている様は、少し見るに耐えなかった。
「杉越。あの人は別に居てもいいんじゃないか?多分吸血鬼とは何の関係もないぞ」
「駄目だよ」
「何で」
「貸し切りにした方がワクワクするだろう?」
ああ、そうだこいつはこんな奴だった。僕は再び思い知らされた。
「うわー!」
女性客が栗原さんに引きずられてこちらに来る。
「君達か!君達が栗原ちゃんを
首根っこを栗原さんに掴まれた女性客が僕らを睨み付け指を指す。
「僕はいいって言いました」
一応、無実を申告しておく。
「もー!栗原ちゃんにはいつか埋め合わせしてもらうからね!」
「わかったわかった」
からんころんと扉の鐘が鳴る。それと同時に女性客は外へ投げ出された。
栗原さんが扉の前の看板を『CLOSED』にひっくり返す。
「こいつは?」
栗原さんが田中君を指差す。
「うん。彼にもご退場願おう」
「えっ」
「だってさ。エプロン脱いで帰れ」
栗原さんが田中君を店の奥へ押し込む。
「ええ?時給は?」
「来週の給料明細を楽しみにしておきな」
そして田中君も店の裏へ消え、店内には吸血鬼捜索隊と、栗原さんのみとなった。
「私は居てもいいの?」
「はい。僕は栗原さんを信頼していますし、何よりマスターが居た方が秘密基地っぽいですしね」
「あっそ……まぁ、ごゆっくりどうぞ。注文決まったら呼んで」
そう言うと栗原さんは店の奥へと消えて行った。何というか、アバウトな店だ。
「貸切の店で作戦会議。ワクワクするねぇ」
杉越がカフェの一番奥のテーブルの一番奥に座る。
「ここまでするなら僕の家の方が良かったんじゃないか」
僕はその向かいに座った。
「あら、それは私が安心できないわ。一人暮らしの男の家へ行くだなんて」
関ヶ原が僕の隣に座った。
「……何で僕が一人暮らしだと知ってるんだ」
僕の問いかけに答えるように、関ヶ原が杉越を指差した。あいつはまた、余計な事を。
「というか、その手の安心はこいつと関わった時点で諦めるべきだと思うぞ」
僕だってできることなら今すぐ帰りたい。こいつと行動を共にするのはどう考えても危険だ。気まぐれで、いつ何をやるか予想がつかない。
しかし、一般人である僕が吸血鬼と対峙するには、こういう危ない奴の力が不可欠であるようにも思う。
肉を切らせて骨を断つ。こいつを利用して、きっと僕にとっての真の危険を取り除いてみせる。
「で?お前の言う作戦っていうのは、何なんだ?」
「吸血鬼のアジトを突き止める」
杉越が満を持して口を開く。
「まず吸血鬼はなぜ人を行方不明にするのだろう。僕は仮説を二つ立てた。1、餌にしている。2、コレクションしている」
コレクション。倉庫の中に居る少女を思い出す。彼女もあそこでコレクションされているのだろうか。雑なショーケースだ。
「吸血鬼なら、餌にしていると考えるのが自然じゃないかしら?コレクションしてるって線は薄いと思うのだけど」
関ヶ原が意見を述べる。
あの少女が倉庫で生かされているのだから、僕の中ではコレクション説でほぼ決まりなのだけど、言わないでおくことにした。
「本当に吸血鬼なら、確かに餌にしていると考えるのが自然だけど……情報源はただの学校の噂だからねぇ。そもそも吸血鬼と神隠しの正体は全くの別という可能性もある」
改めて、驚くほどの情報の無さだ。あんな少女さえ見つけなければ絶対にこんな捜索隊には入らなかった。
「それでだね。コレクションしているなら、もちろん人間を入れる『入れ物』が必要だろうし、餌にしているにしたって、食べ歩きする訳には行かないだろう。きっと『食卓』が必要だ。ま、いわば『家』だね」
「まぁ、吸血鬼だって家ぐらい住むだろうな……それを見つけようっていうのか?」
「その通り」
杉越が短く答える。
ふむ。確かにそれの場所が分かれば、この事件はほぼ解決だろう。
「それで?どうやってその『家』を突き止めるのかしら?」
「九人も被害者が居るんだから、色々割り出せるんじゃないか?」
情報を集めるのは手間だが、それが一番確実。と、僕はそう思ったのだが。
「そんなまどろっこしい事はしない。僕が囮になる」
杉越は僕の意見を否定した。
「囮になる……って?」
「言葉通りの意味さ。僕が標的になって、『入れ物』か『食卓』まで、吸血鬼自身に運んでもらう」
杉越は手をひらひらさせながら、得意げに語った。
「お前……自分で言った事の意味、分かってるのか?最悪の場合、お前は死ぬんだが」
「大丈夫さ、死なない死なない」
「それにこれ」
杉越が鞄から、スパイ映画にでも出てきそうな小型のマイクとイヤホンを、三人分取り出した。
「これで直前まで現場を実況できる。情報は確実に君達に届く。いや、もちろん生きて帰るけどさ」
「……まぁ、お前が囮役を率先してやってくれるなら、別に、何も言う事はないが」
それに、やはり餌にされる可能性はなさそうだ。精々、あの少女と同じようにどこかの倉庫に軟禁されるくらいだろう。こいつならそんな状況さえ楽しみそうだ。
「おいおい、ちょっとは心配してくれよ。悲しいよ僕は」
「知るか」
軟禁されたとしても、絶対に『鍵』は使ってやらない。
「関ヶ原さんは?僕の事心配してくれない?」
「しないわ」
関ヶ原が杉越を軽くあしらう。パンの好み以来の意見の合致だった。
しかし、こいつは特にコレクション説に確信を持っていなかったはずだが。
「たかが人の命を惜しんで、神になれるはずがないもの」
関ヶ原の冷たい声が耳に刺さるようだった。
吸血鬼の餌になるかも知れない相手に、真っ直ぐにそう言い切った関ヶ原に対して、僕は少なからず恐怖を覚えた。
この事件が終われば、もう二度と関わりたくない。
「ただ、それとは別の理由で、その作戦には賛同しかねるわね」
関ヶ原が続けて口を開いた。
「その『入れ物』か『食卓』が、『家』と別の場所にある場合はどうするの?」
僕も言われて気が付いた。関ヶ原の意見はもっともだ。現にあの少女は、おおよそ家とは呼べない場所に軟禁されている。
杉越があの倉庫にぶち込まれた所で、僕らは何も得をしない。
「いやぁ、それはないんじゃないかなぁ」
しかし、杉越は表情を変えずに関ヶ原の意見を否定した。
「……何でだ?関ヶ原の言う可能性は、十分あり得ると思うんだが……」
「だって、吸血鬼がそうするメリットがないからね。コレクションしているのなら、別の場所の『入れ物』まで行くのが手間だし、リスクも増える。『食卓』にしたって、吸血鬼がどんな食し方をするのか知らないが、後始末の事を考えれば『家』の方が絶対いい」
「確かに……そうね」
関ヶ原が、特に反論なく自分の意見を取り下げる。僕も、確かに反論はない。
だがしかし、それだと矛盾してしまう。
少女は、何故あの倉庫に居るんだ?
「吸血鬼。というからにはきっと夜行性だろう。七時辺りに無線機で詳しい段取りを伝えるよ」
・・・・・・
カフェ『ギフト』から出る。あんなに短い会議だったなら、あそこまで強引に貸し切りにする事もなかったのではと思わなくもないが。
きっと吸血鬼に知られないようにする。という状況が必要だったのだろう。
そして森を抜け、杉越、関ヶ原も別れた後、歩きながら空中に右手を出す。
そこに、一つの鉄の棒が差し込まれた。
「作戦会議、お疲れ様です」
後ろの悪魔が、約四時間ぶりに口を開く。
「お前も、なんていうか、監視お疲れ様」
何も喋らないし、ずっと後ろに居て見えないものだから、途中何回か帰ってしまったのかと思った。
「退屈だったろ」
「いえ、普通の人間を見ているのは確かにつまらないですが、遥さんのような変人を眺めているのはそこそこ楽しいですよ」
「誰が変人だ。あの二人と一緒にするな」
心外だ。
「類は友を呼ぶ。という奴ですよ。それに、契約者は基本的に変人です」
言い返せなかった。
確かに、普通の人間は悪魔を信じ、寿命を捧げるなんて事はしないだろう。僕もまだ信じちゃいないが。
「それにあの二人も面白いですよ。解さんと奏さん。あの人達は、中々解ってます」
あの二人との会話を思い出す。確かに、傍から見れば面白いかも知れない。
「解ってるって、何を」
「真理を、です」
関ヶ原の言葉を思い出す。神になるには、真理を知る必要がある。だったか。
「お前は全部解ってるのか、真理」
「いえいえ、何度も言うように、私はそんな大層な物は知りません。けれど、人間達よりは知っています」
ガガが謙虚に謙遜した後、傲慢に笑う。
「あの二人は、悪魔に近い」
道を歩く僕の足が建物の影に入る。ガガの言葉は影に滲むようだった。
「……あいつらが、人間の中でも上位だと?」
僕からすれば社会不適合者のイカれ野郎だが。
「ええ、そうです。特に、自分がやりたいことを理解し、先程のようにそれを言葉にできる所が良い。自分の根っこに嘘を吐かない」
『神になりたい』『ワクワクするねぇ』
あの二人の言葉が脳裏に浮かぶ。
「僕は自分のやりたいことを理解できていないとでも?」
と、自分で言ってみた物の、そんなことはないと確信している。
僕の幸福論は全て、僕のためにあり、そこに矛盾はない。僕は僕を理解している。僕は安心したい。
「ええ、貴方は貴方の夢を理解していない」
しかし、ガガの言葉は僕の意に反した物だった。
杉越だけに留まらず、悪魔にさえも僕の幸福論を否定された。
「……お前、一応セールスマンなんだからさぁ。今の一言で僕がへそを曲げたらどうする」
「すいません。悪魔は嘘も隠し事もできないのです」
その言葉が、本当の本当だったら良いのだが。
「それに、遥さんはこれぐらいで揺れる人ではないと、私は知っています」
小憎たらしい悪魔だ。
「……ふん、そうだよ。お前らの言う事なんか誰が信じるものか」
僕は僕だけを信じる。全部、自分で決める。
この『鍵』の事も、これからの事も。
「ところで、昼休みと同じ事を聞きますが、さっきからどこに向かっているのです?」
「スーパー」
僕の足は、昨日南京錠などを買いに行ったスーパーへ向かっていた。
「?解さんが言うには、作戦のためにも、なるべく早く帰った方が良いのでは?」
「食べ物を買うんだ」
「あー……!そうでしたそうでした。人間はこういう時、牛乳とあんぱんを買うんでしたよね」
ガガがまた的外れな事を言う。
「違うよ。そういう目的じゃない」
食糧なら多分、杉越が用意するだろうし。
「では、何のために?」
ガガが僕を覗き込んで問うた。
「……餌付け」
・・・・・・
暮れていく夕日が、公園を赤く、それでいて寂し気に照らしている。
昨日の夜と違わない雰囲気で、公園の周りに人影は無い。
犯人がコレクションを眺めに来たりしていないかとも思ったが、とにかく今は居なさそうだ。
僕は昨夜訪れた公園で、昨夜と同じように倉庫の鍵を開けた。
「よう」
扉を開けて、挨拶をする。
少女は急に差し込んだ大粒の光に目を眩ませつつも、すぐに僕に挨拶を返した。
「んー!!んっんんー!!」
大きく身を捩らせ、横たわる上半身を強かに床に打ち付けつつ放たれた唸り声に似たそれは、きっと挨拶に違いない。
「元気ですねぇ」
ガガが気楽な声を出した。
夕日に照らされ、その元気な姿が昨日の夜よりよく見える。
歳は……やはり十四歳前後だろうか。肩甲骨までかかっている髪は暗めの茶髪。目付きは思ったより悪くない。少なくとも関ヶ原よりは。
そして首に首輪を付けていた。しかしリードは付いていない。コレクターの趣味だろうか。
「……落ち着いてくれ」
「んんんーんんー!!」
少女は唸り続ける。倉庫ごと揺れる。
「今日は君にプレゼントがある」
今日は、というか昨日会ったばかりだけど。
スーパーの袋から、先程買ったお惣菜とかおにぎりとかを床に並べた。
「ん、んー!!んんん!」
少女がより一層体をばたんばたんする。
上下するその体は、犯人からまともな食事を与えられていないのだろう、一般的な中学生とは言えないほど痩せている。
多分、早く食わせろと言っているはずだ。
僕は暴れる少女の頭を床に押さえつけた。
「んぐ!?」
少女の唸り声がはねる。
「一つ。必要以上に暴れたり喚いたりしない事。二つ。僕の質問に全部答えること。それを守ってくれるなら、これを君にやろう」
少女から手を放し、少女の頭を自由にする。自由になった頭を少女は、縦に振った。
「……契約完了だな」
少女の口に張り付いているガムテープを外す。
しかし少女は何も喋らず、神妙にしている。少女の中で犯人は僕になっているから、犯人の言いなりになっている事が気に入らないのだろう。だけど、ガムテープを着けている方がうるさいとはどういう事だろう。
まぁ、約束通りにしてくれているならそれでいい。こちらも約束通りに少女に食料を与えることにした。
「何から食べる?」
少女の目の前に、買った食料を並べていく。つまり床に直に置いている訳だが、衛生面を気にしてやる理由もない。全て包装されているし。
「……からあげ」
その中で、少女は茶色に光る唐揚げをご所望した。しゃがみ、透明な薄いプラスチックの容器を開けて、同封されてある爪楊枝で唐揚げを一つピックアップ。少女の眼前に差し出した。
「あーん」
「……ふんっ」
僕の甲斐もむなしく、少女は床に置いてあるプラスチックの容器に顔を突っ込み、犬のように唐揚げをむさぼった。
あくまで僕に服従はしないという意思表示だろうか。
「……別に、何でもいいけど」
爪楊枝に刺した唐揚げを口に入れながら、おにぎりなど他の食料の包装を解いていく。こうしておけば好きに食べるだろう。
「お茶が欲しくなったら、言ってくれ」
少女が満腹になるまで、倉庫に腰をかけ、暮れる夕日を見ていた。
・・・・・・
げふぅ。と満ち足りた息が聞こえる。
床の食料は全て、少女の胃の中に入った。いくら空腹だったとはいえ、完食するとは少し予想外だった。あればあるだけ食べるなんて、本当に犬みたいな奴だ。
「じゃあ、お待ちかねの質問タイムだ」
「……どうぞ」
少女が不満そうに目を逸らす。
僕も腰を下ろしているとはいえ、床に横たわる少女とは、目線の高さにかなり違いがあった。
「君の名前は?」
名前が無いと不便だ。とはいえ、まぁ、ここには僕ら二人だけなので『君』だけでも十分だが。
「……
「じゃあ、織川。君がここに攫われたのは何日だ」
「多分、六月一日……っていうかあんたは知ってるでしょ」
六月一日。最初の行方不明者が出た日だ。
「だから僕は犯人じゃない……という事は、織川は犯人の顔を知らないのか?」
「昨日知った」
依然、織川は僕を疑っている。真犯人を見つけるのは、こいつのためにもなるというのに。
「……じゃあそれまでは知らなかったという事でいいな?どうやってここに連れて来られたかは分かるか?」
「分からない……気付いたらここに繋がれてた」
……こいつは、真実を話すつもりがあるのだろうか。
「一か月も前に攫われて、今までの食事はどうしてたんだ?まさか、一か月もの間、飲まず食わずだったはずがない」
「あ……」
もちろん、犯人がこいつに食事をあげていたはずだ。
だがしかし、それではこいつが犯人の顔を知らないのは不自然だ。
「……お前は、扉越しに、腕しか私に見せなかった。だから食事はできたけど、顔は知らない」
少女、織川が努めて冷静に反論する。しかし、もちろんそれは違う。
「それなら僕が犯人である説と矛盾するな。僕が犯人なら、今さら顔を君に晒す理由がない」
「ち、違う!そう思わせて、油断させるのがあんたの作戦で、やっぱりあんたが犯人なんだ!あんたが!」
悲痛な声が倉庫に響く。その言い分は、最早ほとんど言い掛かりだった。
「……大声は出すなと言っただろう」
僕の注意を無視するように、織川は何やらぶつぶつ呟いている。まるで何かに怯えているようだ。
きっと織川は真犯人を知っている。なのに、どうしてそこまで、僕を犯人にしたいのだろう。
真犯人を、犯人にしたくないのだろう。
「……また来るよ」
ゆっくりと腰を上げ、手でズボンを払いながら、織川の食事の跡が入ったビニール袋を持ち上げる。
それから、もう一度こいつの口にガムテープを貼っておくべきかとも思ったが、やめておいた。
こいつがいくら声を出しても、倉庫越し、かつ人気のないこの公園内なら彼女の存在がバレる事はないだろうと思う。
そしてなにより、織川が本気で助けを呼ぶとしたら、僕がこの倉庫に現れた時点で、僕に助けを乞うはずだからだ。
きっと織川自身が、この公園に人が来る事を恐れている。
織川の答えが聞こえない内に、倉庫の扉を『鍵』で閉める。
その後、扉のくぼんだ取っ手に小石を乗せておく。次に来た時も乗ったままなら、犯人がこの扉を触っていないという事だ。風などもあるので、落ちていたからと言って犯人が訪れた事にはならないが、一応仕掛けておく。
振り向き、空を見ると、夕日は完全に沈み、夜が始まろうとしていた。
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