第54話 おやすみタイム
夏の夜がゆりゆりと、もとい、ゆるゆると更けていきます。海辺の別荘のリビングは、清き乙女達の楽しき語らいの場となっています。
軽く湯あたりしてしまった私ですが、ニコちゃんが水も滴る濡れタオルをあてがって介抱してくれたおかげで、もうすっかり回復しています。たぶんニコちゃんはそのまま添い寝してくれるつもりだったのだと思います。ですがあとから和室に入って来た
年頃の女の子がこうして集えば、恋バナで盛り上がるのがきっと定番なのでしょう。しかし私達の場合、エッチな体験談などはもちろん、実は交際している人がいるといったことを打ち明ける人さえ出てきません。
女子校なので出逢いがないというのも大きな理由の一つでしょう。ですがそれ以前に、私も含めた皆が、うぶで純情な子供のままなのかもしれません。
だけどそれでいいのだと思います。無理して大人になる必要はありません。いつか自然と時が満ちるまで、素敵な仲間達と共に、あるいは勉学に励み、あるいは無邪気に遊んで、美しい青春を過ごしましょう。
「上がりました。私が入ったせいで汚れたお湯は、きちんと排水しておきました。でもこれでまた地球環境が悪化してしまいましたね。やっぱり私がここにいるいるのがいけないんですね。だからもう眠らせてもらいますね。おやすみなさい」
入浴を済ませたさつき先生がリビングに立ち寄ります。
いつもながらの謙虚な発言とはうらはらに、火照った体が大人の女性らしい甘い香りを漂わせ、化粧を落とした無防備な素顔がかえって艶めかしさを感じさせます。
先生が背中を向けます。まるで見えない糸で引かれたかのように、
ひとたびは先生の後を追いそうでしたが、途中で思い直したようにソファーに腰を落とします。
きっと夏休みの宿題の分らない箇所について質問しようとでもしたのでしょう。昂った学習意欲を鎮めるためか、柚原さんは股の間に手を挟み込んで下を向きます。
「……焦らないで。夜はこれから始まるんだから。邪魔が入らないように、みんなが寝静まってから……」
声が小さくてよく聞き取れませんが、おそらく夜のお勉強について呟いているのでしょう。やる気マンマンです。
そんな柚原さんへ微妙に冷たい視線を向ける一子ちゃんの隣では、ニコちゃんが大きなあくびを洩らします。漆黒のガラス玉めいた瞳がぼんやりと揺れています。どうやらもうおねむのようです。
「ニコ、そろそろ寝ましょうか。今日はたくさん遊んだから疲れたでしょう」
「……ん、みんなといっぱいあそべて、たのしかった」
「よかったわね。友達におやすみの挨拶をしなさい」
「おやすみなさい」
「わたしも楽しかったよー。おやすみー」
「おやすみ、おやすみなさい」
「……おやすみなさい……ませ……」
礼儀正しいニコちゃんに、柚原さんと
私はニコちゃんと同時に席を立ちます。ハネムーンでお嫁さんと一緒に寝るのは当然です。
「
「歌葉さん、歌葉さんももう、寝ちゃうんだ。そうなんだ」
本山さんがぷくりと頬を膨らませます。歌葉ちゃんは困ったように見下ろします。
「千紗? なんかあるのか?」
「別に、別に。ただ、わたし、わたしはまだあんまり眠くないなって、なって」
「あたしも別に、まだ起きてたっていいんだけどよ」
煮え切らない返事です。
「歌葉さんもそんなに眠いってわけでもないんだよね? それなら、
「……ボクなら喜んで……一子さまの肉布団に、なります……」
柚原さんが部屋割の変更を提案すると、縹さんが瞳孔を広げて志願します。
「どうでしょうか、一子さん」
「私の知ったことではないわね」
「妙ちゃんは?」
「歌葉ちゃんがいいならそれでいいよ。ニコちゃんは?」
「ん」
ニコちゃんも特に問題はないようです。私さえいればいい、ということでしょう。素敵な夜になる予感がします。
「歌葉さんはどうかな?」
「あたしは……」
歌葉ちゃんは振り子のように視線を左右にさまよわせます。私は素直に受け止めますが、本山さんは避けるようにうつむきます。歌葉ちゃんの顔を見たくないのかもしれません。気持ちはときどき嘘をつきます。
「……やっぱり元の部屋でいい。荷物移すの面倒だし、妙もいるしな」
決まりです。私達は四人で和室へと向かいます。一子ちゃんの足元に、ぺろんとお腹を出して縹さんが転がります。服従する犬のポーズ、夜のヨガ体操の時間のようです。一子ちゃんはそのまま縹さんの股の間を踏みつけます。縹さんはキュウッと一声哭いて、それっきり動かなくなりました。
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