第51話 ふわふわタイム

 泡泡です。まるでビキニの水着を付けてでもいるかのように、白いふんわりした泡がニコちゃんの秘密の部分を覆っています。

 しかし秘密はいつか必ず曝かれるのが人の世の定めです。ニコちゃんの髪をわしゃわしゃ洗ってあげていた一子いちこちゃんが、シャワーに手を伸ばします。


 どんな絶妙な位置に張り付いた泡だろうと、お湯の洗礼を浴びればひとたまりもありません。やがて訪れる決定的瞬間に備え、私は瞳をぐるりと横へ回します。

 シャワーの線を捻ろうとしていた一子ちゃんが、ふと手を止めてこちらを向きます。


「見てないであなたも洗いなさい。それともやっぱり、私が背中から流してあげた方がいいのかしら?」

「ちゃんと洗ってるよ。一人でできるもん」


 私は肌をこすり始めます。一子ちゃんの手にかかったら、彼岸まで流されてしまいそうです。

 それにいくら少しの疚しい気持ちもないとはいえ、盗み見るような真似はやはり良くない気がします。先に済ませて湯船の中で待ち受けていれば、すぐに真っ向から拝めるはずです。公明正大です。


 心頭を滅却すれば火もまた涼し、集中力を高めた私からは、日焼けの痛みなどとっくに消え去っています。しっかりと清め終わった身を、ずぶずぶとお湯の中へ沈めていきます。

 私のニコちゃんに磨きをかけていた一子ちゃんが、厳かに完了を宣言します。


「これで全部きれいになったわ。私は自分を洗うから、ニコはお湯に漬かってきなさい」

「ん」


 ついに御開帳の時間です。ごくりと唾を呑み込むと、その音を聞きつけたかのように、一子ちゃんが急旋回でこちらを向きます。私はすかさず面を伏せます。虎やライオンに正面から挑んでも、ペロリとおいしくいただかれてしまうだけです。虎穴から虎児が出るまで我慢の子です。


 ニコちゃんの足音がぺったんぺったんと近付きます。いつまでも俯いてばかりはいられません。運命を切り開くために必要なのは、臆さず前を向く勇気です。

 覚悟を決めて顔を上げます。浴槽の縁をまたごうとするニコちゃんの足が、私の視界に映ります。そして世界が暗闇に包まれます。


 何が起こったのでしょう。初めに停電を疑いますが、それなら一子ちゃんが注意を促してくるはずです。すると私の目の問題かもしれません。擦ってみようとして、大変な事実に気付きます。


 私のまぶたが閉じています。これでは何も見えなくて当り前です。

 ちゃぷんと柔らかな水音が響きます。温めたミルクみたいな仄かに甘い香りがしています。


 私はすぅはぁと息を整えてから、おもむろに目を開けます。傍らにいるのは本物のニコちゃんです。私の様子が気になったのか、浅く首を傾げると、裸の私に裸の肌をくっつけます。


「ふぅー。おふろ、きもちいい。ね、妙」

 気持ちいいです。もう辛抱たまりません。ニコちゃんが私で気持ちよくなっています。全ては解禁されたと認められます。

「すっごく気持ちいいね、ニコちゃん!」


 大きく頷いたことにより、視線が必然的に下がります。水面の下にはニコちゃんの禁域があります。今度は目をつぶったりしません。ありのままを見つめます。真っ白です。ニコちゃんの肌が、ではありません。お湯の色です。本来透明であるべき物質が、とろりと白く濁っています。憎むべきは入浴剤です。これでニコちゃんをもっとスベスベにしてなでなでしよう、などと私を誘惑した罪は重いです。


「はふぅ」

 こてん。

 非常事態発生です。すっかりいい気持ちになったらしいニコちゃんが、力を抜いて頭を私の肩に預けています。適度な重みと濡れた髪の質感が、私の魂を高速で振動させます。あまりに激しく揺すぶられるせいで、今にも肉体から抜け出しそうになっています。くらくらします。


「ちょっとたえちゃん……妙ちゃん? のぼせてるわね。あなたはもう上がりなさい。ニコ、頭どけて」

「ん」

「ふぇ?」


 快楽物質の供給元が離れたことで、少し意識がはっきりします。自分の体を洗い終えたらしい一子ちゃんが、私の前に立って顔を覗き込んでいます。

 綺麗な曲線を描くお胸も、淑やかな黒い茂みも丸見えです。ですが女の子同士なので別にどうということもありません。


「ほら、出て」

 私の両脇に手を差し入れて軽々と持ち上げます。裸の胸と胸がくっつきますが、女の子同士なので以下略です。


「ちゃんと歩けるわね? 足元に気をつけるのよ」

「……ふぁい。ありがとう、一子ちゃん」

 一子ちゃんに脱衣所まで送り出され、後ろでぴしゃりと浴室の戸が閉められます。ニコちゃんのぬくもりが遠くなり、香りが薄れてしまいます。


 大変残念ではありますが、一子ちゃんは意地悪をしたわけではないでしょう。急性ニコちゃん中毒の症状を抑えるためには、必要な処置だったのです。

 ニコちゃんのことになるとしばしばおかしくなるとはいえ、普段は高等部の生徒会長として、皆からの尊敬と信頼を得ている人です。学院の後輩が調子を崩したなら、当然のように気遣ってくれます。


「やっと邪魔者がいなくなったわね。さあ、いらっしゃいニコ。だっこしてあげるわ」

「おねえちゃん、だめ。そこ、くすぐったい」

「そうなの? ごめんなさい。ここならどうかしら?」


「そこも、だめ」

「あらあら、いくつになってもニコはくすぐったがりね。じゃあここは?」

「んっ、そこは」


 そこは、どうだというのでしょう。浴室に回れ右したい気持ちをこらえ、まずは服を着てしまうことにします。なにしろ敵は一子ちゃんです。無防備に肌をさらしたままでは、一撫でで陥落させられてしいます。

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